第119話 こんなハーレムは嫌だ

 荒野へと繰り出した四人は、東征の準備が進む廃墟群とは真逆の北東へと足を向けていた。最近は殆どのハンターがダンジョン探索のに駆り出されており、こちらの方は殆ど人影がない。


 瓦礫が撤去された比較的安全な荒野を抜け、北東にも未だ残る廃墟群に入ってからは、それこそ人っ子一人見当たらない。


 抜けるような青空の下に広がる静かな街並み……エレナとクロエのせいか、微妙な空気のまま進む四人は、誰も何も話さず暫く沈黙が流れている。


 そんな気まずい沈黙を破るのは「おお、そう言えば」と手を叩いたカノンだ。


 先程もユーリの隠し持っていた衛士身分証を蒸し返したカノンだけに、ユーリは余計な発言をするのでは、と嫌そうな顔で「そうですね」と勝手に話を流した。


「ま、まだ何も話していませんが?!」


 驚いた顔でユーリを振り返るカノン。


「うるせぇ。どうせ下らねぇ事しか言わねぇんだ。話さなくてもいいだろ」


 鼻を鳴らすユーリに、カノンが「言ってみないと分からないのでは?!」と胸の前で両拳を上下にブンブンと振る。


「分かった分かった。帰りに飴買ってやるから、今日は黙ってろ」


 溜息をつくユーリだが、「こ、子供扱いッ!」とカノンの不満は止まらない。ユーリとカノン、いつもの二人。そんないつも通りの煩いやり取りだが、それを見ているエレナはいつもと少し違う。


 困ったような笑顔を浮かべて、何か言いたそうに開いていた口を閉じた。それはユーリやカノンに向けてのものか、それとももう一人の同行者クロエへ向けてのものか。


 先程「お前ら仲良しだろ」とユーリが言ってしまったあたりから、クロエは完全にだんまりを決め込んでしまっている。


 その事に少々責任を感じているユーリが、「はあ」と気怠げに溜息をついてカノンのアホ毛を指で弾いた。


「取り敢えず聞くだけ聞いてやる」


 ブラブラと揺れるアホ毛を見ながら、この重苦しい空気が少しでもマシになればいいか、と考えたユーリの発言だ。


 ユーリから発言の許可が出たことで、「それでは」とカノンが両掌でアホ毛をピンと伸ばして口を開いた。


「ユーリさん、これってハーレムパーティですよね!」


 元気いっぱい満面の笑顔で放たれたカノンの言葉に、全員が固まった。まるで周囲を包んでいた空気に「ピシッ」と亀裂でも入ったかのような雰囲気で。


 それは、ユーリを巡る女性同士の争いを告げるゴング……などではなく、、というクロエとエレナの心からの抗議だ。


 気温が下がったと思うほどの空気の変わりようだが、それを読むようなユーリではない。


「お前バカか。こんなポンコツ共とハーレムとか、俺のこと舐めてんのか」


 小馬鹿にしたような顔で、後ろのエレナとクロエを指差すユーリだが……「あわわわわわ」とカノンの表情が見る間に青くなっていく。そんなカノンに眉を寄せたユーリが徐ろに後ろを振り返る――


「誰がポンコツだ?」

「ユーリ。君が私の事をそう思っていたとは」


 笑顔のまま指をポキポキと鳴らす二人が、ユーリの目の前に立っていた。二人共から溢れるのは、ユーリやヒョウもビックリのドス黒い闘気オーラだ。


 可視化出来る程の真っ黒な闘気オーラに包まれた二人が、「ん? 誰がポンコツだって?」とユーリににじり寄る。


「あ、いや……ちょっとした言葉の綾というか――」


 焦った笑顔を浮かべるユーリだが、にじり寄る二人が止まることはない。徐ろに上げられたエレナの右手とクロエの左手。それが同時にユーリの頬へと叩きつけられる。


 ――バッチーン。と軽快な平手の音が青空に響き渡った。






「くっそ。殴ることはねぇだろ……冗談の通じねぇ奴らだ」


 両頬にを宿したユーリが口を尖らせブツブツと呟く。


「今のはユーリさんが悪いですよ」

「三割はお前のせいだからな」

「七割も自分が悪いという自覚があるとはッ! 明日は雨です」


 ギャーギャー騒がしい二人だが、そのおかげかだろう、少しだけ張り詰めていた空気が弛緩してきている。勿論クロエがエレナに心を開いた、という類のものではなく、どちらかというと気を張り詰めているのが馬鹿馬鹿しいと言う雰囲気だ。


