第118話 何だかんだ言って多分いいコンビだと思います

 支部長室に響いたユーリとクロエの素っ頓狂な叫び声。思わずハモってしまった二人だが、そんな事すらと思える程の息ぴったりで二人がサイラスへと詰め寄った。


「グレイ卿、気は確か?」

「そうだぜジジイ。ボケてんのか?」


 サイラスの前で眉を寄せた二人が、今も「考え直せ」と口を揃えている姿にサイラスが小さく笑った。


「息ぴったりではないか。大丈夫そうだな」


 、と言わんばかりのサイラスの笑顔に、ユーリとクロエが二人して顔を盛大に顰め、同時にお互いを指さしながら更に詰め寄った。


「「こんな奴と息ぴったりなわけねぇだろないだろ!」」


 完全にハモった二人が、これまた同時にお互いを睨みつけた。


「息ぴったりですね!」


 サイラスと反対側から聞こえてきたカノンの声。それに即座に反応した二人の首がぐるんとカノンへと向けられた。眉を吊り上げた二人が、開こうとした口をほぼ同時に噤み、お互いを横目に睨み合う。


 それはまるで先程のハモリを警戒したような仕草だが、奇しくも全く同じ行動をしてしまった二人に「やっぱり息ぴったりですね!」とカノンの笑顔が突き刺さった。


「「どこが息ぴったりなんだ!」」


 堪らず発した言葉が再び被った二人。その事実に若干顔を赤らめた二人だが、再びお互いを睨み合う形に――


「おいポンコツ騎士、人の台詞をパクんじゃねぇよ」

「パクる? それは貴様のしでかした事か?」


 サイラスとカノンに挟まれ睨み合う二人は、今にも掴み合いを始めそうな勢いだ。一触即発の二人だが、そんな二人を見守るサイラスもカノンも笑顔のままだ。


「二人の息があってるのはいいことだ。臨時とは言え、チームを組むのだからね」


「ジジイ、寝ぼけてんのか」

「そうだぞ。こんな男とチームなど、断じて許容出来ないぞ」


 勝手に纏めに入ったサイラスに、ユーリとクロエが二人して抗議の視線を向ける。


「そんな目で見られても、これはを思っての提案なのだが?」


 呆れ顔で肩を竦めたサイラスに、「どこがだよ」とユーリが眉をひそめて、クロエがそれに何度も頷いている。


「まずはヴァンタール卿。貴殿は私のと言っていたね」


 サイラスの笑顔に、クロエが「まさか……」と呟いてユーリを振り返った。


「そのまさかだ。ユーリ君とカノン君は私がおすすめするチームの一つでね」


 悪い顔のまま眼鏡を押し上げるサイラスが続ける。


「因みに昨日のショッピングモールを破壊した張本人でもある」


 サイラスの放った言葉に「てめッ」とユーリがその顔を引きつらせた。なんせサイラス自身が「思い切りぶち壊してこい」と言っておきながら、梯子を外してくるという鬼畜ぶりである。


 まさかの裏切りにユーリが額に青筋を浮かべてサイラスを睨みつける横で――


「貴様が……?」


 クロエが驚いたような表情を浮かべてユーリを見ていた。その瞳は先程までの敵意だらけの視線の中に、僅かだが興味の色が浮かんでいる。


 その面倒そうな視線を感じ取ったユーリが、サイラスを更に睨みつけるが、サイラスはその視線から逃れるように……いや、何を意図してか、ユーリとクロエを左右に押しのけるようにその間へと一歩進み出た。


 普通に考えれば二人を離して最悪を回避する為に見えるが、少しタイミングが遅いような気がしないでもない。とは言え、自分の目の前まで来たサイラスをユーリがもう一度睨みつけた。


「ジジイ……テメェぶっ殺されてぇ――」

「まあそう怒るな」


 自身を睨みつけるユーリの肩へ、サイラスが左手を乗せた。それを鬱陶しそうにユーリが払おうとした瞬間、ユーリはその違和感に気がついた。サイラスがユーリへ向けている顔が、何と言うかいつもの自信に満ち溢れた憎たらしい顔ではないのだ。


 


 真剣だが、切羽詰まったような、それでいてこちらに気を使うような……


 初めて見るサイラスの表情に、ユーリが困惑する事しばらく……ようやくそれが事に気がついた。人に本気で頼み事をする時に、こんな表情をするな、とユーリが思い当たってみれば、成程サイラスの顔には「頼む……」とでも書いてあるようだ。


