第73話 ボス戦が負けイベはRPGあるある
数が少なくなったモンスターの群れ。今も数を減らしていくその様子を見守る二つの影――。左手で
実に対照的な二人は、壁から少し距離のある崩れた高架橋の上にいる。そこに陣取って高みの見物と洒落込んでいた二人だが、エリーの視線は先程から一点に固定されていた。
「あれが【戦姫】かー。結構強いじゃん」
楽しそうに笑ったエリーが「なあ! ちょっとだけ味見してきてもいい?」とマモを振り返るが
「何でぇそない気になるんー? オリハルコンやでー?」
とマモは唸りながら首を傾げるだけだ。今までエリーが戦ってきたハンターはもれなくアダマンタイト、最高ランクのハンターだ。その一つ下の階級と戦っても、エリーの望むような血沸き肉踊る戦いなど出来ないと思っているのだ。
だが、当のエリーはそうではないようで、目を爛々と輝かせている。
「だって、マモ
瞳を輝かせるエリーに、「ウチーそないな事言うたー?」とマモは自身の記憶を遡っているが覚えがない。基本的には興味がないので大体の事は覚えていないのだが……。
「言った言った。だからちょっと見てこようと思ってさ」
笑みを浮かべ立ち上がり、尻を払ったエリーが大きく伸びをした。どうやら【戦姫】の所へ顔を出すつもりなのだろう。そしてこれ以上はマモと言えど止まらない。彼女はマモが知る限り、この世で二番目に人の話を聞かない人物なのだ。
「味見はエエけどー、殺したらアカンでー」
諦めたマモが溜息をついた。その言葉にエリーが「何で?」と眉を寄せるが、
「うーん。勘やけどー、あの娘はぁ八咫烏の悲願に必要な気がしとるんよー」
腕を組んでウンウン唸るマモ。腕に押し上げられ大きく
「オーケー。マモ
肩を竦めたエリーが「仲間になるのかなー」と笑顔を見せながらその姿を消した。
ボンヤリとそれを見送ったマモだが、小さく溜息をついて口を開いた。
「ウチらの悲願ー。あの【戦姫】いう
マモが頬に手を当て「分からんわー」と呟いた瞬間、モンスターの群れを吹き飛ばす程の爆発が起きた。
「あーあー。あの
頬を膨らませたマモのボヤきは、遠くにいるエリーには届かない。
☆☆☆
凡そ二〇〇と聞いていたモンスターの群れだが、どうやら戦っている間に他の所からも集まったようで、最終的には五割増し程になっていた。
それでも中央の盛り返しと、エレナ達の奮闘もあって既に終りが見えている。
とは言え未だモンスターが残っているのは事実なわけで……雑魚ばかり、数の暴力が去ったとは言え油断はできない。相手は少ないが、こちらも体力や魔力の面から言えば、未だ気を抜いて良い状況ではないのだ。
「百里を行く者は九十を半ばとす……か。良く言ったものだ」
エレナが額の汗を拭って、気を引き締めた瞬間――周囲を吹き飛ばす衝撃がエレナを包み込んだ。
吹きすさぶ強風と叩きつける砂埃。その衝撃に慌てて膝をついて身体を支えたエレナ。舞い上がった砂埃が収まらない中、モンスターの死体すらなくなったエレナの目の前に一つの人影が現れた。
燃え上がるような真っ赤な髪。それと同じような真紅の瞳。少し吊り目がちだが整った目鼻立ちの若い女性だが、その身体から発せられる闘気は間違いなく歴戦の兵を思わせる鋭さだ。
身体をスッポリと覆う真っ黒なローブ姿で、全身は分からないが、自然に立っているだけのはずなのに全く隙が見当たらない。
「何者だ!?」
即座に体勢を立て直してエレナは剣を構えた。
「名乗るほどのモンじゃねーよ」
カラカラと笑う女は、見た目の可憐さに反して中々粗暴な話し方だ。
「アンタ、【戦姫】って呼ばれてんだろ? 良いよな……その二つ名――」
一瞬で女の姿が消え
「――オレにくれよ」
エレナの耳元で女の囁く声が聞こえた。
反射的に右手の剣を振りながら再度ステップで距離を取る。
女の声に向き直りながら、尚且つ真反対に距離を取ったエレナだが、「いきなり斬りつけるとか
即座に振り返ったエレナが剣を構え、気持ちを落ち着かせるように大きく深呼吸――
「貴様は誰だ……この騒動の黒幕か?」
睨みつけるエレナの先、赤髪の女は「黒幕?」と眉を寄せた後に再び笑った。
「オレは――」
再び消えた女の姿だが、エレナの視界には一気に距離を詰める女が映っている。
目の前で踏み込みと共に姿を現した女
「――まあワルモノだ」
笑みを浮かべて、その右腕を斜め上から大振りでエレナに打ち付けた。
