第83話 幕間 カノンクエストⅡ

 皆さん……です!


 あ、ご挨拶が遅れました。私カノン・バーンズと申します。ブロンズランクのハンター兼、オペレーターを――え? 知ってる? そうですか。兎に角超優秀な私は、今日も今日とて特別任務を実行中なのですが……事件が起きました。


 見てください、向こう……人混みと、街灯の明かりで分かりにくいですが、あの仲睦まじげに歩いている二つの人影。アレは間違いなくユーリさんとリリアさんです!


 事件ですよ……あのユーリさんがデートです。


 これはしっかりと観察しなければ!


 え? 楽しんでるって? いえいえ。これも大事なスパイ活動の一環です。ユーリさんの弱みがリリアさんという事は知っていますが、流石にリリアさんを巻き込むわけには行きませんからね。二人のデートを探って、少しでもリリアさんに変わる弱みを握ってやりましょう。……完璧です。流石私でしょう。


「ササササ」


 人混みをスルリと抜けて、路地の壁に身体を預けます。気分はスパイでしょう。…………スパイでした。


 と、兎に角観察開始です。壁からチラリと顔を出して二人の様子を伺います。


 いつもと同じな黒尽くめのユーリさん。パーカーに黒いパンツに、中のTシャツも黒ですが、それが似合う高身長とイケメンさは認めてあげましょう。ただ、デートなのにいつもと同じ服装というのは減点対象ですね。


 それに比べてちょっと頬が赤いリリアさんは可愛らしい格好です。

 いつもの銀髪をポニーテールに纏め、真っ白なTシャツに、デニムのサロペット。お祭りデートを意識した動きやすさ重視だけどちゃんと可愛らしい格好です。……乙女です。


「とりあえず、これは飲んどけ。マストだ」


 そんなユーリさんが、虹色に輝く謎の液体をリリアさんに渡しています。怪しさ満点の飲み物ですが、「あ、ありがと」と呟いたリリアさんがそれに口をつけました。


「あ、美味しい……」

「だろ?」


 楽しそうに笑うユーリさんは別の飲み物を買ったようです。リリアさんの髪の毛のような銀色に輝く液体。そちらのストローを咥えて「あ、これも美味いな」とユーリさんがビックリしたように笑ってます。


「へー。じゃあちょっと一口頂戴?」


 楽しそうに笑うリリアさんに「いいぞ」とユーリさんが手に持ったカップを差し出しました。笑顔のリリアさんが髪の毛を耳に掛けながらストローに口を――


 そ、そそそそそそれは、先程までユーリさんが使っていたストローでは? これ以上は見てられません。でもおかしいです。両手で顔を覆っているはずなんですが、二人の様子がクッキリと見えてます。


 こ、このままでは……か、間接キッ――

「バーンズ? お前そんな所でなにしてんだ?」

「ビクぅぅぅぅぅ」


 急に背後から声を掛けられたせいで、変な声が出てしまいました。


 恐る恐る振り返る先には、私服姿のリンファさん。浅く被った白のキャスケットに五分袖のジャケット。インナーのカットソーは胸元を強調するようなVネックです。スラリと伸びる長い脚を守る黒いクロップドパンツと、ヒールサンダルが涼しげで素敵です。


「むむむ。流石リンファさん。やりますね……」

「何がだよ」


 私のファッションチェックを受けたリンファさんが、「で? そんな所で何してんだ?」と路地の向こう側を覗こうと顔を――


「あ、ああダメで――」

「あれは……ナルカミか?」


 ――止められませんでした。これはでしょう。


「嘘だろ……女と歩いてるぞ……」


 ショックを隠せないようなリンファさんの声音。仕方がないでしょう。何だかんだ言って、バディとしてやってきましたし、リンファさんにとって最大の悩みをユーリさんが吹き飛ばしましたからね。……惚れてしまいますよ……そりゃ。


