第三章前編

第85話 机を挟んで頭を突き合わせたら、それはもう会議

 薄暗い部屋の中央に鎮座する円卓。それを取り囲むのは幾つかのホログラム――十に満たないホログラムではあるが、間隔が違う所を見ると全てのが埋まっている訳ではなさそうだ。


『緊急の議題と聞いとったんじゃが……?』


 髪と髭の長い老人をもしたホログラムが溜息混じりの声を発すれば、


『皆さん忙しいのでしょう』


 女性のホログラムが、落ち着いた声で応えた。


『全員集まる事があるとすれば、それこそ世界が終わる日くらいだろうな』


 太った男のホログラムがヘラヘラと笑い声を上げる。


 ……ここはこの時代の最高意思決定機関、【人類統一会議】の会議室。【人文再生機関】の最も重要な機構であり、この時代の議会とでも言うべき場所だ。

 とは言え議会とは名ばかりで、十三人の理事は殆どが世襲による選出である。


 事実、一番はじめに発言をした老人は、【人類統一会議】の議長という立場を代々受け継いできた家系の人間だ。彼のように、この会議の椅子に座る事が出来るのは、この時代の上級貴族と言って差し支えないだろう。


 時代が進んでいるというのに、封建的な権力の世襲が見逃されているのには、やはり能力者やモンスターと言ったイレギュラーな存在が大きい。全く無知な人間が陣頭指揮を取るより、ある程度ノウハウのある人間に任せた方が、安全で安定した生活が送れるのだ。


 人類の危機という局面において、新たな選択肢という物はリスクが大きすぎる。何だかんだで上手くやっているように見える以上、リスクよりも安定を選ぶのが人のさがというものだろう。


『全員が集まらんにしても、招集を要請した男が居らんではないか』


 溜息混じりの老人の声に、『ああ、軍部総司令官殿ですね』と女が落ち着いた声で返した。


『まだ開場まで数分――』

『失礼。少々遅れて……はないですね』


 女の声を遮るように、一つのホログラムがアクティブ状態を示す輝きを放った。長髪を後ろに束ねた年若いが鋭い印象のあるホログラムだ。


『全員は居らんが、まあ発案者も来たことだし会議を始めるか』


 老人の言葉に他の全員が頷いた。


『それでは、今会議の発案者――ロイド・アークライト軍部総司令官――』


 老人に呼ばれたのは、ギリギリに会場入りした長髪の男性だ。


『まずは、軍上層部と数人の理事の独断でイスタンブールを消滅させようと画策したことをお詫び申し上げます』


 ロイドと呼ばれたホログラムの声に『それの説明はほしいよな』と太った男が声を上げた。


『勝手に突っ走た上に、【八咫烏】って連中に横槍を貰ったんだろ?』


 続く別の声に、ロイドは『申し開きのしようがありません』と頭を下げた。


『作戦は失敗しましたが、イスタンブール不要論に関しては私から説明しましょう』


 ロイドの代わりに口を開いたのは、女性のホログラムだ。


『ほう……殿も噛んでおられたのか?』


 痩せ型で神経質そうな男の声に、『はい』とだけ女性が応えた。


『現在、モンスターの素材及び魔石燃料により、旧時代と同等レベルのネットワークが確立されつつあります。各地域毎に設定したローカルネットワーク、それを我々中央が掌握し運営しているのが現状です』


