第79話 祭りの時は楽しむのが正解
半ば追い出されるような形でオペレートルームを出た四人。吹き抜ける風がそれぞれの髪やヒゲを靡かせ、羞恥に赤らむ顔を冷やしてくれる中――
「冗談の通じねぇジジイだな。ああはなりたくねぇぜ」
と扉を睨みつけているのはユーリだ。怒られてしまって恥ずかしい。そんな事など全く感じないユーリが、一頻り悪態をついて他の三人に視線を向けた。
「んで? お前らこの後どうすんだ?」
その言葉に何となしに全員が顔を見合わせ、そしてデバイスに視線を落とした。
前夜祭が始まって未だニ時間も経っていない。夜はこれから……という時刻ではあるのだが、今日は何だかんだで朝から働き通しなのだ。疲れていると言えば疲れている……そんな思いを共有するように、三人が顔を見合わせた。
「はい!」
何を思ったのか、勢いよく右手を上げたカノン。その突飛な行動にゲオルグとリンファがビクッと肩を震わせるが、ユーリは「はい、カノンさん」と全く動じずに挙手したカノンを指名した。
「私は……お祖父ちゃんと少しだけ前夜祭を楽しんできます!」
敬礼姿のカノンに、「はい。分かりました。ではまた明日」とまるで先生のように手を振るユーリ。その姿に「皆さん、さようならー」とお辞儀をしたカノンがトテトテと駆けていった。
「では…次はリンファさ――」
「やらねぇからな」
溜息をついたリンファに、「ノリが
「うるせー。変な寸劇に巻き込むな」
そう言ってジト目でユーリを睨んだリンファが溜息をついて続ける。
「アタシは帰るよ。今日は出ずっぱりだったし、何より怪我してるしな。
笑ったリンファが「またな」と手を振ると「元気でな! お前と会えて良かったよ」とユーリが笑いながら手を振った。振り返ったリンファの険しい表情と立てられた中指に、「ユーリ・ナルカミは馬鹿であるな」とゲオルグが盛大な溜息をもらした。
残ったゲオルグへユーリが視線を向けて、首を傾げながら視線だけで路地の向こうを指す。そんな「行くか?」と言いたげなユーリの視線に、ゲオルグも笑って首を振った。
「吾輩は今日中に仕上げねばならぬ仕事を終わらせるのである。明日、少々やらねばならぬ事もあるのでな」
笑ったゲオルグがユーリに向けて手を差し出した。それに小首を傾げたユーリだが、怖ず怖ずと手を握り返した。
「ユーリ・ナルカミ。改めて感謝を」
そう言いながらブンブンと握手した手をゲオルグが振って、「ではまた明日」と大きな手を振りながら明るい路地へと消えていった。
一人残ったユーリも暫く腕を組んで考えた後――「誰かと回りたかった気分なんだが……」と苦笑いで溜息を漏らした。
「仕方ねぇな。リリアん所にでも行くか」
呟いたユーリも明るい路地へと向けて歩き始めた。
明るい路地は、多数の人で溢れて活気に満ちていた。脇に並ぶ様々な屋台を物色しようとする者。祭りの雰囲気を楽しむ者。この日ばかりはマフィアも衛士も誰も彼もが祭りをただただ楽しむ。
生存圏を奪還したお祝いに水を差すような無粋な真似は、格好悪いとされているのだ。それを実行に移したクーロンが、どれだけぶっ飛んだ思考で突っ込んできたか、というのが明るい路地で楽しむ人々を見ると良く分かる。
明るく楽しげな人々の顔。
通りに並ぶ屋台の数々。
夜でも明るい通り。
彩る様々な飾り。
心を読む能力者と戦ったからだろうか、それとも彼女が祭り好きだったからだろうか。兎に角、賑わうその雰囲気に当てられたように、ユーリの脳裏に一人の女性が浮かんでいる。
黒髪をポニーテールにした、小柄で活発そうな美少女の姿が。
こうなるだろう、と思っていたから誰かと楽しく回りたかったのだが……いや、もうとっくに思い出していたからこそ、誰かと祭りを楽しみたかったのだが。そう思っても詮無い事だ。
ユーリの脳裏には女性の声が響いているのだから。
――うわーん。どうしよう。お祭り…誘ったら駄目かな?