「アイツ彼女がいるのかよ……」


 口元を手で抑えるリンファさん。これは修羅場の予感。振り返ったリンファさんは

 ――


「おい、バーンズ。


 ――口元を手で抑えても隠しきれないリンファさんの悪い笑顔。


「へ?」

「いや、『へ?』じゃなくて。お前もアイツのレアな場面に出くわして楽しそうだから尾行してんだろ?」


 笑いを堪えながら「これは最大の祭りが来るぞ」とリンファさんが呟いてます。


「とりあえずさ。アタシもこの尾行に混ぜてくれよ」

「いいんですか?」


 好きな人が別の女性と歩いてるのを見ても……。そう聞きたかったのですが


「丁度暇してたんだよ。こんな面白そうなこと、見逃す手はねーだろ」


 笑顔のリンファさんが再び路地の向こうに顔を出しました。


「お、動くぞ。アタシ達も行こう」


 ノリノリのリンファさんが人混みに紛れながらユーリさん達の後をついて行きます。


「あ、待ってください!」






 リンファさんと二人でユーリさん達を追いかけます。並んで歩く二人は、色々な屋台を冷やかしながら楽しげに会話を繰り返しています。


「……ナルカミの奴、ちゃんと下調べしてるじゃねーか」


 ユーリさん達と少し離れた屋台の影に隠れるリンファさんが、感心した声をあげています。


「あそこのスイーツは美味いんだよ」


 そう言ってリンファさんが指差す先には、普通の屋台とは違う、ファンシーで可愛らしい屋台がありました。あそこは私も知っています。エレナさんに教えてもらった、めちゃくちゃ美味しいカップケーキのお店です。


 完全に女の子向けなファンシー屋台ですが、ユーリさんは迷うことなく一番美味しいカップケーキと二番目のカップケーキを注文しています。


「見ろよ……アイツら交換こしてるぞ」


 笑いを抑えるリンファさんが、「ナルカミめちゃくちゃ照れてるじゃねーか」と必死で口を押さえています。


「バーンズ。画像に収めとこうぜ」


 笑いながらデバイスのシャッターを切るリンファさんは「ククク。今度これでイジってやろう」とめちゃくちゃ楽しそうです。


「リンファさんは、ユーリさんが好きなのかと思ってました」

「は?」


 笑っていたリンファさんが、ビックリした表情で私を見ています。まるで言葉が通じていないような感じで首を傾げるリンファさんが、「今なんて?」とポツリと呟きました。


「リンファさんが、ユーリさんを好きだと」


 もう一度繰り返したそれに


「アタシが……?」

「ユーリさんを」

「……好き?」

「はい」


 流れる沈黙……をリンファさんの盛大な笑い声がぶち破りました。


「いや、ないないないない! ハハハハハハハハ! それだけはない――」


 お腹を抱えて笑うリンファさんが、「ビックリしすぎると、笑いが出るのな」と眦を拭って「あーあ」と呟きました。


「そりゃ、ナルカミには感謝してるけどさ……分かるだろ? あの性格」


 リンファさんの苦笑いに「まあ」と静かに頷くしか出来ません。


「アタシはどっちかてーと、もっと包容力のある男の方がタイプなんだよ」


 リンファさんがそう言いながら、「逆にナルカミに合わせられるあの子がすげーよ」とリリアさんに尊敬の眼差しを向けています。


「……あの子、多分女神とか天使の類じゃねーか?」


 かと思えば今度は疑いの眼差しです。確かにユーリさんとお付き合いするなら、そのくらいの器と心の広さが必要でしょう。


 そう考えれば、リンファさんの言うことも分からないでもないです。


 そう思いながら私もデバイスで、ユーリさんの姿を画像に収めていきます。これはアレです。報告のレポートにでも使いましょう。


「お、食べ終わったみたいだぞ」


 リンファさんの言う通り、先程まで二人でベンチに腰掛けてケーキを食べていた二人ですが、今は立ち上がって何かを話しています。少し距離が開きすぎて会話の内容が分からないですが、ユーリさんがしばし考えて手を叩いたので何か思いついたのでしょう。


 歩き出した二人の方角から察するに、どうやら食べ物ではなくの屋台に向かうようです。


 アクセサリーからモンスターのぬいぐるみまで。


 食べ物以外にも色んな屋台が出ている奪還祭ですが、通りによって屋台の毛色が違うので、どこに何があるか大体分かりやすいのです。


 とは言え、アクセサリーもぬいぐるみも、小さい子供向けが主流です。今も安価なアクセサリーを見ながら笑うリリアさんには、少々安っぽすぎる気がします。


 それでもアクセサリーやぬいぐるみを見て回るリリアさんはとても楽しそうです。


 アクセサリーなどの屋台を抜けた先には、更に子供向けのゲームコーナーもあります。射的や輪投げ、クジなどで景品を貰える屋台ですが……まあ子供だましのグレーな屋台が殆どです。景品よりも、ゲームやドキドキを売る屋台と言えます。


