第49話 第一印象は大体当てにならない+オマケ

 壁に掛けられた剣がカタカタと音をたてる。ビリビリと空気を震わす元凶、ゲンゾウが口を開いた。


「ブラックマーケットとな……小僧。何の証拠があってワシを犯罪者扱いしたいんじゃ?」


 膨れ上がる怒気。重力が増したようにに感じられるそれは、に放てるものではない。


「鏡見てこい。見た目だけならソッコーじゃねーか」


 そんな張り詰めた空気に眉一つ動かさず、ユーリが「フン」と鼻をならせば、「ほぅ」とゲンゾウが再び不敵な笑みを見せた。


「そもそもブラックマーケット使ってるから、犯罪者って訳じゃねーだろ」


 ユーリの言に、感心したように片眉を上げるゲンゾウ。たしかにブラックマーケットでは、盗品や横流し品と言った違法な商品が売買される事が多い。


 ただモンスター素材に関してはその限りではない。


 素材を持ち込んでくる人間が、モグリという犯罪者なだけで、取り扱っている商品自体に違法性など微塵もないのだ。素材という観点だけに限れば合法も違法もなく、流通ルートが【人文再生機関】の定めたルートかどうかと言うだけ。


 いわゆる正規ルートであれば【人文再生機関】に税金が入るが、ブラックマーケットではそうはいかない。


 それ故【人文再生機関】が違法だと言っているだけで、取り扱っているものは正規ルートと何ら変わらない。もちろん、ブラックマーケットの背後にいる犯罪集団を考えるとそこでの売買自体が褒められたものではないのは事実だが……。


「素材の良し悪し、種類を選ばず買うなら、ブラックマーケット程最適な場所はねーよな?」


 壁際においてあるガラクタ――ユーリはその中から一本の折れた牙を掴み上げ、ゲンゾウへと放った。その牙を受け取ったゲンゾウは今まで放っていた圧力を霧散させ「ガハハハハ」と豪快に笑う。


「確かにお主の言うとおりじゃ」


 大きく頷いたゲンゾウが続ける。


「ワシはブラックマーケットを利用しておる。それで? ワシをどうするつもりじゃ」


 隠す気もない。そういった素振りでゲンゾウは両手を広げ、ユーリを見ている。


「どうもしねーよ。さっきも言ったが、ブラックマーケットを使ってるからって別にどうってことねぇ」


 そんなゲンゾウに「シッシ」と手をふるユーリ。爺を好きにして良いと言われても困るのだ。


「ただ気になってな」

「ブラックマーケットの相場が、かのぅ?」


 ゲンゾウの発言に「ああ」と頷くユーリ。


「そうさなぁ。値上がりは激しいのぅ。武装としてそのまま使えそうな素材はもとより、魔鉄に混ぜる素材が高くなっとるの」


 腕を組むゲンゾウと、顎に手を当て考え込むユーリ。


「例えば――そういった低ランクのクズ素材もか?」


 ユーリが指差す先、ゲンゾウは自分が持っている折れた牙に目をやると大きく頷いた。


「そうじゃな。そのままでは使えんランクも低いクズ素材。普段なら捨て値で売られてるはずじゃが――」


 そう言葉をきると、ゲンゾウは考え込むように視線を上空へと彷徨わせてから口を開いた。


「――体感では三割ほど増しとるの」

「三割か……えらく値上がりしてんな」


 思っていた以上の値上がりに、ユーリは目を見開いた。三割の値上がりというのは結構な上昇率だ。一〇〇円で買えていたものが一三〇円になっていたら「あ、高くなってる」と体感出来るだろう。


