第104話 嫌な奴ほど印象に残る
エミリア達と調査に出てから早三日――リリアの店は開店直後だと言うのに、既に賑やかだ。あの奪還祭でリリアが魅せた圧巻の歌。その効果なのか、最近では多くの客がこの『ディーヴァ』を訪れ、店内は連日大忙しである。
夕食時から夜遅くにかけては、文字通り夕食をとりにくる者、そして二軒目以降のお酒を楽しみに来る者、と時間帯で客層が変わるものの、忙しさが続く。故に最近のユーリはこの開店直後の時間帯に、早めの夕食をとる事が日課なのだ。
そんな日課の真っ最中であるユーリの前に現れたのは――
「珍しい組み合わせだな」
胡散臭そうなユーリの視線の先で、エレナに伴われたリンファがニマニマとした笑顔を見せている。
衛士隊を辞めたリンファだが、結局似たようなデザインのアーマーギア姿なので、あまり代わり映えしない。とは言え、色は白一色ではなく所々リンファの瞳と同じ深緑のラインが入っている。……そのお高そうな一品と、ニヤニヤとしたリンファの顔に「お前……また横流しして金稼いでる訳じゃねぇよな?」とユーリが悪い顔で先制パンチを放った。
ユーリの失礼な言葉に一瞬だけ「ムッ」と表情を曇らせたリンファだが、直ぐにその表情を悪い笑顔に変えて
「ここがお前と
ニヤニヤと笑うリンファが店内をぐるりと見回して、「小さいけど結構繁盛してるじゃねーか」とユーリの肩を叩いて「引退してからも安心だな」と笑いを堪えて肩を震わせた。
今も口元を抑えて笑いを堪えるリンファに、これは少々分が悪いとユーリが睨みつけて口を開いた。
「……何しに来たんだ。ぶっ殺すぞ」
凡そ元バディに向けて放つ言葉ではないが、照れを隠すようなユーリの表情に「今更照れんなって」とリンファが更に肩を震わせている。
「おいエレナ。こんな面倒クセー奴連れてくんじゃねぇよ」
ユーリは客の視線のある店内で声を荒げるわけにも行かず……仕方無しにリンファを連れてきたエレナを睨みつけるが、当のエレナは肩を竦めて「君も似たようなものだろ?」と全く取り合わずにユーリの隣に空いている席に腰を下ろした。
「マスター、おすすめを一杯。私とこっちに――」
エレナが指差すのは隣で「あーあ」と眦を擦りながら座るリンファだ。そんな二人をチラリと見たマスターが小さく頷いた頃――
「いらっしゃいませ――あ、リンファさんお久しぶりです」
ウエイトレス姿のリリアが二人の前に現れた。
「久々だなオーベル嬢。邪魔してるよ」
リリアに手を上げるリンファは爽やかな笑顔を見せている。先程ユーリに見せていたようなニタニタと嫌らしい笑顔とは違うそれに、「いつでも来て下さいね」とリリアも可憐な笑顔を返して料理を手に持ち、テーブルへと歩いていく――
そんなリリアの後ろ姿を眺めるリンファが
「成程……ありゃナルカミが惚れちまうのも無理はねー笑顔だな」
感心した声を上げた。
「お前、うかうかしてると別の男に取られちまうぞ?」
リンファが眉を寄せながらユーリを覗き込むが、ユーリは「俺には関係ねぇよ」と鼻を鳴らすだけだ。とは言えリンファの言う通り、実際あの笑顔にやられた男性客は多く、リリアの笑顔を見るために通っている人間もいるほどだ。
「ったくオーベル嬢が不憫だぜ。こんな朴念仁が相手とか」
ユーリの態度にリンファが盛大な溜息をついた。
「誰が朴念仁だ。お前マジで何しに来たんだよ」
口を尖らせるユーリだが、間にいるエレナから「リンファも明日からは荒野で緊張してるんだ。許してやってくれ」と肩を叩かれて諭される始末だ。
どうやらリンファもゲオルグも、訓練プログラムの進捗は順調なようで、明日からは
そんなエレナの言葉に、仕方がないとばかりに「チッ」と舌打ちだけ漏らしたユーリ。そう言われてみれば、リンファらしからぬ口数の多さだとユーリも思わなくもない。だからと言って、人をダシにされるのは気分が良いものではないが、そこを突っ込むのは大人気ない気もしている。
相手の方が年は上だが、荒野での経験等を考えれば、緊張と不安を紛らわしたくても仕方がないのだろう。
今日ぐらいは我慢するか、と小さく溜息をついたユーリが「で? こいつのガス抜きのためだけじゃねぇんだろ?」とグラスを傾けながらエレナに視線を向けた。
「ああ。先日の情報漏洩の件だが――」
差し出されたグラスに「ありがとう」と手を挙げながら声を落として続ける。
「やはり【軍】が関与していたらしい」
グラスの中身を一口飲んだエレナに「そりゃそうだろうな」とユーリも呟きながら、目の前の料理を口に運んだ。
「【軍】から支部長に直接連絡があった。『情報を漏らした人物は厳正に処分した』と……」
グラスを見つめたままのエレナに、「清々しいスケープゴートだな」とユーリも少なくなったグラスの中身を見つめている。
一瞬流れた沈黙を破ったのは、エレナの隣でカクテルに「うんま!」と舌鼓を打ったリンファだ。
「まるで馬鹿な犠牲者を増やしてーみたいだよな」
グラスを持つリンファが呟いたその言葉に、ユーリとエレナが二人して「犠牲者を増やす?」と眉を寄せてリンファに視線を向けた。
「いや、なんとなく……だって、支部長が情報を抑えてたのって、そういう奴らを少なくするためだろ?」
