第77話 褒められないような事もしてきたけど……それでもまあ、良く頑張りました
プレートを照らす無数の光線と、それに消えた男。それを眺めていたフェンが「チッ」と面白くなさそうに背を向けた。
「フェン、未だ痛むの?」
「ンなんじゃねーよ」
心配するアデルに手をヒラヒラ振っただけで、フェンは屋上から姿を消した。
ユーリの要請で、サイラスが派遣した彼の組織の人間たち。フェンやラルドは重傷を負っていたが、エレナの魔法のおかげで動けるくらいには回復していた。ラルドとともに留守番していても良いと言われたフェンだが、「あの野郎の泣きッ面を拝みに行く」、とここまで出張って来たのだ。
結果はユーリの圧勝――ユーリ達のビルが一番高いため、全ての行動が見えたわけではない。だが、見える範囲だけでも分かるユーリの圧倒的な強さ。
フェンとしては面白く無かったのだろう……いや、それ以上にボコボコにやられる男の姿に、ついさっき手も足も出なかった自分を見ていたのかもしれない。その言いようのない苛立ちが、舌打ちとなって夜の闇に響いたのだろう……。兎に角姿を消したフェンの背中を見つめていたアデルが、「フゥ」と小さく溜息をついた。
「それにしてもユーリ君、強いね〜」
アデルはユーリ達のいる屋上へと振り返り、屈んで膝の上で頬杖をついた。
「そうだな……」
そう呟くエレナにも元気がない。先程死の一歩手前で見逃された彼女も、今しがたユーリが見せた戦いに、あの一方的な戦いを思い起こされているのだ。
一方的に殴られ、剣も折られ、最後は――ユーリが見せた左と女が繰り出した左が奇しくも重なって――屋上を吹き抜ける風がエレナの髪を舞い上げた事で、エレナは思い出してしまったあの瞬間を振り払うように頭を振った。
「強くならねば」
そう呟いたエレナが、「帰ろうか」とユーリ達の影に背を向ける。何はともあれ、無事奪還祭が始まったのだ。これ以上後悔を引きずるのは無粋と言うもの。理由はどうあれ命が助かったのなら、次に向けて精進するしかない。気持ちを切り替えるためエレナは両頬を「パン」と叩いてビルの屋上を後にした。
エレナ達が姿を消したビルの隣――
「出番がありませんでした!」
「であるな!」
――腰に手を当てたまま仁王立ちするのは、カノンとゲオルグだ。凸凹なのに立つシルエットは全く同じの二人。その間を風が吹き抜けカノンのアホ毛とゲオルグのヒゲをピコピコと揺らす。
「それにしてもユーリ・ナルカミ……凄まじい強さであったな」
大きく息を吐いて、顎に手を当てたゲオルグに「ユーリさんは戦いの化身みたいな人ですからね」とカノンが笑いながら少し高い位置に見えるユーリへ手を振った。
ゲオルグ達もユーリの戦い全てが見えていたわけではない。と言うか疾すぎて二人には殆ど見えていない。それでもユーリ達の屋上から感じられる異様な気配と、時折見えるユーリの余裕そうな姿で、ユーリが終始圧倒していたという事だけは分かっている。
「戦いの化身であるか……確かに後半の雰囲気は鬼気迫るものがあったであるな」
唸るゲオルグ隊長だが、その隣でキョロキョロと辺りを見回し、まだユーリが向こうに居ることを確認したカノンが声を抑えて口を開いた。
「あれは多分、トイレに行きたかったんだと思います」
コソコソと話すカノンに、「そうなのであるか?」とゲオルグが大声で驚けば、「シーッ」とカノンが人差し指を立てて再び周囲を気にした。
「前も荒野であったんですよ。お腹痛くなったからって――」
「誰が腹痛で戦いを急いだって?」
「ビクぅーーーーー」
肩を大きく跳ねさせたカノンが、「ユ、ユーリさん? なぜここに?」とギギギギと音が聞こえそうな程ぎこちない動作でゆっくり振り返った。
「お前が呼んだんだろ」
溜息をついたユーリがカノンの頭に手を置き――「んで? 誰が何だって?」――ゆっくりと力を込めた。
