第120話 こういう所ではしゃいじゃ駄目

 太陽が中天を過ぎようかという頃、四人が辿り着いたのは――


「……何だここは? 叢林、いや公園の跡……か?」


 ――呟いたクロエの言葉通り、一見すると無数の草花や低木が乱立する雑木林のような場所だ。


 ただ普通の雑木林とは違い、かろうじて段々状になっている事が伺い知れる丘から、元は何か人の手が入っていた場所だと言う事が分かる。


「ここは旧時代の共同墓地だ」


 周囲をキョロキョロするクロエに答えたのはエレナだ。旧時代、この地域の墓は少々変わった形をしていて、それぞれの墓が花壇の形をしていたのだとエレナが説明を続ける。


「成程……という事は、この草花は元々墓に植えられた物だと言うことか」


 納得するクロエに「そういう事だ」とエレナが頷いた。


「さて、は恐らく一番上だ。日が暮れる前には終わらそう」


 そう言いながらエレナがゲートから一本の剣を取り出し、鬱蒼とした草花を踏みしめて少しずつ道を作っていく。


「こんなもの、全て燃やしたほうが早いだろ?」


 溜息をついて掌で炎を弄ぶクロエだが、それを振り返ったエレナが「駄目だ」と首を振る。


「ここは……いや少なくとも、いつか魂がここの肉体に返って蘇ると信じているんだ」


 草花を踏みしめて進むエレナの言葉に、カノンが「ゾンビになるのでしょうか?」と首を傾げている。


「違ぇよ。確か……何つったかな――」

「最後の審判、だな」


 クロエから出た言葉に、「そう、それ」と言ったユーリだが、驚いた表情は隠せない。


「なぜ驚いている?」

「いや……難しい事知ってんのなって。それ、大昔の宗教観だろ?」


 まさかクロエが歴史に詳しいなど思ってもみなかったユーリからしたら、彼女の口からそんなワードが出た事は驚きである。


「馬鹿にしているのか? このくらい騎士学校の教育課程で習うぞ」


 鼻を鳴らしたクロエが、ユーリを小馬鹿にしたような顔で笑った。


「バカにしてるっつーか……今も現在進行系でバカだと思ってる」


 真顔でクロエを見るユーリに、「貴様という男は……」とクロエの顔が見る間に赤くなっていく。


「いい度胸だ。そこに直れ……素っ首叩き斬ってやる」


 額に青筋を浮かべるクロエに「墓場ではしゃぐな。そういう所がバカなんだよ」と呆れ顔でツッコミを入れるユーリだが、ふと視線に気が付きエレナの方へ向き直れば……どこか驚いたようなエレナの顔とカチ合った。


「何だよその顔は」


 眉を寄せるユーリに「……いや」と驚いたままのエレナが声を漏らして首を振る。


「君がまさか最後の審判なんて知ってるとは思わなくて」


 ポツリと呟かれたエレナの言葉に、「お前、バカにしてんのか?」とユーリが眉を盛大に寄せた。


「いや、馬鹿にしてるというか……現在進行系で馬鹿だと思っているよ……特大の」


 キョトンとしたまま語るエレナの言葉に


「いい度胸だ。ぶん殴ってやる」


 と額に青筋を浮かべて息巻くユーリを、クロエが「おい、お前もはしゃいでるじゃないか」とユーリを睨みつけている。


「うるせぇ、俺は良いんだよ」

「どういう理論だ」


 言い合う二人を前に、エレナが微笑み口を開いた。


「すまない。ちょっとビックリして、が出てしまっただけだ」


 微笑むエレナのナイフよりも鋭い言葉に、「お前は俺を何だと思ってんだ」とユーリが口を尖らせた。


「馬鹿だと思われてるんだろ?」


 キョトンとして「さっき言ってたじゃないか」と首を傾げるクロエを前に、ユーリの額に青筋が一つ――


「そういう意味じゃねぇ。お前は喧嘩売ってんのか?」

「何故だ? お前に馬鹿だと言ったのはエレナだぞ?」


 再び始まるユーリとクロエの言い合いに、カノンのアホ毛がピコピコと揺れる。


「……カノン……頼むから混ざりたそうにウズウズしないでくれ」


 頭を抱えるエレナが、後ろを羨ましげに振り返るカノンへ釘を刺した。


「ほわッ! ま、まさかこの淑女たる私が、そんな子供みたいな事しませんよ!」


 高速で目が泳ぐカノンに、エレナが枝を手折りながら「……人選をミスったな」と小さく呟いた。






 暫く草を踏みしめる音と枝を手折る音、そして時折現れるモンスターの断末魔だけが、雑木林の中に響いては消えていく。


 本来墓地はアンデッド系モンスターの縄張りだ。故に昼間でも他のモンスターは近づきにくいのだが、流石にモンスターがゼロというわけにはいかない。……それでもかなり少ないのは事実だが。