 そんなグレーな屋台を物色していた二人ですが、リリアさんが立ち止まりました。


「小さい頃、射的の屋台でぬいぐるみが欲しくて粘った事があるの」


 微笑んだ先には、小さなプラスチック弾を発射して景品を取る射的の屋台です。屋台の奥に鎮座する景品の中には、絶妙にブサイクなキラーベアのぬいぐるみがあります。


「……ブサイクじゃね? もっと可愛いのがあるだろ?」


 ユーリさんの呆れた溜息がココまで聞こえてきました。それでもリリアさんは「一回だけ」とユーリさんに手を合わせて、屋台の主人である中年男性にお金を払いに行きました。


「全部で五発な」


 中年男性が、リリアさんにライフル型の銃を手渡し、脇に避けます――狙いをつけたリリアさんの一射目。


 ぬいぐるみの頭部に命中しますが、少しグラつくだけで、ぬいぐるみは落ちてきません。


 その後も同じようにぬいぐるみが少しズレるだけで、結局五発とも使い切ってしまいました。


「やっぱ駄目かー」


 残念そうに伸びをするリリアさんを見たユーリさんが動きます。


「オヤジ。だ」


 今度はユーリさんがお金を払い、「まいどあり」男性の嬉しそうな声が周囲に響きました。


「リリア、もう一回やってみろ」


 ユーリさんの言葉に「え? でも……」と躊躇うリリアさんですが、ユーリさんがそれを無視してリリアさんに銃を手渡しました。


 銃を構えるリリアさん――ですが、ユーリさんがその銃口を少し傾けます。困惑顔のリリアさんですが、「とりあえず撃て」とユーリさんが顎でシャクリました。


 困惑顔のままのリリアさんが、引き金をひいて――「パシュン」――出てきたプラスチック弾に……で、デコピン? 目にも止まらぬ疾さで、プラスチック弾を弾き飛ばしたユーリさんのデコピン。


 ありえない勢いでプラスチック弾が屋台の壁にぶつかって勢いよく跳ねました。


「は、外れたんだけど……」

「いいんだよ。次はここ」


 困惑するリリアさんを他所に、ユーリさんのデコピン弾が計三回、屋台の壁に弾かれて跳ね回ります。

 ……うーん。一体何をしているのでしょうか。ユーリさんらしくないと言うか。


 考える私の隣で「ナルカミ……粋な事するじゃねーか」とリンファさんは興奮気味です。


「残り二発は、連続で頭に叩き込め」


 それだけ言うと、ユーリさんはリリアさんの横で見守るように腕を組みました。


「……でも」

「いいからやってみろ」


 ユーリさんの言葉にリリアさんが構えます。一射目――的確に額を撃ち抜いたそれが、キラーベアの身体を大きく揺らしました。


「いっ?」

「きた!」


 屋台の主人の悲鳴めいた疑問符と、リンファさんのガッツポーズが重なります。


 揺れる熊の額にリリアさんの最後の一撃――大きく揺れたその一撃で、キラーベアは棚の下にボトリと音を立てて落ちました。


「キターーーーーーー」


 何故か分からないですが、叫んでしまう私。眼の前でピョンピョン跳ねるリリアさんと、「やっぱブサイクじゃねぇか」とキラーベアを店主から分捕ったユーリさん。


 良く分かりませんが、リリアさんのためにユーリさんが細工をしたのは確かでしょう。

 そう思いながら隣を見ると、ガッツポーズしているリンファさんが私に気がついたように、「ああ」と声を漏らしました。


「あのぬいぐるみ、殆ど視認できないワイヤーで固定されてたんだよ。で、ナルカミがそれを撃ち抜いて千切ったってわけ」


 笑うリンファさんが「あいつ偶に粋な事するよな」とユーリさんと喜ぶリリアさんを見ています。


「なるほど……デコピンで加速させてワイヤーを千切ったんですね……」


 いやいやいや。普通出来なくないですか?


 とは言えそれをやってのけるのが、ユーリさんなのでしょう。


「やったー。良くわかんないけど、ありがとうユーリ。これ、一生大事にするね」


 微笑むリリアさんに、「お、おう」とユーリさんが若干頬を赤らめています。


「……何なのあの可愛い生物たち」


 隣でリンファさんは顔を覆って肩を震わせています。そんなアナタは忙しい人でしょう。



 喜びながら歩くリリアさんを見て、楽しそうに笑ったユーリさんが、「次はお前の行きたい所にエスコートしてくれよ」と屋台の縁に腰を下ろしました。


「行きたい所って……」


 言いよどむリリアさんに、「何でもいいぞ」とユーリさんが優しげに笑っています……おかしいです。私にはあんな顔見せた事無いんですが。(注:あります)