エレナは左足を踏み込みつつ、そちらの潜るようにダッキング。
頭髪を掠めて女の腕が空振る。
左の踏み込みで溜めた力で、エレナが左斬り上げ。
無造作に伸びた女の右腕に沿うように、女の脇へと吸い込まれ――たかと思われた一撃は空を斬った。
踏み込みをバックステップに変えた女が、僅かに距離を空けたのだ。
だが下がった相手を見逃すエレナではない。
エレナは自身の左上まで上がった切っ先を翻す。
右の踏み込みとともに、女の頸動脈目掛けて横薙ぎ一閃。
耳を劈くような甲高い音が当たりに響いた。
エレナの剣を迎え撃ったのは女の右腕――(手甲か!)――エレナが気がついた時には、「チリチリ」と音を立てながら刃に手甲を押し当てた女が接近。
開いた剣先を戻そうと――するエレナに迫るのは、女の左
仰け反って躱したエレナ。
崩れた体勢を立て直すバク転。からの――一足飛び。
今度はエレナが一瞬で距離を詰めた。
左腕を振り抜いたままの女。
その顔面に向けてエレナの突き。
僅かに顔を逸らす女。
切っ先が女の頬を空振り、髪の束に吸い込まれて一瞬でエレナの手元へ――「ボフッ」と音を立てて女の髪が遅れた風圧で舞い上がる。
手元に戻したエレナの突きが二度、三度閃く――も、全て女の体捌きだけで空を切る。
「クッ――」
この疾さと精度での連撃を、躱された経験のないエレナ。
焦りが産んだ顔面への雑な突き。
それに合わせるように女が躱しつつ右膝をエレナの腹に捩じ込んだ。
吹き飛ぶエレナ――だが咄嗟に後ろに飛びつつ滑り込ませた左腕のお陰で、ボディへのダメージは然程ない。とは言え――
「……暫くは使えんか」
折れてはいないだろうが、痺れる左腕には力が入らない。
「いいねー! 思ってた以上に楽しめるじゃねーか!」
女が叫び、獰猛に笑った瞬間――未だ視界を覆う土煙を破って二つの人影が――
「リーダー!」
「え、エレナさん」
フェンとラドルが飛び込んできた。
剣を持ち、険しい顔のエレナ。
その前に立ついかにも怪しそうな女。
一瞬で状況を判断したフェンとラルドが女に向かって――「よせ!」――エレナの制止を無視して駆け出した。
女との距離を一瞬で詰めたフェン。その両手に持った短剣が閃く――。
フェンが放つ渾身の連撃。屈強なモンスターでも、細切れにするその左右の短剣――の刃を女は左右の指だけで軽々と掴んだ。
「な――」
呆けるフェンに、「軽いな」と女が笑いながら横っ腹に向けて右前回し蹴り。身体を「く」の字に、砂埃の向こうへ消えたフェン。
「「フェン!」」
叫ぶエレナとラルドだが、当の女はフェンが消えた方を見ながら、「へー。咄嗟に飛んで致命傷は避けたな」と少しだけ感心した表情を見せている。
「よくも!」
「ラルド! 待て――」
普段は温厚なラルドが感情をむき出しに、女に迫る。フェンやエレナには劣るスピードだが、超重量装備とは思えない速度で間合いを詰めたラルド。
ラルドの力強い踏み込みが地面を穿ち、真上から叩きつける戦鎚にさらなる力を与える。
地面を震わせる程の衝撃が辺りに走り、収まり始めていた砂埃が再び舞い上がった。
「悪くはねーが」
砂埃の中から聞こえてきたのは女の声。
少しだけマシになった砂埃の中、沈み始めた太陽が映し出したシルエットは――ラルドの戦鎚を右手一本で受け止める女の姿だった。
「オレ達の戦いに割って入るには力が足りねーな」
女の溜息が風に消えた瞬間、ラルドの身体も大きく吹き飛んだ。
女の左ボディブローがラルドの鎧を砕き、その身体をフェンとは真逆に吹き飛ばしたのだ。
「お! アイツはまあまあ固いな」
拳を見ながら笑顔を見せる女が「何だよ。結構楽しめそうな奴がいるじゃん」とラルドが飛んでいった方を見つめている。
「つっても……今はアンタが一番だけどな」
獰猛な笑みを向ける女に、エレナが奥歯を噛み締めた。どういう訳か相手は自分に強い興味を抱いているらしい。であれば――
「リザ、命令だ! 皆をこの戦域から緊急退避させるんだ!」
『で、でもエレナさんは――』
「いいから早く!」
叫ぶエレナの目の前で「おいおい。人の目の前で誰と内緒話してんだ?」と肩を竦める女。
エレナが剣を構え直して「なに、私の良い人と、だよ」と笑えば、女も「妬けるじゃねーか」笑みを浮かべて見せた。
一瞬流れた沈黙を、エレナの踏切りが破る――弾けた地面を置き去りに、エレナが女との距離を再び詰めた。