 兎に角先頭で草を踏みしめ、枝を手折り、モンスターを屠っていくエレナは、汗こそかいてはいないが、そのブラウスやパンツの裾には少なくない汚れが見えてきた。


 一般人に比べ、力が段違いに上がっているハンターであるが、そうであっても、


 後続の人間の事を考えつつ必要最小限で、最大の効果が得られるよう道を造るのは勿論の事、前方から現れるかもしれないモンスターを警戒しつつ進むのは、肉体以上に精神的に来るものがある。


 それは【軍】で訓練を受けたエレナとて同じことだ。


 いつ何時、この状況下でモンスターに襲われないとも限らない。事実モンスターに襲われるのは圧倒的に先頭であるエレナが多い。


 元々エレナの個人的依頼である以上、彼女が先頭を切るのは筋だ。筋なのだが――そんなエレナを眺めていたユーリが、小さく溜息をついて前方へと足を進めた。


「ふぅ……そろそろ半分か――」

「退いてろ」


 ユーリが小休止を取ったエレナを押しのける。そんなユーリに目を丸くしたエレナが首を振ってその肩を掴んだ。


「申し出は有り難いが、これは私の我が儘で――」

「うるせぇ、この中で俺が


 眉を寄せるユーリに、エレナが「何の事だ?」と首を傾げた。


「お前が作った道が、俺には低すぎて結局俺は俺で枝を折ってんだ。どう考えても二度手間だろ」


 鼻を鳴らしたユーリだが、エレナは記憶を辿っても後方から枝を折る音が聞こえた覚えはない。


 眉を寄せながら後方をチラリと見ると、面白く無さそうな顔で肩を竦めたクロエと目が合った。その顔には「」と書いてあるようで、エレナは再びユーリへ向き直る。


「申し出は有り難いが――」

「うるせぇ、邪魔だからすっこんでろ」


 そう吐き捨てたユーリが一歩前に出て、ノシノシと草を踏みしめ、ボキボキと枝をへし折っていく。


 無言で枝を折って草を踏みしめて進むユーリ。仕方無しにその後をついていくエレナ達をだが、その道は思いの外歩きやすく快適だ。


 背の高いユーリが自分を基準に枝を折り、長い脚で広めに草を踏みしめるのだから当然なのだろうが、そこに見えるユーリの優しさにエレナは思わず笑ってしまった。


「リリアは……君のそんなぶっきら棒な優しさに惚れたのかもな」


 突如として出てきたリリアと言う単語に、ユーリが弾かれた様に振り返る。


「あのな。あいつは関係ねぇだろ。それに俺は何時でも、オールウェイズ、エニタイム優しいぞ」


 眉を寄せながらも律儀に枝を折るユーリに、「確かにな」とエレナは何だかんだで、ユーリが優しかった事を思い出してまた笑った……のだが……


「嘘です! 私は優しくして貰った事なんかありません!」

「私もだ!」


 後ろから聞こえてきたポンコツシスターズの口撃に、ユーリが「チッ」と舌打ちをしてゲートに手を突っ込んだ。中をガサゴソとまさぐるユーリが「ほれ――」と取り出したのは――


「なんです?」

「飴…玉?」


 ――突き出された瓶に詰まったべっ甲色の飴玉に、クロエとカノンが眉を寄せた。


「これをやろう。優しいユーリ君からのプレゼントだ」


 ニヤリと笑うユーリを前に


「優しさの押し売りッ! しかもショボい!」

「貴様は我々を馬鹿にしているのか!」


 眉を吊り上げて二人が声を張り上げた。


「馬鹿はお前らだ。良く見ろこの美しいべっ甲色を……これはな、職人が丹精込めて作った貴重な飴玉だぞ?」


 ユーリの真剣な言葉に、二人が瓶の中をマジマジとと覗き込んだ……成程。木漏れ日を受けて光り輝くべっ甲は、貴重品と言われても納得してしまいそうな出来だ。


「しかもだ……味は何とだ」


 ドヤ顔で笑うユーリだが、カノンとクロエはその言葉に「ヒェッ」と声を上げて一気に瓶から距離を取った。


「なんだよ。この凄さが分かんねぇとか……」


 ブツブツ言いながらユーリは瓶をゲートへと戻し、再び道作りに――


「因みにユーリは食べたのか?」


 ――そんなユーリの背中に、呆れ顔のエレナが声をかけた。


「ああ、食ったぜ」


 そう言いながらユーリが一際大きな枝を折った。


「すげぇ不味かった」


 その言葉に「やっぱり」と片手で頭を抱えるエレナと、その真後ろから


「不味かった物を渡そうとしてたんですか?!」

「おい、カノンとか言ったな。アイツとバディを組むのは止めとけ!」


 再び眉を吊り上げた二人が声を張り上げる。そんな声を背中に受けながら、クツクツと笑うユーリが、「うるせぇ、うるせぇ。おバカコンビが」と枝を折って草を踏みしめていく。