――俺が知るか。心が読めるんだろうが。読んでこい。
――心の中では脈無しなんだもん。
――駄目じゃねぇか。何で俺ん所来たんだよ。バカか。
――うわーん。馬鹿に馬鹿って言われたー。
――喧嘩売ってんのか、リンコ? ぶっ飛ばすぞ。
今は過ぎし懐かしき日々。その時を一緒に過ごした内の一人……彼女の声を思い出したのは何時ぶりだろうか。ユーリは少しだけ懐かしく思え「フッ」と笑みをこぼしてしまった。
思い出し笑いなど……そう思うユーリの前に現れたのは、一つの屋台。何の因果か彼女が好きだったリンゴを売っているという屋台だ。
このご時世、この時期にリンゴなど高級品なのだがそこは屋台。工場で育てられた中でも、小振りなものが並べられているようで、値段は意外にも良心的だ。
「オッサン、二つ……いや三つくれ――」
そう言ってユーリが小さめのリンゴを三つ受け取ると、一つを後方へ「ほれ」と放って投げた。それを分かっていたかのようにキャッチするのは――
「あれ? ユーリ君、リンゴ好きやった?」
――首を傾げるヒョウだ。
「いんや。普通だ……が、ちぃと思いだしちまってな」
笑ったユーリが服の裾でリンゴを軽く擦って齧り付こうとするも……躊躇うように視線を逸して辞めた。
「食べへんの?」
「後で食うよ」
笑うユーリが「いつ帰ってきたんだ?」とヒョウに視線を向ければ「ついさっきや」とヒョウが笑ってリンゴに齧り付いた。
「大した情報は仕入れられんやったわ」
肩を落としたヒョウに「そうか」とユーリが手の中のリンゴを軽く放ってキャッチした。
「こっちは……心を読む能力者がいたわ」
その言葉に勢いよく顔を向けたヒョウに、「男だったけどな」とユーリが肩を竦めてみせれば、ヒョウが分かりやすく安堵の溜息をもらした。
「サトリ以外にも心を読むモンスターって居るのか?」
「一応……数は少ないし希少やから、出回る事は無いけど」
そう答えてリンゴを齧るヒョウに、「そうか」とだけユーリが答えて、再びリンゴを真上に放って掴んだ。
「多分…だけど……サトリっぽかったぜ?」
ユーリの続く言葉に「最近目撃情報なんてあらへんで?」とヒョウがその目を大きく見開けば、
「勘だけどな。何となくアイツがダブってよ」
とユーリが呟き「オッサン相手にだぜ? バレたらぶっ殺されるわ」と戯けるように笑ってリンゴを
リンゴを齧り続けるヒョウが、その言葉に何かを思い出したように「フフッ」と笑みをこぼして口を開いた。
「そういやユーリ君、小さい頃リンちゃんに『ゴリラに育てられたんだろ』って言って思くそぶん殴られてたもんな」
ケラケラと笑うヒョウに、「あん時はお前も腹抱えて笑って殴られたじゃねぇか」とユーリが苦笑いで口を尖らせた。
二人の横を楽しげに会話する人々が通り過ぎていく――その声に混じっていつかの声が二人の脳裏に響く。
――おい、リンコ。何かってーと直ぐぶん殴りやがって。お前は
――だぁれがゴリラよ!
――ちょ、待て。ゴリラに育てられただけで、お前がゴリラとは……グフッ
――ユーリ君、
――それも一緒でしょ!