「イダダダダダダダ! じょ、冗談です!」
バタバタと暴れるカノンに、ユーリは呆れたような溜息をついてその手を放した。
「あれ? 思ったより解放が早かったです……」
キョトンとしたカノンが「もしかして本当に――」と口走った瞬間、ユーリが指をポキリと鳴らした。
「ぎぃぃぇえええええ! ドメスティック!」
悲鳴を上げながらゲオルグの背後に隠れるカノン。そんなカノンにユーリは大きな溜息をついて口を開いた。
「ったく相変わらず煩ぇやつだな」
ユーリはそうボヤきながらも、今だけはカノンの賑やかさがありがたかったりしている。
「本来ならアホ毛引っこ抜く所だが、ジジイ曰く結構活躍したらしいからな……勘弁してやるよ」
ユーリがカノンに笑いかければ、「フフフ。ユーリさんを超える日も近いでしょう!」とカノンがゲオルグの後ろで胸を張った。
そんなカノンの態度に「すーぐ調子にのる……」とユーリがもらした溜息を掻き消したのは――
「――隊長」
ユーリに遅れて現れたリンファだ。男との戦いで、アーマーギアが汚れて擦り傷だらけのリンファに、「リー・リンファ分隊長、無事であるか?」ゲオルグが駆け寄った。
「大丈夫だよ。ちょっと顔面を殴られちまったけど」
そう言いながらリンファが殴られて腫れてきた頬を擦って笑う。そんなリンファを見て「オタフクだな」とケラケラ笑うユーリと、「うるせーよ、馬鹿」と口を尖らせるリンファ。
そんなやり取りでカノンとゲオルグも笑い、四人で一頻り笑った後、リンファが真っ直ぐにゲオルグとユーリを見つめ、真剣な表情で口を開いた。
「隊長……それとナルカミも」
そんなリンファの様子に、ゲオルグも表情を引き締め「なんであるか?」と向き直ったのだが……当のリンファは、言葉を探すように視線を泳がせて口を閉じたり開いたり……。
口を開きかけては閉じを何度か繰り返すリンファに、「早く――ング」詰め寄るユーリの口を、ゲオルグが塞ぎながら羽交い締め。もがくユーリとそれを抑えるゲオルグの前で、リンファが大きく深呼吸をして頭を下げた。
「アタシ――すまなかった。横流しも、見逃しも、全部全部……ごめんなさい」
頭を下げるリンファに、暴れていたユーリもピタリと止まってゲオルグと二人、顔を見合わせた。ユーリが苦笑いを浮かべながら肩を竦める――「アンタに任せた」――言外に含ませられるユーリの意図。
それを理解したのであろうゲオルグが、自身を指差すとユーリが苦笑いで頷いて答えた。完全丸投げなユーリに「ンオッホン!」とゲオルグが態とらしい咳払いと視線で非難を示しつつも、頭を下げ続けるリンファに向き直った。
「頭を上げるのである」
ゲオルグの優しい声でもリンファは頑なに頭を上げない。彼女なりに思う所が沢山あるのだろう。そんな彼女を見てゲオルグユーリに視線を向けるが、ユーリはカノンの後ろに隠れて「頑張れ」と声を出さずに口を動かすだけだ。
そのユーリの姿に小さく溜息をついたゲオルグが、もう一度リンファに向き直った。
「謝罪の必要はないのである。お主の行動に気が付きながら、見逃していた吾輩の責任でもあるからな」
ゲオルグの言葉にリンファが弾かれたように顔を上げ「気付いてたのかよ」と驚きながら呟いた。
「無論であろう」
腕を組み大きく頷いたゲオルグに「じゃあ……なんで?」とリンファの困惑は止まらない。
「必要悪……そんな物があるとは思えん。が、身を守るために必要な力はあって然るべきだと思うのである」
要領を得ないゲオルグの答えに、リンファが眉を寄せ首を傾げれば、ゲオルグが笑って続ける。
「クーロンの事情は知っているであるからな。それに……吾輩もお主の父上には世話になったのである」
ニヤリと笑ったゲオルグが、「あの頃、軍に居た吾輩に市民を守る道を示してくれたのは、お主の父上である」と様々な光線で彩られたプレートを見上げた。
