第72話 ここからが始まり

 モンスターの群れを前にした荒野の白鳥シグナスのメンバーは、驚きを隠せないでいた。何故なら――


「続けぇ!」


 ――エレナが叫んだかと思えば、モンスターの集団へ向けて一気に突っ込んだのだ。エレナが持つ白銀の剣が二度三度閃けば、一瞬で数体のモンスターがバラバラになって吹き飛んだ。


 エレナの剣の腕は、それこそこのイスタンブールにおいて一、二を争う程だ。だが今までモンスターの群れ相手に一直線で突っ込んだことなどなかった。定石ならば、少し離れた所で距離を取って戦う草原の風鳥アプスが正しい。


 それでもエレナは単身突っ込んだ。突っ込んだ以上、この位置から魔法や魔導銃マジックライフルでの戦法の方がフレンドリーファイアのリスクが高い。


 頼れるリーダーの変貌ぶりに一瞬だけ出遅れた残りの三人だったが、一気に頭を切替えてエレナのようにモンスターへ向けて駆け出した。


 そんな三人をチラリと振り返ったエレナ――


「アデル! 君はの準備だ!」

「え、えぇ!?」


 急な提案にアデルが蹈鞴を踏みながら目を白黒させた。定石、フレンドリーファイアなどクソ喰らえ。そう言ったエレナの発言だが「アデル! リーダーが言うなら大丈夫だ」フェンからの援護射撃も相まって、アデルは再び杖を取り出して魔力を練り上げ始めた。


「ラルド! フェン! 左右は!」


 目の前のモンスターを斬り伏せたエレナ。その言葉に合わせるように、ラルドが戦鎚を、フェンが二本の短剣を振るった。


 押しつぶされ、細切れにされるモンスター――


『《風の大鎌ウィンド・サイス》スタンバイ――』


 全員の耳に届いたリザの声にエレナが「飛べ!」と短く叫んだ。


 エレナの指示に身体が勝手に反応したように飛び上がるラルドとフェン。その瞬間「いっくよー!」とアデルが杖を横向きに薙げば――飛び上がった三人の足元を巨大な風の刃が通過した。


 風の刃が数体のモンスターを切断して霧散。

 それでも死体を踏みつけて、エレナ達の足元に尚も集まってくるモンスター。


「ラルド、思い切りいこうか」


 宙でエレナが笑いかければ、「わ、分かった」と頷いたラルドが落下しながら縦に一回転。超重量装備とは思えない動きで勢いを着けたラルドが戦鎚を地面に叩きつけた。


 カノンの爆裂斧同様――いや、それ以上の威力で、ラルドの戦鎚が地を揺らせば、地面が一気に隆起した。

 せり上がる地面がモンスターを吹き飛ばし、その間にエレナとフェンが着地。


 モンスターの切れ間にエレナはカノンの方向に一瞬だけ視線を向けた。

 開幕に見せた爆発よりも小さくなっているカノンの一撃に、「……マズいな」と呟いてカノン達の方向へと切り替えした。


「皆、暫く三人でいけるな」


 視線だけ振り返ったエレナに


「あたぼうよ!」

「だいじょぶ!」

「頑張ります!」


 と三者三様の声を返したメンバーに、エレナは頼もしいな、と笑顔を残して更に加速――視界の端で、砂漠の鷲アクィラのリーダー、ダンテも同じようにカノンへ向けて走り出しているのが見えた。


 ダンテもエレナに気がついたようで、二人で目配せを交わした瞬間――


「助けは無用であーる!」


 ――戦場の空気を震わせる程の声が響き、エレナとダンテもその足をピタリと止めた。


「お主らはお主らの責務を全うするのである!」


 声の出処はゲオルグ隊長だ。実際エレナもダンテも抜けて問題は無い訳では無い。カノンやゲオルグ隊長程ではないが、エレナ達の担当している場所も、中央同様全方位に注意を払う必要があるのだ。


「吾輩が付いている以上、カノン・バーンズ殿には傷一つつけさせないのである!」


 そう叫んだゲオルグ隊長が右の拳を振り抜けば、のモンスターが弾け飛んだ。


「来るのである。【ヘカトンケイル百手の巨人】の意地、今見せずしていつ見せようか!」



 ☆☆☆



 モンスターの群れを前に、両拳を突き合わせたゲオルグ隊長は横にいるカノンをチラリと見た。肩で息をする見た目少女の顔色は更に悪くなっており、明らかにオーバーワークだという事は見て取れる。


