第113話 勝負の余韻って結構大事
崩れ行くショッピングモールの中で、ユーリはジェネラルを前に笑っていた。
「中々楽しいじゃねぇか、なあ?」
笑顔のユーリを前に、ジェネラルもその口角を吊り上げ駆け出した。
ジェネラルの振り下ろし。
ユーリが敢えて
開いた体の勢いそのままユーリの中高一本拳※がジェネラルの右肩付け根に突き刺さった。
※正拳の握りで中指第二関節を飛び出させた物。良い子は真似したら駄目。
肩関節にめり込むユーリの拳。
点に集約された威力に、ジェネラルの顔が僅かに歪んだ。
その僅かな隙をユーリは逃さない。
一本拳を握ったユーリの両腕が幾度となく風を切る。
人中、喉、天突※、
※鎖骨の間、首の付け根の窪んだ場所。
全身に走る痛みを嫌うように、ジェネラルが後ろへ大きく跳ぶ。
それを逃さないとユーリが追いかける。
間合いを詰めるユーリへ、ジェネラルのカウンター。
外から薙がれた野太刀がユーリの左側頭部へ迫る。
その一撃を大きく左足を踏み込みつつダッキング。
頭髪を掠めて通り過ぎた野太刀。
踏み込んだユーリの左足が床を砕く。
足から腰、腰から肩、そして左腕へ――
関節を連波していく毎に増す力がユーリの左拳から解き放たれた。
ジェネラルの脇腹に突き刺さるユーリの左拳。
戦いが始まって初めてジェネラルがその身体を「く」の字に曲げて吹き飛んだ。
吹き飛んだジェネラルが太い柱を突き破った。
柱を折ったジェネラルが吹き飛ばされた先は――建物の中央吹き抜け部分だ。
失速し始めたジェネラル。
その真上に両腕を振り上げたユーリが瞬間移動の如く出現。
躊躇なく振り下ろされるユーリのハンマーパンチ。
ジェネラルの身体が再び「く」の字に――
パンチの勢いと、重力加速度を味方に一気に加速したジェネラルの身体は一瞬で一階フロアへ。
建物全体が大きく振動し、とてつもない量の埃が館内で舞い上がった。
そんな埃を突っ切る影が一つ――
ジェネラルを叩き落としたユーリが、天井の鉄骨を蹴って自身も加速。
フロアに落ちたジェネラル目掛けて、ユーリ渾身の両足スタンプキック。
舞い上がる埃の中で、爆発音にも似た音を響かせて一階フロアが崩れ落ちた。
「――ペッ、ペッ……」
暗い地下空間、砕かれた天井から差し込む光に舞い上がる土埃の中で、ユーリの鬱陶しそうな声が響いている。
「あーあ。地下一階も抜けちまってるじゃねぇか」
土埃を払って出てきたユーリが上を見上げる……成程、彼の言う通り陽光が差す天井に空いた大穴の向こうに一回り大きな穴が見て取れる。
それだけユーリのスタンプキックの威力が凄かったのだろう。
「あれが決まってりゃ、もう終わってたのにな?」
ユーリが笑いかける向こうから、瓦礫を押しのけて出てきたのはジェネラルだ。あの一撃を何とか躱していたのだろう。
首を鳴らしたジェネラルがユーリに笑いかけた。まるで「まだこれからだ」と言わんばかりの笑顔だが……「バカか俺のアンコールは一曲だけって決まってんだよ」とユーリが笑いながら腰を落とした。
天井に空いた巨大な穴……そこから漏れる明るい陽光を挟んで二体が睨み合う。
既に上の建物はゆっくりと崩壊が始まり、この最下層のフロアもパラパラと瓦礫が落ちてきている。
響く崩壊音。
振動する空間。
パラパラと落ちる瓦礫。
そんな空気が一瞬だけ止んだ――その瞬間二体の姿が消える。
光の下で打つかり合う二体。
ジェネラルの野太刀が真上から振り下ろされる。
それを左へ体を開いて躱すユーリ。
奇しくも最初の邂逅と同じ展開。
それを分かっていたように笑みを浮かべたユーリが回転。
右上段後ろ回し蹴り――
左手で迎え撃つジェネラル。
衝撃波が空気を震わせ埃を吹き飛ばした……いや、埃だけでなくジェネラルも――
「男子三日会わざれば刮目して見よ!」
笑うユーリが右脚を振り抜いた頃、両足で地面を滑っていたジェネラルが両足を踏ん張ってその勢いを殺す。
滑っていた勢いをジェネラルがタメに変換。
両手で野太刀を霞に構え――床を穿って一気に加速。
一瞬でユーリの目の前に現れる野太刀の切っ先。
ユーリが首を左に捻って躱す。
切っ先がユーリの耳を掠め髪の毛を舞い上げた瞬間、ユーリは完全に身体を左に開いた。
