第86話 なし崩し的に仲間になんてならないんだからね!

※昨日公開出来なかったので…汗


 イスタンブール奪還祭から既に一週間――平和なイスタンブールの一角、昼でも暗い路地の先にはある。

 一見するとただのビルにしか見えないが、厳重に認識阻害の魔法と光学迷彩を施されたを潜った先には、地下へと通ずる一つの階段。


 薄暗い階段を降りると、その先に見えるのは光が漏れる一つの扉。それをゆっくりと押し開くと――


「待っていたよ」


 ――サイラス支部長達の拠点、オペレートルームだ。


 迎え入れてくれた部屋の主人サイラスは、腕を組んで「早くしたまえ」と呆れた声を発した。


「あのな……俺はお前らの仲間じゃねぇんだ。気軽にポンポン呼びつけんじゃねぇよ」


 ボヤきつつも固く扉を閉めたユーリが、「チクっちまうぞ」と面白くなさそうに鼻を鳴らした。


 そんなユーリの態度に小さく溜息をつくのはサイラスだ。


「私にのある人間の言葉とは思えないな」


 ニヤリと笑う彼の表情に、ユーリは「チッ」と短く舌打ちをこぼすだけに留まった。


「君が。皆待っているから急ぎたまえ」


 そう言ったサイラスが、オペレートルームの隣りにあるブリーフィングルームへと足を向けた。

 ユーリもそれに続かねば話が進まない、と諦めて彼の後をついていく。





「遅いぞ、ユーリ」

「うるせぇな。俺は忙しいんだよ」


 ブリーフィングルームに入ったユーリを迎え入れたのは、エレナ以下サイラスの部下達だ。全員の顔を見るのはユーリとしても初めて……


「テメェは――」

「おいおいおい〜。シロート坊やが何でこんな所に〜」


 ……一人だけ凄い見知った顔がいた。羊レースで何度となく言い合いをし、最後は仲良く全額スッたある種同士である白髪褐色肌の男性――砂漠の鷲アクィラのリーダーであるダンテだ。


