第48話 祖父ちゃんの知り合いとかいう孫から見たら見知らぬ爺

「結局あのお弁当は誰から貰ったんですか?」

「誰でも良いだろ」


 ニヨニヨするカノンの額をユーリが指で小突いた。


 お昼を騒ぎながら食べた後、魚捕りも終えた二人は荒野から街へと帰還し、今はイスタンブール下層市内を走るトラム路面電車に乗っている――正確には不思議エネルギー魔力で動くので車ではないのだが……。


 今回の依頼先は、北門から真反対の南側街外れにあり、折角ならトラム路面電車で行こうという事になったのだ。


 南北に長く伸びる縦長のイスタンブールにとって、東西の移動はまだしも南北の移動は時間がかかる。ハンターが本気で走れば然程時間はかからないのだろうが、一般市民や車両が行き交う道路を、疾走するわけにはいかない。


 そんな中、市民の貴重な足となるのがトラム路面電車だ。


 まだ乗ったことが無く初めての体験に、ユーリは少しワクワクしていたりもする。


 ゆっくり流れる街並みを見ながら、こういうノンビリしたのも悪くない。そう思えるユーリは自然と口の端が上がるのを抑えられないでいた。


「……愛妻弁当を思い出してるんですね」

「アホ毛…引っこ抜いていいんだな」

「すみません」




 ☆☆☆



 トラム路面電車に揺られること数十分。ユーリとカノンはようやく終点まで辿り着いた。


 他の市民がいる手前、あまりはしゃげなかった二人であるが、トラム路面電車の旅を十分に堪能し、その顔は自然と笑顔だ。


「この辺は街並みが違うな」


 ユーリは初めて来た南の街区。高いビルは鳴りを潜め、未だ古い石造りの家々が目立つ。そして何より目を引くのは、一部であるが壁が無いことだろう。


 どうやら港か何かのようで、壁の向こうには青空と海が見えている。


「この辺りはまだ開発が進んでいませんからね」


 そう言うカノンだが「私はコッチのほうが好きですけど」とスキップしながら街区を進む。


 まだ夕暮れには早いが、壁の向こうに見える陽の光は傾き始め、楽しげに揺れるカノンの影を少しだけ伸ばしている。

 柔らかな光に照らされた情緒溢れる街並みを暫く進むと、鉄を叩くような鎚の音が響いてきた。


「どうやらココのようですね」


 一際古ぼけたレンガ造りの建物。その建物の前でデバイスに表示された地図を見比べながらカノンが頷いている。建物の上部にはデカデカと【鍛冶屋一ツ目】という木製の看板が出ているので間違いないようだ。


「なんつーか……とんでもねー依頼主っぽいな」


 その看板を見たユーリがポツリと呟いた。


 ……デカいのだ。看板もそこに記された文字も。主張の激しい看板は間違いなく手作りだろう。この時代、こんなにのある看板を作成する業者はいない。


 つまり看板を作成したのは、依頼主かそれに関係する誰かなのだろう。


 作成したのが依頼主でないにしても、ここまで主張の激しい看板を掲げるのだ。中々にぶっ飛んだ性格をしているのは間違いない。


「たのもーー! たのもーーーーーーー!」


 看板の持つに当てられたのか、扉の前、胸を張ったカノンが大声で叫んだ。


 ピタリと止んだ鉄を叩くような音、その後に聞こえてきたのは


「なんじゃー?!」


 鉄を叩くよりも大きな声と、ドタドタという足音だ。


 勢いよく開かれた扉、その先に現れたのは――


「ぎょえええええ! 毛むくじゃらのモンスターです!」


 白い毛玉だ。


 正確には、大量の髭を蓄えた大男なのだが、身体が大きすぎて扉の向こうにほとんど頭が隠れ、モジャモジャに伸びた顎髭だけがが存在感を放っている。


「だーれがモンスターじゃ」


 カノンの上げた悲鳴に、ムスッとした声を返した毛玉。


 のっそりと扉を潜って出てきたのは横にも縦にもデカいヒゲモジャの爺だった。


 禿げ上がった頭、傷だらけで堀の深い顔、頭髪と反比例するように伸び放題の髭。そして店の名前に違わぬ隻眼――眼帯代わりなのか、右目を隠すように斜めに巻きつけられた黒い布が余計に厳つさを助長させている。