「そりゃハンターに依頼を頼みたくなるもんだな」

「そういうことじゃ」


 笑い合うユーリとゲンゾウ。それをポカンと眺めているカノン。


「……どういうことでしょう?」


 ポツリと呟いたカノンに、ユーリとゲンゾウが顔を見合わせ、どちらともなく肩を竦めた。


「ゲンさんが言ってたろ? 『試しにサイラスんとこに頼んでみた』って」


 ユーリの言葉にカノンが頷く。


「試しにって事は恐らくどっちかだ」


 そう言ってユーリが二本の指を立てた。


「一つ、初めて依頼するお試しの場合」


 ユーリの言葉にゲンゾウがウンウンと頷いている。


「二つ、設定した依頼金で、どの程度の素材が集まるのか試している場合」


「もしくは両方の場合かの」


 付け足されたシゲモリの発言に、ユーリが頷く。


「要は、今までハンター協会を利用したことがない、もしくはつい最近は使ってないって最初に言ってたわけだな」


 ゲンゾウを見るユーリ。その視線に気づいたゲンゾウが「ガハハハハ、言葉尻を掴まれてしもうてたわい」と頭をかいている。


「素材をハンター協会から入手しないなら、ブラックマーケットしかねーだろ?」


 本当は自分で取ってくるという方法もあるが、それをユーリは敢えて省略している。


 今まで自分で取ってきて、初めてハンター協会に頼んだと仮定すると、今度はゲンゾウの放った圧力と素材のショボさが合わない。そもそも自分で行くなら、人に頼む必要など無いのだ。


「どうしてユーリさんは、ブラックマーケットの相場が上がってると分かったんです?」


 小首を傾げるカノンと、「確かにそうじゃな」と頷くゲンゾウ。


「まあ使った事がないハンター協会に依頼を出した事もあるが……」


そう言いながらユーリはカノンへと視線を向けた。


「スライムの核、結構な高値で引き取ってもらっただろ?」


「そう言えば、


 片眉を上げたユーリに、カノンが頷いた。


「表が値上がりしてんなら、裏も大体値上がりしてんだよ」


 実際緊急の依頼であればあのくらいの値段設定を見ることはある。が、追加の核を一個一万で引き取るというのは中々に破格だ。


 もちろん、ユーリ達が納品したであれば一個一万でも高くはない。


 ユーリもカノンも納品の時知ったのだが、スライムの核というのは基本的に傷ついて納品されることが普通だ。スライムの核と言えば傷物、割れ物、欠けた物が普通であり、もっと安い値段で取引される。


 依頼主もまさか完全な核が納品されるとは思っていなかっただろう。


 両手を上げて喜び、「完璧な核をこんなに沢山ありがとう」と満面の笑みでスライムの核について教えてくれたのだ。


「それに――」

「それに?」

「いや、何でもねぇ」


 苦笑いのユーリと、サッパリ分からないと言った具合に眉根を寄せるカノン。


 ユーリは口が裂けても言えないだろう。ハンターライセンスの偽造を頼んだ時に、相場が上がっていて痛い目を見たなどと。


 ユーリとしては銭ゲバの友人が本当のことを言っているのか確認しただけで、特段ゲンゾウが利用している事に追求するつもりなど無い。友人を疑いたくないが、つい先日痛い目にあったばかりなのだ。確認したくなっても仕方がないだろう。


 そして、それが本当だったという事は……


(あのヨゴレ達……金持ってんだな)


 ……昨日叩きのめしたスラムの住人たち。あんなでどうやら小金持ちらしい。それともバックに大きな組織がついているのか……。


 そこまで考えたユーリだが、その思考を手放した。正直今のところあまり興味がない。リンファの動向は少々気になるが、今のところの興味だ。


 衛士の活動より、今はハンターとしての実績積みが優先、とユーリは小さく息を吐き出し


「どうやら本当だったみたいだし、そろそろ帰ろうぜ」


 聞きたいことは聞いた。とばかりに大きく伸びをした。


「はい!」


 カノンの返事が小屋に木霊し


「よく分からんが、小僧が満足したんのならエエわい」


 豪快に笑うゲンゾウがユーリの背中をバシバシと叩いた。


「そうじゃ。ちと待っとれ――」


 豪快に笑っていたゲンゾウが、何かを思い出したように奥へと続く扉へ消えていった。


 その様子にユーリとカノンは顔を見合わせ首を傾げる。


 奥へと消えたゲンゾウを待つこと数分。再び現れたゲンゾウが手に持っているのは、黒い布切れ。


「ユーリ、お主素手で戦うと言うとったな」


 ゲンゾウの言葉に「そうだが?」と頷くユーリ。


「虚体には苦労するじゃろ?」


 ニヤリと笑うゲンゾウ。


 虚体というのは実体を持たないモンスターの総称だ。ゴーストやレイスなどの怨霊系から各属性のジンといった精霊系まで。実体を持たないモンスターには、基本的に物理攻撃が当たらないのだ。


