第63話 作戦会議に呼ばれない奴には、それなりに理由がある
知事やオスカー商会の目的が判明し、サイラス達の方針が固まった事でブリーフィングルームの空気は少しだけ軽くなっていた。相手や事態の大きさは変わらないが、自分たちの成すべき方針という物が分かれば、人は存外落ち着くものだ。
そして落ち着いたからこそ気づくこともある。
「そう言えばユーリはこの事を――?」
情報を提供しているのにこの場にいないユーリ。その不自然さにエレナが眉を寄せポツリと呟いた。
「ある程度は勘付いているかと。ただそれには興味ない、だそうです」
そんなエレナに答えたのは、呆れたような笑顔のクレアだ。
「こんなに深刻なのにー?」
「けっ、格好付けてるだけだろ」
引き気味のアデルと、面白く無さそうに頬杖をついて
「……フフ。実際私も酷いお方と思って、柄にもなく詰め寄ったのですが……その時に語られたことを、折角なので動画に撮影してきました」
微笑むクレアが機器を操作するとモニターに映ったのは――
『はぁ? 何でまた同じ事言わねーとなんだよ』
面倒そうな表情のユーリと、笑顔のカノンだ。
『皆さん納得していただくためにと思って――こちらの動画をお見せする予定です』
『え? コレもう撮ってんの?』
画面に近づくユーリ、その姿はアップを通り越して顔の一部しか映っていない。
『ユーリさん、そんなに近づくと私が映りませんが?』
『お前は要らねーだろ』
ドアップのユーリが振り返れば、今度は
『私の扱い雑すぎませんか?』
『お前が映ってどうすんだよ』
『それは……合いの手…でしょうか?』
『何で俺に聞いてんだよ』
モニターはユーリの側頭部を映したまま、音声だけを流し続ける。
『ユーリさん、そろそろ――』
『お、そうだった』
振り向いたユーリだが、映っているのは鼻と目という相変わらず顔のごく一部だけだ。
『えーと、何だったけ……あ、そうそう。おいジジイ。なんだか大変な事になってるっぽいな』
言葉を切ったユーリ。恐らく本人は不敵に笑っているのだろうが、残念ながら目と鼻の一部しか映っていないので表情の変化は分かりにくい。
『詳しくは知らねーけど、悪だくみ大いに結構じゃねーか。お前らだって悪の組織だしな』
不意に映ったのは再びの側頭部――振り返ったのだろうユーリの『今の上手くね?』と言う嬉しそうな声と『ユーリさんは魔王ですけどね』というカノンのよく分からない合いの手が流れる。
『ユーリさんそろそろ本題を――』
『
振り向いたユーリは相変わらずのドアップ。
『とりあえず言えるのは悪巧みにには興味がねぇ。誰が何を、何処で企んでようとな。それに対してウダウダ悩んでも、起きることしか起きねーんだよ』
『それを起きないようにするため、皆さん悩んでいるのでは?』
カノン、よく言った。皆の心の声がきっちり重なったその時――
『バカだな。そんなもん悩んでる暇があったら、直接ぶっ殺しに行きゃいいだろ?』
再び側頭部だけのユーリが呆れた声を発した。
『相手も分からないのに?』
『ンなもん、分かってる奴ら順番にぶっ殺していきゃ、終いにゃボスに辿り着くだろ』
『身も蓋もありません!』
側頭部のユーリと、その向こうから聞こえてくるカノンの叫び声。
再び振り向いたユーリのドアップ。
『つーわけでよ……クーロンに直接乗り込んで、まずは小山の大将の顔を拝んで来ようと思ってんだ。一斉捜査も近いらしいしな』
表情は全く分からないが、多分ドヤ顔だろう。
『意外です! ユーリさんならもう既に「殺しちまったよ」とか言いそうですが?』
カノンの声にもう何度目になるだろう側頭部。
『仕方ねぇだろ。居なかったんだから』
『既に乗り込んでた! 手遅れ!』
『だからまだ殺してねぇよ!』
振り向いたユーリがドアップのまま『ったく、話の腰をバキバキ折りやがって』とボヤいた。
『えーと、何処まで話したっけ……』
『クーロンの一斉捜査に参加する、までです』
不意に聞こえたクレアの声に、『あ、そうだった』とユーリが叩いた手の音が響いた。
『どうやら敵さん、俺たちをシナリオ通り動かしてぇらしいからな……』
敢えて言葉を切ったユーリの沈黙に、全員が黙ったまま次の言葉を待っている。
『シナリオにも陰謀にも興味はねぇが……リングを用意してくれる、っつってんだ。折角だし乗ってやろうと思ってな』
そう言いながら数歩下がるユーリは、まるで今までドアップだったと知っていたかのようだ。顔全体を画面にきれいに収めたユーリが笑う――その顔はいつも見せる勝ち誇ったような自信に満ちた笑み。
