第68話 サボってる訳じゃないんだよ

 プレートの合間から漏れる明るい陽の光。それを受けて賑わう下層の大通りは、いつも以上に大盛況だ。

 なんせもう間もなくイスタンブール奪還祭が始まる。本来であれば前夜祭という方が正しいのだが、娯楽の少ないこの時代では前夜祭だろうが後夜祭だろうが、貴重な祭り、楽しみな時間に変わりはない。


 この三日だけはイスタンブールだけでなく、近場の都市からも車両を改造した様々な屋台が出向き、それを護衛するハンターも含めて一時的に人口が一気に増える。


 こんな危険な時代にも関わらず、商魂たくましい……と言いたい所だが、実はそうではない。実際はハンター協会を始め、軍や各商会などが資金を出し合い、一年に一度のお祭りを盛り上げ、市民の英気を養うためにわざわざ近場の都市に声をかけて協力して貰っているのだ。モンスター討伐がやけに多かったのは、こういった部分への布石――街道の安全確保――という側面もある。


 とにかく娯楽の少ない市民のために、サイラスが打ち出した方策の一つは大盛況であり、今や各商会だけでなく軍まで出資し、文字通り一年に一度の大イベントとなっている。


 各商会は呼び寄せた様々な屋台とハンターの面倒を見る事になるが、それでも屋台のスポンサーとして住民へのアピールにもなる。実際昨年の奪還祭で奮発した商会は、ここ一年住民からの好感度がバク上がりで一般品目の売上が上がった程だ。住民にも商会にもWin-Winの奪還祭は、今年も熱を帯びて開催を今か今かと待ちわびている。


 その逸る気持ちを反映するように、既に通りは疑似歩行者天国と化し、そこかしこに開店準備で並び始めた飲食含め様々な屋台も相まって、一足早くお祭りムード一色だ。


「イスタンブール奪還前夜祭、本日一八時からでーす」


 そのムードを助長するように元気よく呼び込みをするのは、まさかのハンター協会職員だ。誰も彼もがサイラスによって集められたという、生粋のの職員らは、エレナ達の活動を隠すため日夜通常業務に励んでいる表側の人間たちである。


 職員の多くが孤児や怪我で引退したハンターであり、サイラスの掲げる平和な世界への理念に共感した協力者達。その中でも特殊な技能が必要なオペレーターや、ハンターになる事が出来なかった者たちが一般職員だ。サイラス達の活動を隠すため、イスタンブール支部を立派なハンター協会支部として機能させているのは、彼ら職員の頑張りがあってこそ。


 ……ようはマフィアとそのフロント企業のような関係、と言って良いだろう。


 問題はそれがこの時代を牛耳る組織の中の一部という事だが……とどのつまりは『内輪揉め』という言葉で、ユーリによって片付けられてしまっている。


 そんな職員達の後ろにあるのは、巨大なホログラムマップだ。上層は含まれていないものの、下層の至るところで開催される様々な催しが映し出されている。


 そんないつも以上に賑わい、人でごった返す大通りにな人影――


「……すげぇな」


 巨大なホログラムマップを見上げてポツリと呟いたユーリが「おいおい、羊レースとかあるじゃねぇか」と南西部にある唯一プレートのない農業区に興味を示しつつゲートから肉串を取り出した。


「ユーリさんはこんな所で油売ってていいんですか?」


 ――小首を傾げたカノンの額を「いいんだよ」と人差し指で押し返したユーリが肉串を一口齧る。


 エレナ達が一斉検挙に乗り出している頃――ユーリはカノンと二人、イスタンブール奪還祭が始まる前の浮ついた雰囲気の大通りを歩いていた。


 そんな浮ついた大通りでユーリは先程から開店前の屋台を横目に、路地裏で買った肉串片手に祭りの雰囲気を楽しんでいるのだ。


 クレアやエレナからある程度事情を聞いているだけに、カノンとしてはユーリも彼女たち同様問題解決に当たらねば、と思っているのだろう。が、当のユーリにその気が無いのでどうしようもない。バディにやる気がないので、自然とカノンも蚊帳の外なのだ。


「ジジイにスマイル仮面クレアも居るんだ。放っといてもクーロン程度なら止められるだろ」


 ぶっきら棒に言い放ったユーリが、咥えた串を上下に動かした。


「でも、一集団だけ捉えきれてないらしいですよ?」


 そう言ったカノンが「ほら」とデバイスにメッセージを表示した。それはクレアやエレナ等、サイラスが率いる集団の女性メンバーだけのグループチャットだ。そこに表示されているクレアからの「各員気付いたことがあれば即座に連絡を」という切羽詰まった内容をユーリは眉根を寄せながら覗き込んだ。