 魔法で戦うのが基本。もし接近戦をするのであれば魔力を武装に纏わせて戦わなければならない。素手で戦うならば自分の拳や身体を魔力で覆う必要がある。


 それのどこが苦労するのかと言うと――虚体は往々にして触れた相手にダメージを与えるのだ。火のジンなら炎を直接触るようなもの。風のジンなら鎌鼬のようなもの。 ゴーストやレイスは触れたものの能力を一時的に下げたり、混乱させたり、と兎に角触れる事自体がアウトなのである。


 では、ユーリはどうなのかと言うと――


 そのへんに落ちている物を武装に見立て戦う事で、虚体をあるべき世界へと帰してきた。何もない場合は仕方がなしに直接殴る。反射ダメージは気合で乗り切るスタンスだ。


 ……苦労しているのか。と言われたら疑問ではあるが、面倒な相手だとは思う。と言う状況に、ユーリがゆっくりではあるが頷いた。


「そうじゃろう。そうじゃろう」


 満足そうに頷くゲンゾウが続ける。


「そんなお主にコレをやろう――」


 差し出されたのは一対の手袋。特に装飾や突起などもないオープンフィンガー式の手袋だ。


「こいつはリッチの衣から作られたグローブじゃ」

「リッチ? あの死神モドキか?」


 ユーリは件のモンスターの事を思い出す。


 真っ黒な衣を羽織った髑髏。鎌を持たない死神のような姿のモンスター。物理攻撃は受け付けず、魔法攻撃はその纏う衣で軽減させ、遠くから様々な魔法を放ってくる強敵ということ


 だがユーリは知っている。リッチは接近すると、それを嫌がるように直接攻撃に出てくることを。そしてそのタイミングでカウンターを当てれば、物理攻撃が効きユーリなら一撃で倒せることを……つまりユーリからしたらワンパンで終わるザコ中のザコだが、素材が高く売れるので結構好きなモンスターだったりする。


 そんな事を思い出しながら受け取ったグローブをシゲシゲと眺めるユーリ。


 シンプルなデザインながら縫い目の細かさや、手の甲、拳部分に施された補強など細かい仕事が光る玄人好みの一品だ。


「いい仕事してるな」


 思わず呟いたユーリ。その目の前でゲンゾウが胸を張り――


「じゃろう? 昔いた組織では鍛冶だけじゃなくこういった仕事もしとったんじゃ」


 作成者がまさかの人物に、ユーリはその目を見開いた。


「アンタが作ったんか」


 照れたように頭をかくゲンゾウと、手の中のグローブを見比べるユーリ。目の前の巨体が背中を丸めて、チクチクと針仕事をしているとは想像すると何とも言えない気分になる。


「そうじゃ。このグローブで虚体を殴っても反射ダメージを喰らうことはない……理論上は」

「なんだよ理論上はって」


 さっきまでの自信満々はどこへやら。急に語尾が力なく萎んでいったゲンゾウに、ユーリが盛大に溜息を吐いた。


「いや、作ったのはエエんじゃが、コレをつけると上手く魔法が発動せんらしくての……そもそも素手でモンスターを殴るようなバカはおらんくて」


 巨体を丸め、バツが悪そうに頭をかくゲンゾウに、ユーリは溜息を吐いた。


「誰がバカだ誰が……大体魔法が発動しねーなら欠陥品じゃねーか」

「いや、魔法自体は発動するんじゃ。ただ……」


 豪快さは鳴りを潜め、「やっぱ要らんよなー」とユーリに手渡したグローブに手を伸ばすゲンゾウ。


 そんなゲンゾウの手をユーリはサッと躱した。まさか躱されると思っていなかったゲンゾウは目が点だ。


「……貰っとく」

「は?」

「貰っとく、ってんだよ」


 ぶっきら棒に呟いたユーリがいそいそとグローブを手につけた。少し小さいと思われたグローブだったが、伸縮性のある素材も混ぜてあるようでピッタリとユーリの手にフィットした。