首を捻っただけで躱せた一撃。
それにわざわざ体を開いた理由は――野太刀へ伸びるユーリの両手に答えがある。
野太刀を握るジェネラルの右手へ、下から添えられるユーリの左手。
野太刀の峰を抑えるように這わせられた右手。
ユーリが右足を踏み込みつつ右手で峰を抑え込み、左手で柄を押し上げる。
梃子の原理がジェネラルの右手首を捻り上げる。
一瞬でジェネラルの両手から解き放たれた野太刀。
だがそれで止まらない。
抑え込んでいた右手が止まらず弧を描く――切り上げの形に回転する刃。
それに気付いたジェネラルが慌ててバックステップ――は僅かに間に合わなかった。
野太刀の切っ先が、ジェネラルの股下から腹付近まで縦に斬り裂いた。
吹き出す血と臓物にジェネラルがゆっくりと膝をついた。
相変わらずパラパラと落ちる瓦礫の中、満足したようにジェネラルが笑みを浮かべる。
「いい勝負だったな」
そんなジェネラルに笑いかけるユーリが、野太刀を差し出した。
両手を刃に添え恭しく差し出されるそれをジェネラルが弱々しく受け取った。
野太刀を暫く眺めたジェネラルがユーリへ向けてそれを差し出した――頭を垂れながら。
首を持っていけ。と言わんばかりのジェネラルの行動に、「良いぜ」とユーリも笑ってその野太刀を受け取った。
首を差し出すオーガ・ジェネラル。
野太刀を八相に構えるユーリ。
そんな二人へ新たに崩れ落ちた天井から、傾き始めた陽光が斜めに降り注いだ。
「お前の首、ユー……鳴神 悠利がもらい受ける!」
振り下ろされた野太刀がジェネラルの首を綺麗に斬り落とした。
吹き出す血と転がる首。
力なく倒れ伏すジェネラルの身体を覆い隠さんと、上から瓦礫が降り注ぐ。
首を掴んだユーリが小さく息を吐き、野太刀と二つそれを
崩れ行く巨大なショッピングモール。その瓦礫がジェネラルの身体を覆い隠していく――
☆☆☆
「あ、出てきました」
カノンが指差すその先に、服を払いながら「くっそ、汚れまくりじゃねぇか」と悪態をつきながら歩くユーリの姿があった。
今ももうもうと土埃を上げ続ける巨大ショッピングモールを背後に、「よう、待たせたな」とユーリが片手を挙げて笑う――
「何が待たせただ。あれだけ壊すなと言ったのに!」
そんなユーリへ詰め寄るエレナ。
「うっせ。あの程度で壊れる方が悪いんだよ」
そんなエレナを前に面倒くささを隠さないユーリが小指を耳に突っ込んで口を尖らせた。
眉を寄せ、頭を抱えるエレナが思わず
「あの程度ではないだろ……どれだけ暴れたと――」
「貴様! 此度の件、どう説明してくれる?」
溜息をついたエレナを押しのけるように、軍人が一人ユーリの前へ。
「どうもこうねぇわ。ボスが暴れて壊れました、以外にねぇだろ」
呆れ顔で「バカだろお前」と続けるユーリに軍人の顔が一気に赤く染まっていく。
「ば、馬鹿だと? 貴様誰に向かって――」
口角泡を飛ばす軍人に、「お前以外誰がいるんだよ」とユーリは腕を組んで鼻を鳴らした。
現場はボスを倒した喜びなど何処へやら……一触即発の剣呑な雰囲気だ。
「貴様……もう一度言ってみろ――」
軍人が発する底冷えするような声。それに呼応した他の軍人たちも、腰を落として何時でもユーリへ斬りかかれるよう、それぞれの
「何度でも言ってやるよバカが。こんなボロ施設と俺らの命とどっちが大事だよ」
腕を組んだままのユーリの言葉に、軍人たちが眉を寄せてお互い顔を見合わせた。
「こんなボロ施設守ろうとして、一体何人怪我したんだ?」
ユーリの言葉に軍人たちが黙り込んだ。確かに死亡者こそ出なかったが、いつ誰が死んでもおかしくない状況は幾つもあった。
「だから何だと言うのだ。任務に殉ずる事など我々は厭わない」
軍人の瞳に再び光が宿る。彼の言う通り、それが彼らの仕事なのだ。人類の為に必要な時は命を投げ出す。それが彼らの仕事で、例え危険だとしても任務を忠実に実行する事こそが彼らにとっての最優先である。
だがそれは彼らの仕事であって、ハンターの仕事ではない。
「死にてぇなら、テメェらだけで死にやがれ」
ユーリの言葉に小さく頷くのは、カノン達の後ろにいる陽動部隊のハンター達だ。ハンターは別に【軍】の所属ではない。彼らのモットーは『命を大事に』が基本の連中が多い。
