第50話 BGMのつもりで点けたテレビが面白いこともある

「クレア君、報告を頼む」


 壁にかかった巨大な物理モニターを見上げながら、サイラス支部長が呟いた。


 職員と一部のハンターしか知らない、ハンター協会にある秘密の通路。地の底を通り、別の建物へと続く通路の先――そこはオペレートルームだ。協会側入口も、建物の入口もどちらにも光学迷彩に加え、認識阻害の魔法がかけられた厳重な施設。


 そんなオペレートルームで、サイラス支部長は、クレア、エレナと三人でモニターを見上げている。


「はい。名前はリー・リンファ。衛士隊の分隊長を務めています」


 クレアの報告と同時に、モニターの左端にリンファの顔画像が映し出される。サイラスもエレナも顔写真をチラリと見ただけで、再びに視線を戻した。


 クレアもそうなることが分かっていたかのように、大きく表示されていたリンファの画像を小さくして右端へと寄せている。


「生まれはミラノ支部ですが、幼少期にここイスタンブールへと来ています」


 今度は地図がモニター左端に表示されるが、そちらはすぐに消えてしまう。




 先程からリンファの情報が表示されるモニターの中では、今まさにユーリが真っ最中なのだ。


 ユーリは現在イスタンブールの西、人類の生存圏内に突如として発生した大量のゴースト退治に出かけている。一応人類の生存圏と言われているが、街と街の間の道路が整備され、廃墟が綺麗になっているくらいで、モンスターが闊歩する危険な地であることには変わりない。


 ただ街道が整備され、定期便や人の往来がある以上、突発的なモンスターの大量発生というのは荒野よりも緊急性が高い。


 今回ゴーストが発生したのは、イスタンブールに程近い物資置き場だ。イスタンブールを攻略する際に、人や物を一時的に集めていた場所の名残でのゴースト発生は、サイラスに言わせれば「軍の怠慢が招いた人災」だ。使わなくなった時点でしっかりと片付けしておけば、こんな昼日中にゴーストが大量発生などしないのだ。


 とはいえ「試したいことがある」と自ら志願したユーリにしては渡りに船だったのだろう。先程転送装置で意気揚々と目標地点に飛び立ったのだ。


「ユーリくんは衛士隊としての活動はいいのかね?」


 呟くサイラス支部長が、「二日前もカノンくんと荒野へ行っていたのでは?」と眉を寄せた。


「どうやら今日は夜勤だそうです。西門の警備にあたるのだとか」


 クレアの報告を聞いて「ああ。なるほど」とサイラスが頷くが、その隣でエレナだけが「多分、勤務中に寝るつもりですよ」と今も画面の中で、夜の事仕事など気にしないようにユーリを眺めている。


 なんせ、その戦い方がメチャクチャなのだ。画面の中のユーリは迫りくるゴーストを全てで叩きのめすという暴挙の真っ最中だ。普通に考えたら状態異常でこれから先仕事など出来るコンディションではないだろう。


『よっしゃードンドン来い』


 モニターから流れてくるのは、ユーリの調子良さげな声。


「……ユーリさん、身体は大丈夫なんでしょうか?」


 そんな無謀とも言える行為に、クレアが困ったような表情で首を傾げた。


「ゴーストを素手か……正気の沙汰ではないな」


「馬鹿だから状態異常にかからない……とかかもしれませんが」


 辛辣な感想を述べたのはエレナだ。ユーリの馬鹿さ加減を知っているだけに、「もしかしたらありえるかも」と若干本気で言ってたりする。


 馬鹿は風邪を引かない。のハンターバージョンと言ったところか。そんな馬鹿げた発言を、サイラスもクレアも完全に否定できない辺り、ユーリという男への周囲の評価が伺い知れる。