 女性が口を開くと、円卓の中央に地図が現れた。各地域の都市同士が光れば、そこから無数の青白い線がお互いの地域を結びだした。


 旧時代のインターネットイメージに告示したホログラムだが、唯一イスタンブールの周辺だけが赤く染まっている。


『ここ一年程の話ですが……最前線へとイスタンブールに、人と情報が集まり過ぎている様子がお分かりでしょうか?』


 女性の言葉に全員が分かりやすくザワつく。


『人と情報の集約が生む結果を、諸君らは予想できるだろう?』


 女性の言葉に援護を示したのは、今までずっと黙っていた別のホログラム――眼鏡を掛けた老年の男性だ。


『人、情報が集まりすぎた結果、技術面から言っても、捨て置く事は出来ない存在になっている。と私からも補足しておこう』


 言葉を続ける老年の男性に、『まさか技術開発局局長も噛んでいたのか』と痩せ型の男が驚きの声を上げた。


『イスタンブールが最前線となって、早二十年。イスタンブール周辺の素材特需に加え、昨今の情報集中。そのせいで各メーカーの技術進展の具合が著しい。……いや、


 その言葉に、他のホログラム達が黙り込んだ。


 技術の発展が早いことは良いことだ。……等と彼らが言うわけがない。安定した権力の中枢。そこに居座り続ける事が出来る彼らは、自分たち以外に


 技術の進歩は、彼らが主導せねばならない。最も優れた技術は、【人文】が独占し、それを提供する形で人々を支配せねばならない。


 今はまだ【人文】に劣る技術力も、このまま放置すれば、いずれは比肩する可能性もある。


 それは彼らが最も恐れる事を助長する――【人文再生機関】からの独立だ。


 自分たちの方が優れた技術を持っているならば、わざわざ【人文】の下にいる必要など無い。イスタンブールを拠点として、新たな組織を作り出すことも可能だろう。


 ……ならば、【人類統一会議】をイスタンブールに置き、更に技術の発展に寄与すれば良いではないか……そう考えるのは


 彼らからすれば、。イスタンブールは人類の最前線。いつ何時モンスターの大群が来るとも限らない危険な地でもあるからだ。


 彼らの望みは唯一つ。


 安全な位置で、自分たちの権力を、未来永劫維持することだけ。


 【人類統一会議】など名ばかりのハリボテである。腐りきった権力の中枢で、彼らは人類の為などではなく、己の権力と生活の為にだけ動いている。


 現に彼らは、自分たちの権力と安寧を守るためだけに、イスタンブールを危機に陥れたという。そして、その理由を聞いた誰もが咎めることすらしない。


 それどころか『イスタンブールの技術を接収するのはどうだ?』と、人の成果を奪おうとすらする発言だ。

 とは言えそれは叶わない。何故なら、権力同様彼らが重視するものに引っかかるのだ。


『市民の反発を受けかねんぞ?』


 市民の反発と聞いた全員が、分かりやすく狼狽えた。自らの権力に固執し、そのクセ体裁だけは保ちたがる。時代が進めど為政者の腐った思考に進歩はないようだ。


 事実、先日の事件も知事や商会をスケープゴートに、自分たちの手を汚さぬ徹底振りだ。


 ザワつく全員を嗜めるように、太った男が口を開いた。


『とりあえず、イスタンブールをどうにかするのは分かった』


 馬鹿げた考えだが、体裁と権力の維持にイスタンブールを差し出すのだと言う。太った男の発言に、他の参加者も同意を示すように頷く辺り、腐った集団なのは間違いないだろう。


『今日呼び出されたって事は、次に打つ手を考える……って事でいいのか?』


 太った男の疑問に、ロイドのホログラムがゆっくりと首を振った。


『次の手は既に打ってあります。今日の会議はそれの事後報告も兼ねて、といった所です』


 ロイドの発言に、分かりやすく全員がザワついた。


『一度失敗しているのに、また独断専行か?』


 痩せた男の鋭い視線をロイドは平然と受流し、『失敗したからこそ、です』と強気に笑った。


『……私の手元にはまだ手札が残っていましてね。皆さんの中で、今直ぐ手札を切れる方が?』


 ロイドの笑顔に、全員が押し黙った。流石に今の今までイスタンブールを問題視すらしてこなかったのだ。いきなり作戦など立てられる人間がいるわけない。


『で、あればイスタンブールは私にお任せいただきたい』


 話を切るロイドだが、全員があまり納得していなそうに目配せを交わしている。


 彼らが心配している事は、作戦の内容や可否ではない。ロイドにを総取りされるのではないか、という事を心配しているのだ。【人類統一会議】において、邪魔だと認識されたイスタンブールを潰してしまえば、この会議でのロイドの発言権は大きく増す事になる。


