第62話 勘の鋭さだけでやってきました

 モニターを彩るポップな字体。チカチカと光るそれに負けじと、


「てか、これユーリくんの情報なんでしょ? よく気付いたよねー」


 努めて明るい声が部屋に響いた。重い話題を切り替えようとしたのだろう。アデルが感心した声をあげたのだ。

 それに面白く無さそうに鼻を鳴らしたのはフェンだ――「どうせマグレだろ」と悪態をつきそっぽを向く。


 エレナの目の前で「ひがまないの」、「僻んでねー」とやり合う二人に、彼女は自然と笑顔に――。


「確かにアデルの言うとおりだな……どうやって?」


 口を開いたエレナの視線の先、クレアがニコリと笑い


「ユーリさんからは、『に影響が出るくらい、クズ素材を集めてるバカな商会がある』と情報を貰っています。どうやら受注済みの依頼を確認している時に違和感を覚え、ブラックマーケットの情報と、カノンの依頼受注の話で確信したみたいです」


 機器を操作すると、報告書やポップな数字が消えて件の依頼書の日付とブラックマーケットの価格変動のグラフが現れた。


 二度目の依頼くらいから、ブラックマーケットの価格が上がり始め、上下を繰り返しながらも依頼の度に確実に価格が上がっている。


「なるほど。裏が高いから表の依頼が変化してるわけではなく、表で買い漁るから裏が上がっていたわけか」


 顎に手を当ててグラフを見るエレナに、「依頼の日付と、裏の価格が上がり始めた時期だけで気づいた事には驚きですが」とクレアが初めて苦笑いを浮かべた。本来であれば自分がいの一番に気づくべき違和感を先取りされたのだ。お株を奪われてはクレアと言えど流石にその鉄の表情も崩れるのだろう。


「相変わらず…馬鹿なのか、聡いのか……分からない男だ」


 そんなクレアとは対照的に笑う支部長はどこか嬉しそうだ。


 その言葉に「そうですね」とエレナも笑顔をみせている。


「ユーリくんって結構凄いんだねー。どっかの脳筋とは大違いじゃない?」


 ニヤニヤ笑うアデルがフェンを肘で小突く。


「うるせーな! この程度俺でも気付けるっつーの」


 そんなアデルを鬱陶しそうにあしらい。そっぽを向くフェン。


「さっき依頼書捲られてる時、ポカンとしてたじゃん」


「一番アホ面かましてた奴が言うんじゃねーよ」


「何よー!」

「ンだコラ?」


 いつも通り眼の前で言い合いを始める二人に、少しずつ調子が戻ってきたとエレナも胸をなでおろした。何だかんだと言って、長い付き合いのチームメンバーだ。いつも通りの雰囲気というのは、どんな状況下においても不思議と自分を安心させてくれるものなのだ。


 そんな二人のやり取りを笑顔で見守るエレナ。だがいつまでも笑っていてばかりはいられない――その表情を真剣なものに戻し


「ユーリの勘の良さは置いとくとして――それで調べてみたら、鹿が武器を流していたと」


 先程の話題に切り替えた。


「はい。流された武器でクーロンが武装蜂起、それを衛士隊が鎮圧。これによりオスカー商会は貴重な実戦データを入手するつもりでしょう」


 クレアが機器を操作すると、ホログラムの中で小さな人々が争い始める。


「オスカー商会は最近、魔石充填型の魔導銃マジックライフルの開発に力を注いでいました」


 クレアの言葉に、モニターに映し出されるグリップ部分に穴のある魔導銃マジックライフル


 魔石充填型の魔導銃マジックライフルとはその名の通り、魔力の供給を魔石からも行うことが出来る魔導銃マジックライフルだ。各メーカーから発表がなされた比較的新しい商品であるが、魔力を温存する事が出来るということで、経験の長短を問わず、ハンターに人気の商品でもある。