 そのままチラリと上空に視線を変えれば、今もゲオルグ達の真上で待機する不思議な物体サテライト。恐らくアレとカノンのゴーグルが繋がっており、俯瞰した視界と己の視界の両方を同時処理しながら戦っているのであろう。


「末恐ろしい娘であるな」


 呟くゲオルグがカノンを守るように一歩前に出た。実際ゲオルグはカノンという女性の実力を見誤っていた。小さな体からは考えられない程の力強い戦斧と爆裂の魔法。加えて二つの視界を同時処理する脳の演算能力の高さ。


 今はペース配分も、体力も、魔力も、何もかもが足りていない。それでも、経験不足の現時点でこの働きだ。カノンがこれから経験を積んでいけば、恐らく素晴らしいハンターになることは想像に難くない。


 とは言えそれは今日ではない。いつか来る未来の話しだ。今はただ期待のルーキーに変わりはない。



 自嘲気味に笑ったゲオルグに迫る新たなモンスター。カノンの爆裂斧とゲオルグの一撃で、少しだけ猶予が出来ていたが、迫るモンスターは休憩を許してくれなさそうだ。


 そんなモンスターに向けてカノンが重たそうに戦斧を――掲げたカノンをゲオルグが手で制した。


「ここまではお主が頑張ったのでな。そろそろ


 ニヤリと笑ったゲオルグが腰を落としてそのまま突進。


 ショルダータックルが狼二匹を纏めて吹き飛ばした。


 突出したゲオルグに飛びかかる別の狼。

 一匹がゲオルグの腕に噛みつき、別の一匹が太ももに食らいついた。


 そんな噛みつきをものともしないように、ゲオルグが噛みつかれた腕を思い切り振り回す。

 振り回される狼が後続の鳥を纏めて打ち払い、衝撃でゲオルグの腕から離れて飛んだ。

 尚も太ももに喰らえつき唸り声を上げる一匹を、ゲオルグの左手が引き剥がす。

 それを前方に思い切り放り投げれば、首をもたげたワームの頭が吹き飛んだ。


「どっせぇーーい」


 掛け声とともにゲオルグが右の拳を無造作に振るえば、目の前で唸っていた狼が数体吹き飛ぶ――一撃なのに複数の敵を吹き飛ばしている正体は、はゲオルグが宿すモンスターの力だ。

 ヘカトンケイル。【百の手】の異名を持つ巨人型のモンスター。それをベースにしたナノマシンを宿すゲオルグの拳には、複数の衝撃波が乗っている。まるで複数の手で同時に殴っているかのような衝撃だ。


 巨人のごとく力強く、そして【百の手】の異名通り一撃で複数の衝撃を与える。とは言え、エレナのように回復が出来たり、アデルのように強大な魔法が放てるわけではない。そして……ユーリのように心眼と呼べる技能もない。


 ゲオルグに出来るのは、ただひたすらに、そして我武者羅に目の前の敵を殴り蹴り続けるという泥臭い戦法だけだ。


 その唯一取れる戦法に任せて、ゲオルグが再びその拳を振るった――身体が弾けるモンスターを見ても、ゲオルグの力が突出しているのだけは分かる。だが、言い方を変えれば力と範囲だけだ。


 旧時代の神話、それにヘカトンケイルと呼ばれる巨人の三兄弟が出てくる。だがゲオルグの宿しているのは、その三兄弟のようなオリジナル――叙事詩エピック――ではなく、ヘカトンケイルという名前を借りた多腕巨人型のモンスターだ。


 それでもクラスは伝説レジェンドと高い希少性を誇っている。


 貴重な人材であったゲオルグは、そのまま鳴り物入りで軍に所属。だが自分の力は市民を守るために使いたい、と衛士に鞍替えした過去を持っている。


 ゲオルグという男は、良くも悪くも型に嵌った生き方をしてきた。軍や衛士隊では数を持ってモンスターに当たり、戦い方は基本的に教科書通りの安全第一の戦いだ。


 少数相手では、その能力と力強さで無類の強さを誇る事も事実だが、単騎でこの数の敵と当たることなど一度も経験したことがない。


 もちろん、こんな状況を経験済みの能力者の方が稀有である。それでも周りで戦う各チームは、定石通りの戦いがメインとは言え、慌てること無く数的不利を吹き飛ばして相手を押している。