 どうやらわざわざユーリとクロエの間に入ったのは、この表情をクロエに見せたくなかったのだろう。


 そんなサイラスの思惑と顔を汲み取ったユーリがニヤリと笑う。サイラスの頼みなどユーリが「はい分かりました」と


 悪い顔したユーリがサイラスの腕を振り払う――振り払――振り――払えない。ユーリの肩にミシミシと音を立てて食い込む指に、サイラスの本気度が現れている。


「てめ、ジジイ! いい加減に――」

「君もいつまでもカノン君と二人だけでは心許ないだろう?」


 そう言いながら、サイラスがユーリの右肩にも手を置いた。


「ジジ――」

「これも君達の為なのだ。分かってくれるな」


 右肩もにめり込んでいくサイラスの指に、ユーリは眉を寄せてもう一度サイラスを見た。


「……ブロンズランクに上げてやろう」


 もの凄く小さな、それでいて早口で呟かれたサイラスの言葉。それは恐らくサイラスを前にして、口の動きを見ることが出来たユーリだからこそ聞き取れたもの。それに対してユーリは小さく溜息をついて――


「……話になるか。せめてゴールドだ」


 ――同じ様に小声の早口で捲し立てた。


「それは飛び過ぎだ」

「なら、話は無しだな」


 小声の早口で続けられるやりとり。そしてそれを隠すようにクレアが「ふーーー。はーーー」と妙なタイミングで訳の分からない溜息などつく始末だ。


「……シルバーならどうだね?」

「……チッ仕方ねぇな」


 漸く纏まった裏取引に、ユーリが盛大な溜息をついてサイラスの手を払い除けた。


「分かったよ。そのポンコツ騎士の面倒、見てやるよ」


 ユーリの言葉に「ちょっと待て、私は納得していないぞ」とクロエが口を尖らせた。正直ユーリがショッピングモールを叩き潰した事に関しては興味を示したが、だからといって四六時中行動を共にしたいか……と言われればクロエからしたら「ノー」だろう。


 だがそれで引き下がるユーリではない。なんせポンコツ騎士のお守りをするだけで、シルバーランクが確定している。ここでクロエには「イエス」と言ってもらわねば話にならない。


 こういう状況でユーリが取る選択肢は一つ――


「そりゃ無理だよな。だって、お前程度が教えられる事なんてねぇもんな」


 クロエを挑発するようなユーリの笑顔に、クロエが「あ、あれはマグレだ……」顔を赤らめて口を尖らせた。


 その場にいるクロエ以外の全員が「あー。始まったよ」とユーリが煽りモードに入った事に気がついたが、当のクロエは勿論そんなものに免疫の「め」の字もない。完全に場の主導権がユーリへと移っていく。


「へぇ。マグレねぇ? て事は俺よりも強いってのか?」


 悪い顔のユーリに「決まってるだろう」とクロエが口を尖らせた。


「なら、俺に本当にお前が強いか所を見せてくれよ」


「い、いいだろう! そんなに私の強さが見たいなら見せてやる」


 怒りに顔を赤くするクロエに、「よっし、決まりだな」と手を叩いて笑顔を見せた。見るものを魅了するような笑顔だが、カノンもエレナもサイラスもクレアでさえ、この顔はだと良く知っている。