 そんな三人の思いなどつゆ知らず、画面の中のユーリはもう何体目になるのかわからないゴーストを殴って昇天させている。





「すまない、話を逸してしまったな」


 モニターを見上げたままのサイラスが苦笑いで口を開いた。もちろん他の二人はそんなサイラスを責めることなど無い。


「話を戻します。リー・リンファは、イスタンブールへと来た後、北東にある巨大スラム区画クーロン地区で育っています」


 再び表示される画像。クーロン地区の場所と、その詳細画像だ。外から全景を捉えた画像は、巨大なビルの塊と言った様相で、一種の要塞や城に見えなくもない。


「父親はモグリのハンターだったようです」


 表示されたのはリンファと同じ黒青色の髪と少し吊り目がちな男性、


「犯罪者の近親者は衛士隊に入れないのでは?」


 モニターの中で、再びゴーストを殴り飛ばすユーリを見ながらエレナが口を開いた。


「それなんですが、どうやらクーロン地区の別の人間を父親と偽って衛士になったようです」


 画像は表示されない。どうやらどの人間かまでは掴めていないようだ。そもそもそこはさして重要なポイントではないので力を入れていないだけという可能性もあるが。


「衛士になった理由は後述しますが、能力者として覚醒して数ヶ月で衛士隊試験を末席ながら通過しております。ちなみにモデルナノマシンはナーガです」


「ナーガ。希少レアか……それにしても能力者に成り立てで合格とは凄いな……」


 サイラスだけでなく、エレナも驚いたように目を見開いて隅に寄せられたリンファの画像を見た。


 衛士隊の入隊試験は、通常ハンターとしてある程度活動した人間や軍から人間が受ける事が多い。それは衛士が取り締まる相手がハンターやモグリと言った能力者である場合が多いからだ。

 相手は間違いなくレベルアップしている人間だ。それを相手にするには、衛士もある程度の経験が必要不可欠である。


 経験者が受ける試験――つまり自分よりレベルが上の人間相手に、末席とは言え合格するというのは中々出来るものではない。


「勤務態度は至って真面目。勤務四年目にして分隊長になっています」


 一通り説明を終えたクレアが、再びリンファの顔画像を少し大きめに表示させた。



 一瞬訪れた三人の沈黙。モニターからは相も変わらず、ユーリのご機嫌な声がもれてきている。




 リンファの画像を眺め、ユーリの声をBGMにしていた三人の耳に飛び込んでくるのは別の声――


「ユーリさん、どうでしょう?」


 ゴーストを殴りまくるユーリを支援していたカノンの声だ。


『バッチリだぜ。ゲンさんいい仕事してんな』


 そんなカノンに答えるユーリの声に、サイラスは「ゲンさん……?」と何かに気づいたようだ。


「クレア君、ユーリ君の手元をアップにしてもらえるかね」


 その言葉に、クレアが手元のタブレット端末を操作すると、リンファの画像が消え、ユーリの手元がアップになって画面に映し出された。


 ユーリの手に嵌っているのは薄いフィンガーグローブ。手の動きを阻害しないようなデザインで、拳を守ったりという機能は見た目通り薄そうだ。


「……成程ゲンさんか。また懐かしいものを引っ張り出してきたのだな」


 クレアに「もういい」とアップを止めさせたサイラスが、何時になく楽しそうに笑っている。



「支部長、ユーリの手にあったアレは?」


 エレナがモニターから視線を支部長へと移した。


「あれは昔、私が知り合いに作ってもらった試作品だよ」


 笑うサイラスが続ける。


「虚体を倒すのにいちいち魔力を込めるのが面倒だ――と言ったら、あのグローブを持ってきたのだ」


 今まで見たことのないようなサイラスの穏やかな笑顔。昔を懐かしむその表情にエレナやクレアも自然と頬が綻ぶ。


「あれはリッチの衣で作られているのだが……付けたら魔法の威力は弱くなるし、そもそもモンスターを直接殴る馬鹿はいないと思っていたが……まさか時を超えてこんな所でお目にかかれるとは」