「この新技術に対して、オスカー商会はかなり出遅れております。実戦データは喉から手が出るほど欲しいのでしょう」


「更に言えば、も兼ねている。ということかね」


 不意に口を開いたサイラス支部長に「さすが閣下です」と、うっとりするクレア。


「パフォーマンス?」


 小首を傾げるアデルと、そんなアデルを「んな事も分かんねーのかよ」と鼻で笑うフェン。


「じゃーアンタが説明してよ」

「……断る」

「分かってないじゃん」

「……」


 黙って腕を組むフェンを肘で小突き「ねぇ、説明しなさいよ」と繰り返すアデル。


 そんなやり取りの中、口を開いたのは意外な人物だった――


「ク、クーロン地区の反乱を、誰かに見せるってことですかね……」


 ――おどおどしながらも、ラルドが口を開いたのだ。


「それだ! 俺が言いたかったのは!」


 すかさず食いついたのはフェン。だが――


「確かにラルドとフェンの言うとおりだが、誰に見せるか……と言う部分が重要だろうな」


 笑うエレナが速攻のダメ出し。


「誰に――?」


 珍しく意見に食いつくラルドに、エレナは少しだけ驚きながら口を開く。


「支部長はパフォーマンスと言ったのだ。つまり、今回の騒動はオスカー商会にとってただのになるな」


「デモンストレーションって……」


 ラルドがショックを隠しきれないように顔を歪めた。


「ハンターの中でオスカー商会の武器のイメージと言えばなんだ?」


 エレナの言葉にアデルとフェンが顔を見合わせた。


「衛士隊――?」


 エレナに視線を戻しながら、アデルが自信なさげに答えた。


「ああ、そうだな。衛士隊だ。では、衛士隊が大量の武装集団を簡単に鎮圧して見せたらどうなる?」


 エレナの言葉に、アデル、フェン、ラルドがハッとしたように顔を見合わせた。


「衛士隊って結構やるじゃん」


 アデルの紡いだ言葉にエレナが苦笑いをこぼした。


衛士隊は凄いという事になるだろうが――」

「普通なら?」


 納得のいかないアデルは少しだけ前のめりだ。


 そんなアデルに少し待ってくれという具合に手を向けたエレナが、支部長に視線を移し――


「支部長、はおりたのでしょうか」


「……どうやらつい先程おりたようだな。ゲオルグ隊長より、明朝一斉捜査をする旨の連絡が今しがたあったばかりだ」


「そうですか……」


 残念そうな二人の表情に、アデルはおろかフェンもラルドも、リザでさえも頭上にハテナが飛び交っている。唯一状況が分かってそうなのはクレアだけだが、そんなクレアは相変わらず「オークのくせに小賢しいですね」とに憤慨中だ。