「お前らの見通しが甘すぎたせいで、ハンターに被害が出てる事……その責任は誰が取るんだ?」
「思った以上に敵がいた……そのくらい貴様らも覚悟の上だろう」
軍人が話しにならない、とばかりに鼻を鳴らすが、ユーリはそれを小馬鹿にした笑顔で被せるように「だからお前はバカなんだよ」と吐き捨てた。
「こんなボロ施設で誰が全力出せるんだよ……アイアンランクが暴れたくらいで崩れるようなボロ施設で」
ユーリが勝ち誇ったように、胸元からアイアンのタグを取り出した。目の前でプラプラと揺れるアイアンのタグに「馬鹿な……」と軍人たちが呆けてしまう。
ユーリが言っているのは、
「お前らがこんな施設を壊すな、とか無茶言うから全員が制限された状況で戦ってたんだぞ?」
悪い顔のユーリ。それを見たカノンとダンテ、そしてエレナは「また始まった」とばかりに苦笑いだ。それっぽいことを、それっぽく言って自分の正当性をゴリ押す……ユーリの基本戦法だ。ちなみにこの戦法が効かない相手は、次の戦法……物理的に黙らせるに移行する。
つまり「また始まった」のだが、出来れば軍人たちにはここで煙に巻かれてほしい、とエレナとダンテは願っている。……カノンはどっちに転んでもユーリらしくていいかな、という無責任な感想だ。
「大体アイアンが暴れたくらいで潰れるボロ施設なんて、再利用できる訳ねぇだろ」
笑ったユーリが軍人の肩を叩いてその横を通り過ぎた。
「そ、そんな屁理屈が通るか!」
ユーリを振り返る軍人は、何とか声をふり絞ったのだろう……震える声のその先が中々続かない。
そんな軍人にユーリが盛大な溜息一つ――
「通らねぇ……っつーなら、通すだけだ」
ユーリが放つ剣呑な雰囲気に「わ、我々と揉めるというのか――」と軍人が腰を落として
「揉めるも何も……お前状況分かってんのか?」
呆れ顔で腕を組んだユーリに「何だと?」と軍人が眉を寄せた。
「ここは荒野のど真ん中……そして今は作戦遂行中……つまり――」
一瞬で軍人の前へ距離を詰めたユーリがその頭を鷲掴みに――
「お前らがここで全滅しても、俺らが黙ってりゃ誰も真相は分からねぇんだぞ?」
獰猛な顔で笑うユーリに、「これは
慌てふためく二人だが、その隣でカノンは「多分大丈夫だと思いますよ」とあっけらかんとした表情でユーリと軍人を見ている。
「なぜ――」
眉を寄せるエレナに
「だって、ユーリさんが本気でやる気なら、脅す前に一発殴ってますからね」
そう笑うカノンが「それがユーリさんです」と続ける言葉に、エレナとダンテも確かにと妙に納得してしまっている。
そして実際カノンの言う通り……
「俺と揉めるなら、そうなるけどどうすんだ?」
と笑ったユーリが軍人を掴んでいた手を放した。
まさかの事態に呆けるエレナとダンテ。そして――
「き、貴様のことは上に報告させてもらう!」
声を上擦らせた軍人が、「全体撤収」と早口で捲し立て全員を引き連れ足早に街へと掛けていった。
「……駐屯部隊くらい残せよ……バカが」
そんな背中にユーリの溜息は届かない。それと同時に殺さなくて良かったな、とも思っている。いや、正確には殺す価値もなかったな、と。
ユーリ自身、相手に格を求める事は殆ど無い。相手がムカつくなら殺してしまっても構わない、というのが基本スタンスだ。
だが今日は、中々魂が揺さぶられる戦いが出来た。折角その余韻に浸っているというのに、それを小物退治で上書きするのは勿体ない。ただそれだけなのだ。
そういう意味では彼らは運が良かったのだろう。
傾いてきた陽の光だが未だ橙には遠い――そんな光を浴びて大きく伸びをしたユーリが、「さて帰るぞ。ジジイに凱旋報告だ」と呟けば、「はい」とカノンが大きく頷いてその後に続く――
残された瓦礫の山とハンター達……それを前にエレナはユーリの言葉にサイラスがユーリを派遣した本当の理由に思い当たった。
彼女の呟いた「支部長にしてやられたな」という声は、白煙を舞い上げる風に乗って空へと吸い込まれていった。
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