エレナの横薙ぎ――ダッキング。
振り切った刃が意思を持っているように閃き反転。
逆袈裟に斬り降ろされるエレナの刃。
迎え撃つ女の左腕――響く音と飛ぶ火花。
弾かれたエレナの剣。
完全にエレナの脇腹を捉えた――かに思われたボディブローだが、エレナのバックステップで僅かに皮膚を掠めた程度だ。
腹を掠めるボディブロー。
逆にその威力を利用するようにエレナが回転。
空振った女の延髄に向けて、回転を加えた横薙ぎ。
それを倒れ込むように躱した女。
両手を地面について、逆立ちの要領で右踵をエレナの額に叩き込んだ。
咄嗟に仰け反ったエレナだが、女の踵が思ったより伸び、額を蹴られて後ろに吹き飛び転がってしまった。
二度、三度転がり跳ねたエレナが地面を押しのけるように立ち上がった。
その先に迫る女の右拳。
何とか首を捻って相手の右側に躱したエレナ――だが、「残念。悪手だな」と女が開いた掌でエレナの髪の毛を掴んで地面に向けて引っ張った。
髪の毛に引かれるように倒れるエレナ。
が、剣の柄と地面を右手で抑えて、女の右延髄に左足を叩き込んだ。
手応えあり。の感触だったが、「やるじゃねーか」と笑う女は、どうやら頭突きでエレナの足を迎え撃ったようだ。
体勢が崩れたエレナに女の左蹴り上げが迫る。
女の頭に当てた左足と、柄と地面についた右手を思い切り押しやって、剣を拾い上げたエレナが回転しながら距離を取る。
回転しながら剣を振り上げ、女の追撃を止めるエレナに、女が「ヒュ〜♪」と口笛を吹いてバックステップ。
「いいじゃんいいじゃん! もう少しギア上げても良さそうじゃねーか!」
間合いが開き、エレナを前に笑った女が姿を消した。先程までとは比にならない疾さ。だがエレナには未だ捉えきれる。
と、カウンターになるよう、踏み込みとともに剣を突き出した。
女の額に吸い込まれていく切っ先――が当たる直前で女が僅かに顔を逸らす。
その瞬間女がタイミングの早い踏み込み。
と同時に両拳をエレナの剣の腹に向けて叩き込んだ。
衝突箇所を若干ズラした左右からの挟撃。それがもたらした物は――
「ばかな……」
呆けてしまったエレナは、思わず己の相棒の行末を追ってしまった。
中程から真っ二つに折れたエレナの剣。勢いよく横に飛んでいく剣先を、思わず目で追ったエレナが気がついた時には遅かった。
「オレを前に余所見かよ?」
目の前に迫るのは女の左拳。
――死
を覚悟したエレナ……の耳に「ピピピピ」と間抜けなアラーム音が響いた瞬間、女の左拳がエレナの鼻先でピタリと止まった。その瞬間、遅れてきた風圧が「ブワリ」と音を立ててエレナの髪を揺らして舞い上げた。
まるで我に返ったかのような女が、懐から旧時代のデバイスを取り出した。
「危ねー危ねー。安牌とって短めに設定してて良かったぜ」
そう笑うとアラームを止めて、デバイスを懐にしまい、エレナに背を向け歩きだした。
全く状況が飲み込めないエレナだが、混乱する頭を整理するように
「ま、待て! 何処に行く!」
と声を張り上げた。その声に振り返った女が眉を寄せてエレナを一瞥。
「何処って……帰るんだよ」
「帰る? 帰るだと……」
エレナの拳が、全身が震える。それは見逃された事への羞恥かそれとも怒りか、はたまた今しがた感じたばかりの「死の恐怖」か……何が原因か分からないが、エレナは震える拳と身体を抑えるように女を睨みつけた。
「そりゃ帰るだろ。オレ達の目的は達したし」
そう言ってカラカラ笑う女にエレナは目を白黒させ「決着もついていないのにか?」ポツリと呟いた。
「決着ならついただろ? アンタの負けだ」
女の盛大な溜息に、エレナは「クッ」と声を漏らすことしか出来ない。
「まあ悪くはなかったけどよ。余所見は頂けねーな。温室育ちが丸わかりだぜ?」
それだけ言うと、女はその姿を消してしまった。あとに残されたエレナが力なく膝をつき、「くそ……」と呟いた言葉が収まってきた砂埃に小さく響いて消えた。
「り、リーダー!」
「エレナさーん」
「だ、大丈夫ですか?」
光の中から駆け寄ってきた仲間の心配する声が、やたらと遠く聞こえる。それはまるでエレナとあの女の間に隔たる実力差のように遠く、ただただ遠かった――
イスタンブール奪還祭まで――あと一時間五分
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