――グフッ
先程よりも幼く高い声は、ユーリ達が幼い頃から遠慮しない間柄だった事を思い出させている。
「昔はめちゃくちゃヤンチャ少女やったもんな」
思い出すように笑ったヒョウが、飲み物を売っている屋台に「おすすめ二つ」と指を二本立ててみせた。
屋台のヘリに腰掛け、「懐かしいなぁ」とヒョウがプレートを見上げて微笑んだ。いつものように貼り付けた笑顔とは違う、心からの微笑みを見たユーリも「そうだな」と同じように屋台のヘリに身体を預けた。
しばらく二人、思い出に浸り、漸く出てきたドリンクは――
「ンだこの色は……」
「虹色やん。派手やな」
中々パンチの効いた色だった。
眉を寄せるユーリと目を見開くヒョウ。お互い顔を見合わせれば、何故だか二人とも笑いが込み上げてくる。普段なら「何だよコレ?」と店主に聞くユーリだが、折角の祭りだと肩を竦めて、ヒョウに「飲もうぜ?」と笑いかけて、飛び出したストローに口をつけ歩き始めた。
「あ、結構美味い」
「ホンマや」
虹色の飲み物片手に笑い合う二人は、今の歳よりもずっと若く見える。他愛ないことで笑いあえる……まるで十代後半のようなテンションで、笑いながら思い出を語る二人のカップから、「ズゾゾゾゾ」と中身がなくなった音が聞こえたのは殆ど同時だった。
中身のなくなったカップをボンヤリと眺めたユーリが、「フッ」と笑ってそれを一気に握り潰した。
「問題は連中がどっからリンコの能力を引っ張ってきたか……だが」
ユーリの見せる静かな怒りに、ヒョウも同じようにカップを握り潰した。
「せやね。取り敢えず僕の方で、皆のお墓を調べてみるわ」
同じように静かな怒りを見せるヒョウに、「
そのまま黙って歩く二人の横を、通り過ぎていく人々がギョッとした表情を浮かべるが、直ぐに視線を逸して距離をとるように少し離れていく――誰も彼もがユーリとヒョウと距離を取ろうとする――いや、二人だけが放つ、暗く重苦しい雰囲気から離れていく。
まるで喧騒から切り取られたようにポッカリと空いた空間。その中心で「こんなんじゃ駄目だな」とユーリが呟いて頭を振って飲み終わりのゴミを、近くのゴミ箱に放った。まるで自分を包むドス黒い感情を放り投げたように、「よし」と呟いたユーリが両頬を「パン」と叩いた。
「一先ずは、祭りを楽しもうぜ?」
「せやね」
ユーリの提案にヒョウも自身を恥じるように、小さく笑ってゴミを放った。
「そうしねぇとよ……」
「化けて出られても
肩を竦めたヒョウの言葉で、二人どちらともなくまた笑い声を上げた。
「祭り……好きだったからな」
「ホンマ、付き合わされる身にもなって欲しいわ」
笑う二人、その脳裏に響くのはリンコの声だ。
――やってきましたお祭りです!
――何で俺が……
――それ言うなら僕もやん……
「いっつも駄々こねるからよ」
「僕なんか、寝てんの叩き起こされてんで?」
――いいじゃん! 幼馴染なんだし!
――それならトーマでも誘えよ。
――トーマ君は無理! 格好良すぎて隣歩けないし!
――ヒョウ、こいつ俺らに喧嘩売ってんぞ。
「俺らなら『誘いやすかった』とか言ってよ」
「結局は僕らと祭りに行って、騒ぎたかったんやもんな。」
――見てみて! 変な色の飲み物
――舌の色ヤバくない?!
――あ! リンゴあるじゃん!
――今度は皆も一緒に連れて来ようね!
――お祭りは楽しまないと損だよ?
