第78話 バイバーイ!って言い合った友達とすぐに再会すると気まずいよね

「やめろ! アタシをそんな目で見るんじゃねー!」


 涙目のリンファが顔を赤くして声を荒らげた。今までで一番と言っていいほどのリンファの大声が、室内に虚しく響き渡った。それでもリンファは止まらない。


「仕方ねーだろ! だって――」


 リンファのボルテージを示すように声のボリュームが上がり、顔も必死さを増していく。


「だから、やめろ! そんな目でアタシを見るな!」


 叫んだリンファの声が室内に反響する――


 ☆☆☆


 時は少しだけ遡る――


 街の中心から離れた小さなビル。普段から人通りが少ないそこだが、奪還祭の影響でいつも以上に暗く人の居ない通りは、いつも以上に静かだ。遠くにボンヤリと見える祭りの明かりが、余計に世界から取り残されたような印象を与えている。


 そんな暗い通りに面した扉をカノンが勢いよく押し開いた――


「ただいま帰りました!」

「悪の組織に帰るのにデケェ声出すなよ。バカか」


 敬礼姿で声を張り上げるカノンと、そのアホ毛を叩いたユーリ。叩かれたアホ毛が起き上がり小法師のように行って戻ってピコピコと揺れる。


 そんな揺れるアホ毛の向こうに見えるのは――


「あら? 皆さんどうされたのですか?」


 ――困惑した表情のクレアの姿だ。


 オペレータールームは明かりこそ点いているものの、クレア以外は誰も居らず、今から完全に戸締まりするくらいの雰囲気である。


「ゲオルグ隊長に、リー分隊長まで……皆さんお揃いで何かございましたか?」


 困り顔のまま首を傾げるクレアだが、そんな顔を向けられたゲオルグとリンファの方が混乱を隠せていない。


「『何か』も何も――」

「協力への感謝と事後報告にきたんだけど」


 顔を見合わせたゲオルグとリンファが、逆に首を傾げながらクレアを見た。その発言にクレアが「え…と」と固まった時、奥の扉がゆっくりと開いた。


「クレア君、カノン君の声が聞こえたと思うのだが――」


 ブリーフィングルームから顔を出したサイラスが「君たち、こんな所で何をしているのかね?」と盛大に眉を寄せた。


 訝しむサイラスとクレア。そして彼ら以外のメンバーが見当たらない部屋。ある程度の状況が掴めたユーリが「じゃねぇか」と眉を寄せてボヤいた。それでもと、ゲオルグがここにきた経緯や理由をサイラスに話すと、サイラスも少し申し訳無さそうに「フフッ」と笑って近くにあった椅子を引いて腰を下ろした。


「いや、折角報告に来てもらってすまないが、全て把握していてね」


 そう言ったサイラスが「トントン」と自身の近くにあった機器を叩いた――要はサイラスとクレアはここから高みの見物を洒落込んでいた、と言っているのだ。


 そりゃそうである。ユーリが万が一を考えてエレナ達を待機させるよう要請した時点で、こんなを持つサイラスがその様子を見ないという選択肢はないのだから。


「……つまり最初から報告などは要らなかったと?」


 ゲオルグの困惑した声に「左様」とサイラスが頷いて、「相変わらず律儀な男だ」と笑ってゲオルグを見た。


「そ、それでも今回の事に協力して貰った礼くらいは――」


 リンファが思い出したように前に進み出て「ありがとうございました!」と彼女らしからぬ礼儀正しさで頭を下げた。


「……ふむ」


 そんなリンファの礼を見たサイラスとクレアが視線を交わす。少し困ったように、そして少しだけ楽しそうに見える二人の様子に、ユーリだけは「ああ、また何か企んでんな」とジト目で二人の様子を遠巻きに見ていた。


「リー分隊長……いや。どうしても、と言うなら礼は受け取るが、我々はただ単に


 肩を竦め、椅子の上で足を組むサイラスに、「それでもアタシも皆も助かった」とリンファが再び頭を下げた。


「この恩を返せずイスタンブールを去るのは悔しいけど……いつか……いつかこの街に帰ってきた時は、ぜひ恩返しをさせてくれ」


 頭を下げ続けるリンファの隣で「吾輩からも感謝し申し上げるのである」とゲオルグも頭を下げた。その様子に「君まで……」とサイラスが勘弁してくれとでも言いたげに、大仰な仕草で肩を竦めたが頭を下げる二人は止まらない。


