第71話 カノン、行きます!

 荒野に取り残された燃え上がるトラック。猛々と上がる黒煙の向こうから響くのは、

「早くして!」

「今やってる!」

「血が……血が止まらない」

「くそ、魔力がもう――」

 と切羽詰まった声と、武器が壁に打ち付けられる音だ。鈍器、刀剣類はもとより魔導銃マジックライフルの発砲音もするが、あまり勢いがあるとは言えない。どうやら全員がもれなく負傷させられているようで、体力も魔力も底をつきかけているのだろう。


 黒煙のせいか、それとも全員が必死に壁に向いているせいか、兎に角誰も彼もが突如として現れたエレナ達に気付いていない。


 今も必死に壁に穴を開けようとするクーロンの住人たちへ、視線を向けたフェンが


「チッ、テメーらの不始末でこんな事態になってるってーのによ」


 鼻を鳴らして悪態をついた。


「そう言ってやるな。、彼らも被害者だ」


 そう言うエレナだが、クーロンの住人達に視線すら送らず、トラック近くに倒れる首無し死体へと足を進めた。


「スコット・マイヤーかい?」


 エレナの後ろから声をかけたのは砂漠の鷲アクィラのリーダー褐色肌の男性だ。その声に「おそらく」と頷いて答えたエレナが、ゲートから一本の剣を取り出した。白銀に輝く美しい剣が、沈み始めた太陽を反射してキラリと輝く。


 そのままゆっくりと壁側まで歩くエレナ――それに気付いたように…いや、単純に迫るモンスターの確認の為に振り返った女が、「だ、誰!?」と声を裏返らせた。


 その声に反応して、壁を壊そうとしていた連中もその手を止めて振り返った。全員が一様に顔を青くしてエレナを、いやその手に煌めく白銀の剣を見ている。


 近づいてくるエレナに怯えるように、「い、嫌」と頭を抱える女――恐らく負傷させられた時の恐怖でも蘇っているのだろう。


 エレナを恐れるように後ずさる者。

 女を守ろうと果敢にエレナの前に立つ者。

 ひれ伏して「助けてくれ」と懇願する者。


 それら全てを無視して壁の前まで歩いたエレナが、右手の剣を一閃――音もなく切り裂かれた壁に小さくない穴が開いた。


「行け――」


 短く吐き捨て踵を返したエレナに、「え?」とクーロン住人の疑問符が突き刺さるが、エレナは振り返りもしない。もう彼らの存在など眼中にないとばかりに、エレナは自分の仲間たちを見回した。


「もう間もなく会敵する――」


 エレナの言葉通り、モンスターの群れが上げている土煙が近くなってきている。


「――左翼を砂漠の鷲アクィラ焦土の鳳凰フェニックス。右翼を草原の風鳥アプス荒野の白鳥シグナスがそれぞれ抑えてくれ」


「中央は?」


 眉を寄せるアデルに「フッ」と自身有りげに笑ったエレナが「中央は私が――」


「中央は私、カノン・バーンズにお任せあれ!」


 エレナの言葉を遮るのは、今しがた現れたカノンと、「吾輩も尽力しよう」その後ろで腕を組むゲオルグ隊長だ。


「カノン? 何でお前がここに居るんだよ!」


 不満を顕にするフェンであるが、その声音はどちらかというとカノンを心配してという雰囲気だ。


「ユーリさんに『度肝を抜いてこい』と言われましたので!」


 両拳を握りしめ「フンス」と鼻息でやる気を見せるカノン。その言葉に「あの野郎……馬鹿か」とフェンが盛大に眉根を寄せた。


「カノン。お前は下がって――」

「いや、ユーリが『度肝を抜いてこい』そう言ったのだな?」


 フェンの言葉を遮ったエレナが、真剣な表情でカノンを見つめた。その視線に頷くだけで応えるカノン。


「そうか……ならば中央はお前に任そう」


 エレナの言葉に「リーダー?」とフェンが詰め寄った。右翼、左翼なら壁があるので対応する範囲が限られる。だが、中央となる前方、左右の三方向から、そして一瞬でもミスれば後方からも襲われる可能性の高い一番危険なポジションだ。


 如何にゲオルグ隊長が居ると言えど、たった二人、しかもそのうち一人はカノンだ。割り振りを考えれば、あまりにも酷だとフェンは言いたいのだろう。


「大丈夫だ。何かあれば私が……いや私達がフォローに回る」


 そう言って砂漠の鷲アクィラのリーダーへ視線を飛ばし、「ダンテ、頼んだぞ」と真剣な表情で続ければ


「オーケー、お姫様プリンセス


 とサムズアップと共に笑顔を見せる、ダンテと呼ばれた砂漠の鷲アクィラのリーダー。


「各員戦闘準備! 最左翼から焦土の鳳凰フェニックス砂漠の鷲アクィラ、カノン・ゲオルグ隊長、荒野の白鳥シグナス、最右翼が草原の風鳥アプスの配置だ」


 エレナの号令で全員が割り振られた位置へと一瞬で移動する。


――!」


 配置が完了すると同時に、イヤホンを抑えながらエレナが叫べば、『システムオールグリーン。バイタル、コンディション。通常値ノーマル・ステート。何時でもいけます』リザの声が耳に届いた。