「なんだ? 二人は知り合いなのか?」


 二人の反応に眉を寄せるのはエレナだ。


「まあちょっとな」

「勝負師仲間みたいなものかな〜」


 あれだけ言い合ってはいたが、ある種通じるものを感じているのだろう。今は二人仲良く笑って――


「ただのって事ですわね」

「「駄目なのはコイツだけだ」」


 プラチナドリルヘアの女性が漏らした溜息に、ユーリとダンテはお互いを指差して睨み合った。


「全く……支部長も何故このような俗物を招き入れよう、とお考えなのかしら」


 プラチナドリルが頬に手を当て、ユーリだけではなく端っこで縮こまるリンファとゲオルグにも視線を向けた。


「頭数など増やした所で、肉の盾程度にしかなりませんでしょうに」


 取り出したセンスで顔の下半分を隠す姿は、高圧的な口調も相まって旧時代の貴族を彷彿とさせる女性だ。

 実際服装もフリルのついた真っ赤なワンピースにコルセット、とまるで簡易的な貴族のドレスのようですらある。


 エレナと比べると、前に『悪役』と付きそうではあるが、程派手な見た目の女性が放つ貴族っぽいオーラにリンファは居心地が悪そうに頬を掻いている。


 そんな悪役令嬢を前にしたユーリはと言うと……


「いや、お前はムカつくけど流石に女を盾にする訳には――」


 結構真剣な表情でドリルヘアをまじまじと見ていた。


「なっんでアタクシが盾になるんですの! 盾になるのはアナタの方ですわ!」


 あまりにも頓珍漢な反応に、女性が顔を一気に紅潮させた。


「え? 俺が盾なの?」


 眉を寄せるユーリに、女性が「当然ですわ!」と鼻を鳴らして外方そっぽを向く。


「えーヤダよ。俺、お前嫌いだもん」


 笑顔でサラっと言いのけたユーリに、女性は顔を真赤に身体をワナワナと震わせ始めた。

 怒りの籠もった視線でユーリを睨めつける女性だが、そんな殺気と怒気の籠もった視線をユーリは受け流して女性の脇を通り抜け――


「おい、カノン」

「は、はい! なんでしょう?」


 奥に控えるカノンに手を挙げながら


「あのに、盾が欲しいならその頭のドリルで削り出しとけ、っと言っといてくれ」


 爽やかな笑顔で不穏な発言をばら撒いた。


「ぎぇぇ……またもナチュラルに巻き込まれてます」


 頭を抱えるカノン。

 何とも言えない表情のエレナ。

 盛大な溜息の支部長。

 口笛を吹いて笑うダンテ。

 そして――


「アタクシを馬鹿にしてるんですの!?」


 顔を赤くしてユーリの背に一歩詰め寄る女性。


「いや、バカにはしてねぇ」


 振り返って顔の前で手を振るユーリだが、真っ赤な顔の女性は止まらない。


「嘘をおっしゃい! 絶対に馬鹿にしてますわ!」


 女性はそう声を荒げると、閉じた扇子をユーリに突きつけた。


 そんな女性を前に、ユーリは面倒さを隠さないように頭を掻く。


、バカにしてるよ」


 ユーリの言葉と態度に「じゃ、『じゃあ』って何ですの?」と女性のボルテージが更に上がるが、当のユーリは――


「だって、『バカにしてねぇ』って言っても納得しねぇんだろ? なら『じゃあ、バカにしてる』って言うしかねぇじゃねぇか」


 ――悪びれる様子もないどろこか「お前面倒クセーな」と呆れた笑顔を浮かべる始末だ。


「なっんと不遜な態度! もう許せませんわ」


 顔を真赤にした女性から薄っすらと闘気が立ち昇り――


「エエエエエエエ、ちゃん……こ、ここここここれ以上は――」


 ――そんな女性に濃紺髪で眼帯姿の女性が抱きついた。


、放しなさい! この痴れ者に世の道理を叩き込まねばなりませんわ」


 エミーと呼ばれた女性が、ノエルと呼んだ女性を振りほどこうと暴れる。


「で、ででででででも……こ、これ以上は、し、し支部長が――」


 ノエルの言葉にエミーがハッとしてサイラスの方を振り向いた。その視線の先には腕を組んで蟀谷をヒクつかせるサイラスの姿が――。


「ン、んん――きょ、今日のところは退いてさしあげます」


 咳払いをしながら居住まいを直したエミーに、「いや、二度と絡まないでください」と何故か敬語で頭を下げるユーリ。


「あ、アナタ――」


 再び顔を赤くするエミーに「君。そろそろいいかね?」とサイラスの盛大な溜息が突き刺さった。


 その言葉と雰囲気に、羞恥から顔を赤くしたエミリアが「し、失礼しました」と小さくなって下がっていく。


「……構わないさ。ユーリ君が相手だ。エレナ君もゲオルグ君も、皆


 笑うサイラスに「そうなのですか?」と大人しくなったエミリアが、エレナに視線を向けた。


「残念だがな」


 笑いながら肩を竦めたエレナに、「ユーリ・ナルカミは人を腹立たせる天才であるからな」とゲオルグからも援護射撃が入った。


 そんな二人を見比べたエミリアが「ほっんと嫌な男ですわね」とユーリを軽く睨んで外方を向いた。


「お前らの煽り耐性が低すぎるだけだろ」


 溜息をつくユーリに「流石ユーリさんです」とカノンが苦笑いを浮かべている。


「さて、少々の混乱もあったが……そろそろ本題に入ろうか」


 サイラスがそう切り出すと、クレアが「ではお二方――」とリンファとゲオルグを前に促した。


「諸君も知っているだろうが、衛士隊の隊長であるゲオルグ君と、衛士隊分隊長のリンファ君だ」


 サイラスの紹介に、表情を固くしたままのリンファが頭を下げた。……ゲオルグは何故か堂々と腕を組んだままだが……。


「今回、彼らにも我々の組織に加入してもらう事が決定した訳だが――」


 クレアを振り返ったサイラス。その意図を理解しているのだろう彼女が口を開いた。


「現状各チーム四人構成でバランスが取れております。唯一コンビで活動しているのが、焦土の鳳凰フェニックスとカノンとユーリさんのチームになります」


 クレアの言葉に「俺を頭数に入れんな」とユーリが口を尖らせるが、そんな嘆きは拾われることがない。


「それでは、お二方をアタクシ達の部隊、若しくはカノンの所に預けるということでしょうか?」


 挙手をして発言するエミリアは、先程までの高飛車な態度が嘘のように穏やかだ。


「そうだ……とは言え、直ぐに合流とはいかない」


 サイラスの言葉に「何故ですの?」とエミリアが眉を寄せた。


「ゲオルグさんとリンファさん。ともに荒野での活動経験が乏しく、二人を同時に部隊へ組み込めば、フォローが大変かと思います」


 クレアがそう言いながら、手に持ったタブレットを操作すると、その後ろにある巨大なモニターに予定表が現れた。


「こちらが、お二方の合流予定プログラムになります」


 クレアがタブレットを操作すると予定表の一番上が拡大されて色が変わった。そんな予定表を、ユーリとサイラス以外の全員が眺めている。


「まずは本日より暫くVRでの教導に入っていただきます。その結果次第で時期が前後いたしますが……」


 クレアがタブレットを操作すると、予定表の真ん中が拡大されて色が変わった。


「ゲオルグさんは砂漠の鷲アクィラ、リンファさんは草原の風鳥アプスにて荒野での実地訓練に臨んで頂きます」


 その説明に「よろしくな〜」とダンテがサムズアップでゲオルグに笑いかけ、ノエルは「……よ、ヨロシク」と小さく呟いて俯いた。


「訓練とは言いますが、基本的に任務を熟す実習ですね。そちらで荒野にある程度慣れたら、最終フェーズにて焦土の鳳凰フェニックス、若しくはカノンチームに合流して頂きます」