「どうよ、カノン」


 フィンガーグローブの付けた右手を、目の前に掲げるユーリ。旧時代では中二病とでも言われるだろうポーズに、カノンはポカンと口を開けたままだ。


「よ、よいのか? 魔法の威力が落ちるのじゃぞ?」

じゃねーか。な、カノン?」


 オロオロする巨大な爺を無視して、カノンへとニヤリと笑うユーリ。

 ようやくユーリの意図に気がついたカノンが「そうでしょう!」と嬉しそうに頷いている。


「ゲンさん、これ貰ってくぜ」

「そ、そうか! 持っていけ!」


 よく分かっていないゲンゾウだが、ユーリがご機嫌なので段々と豪快さを取り戻してきた。


「カノン、今度時間がある時に戦斧を持ってこい。お主にピッタリ合うよう重心なんかの調整をしちゃるわ」

「よく分かりませんが……分かりました!」


 カノンの敬礼にゲンゾウが満面の笑みで手を振る。


 武器を持たないユーリと、変人鍛冶師ゲンゾウ。普通なら二度と交わることのない二人の人生だが、お互い長い付き合いになりそうなことだけは肌で感じていた。



 ☆☆☆


 以下ちょっとしたオマケです。

 本当は心の機微とか色々書いて少し短めの一話にしてもいいのですが、話が進まないのでオマケとして差し込みました。

 楽しんでいただければと思います。




 ☆☆☆



「弁当――美味かったぞ」

「あら……そう。お母さんに言っとくわ」


 日が暮れ、既に店がオープンしている時間帯。そんな時間に帰ってきたユーリを出迎えたのは、ウエイトレス姿のリリアだった。


 女将さんは厨房で、親父さんはカウンターでそれぞれ仕事中ということで、ユーリはリリアにランチボックスを手渡しながら口を開いたのだ。


 ランチボックス片手に厨房へと入って行こうとするリリア、その背中に向けてユーリが口を開いた。


「なんで女将さんに言うんだよ。俺はに言ってんだよ」

「え?」


 肩がピクリと跳ね、ユーリを振り返ったリリアの表情は「何で分かったのよ?」と言いたげな困惑に彩られている。


「女将さんの料理にしちゃー少々形がだったからな」

 笑うユーリに

「う、うるさいわよ」

 とリリアが恥ずかしそうにそっぽを向いた。


「何怒ってんだよ? 美味かったっつってんだろ?」

「美味しかったのは分かったから、何回も言わなくていいわよ」


 口の端をヒクヒクさせるリリアが、ユーリを奥へと続く通路へと押しやる。


「あ、明日以降は有料だからね」


 ユーリから視線を外したままリリアがポツリと呟いた。


 リリアとしては恥ずかしさを誤魔化す為につい口から出た呟きだった。


 そして呟いて直ぐ後悔している。ユーリの懐事情を知っているリリアとしては、有料になどしたらもう二度と食べてもらえないのかも……と絶賛後悔中だ。


「明日も作ってくれんのか?!」


 まさかの言葉にリリアがユーリに視線を合わせた。リリアの前ではユーリが満面の笑みだ。


「いいの?」


 作っても? 続く言葉を紡げるものか。


「いいも何もねーだろ。正当な仕事には正当な報酬を――俺のモットーだ」


 笑うユーリに「そこまで言うなら作ってあげるわ」と素直になれないリリア。


「運が回ってきたな! 美味かったしまた作ってくれよ」


 嬉しさと後悔の狭間で困惑するリリアを他所に、ユーリはヒラヒラと後ろ手を振りながら通路の奥へと歩を進める。


 そんなユーリの背中に――


「晩ごはんは?」


 リリアのそっけない声が届いた。


 その声に振り返るユーリ、視線の先では相変わらずそっぽを向いたままのリリア。


「晩ごはんも食べて行けば? どうせ何も食べてないんでしょ?」

「マジでか! んじゃご馳走になるぜ」

「なら早く着替えてきなさいよ」


 リリアの言葉にユーリは足取りも軽く通路の奥に消えていった。


 その姿を見送ったリリアが、徐にランチボックスを開く――空になったランチボックスを胸に、満面の笑みのリリアが厨房へと消えていった。




「リリアちゃん、機嫌よさそうじゃの」

 何時ぞやの老人二人組。その一人が口を開けば


「若いってエエの」

 もう一人も口を開く。


 来客を知らせる鐘の音に、リリアが元気よく厨房から顔を出す――


「いらっしゃいませ!」


 店内は少しずつ賑やかになり始めている。夜はこれから。リリアの時間は今から始まるのだ。

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