 その後に続く様々な情報だが、どれもこれも


 『軽く尋問したけど知らない』だの『仲間は売らないって言ってる』だので、全く情報らしい情報はない。


 それを暫く見ていたユーリだが、「フン」と鼻を鳴らしてゲートから別の肉串を取り出して咥えた。


「『スマイル仮面らしく余裕ぶっこいて微笑んでみろ』そう送っとけ」


 そう言って「ケケケ」と笑うユーリに、「そ、それは無理でしょう」とカノンが顔を青くしてユーリを見ている。


「何でだよ? 落ち着きゃ見えてくるモンもあるだろ」


 眉を寄せるユーリに、「言い方とダメダメです」とカノンが頬を膨らませて抗議する。クレアが優秀なのはカノンも知っているが、「落ち着け」などカノンやユーリのように落ち着きのない人間に言われれば……その後を予想したのだろうカノンが、ブルリと身を震わせた。


「おい……それは俺が落ち着きのない人間って言ってんのか?」


 ジト目のユーリを「え? 逆に落ち着きがあると思ってるんですか?」とカノンがキョトンとした表情でユーリを見た。

 悪気のない本気の疑問に、流石のユーリも「グッ」と喉の奥から言葉を漏らしただけで、それ以上は追求できず……。仕方がないとばかりに「俺の落ち着き問題は置いといて」と溜息をつきながらカノンのアホ毛を指で弾いた。


「少なくともお前はアイツらの事、仲間だと思ってんだろ?」

「はい!」

「なら黙って見とけ。スマイル仮面だけじゃなくてエレナもいるんだ。それに――」

「それに?」


 小首を傾げるカノンに「いや、何でもねぇ」とユーリが首を振った。ユーリの予想では恐らくサイラス支部長は、既にどうやって相手が移動しているかに当たりを着けているはずだ。


 それを敢えて言わないのは、自分の部下の成長を試しているからか、もしくはサイラスなりに考えがあるのだろう。こちらはこちらで「好きにする」と言っているのだ。余計な茶々は要らないだろう、とユーリは小さく溜息をついて食べ終わった肉串をゲートに突っ込んだ。


 とはいえ、隣で不安げにしているバディが気にならない訳ではなく――


「ま、ちっとくらいなら手助けしてやるか」


 もう一度溜息をつきながらデバイスを操作すると、二度三度コール音が雑踏に消え――


『何だよ! 今忙しいんだ! てかお前どこ居んだよ!』


 ――ホログラムの中から、額に青筋を立てたリンファの苛立った声が聞こえてきた。


「うるせぇな。急にデケェ声出すなよ。俺はほら、アレだよ。中だ」


 そう言ってニヤリと笑うユーリに、ホログラムの中のリンファがジトッとした視線で『何がだよ』と返した。


「まあまあ、お前ら今手詰まりだろ? 俺がヒントをやろうと思ってよ」


 笑うユーリに『はぁ?』とリンファが声を上げるが、ユーリはお構いなしに続ける。


「そろそろスマイル仮面から連絡来ると思うから、ここ数日西門を通行した車両の通行記録を――」

『うるせーな! 今丁度クレアさんから連絡が来て、それを送ろうとしてたんだよ! 邪魔すんな馬鹿!』


 リンファが怒声だけを残して通信を一方的に切った。


 雑踏に包まれ固まるユーリが暫くして――


「な? 優秀だっつったろ?」


 引きつった笑いでカノンを見るが、


「ユーリさん、めちゃくちゃ邪魔――」

「してねぇ」

「でも今――」

「空耳だ」

「リンファさんが――」

「いやあ。ジジイの部下は優秀でいいなー」


 ジト目で詰め寄ってくるカノンを押しやりながら「ったく…いらねぇ恥かいたじゃねぇか」とユーリが口を尖らせた。


 各商会が様々な屋台を呼び寄せる奪還祭。もちろんオスカー商会とて例外ではない。で、あればその車両に紛れてクーロンの住民が隠れている可能性がある。キッチンカーを見て、奪還祭の内容を聞いた瞬間ユーリが思いついた事だが、奇しくもそれとほぼ同時にクレアの方も正解に気がついたらしい。


 門の通行許可や履歴は衛士隊で纏めているので、いずれ気づくだろうクレアの為に、一足先にそれをリンファに準備させようとしたのだが……結果はタッチの差でクレアが早く、ユーリの手助けは必要なかったのだ。