 笑うユーリと、ギャーギャー騒ぐカノンとクロエ。そんな三人に囲まれたエレナが、「ああ、そういう事か」と漸くユーリの狙いに気がついた。


 出発した時よりも、そしてここに辿り着いた時よりも、より気易い雰囲気はユーリが意図して自分を悪く仕立てて、女性陣の団結を促したのだろう。


 勿論エレナとクロエの間には、まだまだ大きなわだかまりはあるが、それでも半歩くらいは前進したのではないか、とエレナは少しだけ期待してしまう。


 自分が残してきてしまった親友。彼女とまた気兼ねなく笑い会える日がくるかも、と。


「……ありがとう」


 ポツリと呟いたエレナの言葉に、ユーリの肩がピクっと動いたが、それだけだ。エレナの言葉など聞こえなかった様に、ユーリはどんどん上を目指して歩みを速めた。





 ギャーギャー騒がしい四人が丘の上に辿り着いても、まだ太陽は依然として空の高い位置にあった。少しだけ傾いてはいるが、それでも明るく輝く太陽に、アンデッドの活動まではまだまだ余裕がある事は分かる。


 丘の上には、何故かそこだけ植物が生えていない一角があり、四人は今まさにそこに立って周囲を見回していた。


「結局、こんな所に何の用があったんだ?」


 ひとしきり周囲を見回したクロエだが、特に変わった物が見当たらない。あるのは墓の跡らしき崩れた花壇と、周囲に散らばる無数の人骨だけだ。


「ここには、を取りに来たんだよ」


 ユーリがそう言いながらエレナへと視線を向けると、散らばった人骨を調べていたエレナがゆっくりと立ち上がった。


「で? のか?」


 ユーリの言葉に、「ああ。見つかった」とエレナが頷くいて、一つの物体を掲げてみせた。旧時代にあった、スポーツの祭典でもらえるメダルと良く似た形だ。


 風雨に晒されていたにもかかわらず、鈍色に輝く大きめのメダルの表面には独特の模様が浮かび、それが陽光に煌めく度動いているかのように見える。


「……ダマスカス鋼か」


 呟いたクロエの言葉にエレナが「ああ」と頷いた。


 旧時代から金属としては錆びにくく優秀とされていたダマスカス鋼だが、この時代のそれは神話に記載されているが如く、強靭で、軽くそして決して錆びない。……もちろん本物のダマスカス鋼であれば、の話だが。


 かなり希少な金属であり、その製法などは伝わっていない。


 エレナはユーリから紹介された鍛冶師ゲンゾウと相談して、このダマスカス鋼を一から造るためにサンプルを取りに来たのだ。ダマスカス鋼を生産し、かつそれを魔鉄に変えよう、というのがエレナ達のプロジェクトである。


「それにしても、そんな貴重な金属がこんな所にあるなんて、良く知ってたな」


 クロエの溜息も尤もだろう。基本的には巨大商会が研究用に保管しているか、あとは技術開発局くらいしか持っていない代物だ。


「偽物じゃないのか?」


 クロエが鼻を鳴らしてしまうのも無理からぬことだ。


「いや。これはその昔、とある御仁の元から盗まれた一品でな……本人曰く本物らしい」


 エレナが笑うが、クロエは「信じられん」と冷めた瞳でメダルを見ている。仮に盗まれたとして、こんな場所に持ってくる意味が分からないのだ。


「盗んだ連中がされたからな……この一品と一緒に」


 エレナがそう言いながら地面に転がる人骨を見下ろした。


「ここに…追放――?」


 クロエの言葉を遮るように、空に暗雲が垂れ込めて生温い風が四人を包みこんだ。


「臭いです!」

「死臭だな」


 鼻を抑えるカノンと油断なく周囲へ視線を飛ばすユーリ。


 死臭の混じる風に煽られて、周囲の木々がザワザワと葉擦れの音を響かせる中に、少しずつ、少しずつ怨嗟の声が混じってくる。


 足下ではカタカタと白骨が震え、近くの墓からは腐乱した腕や足が土を破って現れ始めた。


「でかメダル返したら、収まるとかねぇよな?」

「まさか……そもそも所有者はゲンゾウ殿だぞ?」

「ゲンさんかよ……まさか酔っ払って落とした、とかじゃねぇよな」

「良く知ってるな」


 会話を交わすユーリ達の前で、白骨が宙へ浮く。無数の骨が重なり合い、巨大な人型を模していく――


「スケルトンキング……エルダーリッチ……いや、これはもうモンスターだな」


 眉を寄せたエレナの言う通り、ユーリ達の目の前に現れたのは、


 黒い靄を纏って宙を浮き、頭が三つもあり、巨大な角を生やしたスケルトンだ。


「全員構えろ――来るぞ!」


 エレナの言葉が合図だったように、巨大スケルトンがその手を翳す――勢いよく隆起する地面が四人を宙へと放りだした。

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