 予定表の後半部分が拡大され色が変わる。


「最終フェーズでは、各チームと数回任務を熟して頂き、相性などを加味して加入の判断といたします」


 クレアがタブレットを操作すると、拡大されていた部分が元に戻った。


「予定している期間ですが、一ヶ月半から二ヶ月を予定しております」


 そう締めくくったクレアがニコリと笑った。


「と、言うわけだ。皆、仲良くやってくれると――」

「おい、何度も言うけどな。俺はお前らの仲間になった覚えはねぇぞ」


 サイラスの言葉を遮るユーリを、「この期に及んでツンでしょうか?」とカノンが驚いた表情で見上げた。


「誰がツンデレだ」


 呆れ顔でカノンのアホ毛を弾いただけのユーリに、カノンは「ユーリさん?」と思ってた以上に緩かった反撃に戸惑っているようだ。


「丁度いい機会だ。なし崩し的に仲間扱いされてるからハッキリ言っていてやる」


 全員を見回すユーリが小さく息を吸い込んだ。


「お前らが革命をしたいんなら、止めねぇし好きにしたら良い。俺は……俺の目的はそれとは全く関係ねぇんだよ」


 そう言って後ろ手を振って部屋を後にしようとするユーリの背中に


「それは困るね。なんせ君は我々の存在を知っているのだ。このままみすみす帰すわけにはいかないのだが……?」


 サイラスのが突き刺さった。


「止めとけ。爺の冷水になるぞ?」

「なるかどうか、は君の次第だろう」


 ゆっくり立ち上がるサイラスにユーリは「仕方ねぇな」と呟いてから大きく息を吐いた。


「面倒クセーから、で言ってやるよ。俺が追いかけてるのは【八咫烏】を名乗る糞みてぇな集団だ――」


 ユーリの言葉に全員が僅かにザワついた。【八咫烏】と言えば、そう名乗るテロリストが何回も出現している事は有名だが、最近その名前が出ることは無かったからだ。


「お前らの考えてるようなとは違うぞ。あのヒョウが本気出してもまだ尻尾すら掴めてねぇんだ……」


 ユーリは身体ごと振り返って全員を見回した。


「カノンにエレナ……あとリンファもオッサンも……お前らの事は。だからこそ、お前らとは組まないし、組めねぇ」


 腕を組んだユーリに「何故でしょう?」とカノンが首を傾げた。


「ハッキリ言って、だからだよ。お前ら程度じゃ、ソッコーぶっ殺されて終わりだ」


 ユーリの吐き捨てた言葉に、エレナの眉がピクリと動いた。もちろんユーリとて彼女たちが弱くない事を知っている。知っているが、相手が未知数な以上、楽観視したくないというのが本音である。


 端的に言えば巻き込みたくない。という事だ。


 本音で言う、と言っておきながら肝心な部分をボカシでしまう辺り、ユーリと言った所か。


 とは言え、エレナ達と組むつもりなど無いのも事実だ。であれば、ここで手を緩めず相手を突き放そうとユーリは続ける。


「剣、ぶっ壊されたんだって?」


 その言葉に「ああ」とだけ応えたエレナ。


「それで済んで良かったな。相手が本気なら……今頃お前はこの世にいねぇぞ」


 吐き捨てたユーリの表情は真剣だ。死ななくて良かったな。その思いだけは嘘偽りのないモノなのだ。


「お前は奴を知っているのか?」

「知ってたら世話ねぇよ」


 エレナの言葉に溜息で返すユーリが続ける。


「けど言ったろ? ヒョウが本気出しても尻尾が掴めねぇって。……爺とお前、二人がかりでもヒョウには勝てねぇぞ」


 ユーリの見せた笑みに「馬鹿な……」とエレナが言葉を失った。ヒョウがそれほどの実力を持っているとは思えないのだろう。


 だが、この部分に関してはユーリの正真正銘本音だ。、ヒョウならばエレナとサイラス相手に勝利するなど簡単だと確信しているのだ。


「つーわけで、俺は行くぜ――」


 再び背を向けたユーリに


「待ちやがれ」


 声をかけたのは、ずっと黙っていたフェンだ。


「黙って聞いてりゃ好き勝手言いやがって。テメーがどれほどのもんだよ」


 進み出てくるフェンの額には青筋がクッキリと浮かび上がっている。


「すっこんでろ。


 首だけで振り返ったユーリは明らかに苛ついている。フェンが自身を嫌っている事など知っている。嫌いならば黙って手放してくれ、と言いたくて仕方がないのだ。


「そういう訳にはいかねーよ。俺はテメーが何処に行こうが構わねー……ただな。ムカついてる奴を殴らずに行かせる程、人間が出来てねーんだ」


 指を「ポキポキ」鳴らしたフェンが「ムカつくからよ、一発殴らせてくれよ」と続けた。思わぬフェンの本音に、ユーリが一瞬呆けた。


「いいぜ。そう言うのは嫌いじゃねぇ」


 呆けた顔を笑みに変えたユーリが、「表に出ろや」と続ける。


「こんな所でやり合えるか」


 フェンが眉を寄せながら吐き捨てて、ユーリの脇を通り過ぎた。


「ついてこい。ちゃんとした場所で相手してやる」


 歩き出すフェンを誰も止めない。


……だろうが」


 ユーリは盛大な溜息を残しつつも、その後を追うことにした。

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