 衛士隊の隊長。伝説レジェンド級の能力者。それ故ミスリルランクは固いと言われているゲオルグであるが、当の本人は自身の実力をこう評している――経験不足の頭でっかちである、と。


 軍人としても、衛士としても、使モンスターと戦う事が少なかった。故に経験不足。能力の成長は年数に対して著しく低い。


 そして戦闘技術すらも、能力が下手に優秀なせいで磨く機会が無かった。単に腕を振るうだけで、大抵のモンスターを倒せたからだ。


 集団に属している場合はそれで良かった。数を揃える事が強さであり、目の前の敵を屠る事が役目だ。突出した能力を持ち、英雄と呼ばれるのはサイラスやエレナ、そして軍のトップに君臨する達人たちのような少数だけで良い。


 過ぎたる力は過信を生み、己を仲間を危険にさらすから。


 それでも、己の力が人々の為になるのではないか、と。【百の手】が零れ落ちそうな人々を救うのではないか、と衛士の門を叩いた。その結果更に戦場から遠ざかる事となったのは皮肉だが……。


 能力者となって既に二十年。長い年月を持ってしても、経験不足と自嘲してしまう波風のない人生。


 それを振り払うゲオルグの拳が巨大なワームの身体に風穴をブチ空けた。


 経験不足を今、ゲオルグは持ち前の根性と、日々の訓練で鍛え上げた身体能力だけで補っている。


 いや、正確には完全に補えてはいない。今もまたゲオルグはワームの最後っ屁、消化液を全身に浴び、立ち上る煙を打ち払いながらワームを、その周辺のモンスターごと殴り飛ばしていた。


 モンスターの数は確実に減っている。だがそれ以上にゲオルグの被弾が多い。このままのペースでは流石に最後までは持たない。


 ゲオルグとてそのくらいは分かっている。分かっているが、ここで退くわけには行かない。ついさっきまで自分よりも小さな娘が、短い間とは言えハンターらしい活躍を見せたのだ。


 そして助けに来ようとする援軍を断ったのだ――もうただの名ばかり隊長は御免だと――であれば己も根性を見せねばならない、と今も腕を伝う血を振り払うようにその拳を打ち付けた。


「まだまだぁ!」


 叫ぶゲオルグの声に引き寄せられるように、モンスターが一斉の飛びかかった。先程までの攻撃の比ではない数を前に


 カウンター?

 防御?

 いや、どこを――


 一瞬思考が止まるゲオルグ――その耳に


「十二時に突進!」


 響いた声に従ってゲオルグのショルダータックル。一番敵の数が多かった真正面であるが、その先にはポッカリと空いたスペースがあった。


「こ、これは――」


 呆けるゲオルグだが、反転してきたモンスターがその間を許さず飛びかかる。


「退避、九時方向」


 再び響くのはカノンの声だ。それに従いゲオルグが自身の左へサイドステップ。飛びかかってきた集団の真横を付く形に、ゲオルグはステップインのエネルギーを踏切に左拳を叩きつけた。


 【ヘカトンケイル】の拳が唸りを上げて、数体を弾け飛ばし辺りに血を撒き散らす。


「カノン・バーンズ殿!」


 カノンへと視線を向けたゲオルグに、カノンがサムズアップ。


「ゲオルグ隊長、任せます!」


 その言葉だけで、カノンが何を言わんとしているかゲオルグは理解した。あの不思議な物サテライトでカノンが視界を確保して指示をだし、ゲオルグがそれに従って戦うという共同作業だ。


 お互いまだ半人前、ここは協力していこう。そういう事なのだと理解したゲオルグが


任せるであるぞ!」


 ニヤリと笑って頬を伝う血を親指で拭った。


 カノンの指示が飛び、ゲオルグの拳が唸る。中央で噛み合った歯車が一気にモンスターを押し返した。長かった戦い、後に【百手のゲオルグ】と呼ばれるオールドルーキーのデビュー戦は、漸く終わりが見え始めていた。


 



 イスタンブール奪還祭まで――残り一時間二十五分。

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