 凶悪な顔にデカい身体。中でもむき出しの上腕二頭筋は丸太の如く太く、傷だらけの顔と相まって凶悪な逃亡犯にしか見えない。


「ぎぃぃぃぃぃぃえぇぇぇぇぇぇ!」


 毛玉以上にインパクトのある見た目に、カノンの絶叫が加速する。


「なんじゃぁ? このちびっ子は」


 そんなカノンの絶叫とほぼ同じ声量で、ヒゲモジャ爺は眉を寄せ髭を撫でている。


「はぁー。アンタが依頼主か?」


 カノンとヒゲモジャ爺に任せていては一向に話が進まない。とユーリが溜息とともに口を開いた。


「依頼……? おお! そう言えば試しにに出してたのぅ」


 考え込むように視線を上に彷徨わせたヒゲモジャ爺だが、急に思い出したように「ガハハハハ」と笑いだした。


「ガハハハって笑う人初めて見ました」


 目と口を開き、豪快に笑うヒゲモジャ爺を見上げるカノン。


「なんじゃー。こんなちびっ子がやってくれたんかー!」


 そんなカノンの頭を「ガハハハ」と笑いながらポンポンたたくヒゲモジャ爺。ポンポンと叩かれるたび、カノンの口から「ぎゃ」だの「ぎょえ」だのという声が漏れている。


「爺さんそろそろ止めてやってくれ。俺の相方が釘みてーに地面にめり込んじまう」


 腕を組み、盛大な溜息を吐いたユーリに、ヒゲモジャ爺がその手を止め、片眉を上げながらカノンを見た。

 その視線の先では巨大な掌から開放されたカノンが、形の崩れたベレー帽を取り、「縮んでませんよね? 大丈夫ですよね?」とユーリに詰め寄っている。


 詰め寄ってくるカノンに面倒になったユーリが「縮んでねー縮んでねー」と適当にあしらうが、当のカノンは


「死活問題です!」


 と必死だ。


「ガハハハハハハ! おもしれーわっぱどもじゃー! とりあえず中に入れ」


 一際大きな声で笑うヒゲモジャ爺が、今度はカノンの頭をワシワシと撫でた。


「ぎょええええええ! 摩擦で削れる! 頭が削れる! 小さくなるぅぅぅぅぅぅ!」


 響き渡るカノンの絶叫と「ガハハハハ」と言う笑い声。


 既に頭痛のするユーリだが、とりあえず依頼達成のため、二人を促すように中へと入っていく。





 建物の中はまさに鍛冶工房と言った具合だ。


 石畳のような床に向かって左に巨大な炉、右側にはカウンター。炉の前に置かれたこれまた巨大な金床。そしてそれに立てかけられている柄の短い鎚と巨大な


 壁際には無造作にが山積みにされている。


 炉の反対側の壁、カウンターの方に目をやると、壁際にまるでセールで売り出されている傘の如く、ラックに突っ込まれた数々の武具。幾つかの武器は出来が良かったのだろう、ラックの上やカウンターの後ろに個別に掛けて展示してある。


