第51話 テレビを見ながら会話すると、「何話してたっけ?」ってなるからやっちゃ駄目
サイラスの興味を思い切り引いた
「ユーリさん、せっかくですし魔法もいっちゃいましょう!」
という楽しげなカノン声に
『お、待ってたぜ! 方角、距離とも問題ねー場所を頼む』
ノリノリのユーリが返した声がオペレートルームに木霊した。
「……ユーリ君は魔法が使えたのかね?」
「ご存知なかったのですか?」
驚くサイラスに、エレナが訝しんだ声を上げれば、サイラスがそれに首を振るだけで答えた。
「私はカノンに聞きました」
答えるエレナに合わせるように「私もです」と頷くクレアがモニターに崩れた海岸線の画像を映し出した。あのボスポラス海峡の惨劇を画像に収めたカノンが、グループ通信機能でエレナやクレアに共有していたのだ。
ちなみにサイラスはグループに入ってはいない。そして共有もされていない。
今、画像を見ながらそれを説明されているサイラス。
本人からしたら、グループはいいにしても、共有はしてくれてもいいじゃないか。お前はスパイだろ、と言うところだろうが、相手はカノンなので少し諦めている節もある。
「地形を変えるほどの魔法か……俄然どんなナノマシンか気になるところであるな」
考え込むように顎に手を当てるサイラスだが、その目はモニターに、いやユーリに固定されている。
「ちゃんといい感じで出るでしょうか?」
『威力弱くなるって言ってたし、大丈夫だろ』
その二人のやりとりにクレアとエレナは、ボロボロになった海岸線の画像を見ながら、「成程」とどちらともなく顔を見合わせ頷きあった。先程サイラスが言っていた魔法の阻害で、あの馬鹿みたいな威力の魔法を制御しよう、という腹なのだと。
「ユーリさん、九時方向なら問題ありません」
『よっしゃ! 任せろ!』
カノンの言葉にユーリが一瞬で場所を移動し、ゴーストを九時方向へ捉えた。
腕を突き出すユーリ。
紫を帯びた黒い魔力がユーリの掌に集まって――――霧散する――
『……』
「……」
『せい!』
まるで何事もなかったかのように、ユーリはゴーストを殴り飛ばした。
「使えませんでしたね」
「使えなかったですね」
「魔力制御に難があったのだろう」
流石一度でも使用した事のあるサイラスと言ったところか。ユーリの魔法を見て、グローブとの相性は激悪だと見抜いたのだ。何てことはない。威力を制御する程度の事が出来ないのに、妨害の中、魔法など放てる訳がないのだ。……現実はそこまで甘くない。
まるで八つ当たりのように暴れてゴースト殲滅したユーリだが、その視線の先には何の因果か――
「リッチか……しかも遠いな」
呟くエレナの言葉通り、少し離れた位置に黒い衣を纏った浮かぶ骸骨が現れた。
良く分からない笑い声のようなものを振りまき、淡く発光してフワフワと浮かぶ骸骨。物理攻撃を受け付けず、魔力を帯びた武器もしくは魔法でしか倒せない、エレナからしても、ちょっと面倒な相手だ。
「さて……見ものだな。魔法が使えないユーリ君がどう戦うか」
薄く笑うサイラスだが、その顔は微塵もユーリが負けるとは思っていなそうだ。かくいうエレナも、そしてサイラスの隣で笑顔のままのクレアもそうなのだろう。
実際モニターの向こうのユーリは、リッチが放つ魔法を躱しながら
『せい』
『どりゃ』
『ぬん』
と掛け声を変えてみたり、
『我が手に集いし破壊の理よ――』
『黒き力よ――』
『はかいこうせーん』
と言ってみたり、結構余裕そうなのだ。……余裕そうなのは良いのだが――
『……今日はアレだな。調子が悪いな』
一頻り試した結果、良く分からない「調子」のせいにして格好つけて前髪まで掻き上げるのはちょっと違うかな、とエレナは思っている。
そんなエレナの気持ちを代弁する様に
「ユーリさん、ダメダメですね!」
とカノンの辛辣な声が響けば、『うっせ!』とユーリが炎の球を躱しつつ口を尖らせた。
『明日か……明後日か……調子が良い時は出せる……はず! 多分』
何とも情けない宣言に、「それは出せないと言ってるようなものでは?」とカノンの辛辣な言葉は止まらない。
『人生長えんだ。別にいつか出せたらいいだろ?』
最早投げやりだが、漸く魔法を諦めたようでモニターの中のユーリが指を鳴らした。
『人が苦労してんのに、バカスカ魔法撃ってきやがって……自慢か?』
額に青筋を浮かべたユーリがリッチへ向けて一気に駆け出した。
ガラクタを飛び越え、樹を蹴って飛ぶユーリ。
それを落とさんと放たれた炎。
ユーリは眼前に迫った炎の球に――迷わず拳を叩きつけた。
「ほう」
感嘆の声を上げるサイラスを尻目に、氷の矢、礫、雷――と飛来する魔法の数々をその拳で掻き消したユーリがリッチへ肉薄――
慌てたように距離を取るリッチに、「これだからリッチは」とエレナが眉を寄せた。事実エレナの言う通り、リッチはハンターに近づかれると基本的には逃げに転ずる。魔力を纏った攻撃が自身に有効だと理解しているのか、基本的には距離を取りたがるのだ。
一気に上空へと逃げたリッチに、モニターの中のユーリは
『甘え!』
と即座に左手のグローブを外して地面に散らばる砂利を掴んだ。ユーリの手が淡く光る――どうやら砂利に魔力を通しているようだが――光った手に持った砂利をリッチへ投擲。
魔力を載せた散弾がリッチに迫る。