 笑うサイラスがモニターの中のユーリ、いや友の作品を懐かしそうに見る。




「すまない。また話を逸してしまったな」


 謝るサイラスにエレナとクレアが気にしていない、と頭を振った。




「続けてくれたまえ――」

「はい。勤務態度は至って真面目だったのですが、調べてみたら……まあといったところでした」


 微笑むクレアに「情に厚い?」とエレナが首を傾げれば、


「はい。どうやらクーロン地区は、度々


 そう言いながら「恐らくここから侵入しているのかと」映し出されたのは、劣化した壁の映像。クレアの言う通りなら、このヒビ割れの向こうが、クーロン地区なのだろう。


「クーロンの一部住人がモグリとして対応しており、彼女はそれの為に、クーロンの住民を見逃していると考えられます」


 クレアがタブレットを操作すると、モニターから聞こえていた音が止み、代わりに――


『すまねぇなリンファ』

『気にするな。お前らが居ないとクーロンの皆がモンスターの餌になっちまうからな』


 ――男性とリンファの声が流れて、再びモニターからはユーリが暴れる音声が流れ出した。


「リー・リンファがどのようにしてクーロン出身の者たちを助けたかですが――」


 クレアが話しながら画面の左端に画像を表示させる。円グラフと棒グラフが複数並ぶそれを「ここ最近の衛士隊の活動状況から作りました」とクレアが淡々と続けた。


 摘発されたうちの何人が実刑を受けたか。

 罪状別の割合。

 摘発されたものの所属。


 様々な情報の中から、クレアがタブレットを操作すると、それぞれのグラフの一部が大きくなった。


「今大きくした部分が、クーロン地区での摘発者を対象にしたデータです」


 クレアがそう言うが、「特におかしな部分は見当たりませんが?」それを見たエレナが眉を寄せた。実際エレナの言う通り、クーロンだけが特別少ないわけでも、実刑を受けていない訳でもない。


「はい。このままだと普通ですが――」


 そう言いながらクレアがもう一度タブレットを操作すると、そのグラフが大きく変化した。摘発の割合等は変わらないが、クーロン地区出身者への罪状割合がほぼ全て罰金刑に変化したのだ。


「これは?」

「彼女、中々腕利きのハッカー……いえクラッカーだったみたいです。衛士隊のサーバーへ不正アクセスして報告書の偽造を行っています」


 そう報告するクレアが「実刑を受けた者の所属をクーロンに変えたり、罰金のクーロンを他の所属に変えたりと」リンファが行ってきた不正を説明する。


 リンファは出身地であるクーロン地区の人間を、罰金刑になるよう取り計らいながら、それが疑われないよう実刑を受けたものの所属をクーロンへと変えていたのだという。報告書ベースで見た時に、「クーロンも裁かれてるな」となるように。


「報告書の偽造は分かりましたが、分隊長程度がクーロンからの摘発者全てに手を回すのは無理があるのでは?」


 エレナの最もな疑問に、サイラスも「そうだな」と静かに呟いた。


「それについてはコレです」


 再び切り替わった画像は、小瓶に入れられた錠剤だ。


「……なるほど。不活性剤ディアクティブ・ナノマシン……か」


 大きく溜息をついたサイラス。彼が言っているのは、体内の生態型ナノマシンを一時的に不活性化させ、モグリの簡易検査をパスする錠剤だ。犯罪組織に所属しているものは常備している……が、スラムの住人が手に入れられる程安くはない。


 勿論あまりにも疑わしい場合は、それ以上に厳しい検査が行われ、逃れる事は出来ない。だがお金のないスラムの住民相手には簡易検査が主流で、その穴を突かれた形であろう。


「リー・リンファのデバイスに、不活性剤の取引履歴がありました。ちなみに先程の音声データ並びに履歴の閲覧と不正アクセスの証拠は【情報屋】さんに掴んで貰っています」


 そう笑うクレアに「また【情報屋】か」とエレナは苦笑いだ。


 最大マフィアを通信一つで動かし、クレアをして「中々のハッカー」だと言わしめたリンファに気づかれずにデバイスに侵入する。華麗な手際のそれは、取り敢えず出たとこ勝負で解決するユーリとは正反対であるが、ユーリ曰く友人だという。……エレナからしたら「嘘をつくな」と言いたい程だ。


 少しだけ【情報屋】への興味が大きくなるエレナを他所に、


「なるほど。彼女も我々同様、でもあるわけか……」


 苦虫を噛み潰したようなサイラスが、「とは言え褒められたものではないが」と首を振った。サイラスの言う通り、犯罪を見逃すという行為自体は褒められはしないが、犯罪行為に走らねば日々の暮らしもままならないとも言えるだろう。


「【人文】の敷いた体制のシワ寄せ……ですね」


同意を示すクレアにエレナも大きく溜息をついた。彼女を処罰することは簡単だが、そうしてしまえばクーロンに住む住人はモンスターの脅威に晒される事になる。ひいてはクーロンがある下層への脅威もだ。


「とは言え。引き続き調査を頼む」とクレアに視線を投げたのだが――


「ユーリさん、せっかくですし魔法もいっちゃいましょう!」


 響くカノンの楽しげな声が、「魔法?」とサイラスの興味を再びユーリへ向けるのであった。

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