 権力に固執する彼らは、それが許せないのだ。


『とはいえ、私は計画にかかりきりですので、【八咫烏】の方は皆さんにお任せしようかと』


 肩を竦めるロイドの発言に、全員が分かりやすく喜色をあらわにした。


 今回の敵【八咫烏】は、曲がりなりにも【人類統一会議】のメンバーが手を回した企みに便乗し、それを奪ってきたのだ。情報網も、腕も今までの奴らとは一線を画す存在なのは間違いない。


 そんな連中を討伐する事が出来れば……この会議での発言権が強くなる事は想像に難くない。どこまでも自分本位の理由から、彼らの顔に喜色が現れているのだ。


『お前らの計画に横槍を入れてきた【八咫烏】の奴らか。計画を知られた……つまり奴らを放っておくのは我々にはリスクが高いな』


 太った男の発言は、まるで【人類統一会議】のため、とでも言いたげだが、その実態はどこまでも保身的な発言でしかない。それでも参加者は皆一様に同意を示しているあたり、やはり同じ穴の狢なのだろう。


『それにしても、【八咫烏】か……我々【人文】に牙を剥く連中は、よほど化石のような英雄たちを持ち上げたいのだと見えるな」


 痩せた男の発言に、『次からは第何代ってつけてほしいよな』と太った男がヘラヘラと同意を示した。


 事実彼らの言う通り、今まで【人文】に牙を向いてきたテロリストの多くが【八咫烏】を名乗っており、彼らからしたら聞き慣れた名前ですらあるのだ。


 【人文】の前身たる企業によって追いやられた悲劇の部隊。その名を冠する事で、【人文】に敵対する意思を明確に示したいのだろう、と見られている。


『どうやら儂らを狙っておるのは間違いないのぅ。とりあえずイスタンブールは軍部に任せて、【八咫烏】は各自で目を光らせるしかないじゃろ』


 老人の言葉に全員が頷いた。


 目を光らせるべきは、【八咫烏】だけでなく、同じ会議のメンバーの動向も、であるが。


『それでは今回の会議を終了する』


 老人の言葉に、それぞれのホログラムが、一つまた一つと光を失い部屋は静寂と暗闇に包まれた――







「ロイド様、会議はもう終了で?」


 執務机に向かうロイドに、メイド姿の女性が声をかけた。


「ああ。愚鈍なるお歴々は、自分たちのが欲しくて早々に会議を切り上げたよ」


 笑ったロイドが、机の上に展開されていたホログラムをオフにした。


「腐りきった連中を、【八咫烏】が少しでも粛清してくれたら、と思ってしまうよ」


 戯けるロイドに、「流石に不敬がすぎるのでは?」とメイド姿の女性が眉を寄せた。


「構わんさ。既に濁り、澱んだ屑の集まりに過ぎん。流れなければ水は腐る。巡らせねば思考は止まる。循環せぬ権力など、百害あって一理なしだ」


 机の上で拳を握りしめるロイドに、「あなた様も、その澱みの一部となられませぬように」とメイド姿の女性が表情を変えぬまま淡々と言い放った。


「君は手厳しいな」

「そうでしょうか?」


 笑うロイドに、無表情のまま女性が首を傾げた。


「では、澱まぬよう動くとしよう」


 椅子に座ったまま膝を叩いたロイドが、デバイスに視線を落とした。


「シェリー、の検証はどうだい?」

「滞りなく……未だに信じられませんが」


 シェリーと呼ばれた女性は、そう言いながらも表情を変えない。そんな彼女に「ご苦労」とロイドが笑いかけた。


「まさかお歴々を釣るためのが、こうも上手く転がるとはね――」


 椅子から立ち上がったロイドの肩に、シェリーが軍服をかけた。そのままボタンを閉めようとするシェリーを制して、ロイドが自分でボタンを閉め始める。