 褒められたキッカケではないが、弛緩した空気はそれでもずっと空気が悪いよりはマシだろう。


 事実――「なあ、こいつらは……」とクロエが自らエレナに話しかける程だ。思わず口をついてしまった。そんな言葉と苦虫を噛み潰した表情のクロエだが、驚いたエレナの顔に反して、バツが悪そうに更に続けた。


「こいつらは……いつもなのか?」


 絞り出されたような言葉に、エレナはその顔を笑顔に変えて「ああ。そうだな」と強く頷いた。


「大体いつも煩いな」


 そう笑ったエレナは、その先に紡ぎたかった言葉を飲み込むように口を強く結んだ。そんなエレナを見ていたクロエもまた、口を噤んで青空を仰いだ。


 まるで何かを思い出すような二人だが、そんな二人の間に流れる空気を――


「クソ雑魚じゃねぇか」


 ――ぶった切るのは、瓦礫の影から突如として現れたモンスターだ。


 ゴブリンよりも少し大きな体躯は、ホブゴブリンだろう。ゴブリンの上位種と位置づけられる個体で、ゴブリンよりも強力なのは確かだ。


 とは言え、今この場にいるのは……


「よし、久々のゴブリンハンマーだな」

「今日こそは力加減を……」

「試作品の試し斬りには丁度いいか」

「丁度いい。憂さ晴らしに燃やしてやろう」


 ……実力者三人を含むである。しかもそのうち恐らくユーリ、カノン、クロエの三人は脳筋というトンデモ集団だ。


 現れたホブゴブリンとそれが引き連れていたゴブリン合わせて凡そ二〇程……それが一瞬で地面のシミへと返っていった。


「おいバカノン! 何だって俺の隣ばっかで暴発すんだよ!」

「ううう……今日も駄目でした」

「どうもしっくりこないな」

「……」


 カノンに吹き飛ばされ土埃まみれのユーリ。

 そんなユーリなどどこ吹く風で肩を落とすカノン。

 新調した剣の握りを確かめるエレナ。

 そして――そんなエレナとユーリを、で見ているクロエ。


「……貴様ら、何か強くなってないか?」


 眉を寄せるクロエに、ユーリは「そりゃ強くなるだろ」と溜息を返した。そんなユーリの溜息にクロエは盛大に眉を寄せて首を振る。


「い、いやいや。エレナは…まあ……分かる」


 クロエはエレナに視線を向けて「しょ、少々想定以上だが……」と呟いたものの「エレナはまだ分かる」ともう一度首を振った。エレナの戦いを最後に見てからの年月を思えば、確かに強くなっているのは理解できるのだろう。


「だが、貴様だ! 貴様、この前よりも確実に強くなってるじゃないか!」


 ユーリを指差すクロエは不満げに「一体どんな手品だ」と口を尖らせた。


「手品も何も……ちょっとモンスターの群れに突っ込んで殲滅したくらいだろ」


 面倒そうなユーリが、「化物草と猿と……」と最近の戦闘を振り返った。


 クロエと戦ってから、植物型モンスターの群れ、ファイターエイプの群れ、オーガの群れ、そしてオーガ・ジェネラルと何だかんだ戦闘続きだ。


 あれから一ヶ月も経っていないが、その間にのだ。強くなってもらわないと困る。


「ちょ、ちょっと待て。モンスターの群れって、の部隊はたった二人だろう?」


 呆けた表情のクロエが、言葉遣いも大人しくユーリとカノンを見比べる。


「たった二人で群れ相手って……お前ら実は使? それとも広範囲殲滅に特化した能力なのか?」


 フラフラと二人に近づくクロエに、ユーリとカノンはお互いに顔を見合わせ――


「ふっふっふ。私が魔法少女だと――」

「ンな訳ねぇだろ。俺もコイツも見た目通り超絶前衛だ」


 自慢げなカノンの頭に手を置いたユーリが、「コイツは一応するけどな」と笑ってカノンを見た。


「ユーリさん! 私は魔法職ですよ」

「はいはい。魔法職(物理)な」

「(物理)って何ですか!」


 ギャーギャー言い合う二人を前にクロエは固まったままだ。そんなクロエを見て、エレナは初めてユーリの戦いを見た時の衝撃を思い出して「そういえば私もそうだったな」と小さく笑った。