「え……と…どういう?」

「ああ、すまない……明朝衛士隊が、クーロン地区に一斉捜査をするとの確認だったのだが」


 混乱するアデルに、エレナが短く息を吐いて答えた。


「捜査するなら、いいんじゃないの?」


のだよ……すでに武器は他に移しているだろう」


 アデルに答えたのはサイラス支部長だ。


「衛士隊が一斉捜査に入って武器を見つけられなかった……にもかかわらず、そこから武装蜂起が起きたら?」


「衛士隊……なにしてんだよ……って……あ!」


 何かに気付いたアデルにエレナが大きく頷いた。


、駄目な衛士隊が騒動を鎮圧するのだ……つまり――」


……それだけ装備がいいのかも――」


 アデルの言葉にフェンやラルドも顔を見合わせた。恐らく一般人であれば「蜂起した奴らショボすぎ」となるだろうが、ハンターならではの着眼点だろう。

 一度衛士隊を出し抜いている以上、武装蜂起をする側はある程度やる連中だ、という認識が出来る。それを簡単に鎮圧するとなると、後は装備差くらいしか思い浮かばない。


 故にパフォーマンス。

 故にデモンストレーション。


「簡単に鎮圧出来れば出来るほど、武器の評価は……いや、商会の評価は上がるだろうな」


 大きく息を吐くエレナ。その表情は苦虫を噛み潰したようだ。


「装備と練度の差から、衛士隊による鎮圧は目に見えております」


 エレナの言を補足するように口を開いたのはクレアだ。


 機器を操作すると、机上ホログラムの中で争っていた小人達の時間が進んでいく――。


 段々と下火になるクーロン側の小人達――ついに最後の一人が倒れ、衛士隊の面々が魔導銃マジックライフルを突き上げ勝鬨かちどきを上げている。


「反乱した者たちは軒並み処刑、そして知事によるクーロンの解体で証拠と真相は闇の中……」


 その光景を睨みつけたエレナがポツリと呟く。


「残るのは、オスカー商会への評価と、解体された元クーロン地区の土地だけ」


 天井を仰ぐエレナの言葉に、クレアが短く「はい」とだけ答える。


「知事の目的クーロンの解体と商会の武器データ確保、オマケで商会への評価を得るつもりか……」


 天井を見たまま呟くエレナの声に


「うわ、エグ……」

「とんでもねー奴らだな」


 とアデルとフェンの声が静かに続いた。


 流れる沈黙……机の上で未だクルクル回り続けるクーロンのホログラムから流れる勝鬨だけが部屋を満たしている。



「それで――」


 不意に口を開いたのはサイラス支部長。


「――は誰なのだね?」


 そんな支部長に全員の視線が集まった。


「本当の?」反芻するエレナ。

「え? 知事じゃないの?」フェンを見るアデル。

「俺が知るかよ」そんなアデルに答えるフェン。

「……」リザを見つめるラルド。

「……」知らないという風に首を振るリザ。


 そんな五人を他所に、「さすがは閣下です」と恍惚とした表情のクレア。


 うっとりとした表情は一瞬だけ、その表情を曇らせたクレアは


「申し訳ございません。については全く尻尾を掴めておりません」


 サイラス支部長に向けて頭を下げた。


「本当の黒幕とは?」


 今も顎に手を当て考え込む支部長に、エレナが顔を向けた。


「……知事が黒幕にしては、事が大きすぎるのだよ。は馬鹿だが阿呆ではない。事と次第によってはイスタンブール全土が危険に晒されるような真似などしないはずなのだ」


 サイラス支部長の言葉に、エレナは何度か会ったことのある知事を思い出してみる。


 常に尊大で、傲慢。そのくせ肝っ玉は小さく少しのことで狼狽える痴れ者だった。言われてみたらそんな男が考えるには大胆過ぎる計画だ。


「ということは、知事やオスカー商会をたぶらかした人間がいると?」


 エレナの言葉に頷いたサイラスが、しばし考え込んで口を開く。


「そして恐らくだが……知事らをたぶらかした人間と、今このは別……かもしれないな」


 静かに放ったサイラスの声に、クレアでさえも「そ、それはどういう?」と今は驚きを隠せないと言った具合に固まっている。


「なに、単純な話だ。この数日で一気に? ここまで早く進められるのに、今まで進めなかった理由が分からなくてね」


 サイラスの発言に「なるほど。言われてみたら急に事が動いたようにも見えますね」とエレナが呟いた。


「まあ、普通に考えれば日取りを合わせた……ともとれるがね」


 その言葉に全員が、「あ……」と声を漏らした。もう間もなく日付が変わる。そうすればこの都市は年に一度の大きな祭りが始まるのだ――イスタンブール奪還祭が。


「祭りに合わせた行程……だがここ数日で加速度的に進んだ部分に、少なくとも誰かの思惑が混じっている事だけは間違いないだろう」


 静かに放ったサイラス支部長の声が、部屋に響いた。


 知事、武器商会、スラム街。それら全てに働きかけ、自分の目的を叶えようとする人間がいる。


 スケールの大きさに対して、尻尾すら見せない相手。エレナは背筋に冷たいものが走るのを感じている。


 おそらく全員そうなのだろう、皆が真剣な瞳で支部長を見ている。


「……真の敵も、その目的も分からないが、敵のは恐らくクレア君が説明してくれたことで間違いないだろう」


 立ち上がったサイラス支部長が機器を操作すると、ホログラムのクーロン地区がし始めた。


「事態は緊急を要する。我々がなすべきは唯一つ――」


 時間が巻き戻るように倒れ伏した小人が起き上がり、群がっていた小人達がそれぞれ散り散りに元の場所へと戻っていく――


「衛士隊と協力し、馬鹿げた反乱奴らの手段を未然に防止することだ」


 サイラス支部長の言葉に、その場の全員が頷いた。


 ※すみません。前後編で終わる予定でしたが……もう一話だけ蛇足のような物がつきます。ユーリがなぜこの場にいないか……その理由を出来たら今日中にアップしたい。です。

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