奪還間もないイスタンブール。日夜モンスターの襲撃を当時の軍や衛士にハンター、そして記録には残されていないが、モグリも協力して撃退していた日々。そこにあったのは、正規やモグリ等という垣根ではなく、大事な人を守るという各々の意思だけだ。
何度も何度も共同戦線を張る度に、所属の垣根を越え、お互いがお互いに協力して戦った日々。それを思い出したゲオルグが「大変ではあったが……あれこそ人としての本質を見た日々だったのである」と懐かしむように笑った。
「お主の父上は立派に人々を守った。お主もやり方は褒められた物ではないが、必要と信じてその手を汚した」
ゲオルグがリンファに向き直り、リンファが小さくそれに頷く。
「もっとやりようが有ったであろう。しかし結果としてお主の行動が、クーロンの住人を救い続けたのは事実である」
真剣な表情のままゲオルグが続ける。
「とは言え、犯罪は犯罪。吾輩もお主も、厳しい処分は覚悟しておかねばならないのである」
ゲオルグの厳しい視線に「すまない……巻き込んで」とリンファが俯いた。衛士が犯罪に加担する。基本的には資格剥奪の上、
「構わないのである。そもそも隊長の任を辞する事は前々から決めていたのである。強制労働も人々の為になると思えば良いものである」
笑ったゲオルグが俯き続けるリンファの頭を撫でた。
「なにはともあれ、一人で良く頑張ったであるな。胸を張るといいのである。クーロンの英雄よ。お主の頑張りがクーロンも衛士も守ったのである」
その言葉に俯いたままのリンファが肩を震わせ、しばらくするとその足下にポタポタと雫が落ちた。「アタシ……アタシ頑張れてたのかな」震える声にゲオルグが「頑張っていたのである」とウンウン頷いて頭をポンポンと叩いた。
そんな二人の姿を、カノンの後ろから眺めていたユーリが頭を掻いた。
「『巻き込んだんだから出すもん出せ』って言いづれぇじゃねぇか」
ユーリその呟きに、驚いたように振り返ったのはカノンだ。
「ユ、ユーリさんが空気を読んでる! 明日は雨です」
カノンのギョッとした顔――を掴むユーリのアイアンクロー。
「お前も良く頑張ったからな。頭ニギニギしてやるよ」
「ぎぃぃぃぃえええええ! 扱いの差が酷すぎます」
響き渡るカノンの悲鳴で頭を上げたリンファが、その眦を指で拭って笑顔を浮かべた。
「ナルカミも、バーンズも、ありがとうな」
晴れやかなリンファの笑顔に
「ちったぁ良い顔になったじゃねぇか」
とカノンを掴んだまま笑うユーリと、
「いえいえ。困った時はお互い様です!」
そんなユーリの左手を、両手で開こうとプルプル震えるカノン。
ワタワタと暴れる二人に、「お前らのやり取りが見れなくなるのは寂しいな」とリンファが笑って――
「最後の仕事を終わらせよーぜ。サイラス支部長に報告しないといけねーんだろ?」
と髪を耳にかけて、激闘を繰り広げた屋上を振り返った。今は誰も居ない屋上は、先程まで騒動の中心にあったなどと思えないほど静かだ。
その屋上に「……ダメダメだったけど頑張ったよ。アタシ」そう呟いたリンファが三人へと振り返った。
「こんな事言えた義理じゃねーけど……ホント、ありがとうな。それにお前らと出会えて、一緒に仕事が出来て楽しかったよ」
晴れやかなリンファの笑顔に――
ゲオルグは眦を潤ませ、
カノンは元気いっぱいに、
そしてユーリは「しゃーねぇな」と
それぞれが頷いて笑った。
「んじゃ行こうか。最後の仕事に」
歩きだしたリンファに――
「であるな!」
「はい!」
「え? 俺も行くの?」
――これまた三者三様の反応を返して、四人はその場を後にした。
静かになった屋上に暖かい風と、下から聞こえる賑やかな歓声がいつまでも響いていた。
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