「ようこそ! わが工房へ」


 振り返り胸をはるヒゲモジャ爺。ユーリの影に隠れるカノン。


 そんな二人を無視するようにユーリはカウンターの方へ――徐にラックの中から片手持ちの剣を引っこ抜いた。


 手に持ち、ゆっくり上下させたり、左右に振ってみたり――かと思えば、それを元に戻し、今度は別の剣を手に取った。


 先程持っていたのと同じデザインの剣だ。同じように上下左右にゆっくりと動かしていたユーリが、ニヤリと笑い頷くと――「良い腕だ」そう呟いた。


「なにしてたんですか?」


 戻ってきたユーリに小首をかしげるカノン。


「ちっと爺さんの腕前をな――」


 不敵に笑うユーリに、「ほぅ」と片眉を上げるヒゲモジャ爺。


「それで、ハンターにはワシの腕はどう映ったのかのぅ」


 顎髭をさすりながら、ヒゲモジャ爺が口を開いた。


「一流も一流。超一流だな……なんでこんなとこでなんか打ってんのか分かんねーくらいにな」


 腕を組むユーリがヒゲモジャ爺を見る。


 魔鉄とは鉄にモンスター素材を混ぜて錬成した素材のことで、そのままでは武器にしにくいモンスター素材などを武器にする際に利用される。魔鉄は鉄より柔軟でなおかつ強度もありモンスターに対して効果も高い。


 もちろん魔鉄に混ぜられたモンスター素材のランク、そして含有率でその切れ味や耐久力、そして値段なども変わってくる。


 純度が上がれば上がるほど、素材が高価になればなるほど、武器が魔力を帯びてくるのでハンターには良し悪しがすぐ分かるのも利点だ。純度の高い魔鉄を作成する技術、それを扱える技術が企業パワーとして一つの目安になっていたりする。


 そんな中ユーリの言う通り、先程の武器は全て安物素材で作ってあった。


 別にそれが悪いわけではない。


 場末で変人が営む鍛冶場であれば――の話だ。


 そういう場所ならユーリが手に持ったをクズ魔鉄で作っていてもおかしくはない。

 条件としてはおかしくない。ただ、腕だけが有り得ない程高いのだ。どこぞの大企業で高級オーダーメイドを受けていても、おかしくない腕。


 超一流の腕を持つのに、こんな辺鄙な所でクズ魔鉄を叩いている爺。


 どう見ても裏がありそうな人物だが、件の爺はユーリに褒められ嬉しそうに笑っている。


「ガハハハハ! 超一流か。おだてよるわい!」


「よせよせ」と笑うヒゲモジャ爺だが、その表情に少しも自分の腕を疑っていない自信が溢れている。


「ま、アンタの腕云々はおいといて、とりあえず依頼の話を進めようぜ」


 短く溜息を吐きながら、ユーリがゲートからカルキノスのハサミを取り出した。


「ほぅ。カルキノスか……素材としては下の上と言ったところか」


 床に置かれたハサミを色々な角度から見るヒゲモジャ爺。


 持ち上げ、根本の切り口を触ると――


じゃな。綺麗に関節を斬っとる」


 ニヤリと笑うヒゲモジャ爺に「おだてても何にも出ねーよ」と肩を竦めるユーリ。


 ユーリの影に未だ隠れていたカノンであるが、おずおずとゲートから真ん中がひび割れた甲羅を取り出した。


「なんと。こんなちびっ子がカルキノスの甲羅を砕いたのか」


 ユーリの時より驚いたようにその甲羅に食いついたヒゲモジャ爺。急に動き出したヒゲモジャ爺にビクっとなったカノンが再びユーリの影に隠れた。


 完全にヒゲモジャ爺を警戒するカノンはまるで野良猫のようだ。そんなカノンを仕方がないという若干の呆れ顔で見るユーリが、ゲートから真っ二つになった甲羅を出した。


「こりゃまた……小僧。お主ランクは?」

「アイアンだ」

 胸に仕舞っっていたタグをチラリと見せたユーリ。


「アイアンでこれか……気に入った。口だけ格好だけの紛い物じゃないのぅ。本物の腕じゃ」

 高らかに笑うヒゲモジャ爺に「そいつぁどうも」とユーリは肩を竦めるだけだ。


「それで、お主はどんな武器を?」

「基本素手だな」

「す、素手ぇ?」

「コレに関しては、コイツの武器を借りてるけどな」


 真っ二つの甲羅を指さしながら、ユーリは自身の影に隠れていたカノンの頭に手を置く。


「見せてもらっても?」


 詰め寄るヒゲモジャ爺の肩を押しながら、ユーリはカノンを振り返った。

 ユーリの視線に頷くカノンがゲートから戦斧を取り出した。


 それを受け取ったヒゲモジャ爺の顔が固まる――


「こいつは……嬢ちゃん。お前さんもしかして名前はか?」


 カノンを見るヒゲモジャ爺の顔は懐かしそうだ。


「そう……ですけど」


 爺とユーリを見比べるカノン。その瞳は「ユーリさん名前呼びましたっけ?」と問いかけている様に見えなくもない。ただユーリとしては、ヒゲモジャ爺の前で呼んだかどうかなど覚えていないし、何より武器を見てから思い出したように呟いたことのほうが気にかかっている。