「じゃ、じゃあ……もう少し静かな所でゆっくりしたいかな」


 頬を赤らめ耳に髪を掛ける仕草が艶やかです。周囲を歩く男子諸君がその艶やかさに目を奪われますが、その隣のに気がついて高速で目を逸していきます。……流石ユーリさん。何もしなくても存在するだけで不埒者を遠ざける。一家に一台欲しい所です。


「静かな所? んー……」


 考え込むユーリさんの前に不審な影が――


「よー。兄ちゃんたち。デートかよ。俺らも混ぜてくれよ」


 ――ザ・ゴロツキ哀れな子羊


 完全に空気が読めていません。とは言え、ユーリさんも今はデート中。どうやってこの局面を――そう考えていた私の眼の前で、ユーリさんが勢いよくを振り返りました。


 え? 見られてる? 気のせ――


「おい、カノン。それとリンファ!」


 ――気のせいではありませんでした。今も手招きして「早く来い。」と凡そバディに向かっては言わないだろう単語を躊躇いなく吐き出しておられます。


 とは言え、ここでノコノコ出て行っては――


「ごー、よーーん!」


「お呼びでしょうか」


 ――カウントダウンは卑怯だと思います。


「遅え。俺が呼んだら一秒以内に来い」

「理不尽オブ理不尽! リリアさんとの差があまりにも酷いです!」

「うるせぇ。コソコソ尾行してんの見逃してただけ有り難いと思え」


 ユーリさんの底冷えする視線に、身の危険を感じて顔を逸らせます。


「俺はちっとこのバカ共と話があるからよ。その間リリアを見ててくれ」


 ユーリさんがゴロツキーズを顎でシャクれば、「誰が馬鹿だって?」と馬鹿に馬鹿と言われた馬鹿が指をポキポキ鳴らしています。


「馬鹿な野郎だ。女を増やした所で、テメーがボコられ――グェ」


 笑い声を上げる一人が、ユーリさんに「うるせぇ」と顎を掴まれて黙りました。その一人を引きずるように歩き出したユーリさん。こちらを振り返り、「一瞬こいつらに世の道理ってのを教えてくるわ」と言うと、男を引きずって路地裏へ――



 聞こえてくる「ギャ」だの「グェ」だの「ヒィ」だのという言葉は一瞬で、路地裏から戻ってきたのは、勿論ユーリさんただ一人。


 手を軽く払って「んじゃ、続き行くか」とリリアさんに笑顔を向けました。


「っつー訳で、静かな場所に行くからよ。ついてくんなよ」

「……とっても破廉恥な響きがするのですが?」


 私の言葉にユーリさんが青筋を浮き立たせて――あ、ヤバい――思った時には掴まれていました。私の頭部が。


「イダダダダダダ!」

「破廉恥に聞こえるのは、テメェの頭がピンクだからだな。安心しろ、握り潰して真っ赤に染めてやるからよ」

「ドメスティック! リンファさん、お助けを!」

「今のはバーンズが悪い」


 溜息をついたリンファさんに、「う、裏切り者!」と悲鳴をあげてしまいます。


「ユーリ、もう放してあげなさい」


 リリアさんの言葉で、一瞬ユーリさんの力が抜けました。その隙を狙ってリリアさんの後ろへ。ふふふ。ココが一番安全でしょう。


「折角だし、四人で回りましょうか」


 リリアさんのまさかの提案に、「いやいやいや。アタシ達は邪魔だし帰るよ」とリンファさんが首をブンブン振ってます。


「いいですよ。折角のお祭りですし、賑やかな方が楽しいですから」


 リリアさんがほほえみます。対するユーリさんが「姦しいの間違いだろ」と私達三人を見比べれば、「誰が姦しいって?」とリリアさんが頬を膨らませてユーリさんに詰め寄る始末。


 イチャつく二人を前に、困惑したリンファさんが「お前はいいのか?」とユーリさんを見ました。


「いいだろ。祭りなんだし。賑やかな方が楽しいだろ」


 イチャついておきながら、アッサリとデートの中断を受け入れちゃうユーリさん。


 もしかしてユーリさん、私達と回りたかったのでしょうか。……意外にシャイな所がありますからね。仕方がありません。


「では、四人で楽しく回りましょうか!」


 私の号令で、皆が歩き始めます。フフフフフ。この超近距離で、弱みを握ってしまいましょう。






「おや? カノンにリンファ君も……なぜ?」

 眉を寄せるエレナさん。


「カノンだけならまだしも、リー分隊長まで」

 頬に手を当て困り顔のクレアさん。


「カノン君。リンファ君。空気を読むという言葉を知っているかね?」

 呆れ顔でメガネを直す支部長……



「いたたまれねーわ!」

「皆が残念そうな顔で見てくるのですが?!」

「何言ってんだよ。アイツらがおかしいだけだって」


 くっ、何たる悪辣な罠。周囲からの我々の評価をこうして下げるわけですね。……やはり一筋縄ではいかない方でしょう。


 次こそは……次こそは弱みを握ってやりましょう!