「礼は受け取るが、はどういう事かね?」


 訝しむサイラスの声にリンファが「はい?」と間抜けな声を出して僅かに顔を上げた。


「君がイスタンブールを離れねばならない、その理由が分からないのだが?」


 サイラスが机に頬杖をついてゲオルグ達を見る――その顔は勝ちを確信したような不敵な笑みだ。反してサイラスの言葉で完全に顔を上げたリンファとゲオルグは、困惑した表情でお互いを見てサイラスに視線を戻した。


「……いや、アタシが武器を流してたし」

「……吾輩もそれを見逃していたのである」


 二人の懺悔に、サイラスがクレアを振り返り、「クレア君、今のような事実は確認できているかね?」と笑顔を向ければ、「そうなのですか? 私は知りませんが」とクレアも素っ惚けたような声を出した。


「だ、そうだが?」


 サイラスがドヤ顔で、リンファ達へと視線を戻した。


 ムカつく顔してるな。サイラスのドヤ顔を見たユーリの感想である。だがサイラスのドヤ顔を前にした二人はと言うと、


「そんな筈ねーだろ?」

「そ、そうである。カメラの映像等を確認すればすぐに――」


 と何故か自分の犯罪を立証しようと必死だ。


「どうかね? クレア君」


 再びクレアに顔だけ向けるサイラスに、クレアが「お待ち下さい」と機器の操作をし始めた。しばらく室内にパタパタと仮想キーボードを叩く音だけが響く――


「そう……ですね。リンファさんが仰ってる横流しですが……申し訳ありません。監視カメラには


 白々しく微笑むクレアが、前面モニターにわざわざブラックマーケットの映像を映し出した。クレアの笑顔を保証するように、そこに映っていただろうリンファの姿はない。


「嘘だろ……この日付の日に――」


 呆然とするリンファに「証拠、ありませんね?」とクレアが優しく微笑んだ。



 ユーリがその笑みを見てポツリと呟けば、リンファとゲオルグが眉を寄せてユーリを振り返った。


「コイツら、お前らの悪事を隠蔽しやがったんだよ」


 ジト目のユーリ、その視線を受けてサイラスとクレアは「何のことだか」と態とらしく肩を竦めた。とは言え、実際に横流しした本人がいるわけで……


「なんで……?」


 と疑問に思うことは仕方がないだろう。その真っ直ぐな視線にサイラスが「フゥ」と小さく息を吐いて、笑んで見せた。


「君やゲオルグ隊長がと思ったから……かな」


 そう言ってサイラスが説明したのは、リンファが武器の横流しをしていると知った段階から、リンファやゲオルグがイスタンブールの為に動くのならば、いつでもカメラの映像を差し替えられるよう準備をしていたという。


「君たちは、君たちなりに今の体制の中、藻掻いていた……いわば我々は同士のようなものだ」


 そう笑うサイラスに「アンタは詐欺師だけどな」とユーリが悪態をついた。


「君たちならば真っ直ぐ己の信念を貫くと思っていた。だから私も私の秘密――ここを見せた」


 そう言ってサイラスが手を広げる。このオペレートルームこそ、サイラスの秘密の中枢だ。


「私がこの秘密を明かした者を、みすみす手放すとでも?」


 ゲオルグとリンファを見てサイラスがニヤリと笑う。


 悪い顔だ。アイツが一番悪いんじゃねぇか?


 その笑みを見たユーリの感想だ。そんな悪い顔をしたサイラスが立ち上がり、ゲオルグ達へと向けてゆっくりと歩きだした。


「ゲオルグ隊長……いや、ゲオルグ君。そしてリンファ君」


 右手でゲオルグの肩を、左でリンファの肩をそれぞれ叩くサイラス。


「ここに二つの道がある――」


 サイラスはそう言って二人を見比べた。


「一つ、このまま衛士としてやり直す道」


 右手の指一本を立てて見せる。


「そしてもう一つ――衛士を辞め、我々とともに真に人類の為に戦う道」


 そう言ってもう一本の指を立てて見せた。


「まあ、好きに悩みたまえ。選ぶのは君たちの自由だ」


 再び笑みを見せたサイラスが、もう一度二人の肩を叩いて背中を向けて歩きだした。


「とりあえずは祭りを楽しみたまえ。年に一度の祭り……それに、この輝きこそ君たちが守ったものだろう?」


 サイラスがそれだけ言うと、「もうすぐここも閉めるから、早く出ていきたまえよ」と振り返ることなくブリーフィングルームへと戻っていく。後に残ったクレアも「それでは」と一礼し、その後を追っうように消えていった。