「じゃあ丁度依頼に行く予定だし、


 向けられたユーリの笑顔の真意に「あ……」と、クロエが声を漏らすがもう遅い。嵌められた……そう言いたげなクロエの表情。それを目にしたユーリは悪い笑顔で口を開いた。


に二言はねぇよな?」


 悪い顔で「ケケケケ」と笑うユーリを、エレナが「その辺にしとけ」と制した。


「クロエ、ユーリのペースに飲まれたら駄目だ」

「それはもっと早く教えてくれ」


 クロエがエレナに向かって口を尖らせる。


「相手を煽って自分に有利な状況にするのは、ユーリの常套手段だ」

「みたいだな……次からは気をつけ――って、何を仲よさげに話しかけてるんだ!」


 エレナと普通に会話していたかと思いきや、クロエは急に声を荒げて彼女を睨みつけた。


「お前、情緒不安定かよ」


 呆れ顔のユーリに「い、今のは油断していただけだ」とクロエが頬を膨らませて顔を赤らめた。


「何回油断したら良いんだよ」


 ユーリが溜息をついて「ポンコツが過ぎんだろ」と続けた言葉に「誰がポンコツだ!」とクロエが更に顔を赤く――


「落ち着け、クロエ。ペースに飲まれるな」

「だからお前は普通に話しかけてくるな!」


 右へ左へ忙しいクロエを前に、「グダグダですね!」とカノンが呆れた笑顔を浮かべている。


「お、お前らが私を弄ぶからだろう!」


 顔を瞳に涙を浮かべるクロエに、「泣くことねぇだろ」とユーリが頭を掻くが、それをカノンがジト目で「殆どユーリさんのせいですけどね」と呟いた。


 完全にカオスな雰囲気は、そろそろサイラスの雷が落ちる頃……なのだが、当のサイラスは今だけは菩薩のような優しげな笑みで四人を見守っている。


 ここで声を荒げては、折角ユーリ達がクロエを連れ出そうとしてくれているのが無駄になるからだろう。良く見れば菩薩のような笑顔だが、蟀谷だけが小刻みにピクピクと動いているのだ。


「さて、親睦も深められたようだし……そろそろ依頼へ行ってはどうかね?」


 菩薩サイラスの我慢の限界がきたのか、優しげな言葉だが「さっさと外に行け」という発言を敏感に察知したエレナが、「ユーリそろそろ出よう」とユーリの肩を叩いた。


「チッ、しゃーねぇな……おい、行くぞポンコツ騎士」


「誰がポンコツだ!」


 そう叫びながらもクロエが律儀にユーリの後へと――


「ちょっと待て、何故エレナも一緒なんだ?」


 ――後に続いていたクロエが、エレナが先導する事態に眉を寄せ、「貴様らのチームは貴様とコイツの二人だろう?」ユーリを見ながらカノンを指さした。


 眉を寄せるクロエにユーリがカノンへ視線を向ける。


「なんでって……」

「それは」


 顔を見合わせていた二人が同時にクロエを見た。


「今回の依頼はだからな」

「でしょう」


 教えられた事実にクロエが「最悪だ」と頭を抱えるが、ついていくと行った以上、引き返せないのだろう。肩を落としつつも律儀にユーリ達の後をついていく。







 四人が居なくなって静かになった支部長室で、サイラス一仕事終わったとばかりに大きな溜息をついた。


「よろしいのですか?」

「エレナ君とヴァンタール卿かね?」


 クレアの質問に、眼鏡を拭きながらサイラスが答えた。


「はい。確か元々は同じ騎士学校の同期にして親友……そして同じ部隊で――」

「問題はあるまい」


 クレアの言葉を遮るように答えたサイラスは、「大丈夫だよ」と笑顔を見せた。


「あの事件の事は。それはヴァンタール卿も同じだろう」


 そう言い切って執務机に戻るサイラスに、「そうであるなら何故……?」とクレアは困惑した表情だ。


「分かっているからこそ、……恐らくどちらも思いは同じ。に必要なのは、お互いが抱える熱い思いだけだ」


 笑顔のサイラスが「とは言え、直ぐにとはいかないだろうが」と肩を竦めてみせた。


「ユーリ君達に押し付けたつもりだが、思わぬ副産物も得られるかもしれないな」


 そう呟いたサイラスが机の上でホログラムを立ち上げた。そこに映っているのは、エレナの写真だ。だが写真の彼女は、今の柔らかい印象からは想像が出来ない程鋭く棘のある雰囲気だが……。


「あれから三年か……訪れる雪解けが、彼女を真の意味で羽ばたかせてくれればいいのだが」


 そう呟いたサイラスがホログラムを閉じた。


「さて、に少しだけ期待しようか」


 ゆっくりと背もたれに身体を預けたサイラスが、別のホログラムを立ち上げた。漸く自分の仕事に取りかかれる……そんな彼に


「そう言えば、エレナさんは何の理由があって、ユーリさんの耳を引っ張ってきたのでしょう?」


 首を傾げるクレアの不穏な言葉に、サイラスが「恐らく良いことではないだろうな」と思い出して頭を抱えた。


「また次の機会にでも問うことにしよう」


 とは言え今から呼び戻せば、あの騒々しさが戻ってくる。それは出来れば回避したい。そう思うサイラスが今は忘れておこう、と目の前のホログラムに集中するのであった。




 ☆☆☆



「そう言えば、ユーリさんの衛士隊身分証の件が有耶無耶になりましたね」

「ばっか。折角忘れられてたのに、黙ってろよ」

「忘れるわけがないだろう。依頼が終わったら支部長に報告に行くからな」

「ユーリ・ナルカミ。悪事は必ずバレるぞ」

「お前ら仲良しじゃねぇか!」


 ユーリの突っ込みは、抜けるような荒野の青空へと消えていった。

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