 ☆☆☆




 もう間もなく後夜祭が終わる。熱気と興奮に満ちた三日が終わる瞬間を、イスタンブールの市民は各々の好きなように過ごしている。


 家族とともに過ごすもの。

 恋人と過ごすもの。

 友人と過ごすもの。

 一人で過ごすもの。


 ただ皆が、後夜祭が終了する瞬間に光り輝くサイリウムの光線を見ようと、プレートを見上げていた。



「さっむーい。ビルの上ってこんなに風が強いのね」


 吹き抜ける風にリリアが寒そうに肩を抱いた。


「そんな格好してたらな」


 それに笑ったユーリが、「ほら」と自分が羽織っていたパーカーを放って渡した。


「ありがと……」


 頬を赤らめたリリアがそれを羽織って「フフッ」と小さく笑った。


「二人だけも良かったし、四人で回ったのも賑やかで楽しかったわ」


 笑いながら屋上の縁に腰掛けたリリアに「祭りだからな」とユーリも笑って腰を下ろした。


「とはいえ、最後くらいはリクエストがあった『静かな場所』で過ごすのもいいだろ」


 そう言いながらユーリがプレートを見上げる。もう間もなくイスタンブール奪還祭は終わる。

 それを名残おしそうにリリアもプレートを見上げた。色々な事があった奪還祭だが、今年の奪還祭は特に楽しかったとそう心から思えるのだ。


「終わって欲しくないなー」


 そう呟いたリリアの望みを掻き消すように、『では〜十秒前から〜』無情なアナウンスが響き渡った。


『じゅーーーう』


 始まるときと同じようにカウントダウンが始まる。楽しかったこの瞬間が過ぎて行ってしまう。熱くなった目頭を抑えるように、リリアも『きゅーーー』と戯けてカウントを刻んでみた。


『はーーーーーちぃ』


 隣に座るユーリはプレートを見上げたまま、微動だにしない。何を考えているかはリリアには全く見当もつかない。だが、出来れば同じことを考えていて欲しい。「終わらないで」そう考えていてくれたら――


『なーーーーな!』


「楽しかったな」


『ろーーーーく!』


 ――ユーリが呟いた言葉に、リリアは「うん」とだけ答えて頷いた。


『ごーーーーぉ!』


、もっと楽しくしようぜ」


 笑うユーリの顔に、「らい…ねん?」と呆けた声を返してしまった。


『よーーーーん!』


「そう、来年」


『さーーーーーん!」


「来年はさ、皆で『出張ディーヴァ二号店』やろうぜ?」


『にーーーーーーぃ!』


 なにそれ。すごく楽しそう。リリアが料理をして、カノンやリンファ、ユーリやその仲間たちが給仕をするのだろうか。


『いーーーーーちぃ!』


「楽しそう! やりた――」


『ぜーーーーーーろぉ!』



 リリアの声を掻き消す歓声と、最後とばかりにプレートをサイリウムの光線がキラキラと照らして輝かせた。


「あとはだな。やっぱ祭りには花火だろ」


 そんなサイリウム光線を眺めるユーリに「うん」ともう一度リリアが頷いた。花火など見たこともないし、。それでもユーリが言うなら楽しいのだろう。


 聞こえる人々の歓声と、キラキラ輝くサイリウムの光線。いつもと違う祭りの終わり。終わってほしくなかった祭りの終わり。でも今は、次の楽しみが待っている。


 また明日から忙しく楽しい日々が始まる。


「楽しみ。楽しみにしてる!」

「おう……ってかお前もやる側だからな」


 ユーリの笑顔にリリアはもう一度「うん」と力強く頷いた。



 イスタンブール奪還祭――閉幕。




 ※明日と日曜(私用で一日潰れるため)はお休みを貰います。(明日は登場人物紹介の更新は予定していますが、話は進みません)ご了承ください。

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