面の攻撃に、リッチが逃げられないと悟ったのか前面に半透明のシールドを展開。
シールドに当たった砂利が「カカカカ」と乾いた音を響かせた。
シールドを展開し、動きが止まったリッチの目の前に――
『よう。鬼ごっこは終わりだぜ?』
現れたユーリ――へ向けてリッチがその長い腕を振り抜いた。
リッチは基本逃げの姿勢だが、逃げられないと悟ると直接攻撃に打って出てくる。それをまともに受けると、何故か物理的なダメージを受け、虚体を直接殴るのと同じように状態異常も貰うのだ。
武器で受けて反撃が基本戦術だが、ユーリはと言うともちろん素手だ。
『タッチすんのは――鬼の方だろ』
笑うユーリがリッチよりも速くその左拳を相手の顔面に叩き込んだ。
モニターを見ている全員が、「何故グローブを外した左手を?」と突っ込みたくなる行動だが、全員の予想に反してユーリの左拳はリッチの顔面を砕き、耳を
「リッチは……物理攻撃を透過するのでは?」
「そのはずだが……」
「グローブ……外してましたよね?」
ポカンとしたエレナ、サイラス、そしてクレアも。全員が今まで常識だと思っていた事が目の前で砕かれたのだ。ちょうどユーリがリッチを砕いて掻き消したように。
「手に魔力を纏わせていた……のでしょうか?」
「いや、そういった兆候は無かった。確実にただの物理だ」
クレアの疑問を即座に否定したサイラスに、エレナも頷いて同意を示している。
「全く持って驚かされる事ばかりだな」
「次に会った時にカラクリを聞いておきます」
サイラスとエレナは興味津々だが、当のユーリはモニターの中で『やっぱ今日は調子が
「リッチを直接殴ったからじゃないですか?」
カノンの最もな意見。リッチは虚体に属するので直接攻撃で状態異常が発生しているのだろうが……
『いや、今まではこんな事なかった。やっぱ今日は調子が
そう言いながらまた右の掌に魔力を集めるが――集まるのは一瞬で直ぐに霧散してしまい『ほらな?』とユーリはしたり顔だ。
その様子に短く笑ったサイラスが、カノンのオペレートシートへと近づいていく――カノンの隣に立ち、機器のマイクを音にしたサイラスが口を開いた。
「ユーリ君、今のが君の魔法かね?」
『んな訳ねーだろ! たまたま調子が
モニターの向こうでこちらを睨みつけるユーリに。サイラスの口の端が上がる。
「そうかね。私には君の魔力制御が下手すぎたせいに見えたのだが?」
『魔力制御だぁ?』
笑うサイラスが見えているかのように、ユーリが眉を寄せてこちらを見ている。
「そうだ。魔力制御だよ。そのグローブを付けて魔法が放てるようになる頃には、君の下手くそな魔法も少しはマシになっているかもしれないね」
それだけ言うと、サイラスはマイクをオフにし、再びエレナ達のいる場所まで戻っていった。
モニターの中のユーリはと言うと……サイラスの辛辣な発言に怒るかと思われたが、自分の手もといグローブを真剣な目つきで見ている。
「支部長……今のは?」
どういうことです? と聞きた気なエレナにサイラスはゆっくり息を吐いてから口を開いた。
「あれはリッチの衣で編まれていると言ったと思うが……リッチの衣に魔力を霧散させる効果がある事は知っているだろう?」
その言葉にエレナは頷く。その能力のおかげで魔法が通りにくいのだ。
一応エレナも剣に魔力を纏わせ、一太刀で斬り伏せる事は出来るのだが、先程の戦いのように直ぐ逃げるし遠くからバカスカ魔法を放ってくるからあまり好きな相手ではない。
「その性質のせいで、使用者が魔力を練ってもそれが霧散するのだよ。霧散するより早く撃ってしまうか、霧散しないようコンパクトに纏めて撃つか……どちらにせよ低威力しか無理ではあるが、魔力制御という観点で言えば実にいい矯正器具かも知れないと思ってね」
モニターを見上げ笑うサイラスの視線の先で、ユーリが顔を上げた。
『カノン……強くなれるってよ?』
「はい!」
『ワクワクするよな――』
「でしょう!」
モニター越しでも分かるユーリの楽しげな笑顔。それに釣られるようにカノンも笑っている。
その姿を見て、エレナはユーリの強さの源泉を見た気がした――
(貪欲なまでの強さへの渇望……か)
聞く所によると、衛士隊との訓練すら自分の訓練に変えて利用していたという。
(ベースがどうとかモグリだとか関係ない。恐らく常に強くあり続けるために試行錯誤してきたのだろう)
画面の中のユーリは、エレナのその思いを納得させるだけの笑顔を見せている。伸びしろを見つけた人間の笑顔を――
(私も頑張らねば)
エレナがそう思う中、
「そう言えばリー・リンファの報告を聞いていたのだったね」
「そうでした」
サイラスとクレアの言葉で、当初の目的を思い出した。
「二、三気になる点もあるが今の所、彼女も我々同様被害者だ。状況の注視と、壁の穴を埋めるくらいはしておこうか」
「はい。調査と同時進行で手配いたします」
ユーリの魔法やリッチ退治のせいで、忘れられていたリンファの話題は、一旦は保留となった。サイラスの気にしている若干の燻りを残しながらではあるが――
そんな釈然としない着地点を吹き飛ばすようなユーリの笑い声だけが、モニターの向こうの青空のように晴々とオペレートルームに響いていた。
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