「爺さん。こいつは確かにカノンだが、アンタ知ってんのか?」

「知っとるどころじゃないわい。ワシはこの子が赤ん坊の頃にを替えたこともあるからのぅ」


 ウンウン頷く爺とフルフルと首を振るカノン。


「コイツは知らねーって言ってるけど?」

「そりゃ覚えとりゃせんよ。最後に会ったのは、もう十年以上前じゃ……クラウスは元気かの?」

を知ってる……でしょうか?」


 ユーリの影から顔を見せるカノン。その姿に爺が目を細めた。


「おぉおぉ。あの日もクラウスの影から、そうやって覗いとったの」


 感慨深そうにウンウン頷く爺。


「ワシはゲンゾウじゃ。ゲンゾウ・イワクラ。お主の祖父クラウスとハンター協会支部長のサイラスとは古い知り合いじゃな」


 あいも変わらず「ガハハハハ」と笑うゲンゾウ爺さん。


「カノン・バーンズです。ゲンゾウさんのことは覚えてませんが、今はブロンズランクのハンターです!」


 少しずつ本調子に戻ってきたようなカノンが、ようやくユーリの影から出てきた。


 笑うゲンゾウとカノン。二人の視線がユーリへと注がれる。


「俺もか? ……しゃーねーな。ユーリ・ナルカミ。元流れ者だ」


 ユーリの言葉に「おお、先祖は同郷じゃな」と嬉しそうに笑うゲンゾウ。


「そんでゲンゾウさんよ。意外な知り合いと会って感慨深いのは分かるが、依頼としてはどうなんだ?」


 とりあえず目的を達成したいユーリ。


「ゲンさんで構わんぞ。皆そう呼んどるんじゃ」


「オーケー、ゲンさん。まずは依頼の結果を聞かせてくれ。積もる話はそれからでもいいだろ?」

「そうじゃな。依頼としては大満足で合格じゃ」


 太鼓判を押すように、ゲンゾウはユーリの方をバシバシと叩いた。


「そいつぁ良かった。それでゲンさんよ。ちと聞きたいんだが」


 ユーリは肩に置かれた手をそのままに、ゲンゾウを真っ直ぐ見据える。


 ユーリのただならぬ雰囲気に、カノンが「ユーリさん……?」と首を傾げ、対照的に変わらず笑顔なゲンゾウ。


 笑顔のゲンゾウを暫く言葉を溜めたユーリが口を開いた――


はそんなに値上がりが激しいのか?」


 ユーリのその言葉にゲンゾウの眉がピクリと動いた。が――


「ガハハハハハ! ワシがブラックマーケットの相場など分かるわけなかろう」


 もう一度バシバシとユーリの肩を叩くゲンゾウ。心なしか先程より強く見えるが、ユーリは眉一つ動かさない。


「くだらねー駆け引きする気はねぇんだよ」


 ユーリは自身の肩を叩くゲンゾウの手を軽く払い――


「回りくどいのは嫌いなんだ。必要な情報だけ教えてくれ」


 払われた手をさするゲンゾウを、真っ直ぐ見据えるユーリ。


「ブラックマーケット、高騰してんだろ?」

「……ほう?」


 先程までの豪快な笑いから一転、ゲンゾウを包むのは剣呑な雰囲気。


 獰猛な笑みを浮かべるゲンゾウと、そんな視線を受けてなお不敵な笑みのユーリ。


 二人の発する気配に工房の空気がピンと張り詰めていく――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る