「スラムの革命と、商会の企み……中々良いシナリオだったが、結局は前座にすぎん」


 ボタンを閉めていくロイド――


「イスタンブールが滅びるのは、、でなくてはならない」


 キッチリと着こなされた軍服の上で、無数の勲章を光らせロイドが歩き出す。その後ろに続くシェリーを振り返り


「さあ、計画を動かそうか。真に人類のため……イスタンブールには悪いが、人柱となってもらおう。そして――」


 獰猛な笑みで再び前を見て歩き出した。


「机に齧り付いている御仁達に、人類が掴む輝かしい未来を見せてやろうではないか」


 ロイドが扉を開け放ち、シェリーを連れて部屋を後にした。





 ☆☆☆



 プレートから漏れる太陽の光。それを背に、ユーリは険しい顔で。ユーリの眼の前には、数字や文字が描かれた四角の物体。そしてその前には――同じように険しい顔で机に向かうカノンの姿。


 そんなカノンの目が動くこと数回、意を決したように指を動かし――


「ローーン!」


 ――高々と叫んだユーリの声が響き渡った。


「ちょ、ちょっと待ってください」


 焦るカノン、それをニヤニヤするユーリが「駄目だ。待ったなしだ」とカノンがを分捕った。


 昼下がりのイスタンブール。ユーリはカノンと、『ディーヴァ』の常連である二人の爺さん――シゲモリ、ブンジ――と四人で麻雀に興じていた。


 『ディーヴァ』の前に出された机を四人で囲んで、真っ昼間から麻雀……完全にダメ人間の行動だが、毎日毎日任務ばかりというのも息がつまる。という訳の分からない事を述べて、机を引っ張り出してのこの騒ぎなのだ。


「メンタンピンドラいちで……満貫だな」

「四翻三〇符では?」

「……細けぇな。そういうのは切り上げでいいんだよ」


 口を尖らせたユーリが「ほら、早く点棒よこせ」とカノンに向けて手を出している。


「ユーリちゃん強えなー」

「ホンマじゃー。こりゃ、ウカウカしてられんわい」


 感心する爺二人に「ケケケケ、次はお前らだぜジジィズ」とユーリが悪い顔で笑う。


「よっしゃー、次は漸く俺の親――」

「昼間っから何してるの?」


 笑顔で雀牌を混ぜるユーリの真後ろから、怒りのオーラを携えたリリアが現れた。


「ゲゲぇ! お前何で起きてんだよ――」

「起きてるわよ。もうお昼だもの……ってか煩すぎて起きたのよ!」


 振り返ったユーリの眼の前で、リリアが指をポキポキと鳴らした。


「仕事もしないで昼間っから良い身分ね」


 怒りのせいか、心なしかリリアの髪の毛が揺らいで見える。


「ちがっ、これは……そう作戦会議みたいなもんで――」


 慌てるユーリと怒れるリリアに、状況をいち早く察した爺二人が「じゃ、じゃー儂らはこの辺で」とそそくさと机から離れた。


「シゲさんもブンちゃんも見捨てんなって!」


 ユーリが手を伸ばすが、既に老人二人の背中は小さくなった後だ。


「おい、カノン。お前からも説明――」


 振り向いた先にカノンは既に居なかった。そしてユーリが獲得した筈の点棒も無かった。


「あんにゃろ……」


 額に青筋を浮かべるユーリの後ろで、リリアの怒りが更に膨れ上がる。


「会議? これが?」

「……」

「馬鹿なこと言ってないで、さっさと片付ける!」

「……はい」


 吹き抜ける風に初夏の匂いが混じる――ある日のイスタンブールの昼下がりは、いつもと同じように平和そのものだ。

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