首を傾げたリンファの言葉に、今度はユーリとエレナ二人して「確かに」と呟きながら同時にグラスへと再び視線を落とした。
「ハンターの犠牲者を増やしてどうするつもりなのだろうか」
グラスの中身を見つめるエレナに
「ハンター協会の力を削ぐため?」
グラスを傾けたリンファが応えたが、その声に今度は三人がほぼ同時に「それは無いな」と首を振ってグラスの中身を一気に呷った。
実際三人の予想通り、そんな馬鹿げた事ではないだろう。そもそも馬鹿な行動に出るのは、己の実力も分からない間抜けばかりだ。そんな馬鹿をいくらか減らした所で、協会にとっては然程ダメージはない。
仮にハンター達を混乱させたかったのだとしても……
「支部長のお陰である程度の混乱は収まっているしな……」
……エレナは呟きながら傾けた空のグラスを見つめている。実際彼女の言う通り、先日の混乱はサイラスやクレアの機転により、ある程度の収束を見せている。とは言え、ダンジョンを探しに行くと言って、戻ってきていないチームが複数あることも確認されているのだが……。
【軍】が主導で動く事が分かっている以上、【軍】を出し抜きたいという人間は、やはり一定数がいたようだ。【軍】が出張ってきてしまえば、ユーリの言っていた通り、ハンター達は下働きくらいしか出来なくなる。
道の調査にルート上の露払い。
大事な仕事ではあるが、【軍】の意向を最大限重視することには変わりない。ユーリの言葉を借りれば、紛れもない下働きである。
そうなる前に、ダンジョンを探し当てて手柄を立てようとでも考えたのだろうが、無謀な計画の代償は、安くなかったようだ。
これだけ見れば確かに犠牲は出ている。とは言え大量に……とは言い難い。いまいち相手のやりたい事が見えない現状は、エレナが覗き込んでいる空のグラスのようだ。
向こうが見えてはいるが、ハッキリとは見えない。掴めそうで掴めないその感覚に唸るエレナの肩をユーリが軽く叩いた。
「ま、相手の目的なんかそのうち嫌でも分かんだろ」
肩を竦めて目の前の肉をフォークで刺したユーリが「考えても分かんねぇんだ。考えるだけ無駄だ」と続けながらそれを口に放り込んだ。
ユーリのその言葉に「君というやつは」とエレナが苦笑いで溜息をつくが、事これに関してはユーリの言い分も尤もか、と持っていたグラスをカウンターへと置いた。
「女将さん、私達にも今日の肉料理を一つずつ――」
カウンターの向こうに見えたリリアの母に声をかけたエレナが「そう言えば」と話題を切替えた。
「君の友人……あの胡散臭い男はどうした?」
自分で話題を振っておきながら、嫌そうな顔をするエレナにユーリが苦笑いを浮かべた。
「ヒョウか? あいつは今頃西で色々調べてる筈だぜ」
ユーリがデバイスに視線を落とした。ヒョウが皆の墓を調べてみると言ってイスタンブールを発ってから随分と時間が経った。一度だけ、「皆の墓に異常はなかった」という旨の連絡が来たが、それだけだ。
一度連絡を取ったのだが、まだ調べる事が残ってるという旨の返信が来ただけで、実際に西側にいるのかどうかすら不明だったりする。
「はず……? 友人じゃなかったのか?」
眉を寄せるエレナの向こうで、「めっちゃ美味え!」とリンファが出された料理に感動している。そんなリンファに「フッ」と笑ったユーリが「ダチであってんぞ」と空になった自分の皿に残ったソースを掬って舐めた。
「友人なら――」
眉を寄せたエレナに「あのな……」と溜息をついたユーリが口を開いた。
「イイ歳した男同士が毎日連絡なんて取るかよ」
呆れ顔のユーリに「それは私達女性もそうだが」とエレナが語尾を窄めていく。
「お前の言いてぇ事は分かるが、俺はアイツを信用してんだ。そのうち戻ってくるって」
そう言いながらもう一度ソースを掬ったユーリだが――「女将さん、お替り下さい」と女将へ声をかけて立ち上がった。
夜の帳が下りたのだろう。少しずつ増えてきた客足にユーリは「お前らも食ったらさっさと帰れよ」そう言い残して、カウンターの奥へと消えていく。お替りは店の奥で食べるつもりなのだ。
この時間から、店は暫く忙しい時間に突入する。ここからは文字通り、この店はオーベル一家の戦場となるのだ。
ユーリとしてはもう少しゆっくり食事と酒を楽しみたい所だが、居候の身で店の回転率を下げるわけにはいかない。今もカウンターの奥で「気を使わないでいいのに」と声を掛けられているユーリだが、そこはそれ。筋は通さねば気がすまないのがユーリである。
そんなユーリを眺めながら、「ユーリの友人か……」と呟いたエレナはヒョウの事を思い出していた。
適当で、軽薄で、胡散臭くて、信用ならない男。
奴もユーリのように筋を通すのだろうか……そう思ってしまった瞬間、「チューされるか思うたわ」いつかのヒョウの声が脳内で鳴り響いた。
「だ、誰が貴様などに……」
少しだけ赤くなった顔を隠すように、「マスター、キツめのを一杯」と空になったグラスを差し出した。
その隣で何も知らないはずのリンファが、「お、ここにも面白そうな予感」とニマニマしている事など気づかないまま――
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