『リングの周りでゴチャゴチャやるんなら、好きにしてくれ。そもそも俺たちゃ仲良し小好しのお友達でも何でもねぇだろ?』
小馬鹿にしたような笑顔のユーリに
「こいつゼッテー殴ってやる」
額に青筋を浮かべたフェンが右拳を左の掌に打ち付けた。
『俺がリングで戦う前の露払いくらいはしてもいいぜ?』
そう言って『ククク』と悪戯っぽく笑うユーリの後ろから
『ボスは危険だから皆を遠ざけてるわけですね! ツンデレです!』
カノンの合いの手に『うっせぇな! んなんじゃねぇよ!』と弾かれたように振り返ったユーリ。その姿にエレナは「相変わらず馬鹿な男だ」と笑いながら呟いた。
実際カラス絡みかもしれない相手。そんな相手なら危険極まりない事は事実だ。ユーリが意図してか無意識かは分からないが、エレナやリンファ、ゲオルグ隊長を遠ざけようという意図は少なからずあるのだろう。
事実今も声を上ずらせて――
『テキトーな事言ってっと引っこ抜くぞ!』
『ぎぃぃぃえぇぇぇぇ! デレを教えただけなのに!』
モニターの中では照れを隠すように顔を顰めるユーリの横顔が映っている。
その顰めっ面を正面に持ってきながら『ったく……いい加減な事ばっか言いやがって』とブツブツ呟くユーリにフェン以外の全員が生暖かい瞳を向けている。
『っつーわけで、俺は俺で好きにするからよ。お前らもお前らで好きにやってくれ。……ああそれと、お前ら雑魚過ぎて邪魔だから離れとけよ』
ケラケラと笑うユーリに『流石ユーリさん! ツンを突き通し、誤解とトラブルを招く姿が眩しいです!』後ろからカノンの声が届いた。
『それ、褒めてんのか?』
振り返ったユーリは完全に後ろ姿だ。どうやら完全にカノンに向き直ったようで、カメラなど気にする素振りもない後頭部だけが映し出されている。
『モチのロンです! ユーリさんと書いて歩くトラブルメーカーと読みますから、正しく称賛でしょう!』
『……本当に褒めてんのか? それ』
少しだけ後頭部が遠ざかった。どうやらカノンの方へと距離を詰めたらしい。
『褒めてますよ! 全力で!』
『なんで目が泳いでんだよ――』
遠ざかっていく後頭部。ユーリの背中全体が映し出され、その向こうに慌てるカノンの姿が見える。
『なんで逃げようとしてんだよ』
『ぎぃぃぃえぇぇぇぇぇ! ドメスティック!!』
よく分からない叫びを残し、頭を押さえながら画面外に逃げていくカノンと、それを『待ちやがれ』と追いかけ画面の外へと消えていったユーリ。
その後映像は終わり、クレアが皆を笑顔で見回し
「お分かりいただけましたか?」
その言葉に皆がそれぞれの思惑で頷く。
エレナは苦笑いで。
アデルは呆気にとられながら。
フェンはしぶしぶ
ラルドとリザは引き気味に。
「なんか……思ってた以上に強烈な人だね……」
ポツリと漏らしたアデルの言葉に「ただの馬鹿だからな。気にしたら負けだ」とエレナの辛辣な言葉が突き刺さった。
「兎に角彼は放っておいていいだろう。アレは首輪をつけられるタマではないからな」
サイラスが「まあ協力くらいはできるだろう」と肩を竦めてみせた。ユーリという人材を組織に欲してはいるが、首輪をつけて無理やり引き入れても意味がないと思い始めているのだろう。
「それにしても。小山の大将ですか……閣下の仰っていた扇動している人物でしょうか?」
「それは分からん。だが……一斉捜査後にでもゲオルグ隊長と件の分隊長でも呼び出して聞いてみるさ……時間は限られているがね」
大きく溜息をついたサイラスが自身の腕に付けられたデバイスを見た――
「日が変わってしまったな」
「……奪還祭初日……ですね」
エレナがその言葉に反応して、同じ様にデバイスへと視線を落した。日付の変わった今日、午後六時からイスタンブールの奪還祭が始まる。今日は所謂前夜祭の位置づけだが、実際は昼頃から様々な店で催しが始まり、広場などでも各種のイベントが開かれるので、今は前夜祭と呼ばず「初日」と呼ばれる事が通常だ。
「こんな目出度い日に事を起こすか……どうやらイスタンブールを潰したいようだ」
呆れ顔で呟くサイラスに
「では、奪還祭だけでなく防衛祭も来年からは開催せねばなりませんね」
エレナが肩を竦めながら笑えば、「そうなる様に努力しようか」サイラスが笑い返して立ち上がった。それに続いてエレナやその仲間も立ち上がり、全員が顔を見合わせうなずき合う。
様々な思惑が交差する中、イスタンブールの最も長い一日が始まろうとしていた――
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