 最近ではユーリの戦い方に慣れた上に、自らも敵陣へと突っ込む事が増えたので感覚が麻痺していたが、クロエのこの反応が正しい反応だ。それにクロエからしたら、エレナ以上に衝撃だっただろう。


 ……昔から、驚き以上に羨ましさが勝っているかもしれない。


 エリートの軍人と言えど、基本的な戦術はハンターと変わらない。なるべく数的優位を持って戦う事は基本中の基本であり、先程のような多勢に当たる場合は否応無しの時だけに限る。


 未だに驚き目を白黒させているクロエだが、いつまでもノンビリしている暇はない。とばかりにユーリがクロエから視線を外して、エレナへと向き直った。


「おいエレナ。お前が前を歩かねぇと、俺らじゃ目的地の詳しい場所は分かんねぇぞ」


 呆れ顔のユーリの言葉に、エレナが「あ、ああ。そうだな」と慌てて足を速めた。ほんの一ヶ月程前を思い出して呆けていたわけだが、そんなエレナの締まらない様子に、「しっかりしてくれよ」とユーリが溜息をつく。


「いや、君の暴れっぷりがなつかしくてな」


 笑うエレナがユーリの脇を通り抜けていく。


「ンなもん見てんだろ」


 それに鼻を鳴らしたユーリが、前を進みだしたエレナの後へ続く。




 エレナが前を進むことで、前に出たがりカノンとエレナが前方を。そして自然とユーリが後方へと追いやられる事に。


 エレナとカノンが楽しげに前を歩き、ユーリとクロエが黙って後ろを歩く。


 ユーリの隣を歩くクロエは、先程からユーリが気になっているようにチラチラと視線を送るが、当のユーリはそんな視線を気にする素振りもなく、大口を開けて欠伸まで見せる程だ。


「……おい、お前」


 堪らず声を掛けるクロエに、ユーリは視線だけ向けて、何だ、という意思を示した。


「いつも、なのか?」


 恐らく先程まで言っていた、戦いの事を聞いているのだろう。そうならば、とユーリは小さく溜息をついて口を開いた。


「まさか。いつもな訳ねぇだろ」


 ユーリのため息交じりの言葉に、「そ、そうだよな」とクロエが分かりやすく顔を上げる――が、


。こんな四人がかりなんてそうそうねぇよ」


 欠伸を噛み殺したユーリが、「最近はカノンと共闘もあるけどな」と続ける。予想の斜め上が返ってきたクロエが再び固まる。


 いつも敵陣に突っ込んで居る。しかもほぼ単騎で。


 クロエからしたら馬鹿の所業だが、目の前のユーリは「命がどうとか説教はやめろよ。」と面倒そうに話題をぶった切りに入っている。


 そういう風に生きてきた。つまり今までずっとそうしてきたのだ、とユーリは言っている。正直どんな環境だと聞きたい所だろうが、クロエはそれを抑えるように一度開きかけた口を閉じて、疑問の全てを大きな溜息で吐き出した。


「別にお前の戦いかたに口を出す気はない。私とて【軍】では『突出しすぎだ』と


 自嘲気味に笑ったクロエが、「そのせいで後方勤務に追いやられて、気がつけばコレだ」と自分のコートを鬱陶しそうに指で弾いた。


 一瞬だけ、本当に一瞬だけクロエは寂しそうな笑顔を浮かべたが、それを振り払うように「昔の話だ」と首を振った。


「……もうこの話は終わりにしよう。お前はハンターだ。お前が


 クロエが顔を上げてユーリを真っ直ぐに見る。


「だが、そのせいで不利な状況に陥っても、?」


 真っ直ぐなクロエの瞳に映っているのは、果たしてユーリかどうか。真っ直ぐだが僅かに揺れる瞳にユーリが小さく笑って頷いた。


「そん時ゃソッコーで見捨てろ。好き勝手やるんだ。自分テメェのケツくらい自分テメェで拭くぜ」


 ユーリの見せた笑顔に、クロエが一瞬だけ目を見開いて固まったが、それを振り払うように頭を振る。


「面白い。ならばお前の死に様に期待しよう」


 そう吐き捨てたクロエが「フン」と鼻を鳴らして、今度こそ完全に黙って前を見つめる。少しだけ離れてしまったエレナ達を追うようにクロエは足を僅かに速めた。


 陽はもう間もなく中天にさしかかろうとしていた。

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