「え……と……とりあえず、どうすりゃ良いんだ?」


 呆けるリンファが漸く絞り出した声に、ユーリが溜息をついて「祭りを楽しみゃいいんじゃねぇの」と腕を組んだ。


「そうだな……そう…だけど――」


 モジモジとユーリとカノンを振り返り、そしてバツが悪そうにゲオルグを見るリンファ。


「いや、祭りを楽しめるのは良いんだけど――」

「『皆今までありがとな!』とか格好つけたくせに、ふっつーに残留決定だもんな」


 言いにくそうにするリンファに、ユーリがニヤニヤとした視線を向ければ、カノンも「おお! そう言えば」と手を叩いた。


「いや、あれはだって――」


 恥ずかしさからか顔を赤らめたリンファが、それを隠すように両手で覆った。


「『アタシ、お前らに会えてよかったよ』……だったか?」

「やめろ――」


 リンファが顔を覆ったまま声を震わせる。


「ユーリさん、もっと爽やかな感じでしたよ?」

「バーンズ! お前は味方だと思ってたのに――」


 ニヨニヨするカノンをリンファが真っ赤な顔で睨みつけた。


「え? こんな感じ? 『お前らの事、絶対忘れないからな!』みたいな?」

「やめろ! アタシをそんな目で見るんじゃねー!」


 涙目のリンファが顔を赤くして声を荒らげた。今までで一番と言っていいほどのリンファの大声が、室内に虚しく響き渡った。そんなリンファの前ではニヨニヨとするユーリとカノン。


「いやいや、他意はねぇよ。ただ感動的だったなぁってだけで」

「そうですよね! 私もウルッときました」


 こんな時だけ素晴らしいコンビネーションを発揮する二人――その生暖かい歓迎に、いたたまれなくなったリンファの叫びは止まらない。


「やめろ! だって――」


 リンファのボルテージを示すように声のボリュームが上がり、顔も必死さを増していく。


「恥ずかしがるなって。これからもヨロシクな!」

「私もです! リンファさんに出会えてよかったので!」


 ニヨニヨ笑うユーリとカノンにリンファが「うるせー!」と両耳を塞いで見せた。それでも止まらないユーリとカノンのニヤケ顔に、リンファはユーリの胸ぐらを掴んでグラグラ揺らして声を荒げる。


「だから、やめろ! そんな目でアタシを見るな!」


 叫んだリンファの声が室内に反響する――


 恥ずかしさで顔を赤らめるリンファに、尚も「いいじゃねぇか。これからも仲良く一緒に仕事したらよ」とユーリがニヨニヨ笑う。


「お前マジでいい加減にしろよ」

「何でだよ」


 と不毛な争いを続ける二人に、


「まあそんな事言うユーリさんも、リンファさんとゲオルグ隊長の事、結構好きですけどね」


 カノンのフレンドリーファイアが突き刺さった。


「ばっか、そんなんじゃねぇよ!」


 と慌てたユーリの叫びが木霊するが、当のカノンは「あれ? 照れてます?」とニヨニヨしながらユーリを眺めている。


 思わぬフレンドリーファイアに慌てるユーリへ反撃、とはがりに顔の赤さが引いてきたリンファが


「んだよー。お前もアタシ達と出会えて喜んでんじゃねーか!」


 とニヨニヨ笑顔を返した。


「ンな訳ねぇだろ。頭沸いてんのか?」

「照れんなって」

「リンファさんもですけどね」

「「お前はどっちの味方だよ!」」


 ハモった二人のツッコミに、カノンが舌を出して笑い、ゲオルグは収拾のつかない三人のやり取りを前に、オロオロするだけだ。


「お、お主ら騒ぐのはいいのだが――」

「君たち! 騒ぐなら祭りの会場にしたまえ!」


 急に扉が開いて、出てきたサイラスの怒声に「ほら……こうなるのである」とゲオルグが肩を落として呟いた声は――


「うるせぇジジイ。お前が余計な事するからリンファが恥かいたんだぞ!」

「やめろナルカミ! 相手が悪すぎるし、アタシを巻き込むな」

「支部長、私は全く関係ありませんです!」


 ――と相変わらず騒がしい三人を、「早く出ていきたまえ!」と叱り飛ばすサイラスの声に掻き消されて消えていった。

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