響いてきた声に、ユーリとヒョウが二人してもう一度笑った。
「んじゃ、祭りを楽しむか」
「やね……リンちゃんが悔しがるくらいに」
二人で拳を突き合わせた時、少し向こうから「あ、ユーリ。お帰りなさい」とリリアが大きく手を振る姿が見えた。
休憩所近くに店を構えたリリア達の『出張ディーヴァ』はどうやら大盛況のようで、休憩所もほぼ埋まり一段と賑やかだ。そんな休憩所に近づいたユーリを迎えたのは――
「おや、ユーリも――くっ貴様は!」
ヒョウに気が付き、ガタガタと椅子を揺らすエレナ。
「あ、ユーリさん。奇遇ですね!」
椅子に座るカノンと、その隣で「ぺこり」と頭を下げる老年の男性。
「ンだよ。結局全員集合じゃねぇか」
それを見て笑ったユーリが、リリアへリンゴを放り投げた。それをキャッチしたリリアが、「なに?」と小首を傾げれば「土産だ」とユーリが笑って休憩所の空いていた椅子に腰掛けた。
様々な屋台の様々な料理が至るところで広げられ、皆が楽しそうに笑って会話を交わす――その様子をボンヤリと眺めていたユーリが、「祭りは楽しまねぇと損だよな……なあ凛子」と小さく呟いて
「酸っぺ……」
その味に自然と笑みがこぼれたユーリが、「おい、ヒョウ」とエレナに詰め寄られるヒョウに向けてそれを高々と放り投げた。
高い放物線を描くリンゴを――
リンゴを齧るリリアが
老人と共にカノンが
ヒョウの胸ぐらを掴むエレナが
そんなエレナからスルリと抜けたヒョウが
それぞれ目で追っている――
「手向けだ。向こうに届くように蒸発させてくれ」
――笑うユーリの言葉に「無茶ばっか」と言いながら笑ったヒョウの
「良い匂ーい!」
「リンゴかな?」
「リンゴ食べたいな」
「向こうに屋台があったはず」
――辺りに漂うリンゴのいい香りと、「リンゴ好きだろ? お前にやるわ」と呟いたユーリの笑顔だけだった。
☆☆☆
「あーあ。結局似非サトリンもやられたっぽいなー」
面白くなさそうに、頭の後ろで手を組んだエリーが、煌々と輝くイスタンブールの街を振り返った。
「どうやろー。時間切れの可能性もぉあるさかいー」
そう言いながら頬に手を当てるのはマモだ。
「にしても心読むなら、もう少し頑張って欲しかったけどな」
溜息をついたエリーが、イスタンブールの街に背を向けローブに腕をしまいつつ歩きだした。
「せやねー。折角あの子がぁ命まで差し出したのになー」
マモも同じようにイスタンブールに背を向け歩き出す。
「せやけどー、またいずれー」
そう呟いて微笑んだマモが、懐から小さい瓶を取り出して軽く振った。「チャプ」と小瓶が鳴らす音に、エリーが眉を寄せてそれを眺め
「あれ? 全部使ってなかったの?」
小瓶とマモを見比べるエリーにマモが微笑む。
「当たり前やんー。全部は使えんやろー」
意味深な笑いのマモに、「そりゃそうか」とエリーも納得したように頷いて、機嫌が良さそうに大股で歩き出した。
「……でも、隊長『全部使え』って言ってなかった?」
「大丈夫ー。隊長はんは優しい人やさかいー。許してくれはるわー」
ノンビリとした会話を残し、二人の姿は荒野の闇の中に消えていった。
※ここまでお読み頂きありがとうございます。これにて二章終了です。
ハート、コメントに加え、星までありがとうございました。非常にありがたくモチベに繋がっております。
まだ星を投げてないよ。って方はこの機会に是非投げて頂けると、大変喜びます。レビューも書いてやろう。と言う方は、書いてくだされば小躍りして喜びます。
ハート、コメントは勿論のこと、小説のフォローだけでもお待ちしてます。
最後に……これが一章終了時もいいましたが一番のお願いです。まだまだ話は続きますので、ぜひ続きもお読み下さい。
読んで頂ける。それが一番のモチベーションになりますので。
それでは、三章もお楽しみ下さい。(幕間を挟みます)
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