「皆、奪還祭には少々早いが……我々だけ一足早く祭りと行こうじゃないか」


 声を張り上げるエレナの視線の先には、視力を強化せずとも視認できる程近づいたモンスターの群れ。


「アデル!」


 視線だけ振り返ったエレナに、その意図を理解したのだろうアデルがゲートから一本の杖を取り出した。魔導銃マジックライフルなどと違い、自身の魔法を増大させるブースターのような物だ。もちろん威力を上げるだけで、魔法の効率が上がったりするわけではない。魔法に自信のある人間しか使わない、中々珍しい装備である。


 その杖をくるりと回し、魔力を練り上げるアデルを確認したエレナが笑う。


「祭りの開始を告げる号砲だ。派手に行こうか」


「オッケー!」


 同じように笑ったアデルが、練り上げた魔力を杖に乗せて――「《炎の雨フレアレイン》」――一気に解き放った。


 エレナ達を囲むモンスターの群れ、その頭上から降り注ぐ拳大の炎の礫。それらがモンスターたちの身体を穿ち、傷口を、死体を燃え上がらせた。


 燃え上がるモンスターの死体、それらを超えて後続が迫る。


「行くぞ――」


 エレナの掛け声にモンスターの群れへ向けて、全員が飛び出した――



 ☆☆☆


 駆け出したエレナたちに一瞬だけ遅れて


「行きましょう!」


 とカノンが駆け出し、ゲートから。それを迷うこと無く空宙へと放ったカノンが、今度は戦斧片手にモンスターへ肉薄。


「派手に行きます!」


 そう言いながらカノンが先頭の数体を飛び越えた。

 飛び込んだ先には四方八方にモンスター。

 カノンは自由落下に合わせて、頭上から戦斧を思い切り振り降ろした。


 その一撃は巨大な芋虫を叩き斬り、地面を穿ちさらに爆発――大爆発とも言える一撃が、カノンの周囲三メートル程を消し飛ばした。


「なんと! だが――」


 驚く後続のゲオルグ隊長だが、威力そのものよりも、カノンの無謀さが気になっている。いきなり群れの真ん中に突っ込む無謀さと、開幕速攻でかなりの量の魔力を消費した無謀さだ。


「カノン・バーンズ殿! 少し抑えた方が――?」


 追いついたゲオルグ隊長が、カノンの背中を守るように張り付いた瞬間、何かに気付いて眉を寄せた。その視線の先には、「システム・オールグリーン。サテライトリンク完了――」いつの間に着けたのか、ゴーグルを着用しブツブツと呟カノンの姿だ。


「か、カノン・――」

「視界、良好です!」


 不意に両手を上げたカノンに、ゲオルグ隊長がビクリと肩を震わせた。満面の笑みを見せるカノン。顔の上半分を覆うゴーグルの前面に施された細長いライトが青白く光っている。


 カノンの変わった様子にゲオルグ隊長が驚く間もなく、モンスターの群れがその距離を狭めてきた。


 眼前に迫る狼にグローブを着けたゲオルグ隊長の右ストレート一閃。

 顔面が吹き飛び、血と脳髄を撒き散らして狼が崩れ落ちるが、その向こう、そして左右からも別の狼が――


「しゃがんでください!」


 その声にゲオルグ隊長が咄嗟にしゃがめば、その真上を通過する戦斧の横薙ぎ。


 三匹の狼が纏めて吹き飛ぶが、間髪を入れず別のモンスターが迫る。


「六時!」


 カノンの短い指示で、ゲオルグ隊長が目の前で鎌首をもたげたワームへ飛び膝蹴り。

 それと同時にカノンがゲオルグの後を追うように一歩踏み込んだ。


 カノンが立っていた所に突っ込んでくる巨大鴉。

 カノンが振り向きざまに巨大鴉を上下に両断し、「三時、八時」カノンが叫べばゲオルグ隊長の右裏拳、左後ろ蹴りが、それぞれ角ウサギとリトルボアを弾けさせた。


 それとほぼ同時にカノンの振り上げが、上空から襲う二匹目の巨大鴉を下から両断。

 踏み込んだ右足でカノンがバックステップ。

 カノンのいた場所に吐き出されたワームの消化液。


「ジャンプです!」


 カノンの言葉でゲオルグ隊長が飛び上がれば、カノンが回転。

 戦斧の石突付近を握って、最大リーチで繰り出す回転爆炎斧が周囲を薙ぎ払った。


 再び周囲に出来た空間に、ゲオルグ隊長が着地。


「どんどん行きましょう!」


 元気いっぱい声を張り上げるカノンを前に、「う、ウム」とゲオルグ隊長の顔は晴れない。その瞳には、ゴーグルの隙間から汗を流す顔色の悪いカノンが映っていた。

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