 とは言え、ユーリとしてはこのままでは格好がつかないわけで……再びデバイスを操作し、雑踏に呼び出し音が二度三度攫われて――


『おや、ついに我々に協力する気になったのかい?』


 ――意味深に笑うサイラスがホログラムに現れた。


「ンな訳ねぇだろ。今頃キッチントラックやらに目ぇつけてんだろ?」


 ユーリの言葉に一瞬だけ驚いたサイラスが『ああ』と頷いて続ける。


『オスカー商会が呼んだトラックのピックアップと待機場所――』


「待機場所は要らねぇ。。そう言っとけ」


 それだけ言うと、「フン」と鼻を鳴らして一方的に通信を切った。


「ユーリさん、今のは?」


 小首を傾げるカノンを、いや大通りで立ち止まるユーリとカノンを、邪魔そうに横目で見ながら通行人が通り過ぎていく。その視線を避けるように、ユーリが「勘だ」とぶっきら棒に言いながら通りの端へと移動した。


「勘?」

「ああ。っつっても殆ど確信みてぇなもんだが」


 そう言いながらユーリが通りに面した建物の壁に背中を預けた。


「奴ら、クーロンから騒ぎを起こさねぇと意味がねぇ……それは知ってるだろ?」


 ユーリの言葉にカノンが「はい」とゆっくりと頷いた。

 カノンの返事に頷いたユーリが、事の顛末の予想を語リ始めた――一斉捜査に入ったクーロンで直後に武装蜂起が起きて初めて、知事やオスカー商会の狙いが達成される。

 とは言え一斉捜査の間は武器も人員も隠す必要がある。だから一旦バラけさせて待機させていた。


 いかに老舗商会と言えど、三桁を超える人員を一箇所に匿えば、周囲の目についてしまう。だから場所を分けて待機させ、捜査後に再びクーロンへ集結させて蜂起。という絵図を描いていたのだろう。


 そこをサイラス達に抑えられ、各個撃破にあった形が現在だ。


 クーロンに全員が集まって一網打尽――では流石に騒ぎが大きくなりすぎるため、敢えて各個撃破を選んだわけだが、そこを相手に察知されていたのか……。兎に角少なくない人数を、商会本部もしくは仕入れのトラック等に隠して、各個撃破を躱したのだけは間違いない。


「その余った人員を恐らくクーロンに叩きこむ筈だ。最近穴は埋められたけど、壁自体はまだ脆いままだからな」


 そう言い切ったユーリが小さく溜息をついて「街中のクーロンまでの道は大体が検問中だろうし」と続けた。


「そこまでやりますかね?」


 あまりにも荒唐無稽に聞こえる敵の作戦に、カノンが腕を組んでウンウン唸りだした。


「やるだろ。今この事件を引っ張ってんのは、そういうだ」


 ユーリはそんなカノンの頭に手を置き、潰したベレー帽を持ち上げてカノンに被せ直した。


「そいつらにも会いてぇが……どうせ仕込みが終わった今は、高みの見物で会えねぇだろうしな。コッチで我慢するさ」


 笑うユーリに「ユーリさんのようなが他にも居るとは……ガクブルです」とカノンが己の身体を抱きしめブルリと震えた。


「誰がイカレポンチだ、誰が!」


 額に青筋を立てたユーリからカノンが一瞬で距離を取った。


「と、兎に角。今の話を共有してもよろしいでしょうか?」


 デバイスを掲げるカノンに、「好きにしろ」とユーリが肩を竦めて続ける。


「どうせ、今頃スマイル仮面も辿り着いてるだろうし……ま、お上品なお姉さん方じゃ、その仮説を信じられねぇだろうがな」


 再び「ケケケ」と悪戯らっぽく笑うユーリだが、カノンはその声が聞こえていないかのようにデバイスを操作するのに必死だ。


「お上品なお姉さん方が、想像してる程度ので済みゃ御の字だろうけど」


 プレートを見上げ呟くユーリの声は雑踏にかき消されたせいか、デバイスを操作に集中しているせいか、カノンには届かない。


 情報を送り終わったのだろうカノンが顔を上げた。


「と言うか分かってるのなら、ユーリさんも向かわないと行けないのでは?」


 ベレー帽を直したカノンが首を傾げながら近づいてくるが、ユーリは再びそのアホ毛を指で弾いた。


「良いんだよ、で……俺の会いたい男はコッチに現れるだろうから」


 先程までのフザケた雰囲気から一転――ユーリが見せる何時にない獰猛な笑みに、「ユーリさん?」とカノンの不安そうな呟きは届かなかった。


 イスタンブール奪還歳開始まで――あと三時間三十五分。

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