第47話 弁当って楽しみだけど、いざ食べる段になるとちょっと恥ずかしい。

 一旦砂浜から退避した二人は、僅かに残っていたコンクリート部分で作戦会議だ。


「いいか。力任せにぶん回しすぎだ。重量武器で叩っ斬るにしても、腕力だけじゃ駄目だろ」


 呆れ顔のユーリの目の前で、キョトンとしたカノンが


「意味が分かりません! 力こそパワーでは?」


 小首を傾げる。その姿にユーリは頭を抱えた。


 実はカノンが駄目なわけではない。ハンター達の多くが、その腕力に物を言わせ武器を振るっているだけのことが多い。


 レベルアップをし、人外の腕力や脚力を得られるのがハンターだ。


 武器や魔法でモンスターを屠り、その素材を取り入れることで、強くなれるようになった。結果、人類が何百年もかけて研鑽してきた技術は廃れてきている。 モンスターとの身体能力に差があるため、そういう流れになるのは自明の理なのだが、だからといって技術の習得を疎かにして良いわけではない。


 それでも気の遠くなるような反復練習が必要な技術よりも、目先のレベルアップに走ってしまうのが人間だ。それだけ技術を身につけるよりも、レベルアップで強くなれる恩恵のほうが大きすぎるのである。


 例えば普通の武器を、刃筋を立て、遠心力の力を借り、最も力の入る部分で相手を斬るとしよう。


 それに必要な技術は、


 刃筋の立て方

 武器の振り方

 間合いのとり方

 身体の仕方

 呼吸の仕方

 相手の呼吸の読み方


 などなど。他にも様々な技術を統合して、初めて致命的な一撃を繰り出すことが出来るのだ。


 だが悲しいかな、で得られる結果より、レベルアップして、より重く大きく硬い武器を、目にも留まらぬスピードで軽々と振り回して得られる結果の方が往々にして上なのだ。


 もっと言えば、武器など振るわなくても、魔法で遠距離から吹き飛ばしてしまえば良い。


 刃筋も

 間合いも

 身体の使い方も

 呼吸も

 何もいらない。


 結果、武器を、だけはやたら上手い能力者が量産された。


 そしてそんな能力者達のせいで


「あのモンスターは物理が効きにくい」

 だの

「このモンスターは物理を弾く」

 だのと言う言葉が飛び交うようになってしまったのだ。


 ユーリとて、モグリにそういう手合が沢山いたので、分かっているつもりであった。


 ただ正規ならもう少しマシだと思っていたのだ。


「いいか。刃筋の立て方も、振り方もメチャクチャだ」

「刃筋とは?」

「斬るモンに対しての刃と力の向きだ。は斬らねーだろ?」


 ユーリは戦斧を真横にし、そので近くの瓦礫を叩いて見せる。


「そこまで馬鹿ではありません!」

「極端に言うと、だ」


 ユーリの言う通り、極端な例であるが、実際に刃筋を立てるというのは案外難しいのだ。


 真っ直ぐ斬る時でも、力の向きに真っ直ぐ刃が立っていなければならない。コレは柄の握りや力み、振る角度などで直ぐにズレるため、反復練習が必要なのだ。


「とりあえず振ってみろ」


 ユーリの言葉に従ってカノンが戦斧を振る――戦斧が風邪を切り「ブウォン、ブウォン」と唸る。


「まずは、握り方だな――」


 そう言いながらユーリはカノンに戦斧を持たせた。若干の持ち手を真っ直ぐに矯正していく。少し内に手を捻る持ち方は――


「持ちにくいです!」

「それで慣れろ」


 頬を膨らませるカノンだが、何度か振り上げ、振り降ろしながら確認しているようだ。

 わざわざ柄に、刃の向きを示すように線が引いてある事から、この武器を作った人間は、使用者の事を考えて作っていたのだろう。であれば、その思いくらいはカノンに果たして貰わねば、とユーリの指導にも熱が入る。


 硬さが少し取れたカノンの素振りを見ながら


「とりあえずそれで、真っ直ぐ力と刃の向きが合ってる状態だ」

「はい!」


 どうやらやる気はあるようで、カノンの表情は真剣だ。


「間合いとか呼吸とかも大事だけど、あとはだ」

「振り回せてぶっ殺せれば良いんじゃなかったんでしょうか?」


 いつぞや大仰に宣った台詞。それを思い出したカノンは戦斧を降ろし小首を傾げている。


「ぶっ殺すためには


 そんなカノンのデコを、ユーリは指で弾いた。


「武器を振るなら遠心力を味方にしろ。とりあえずもう一度、その握り方で相手を斬るつもりで振ってみろ」


 ユーリの言葉に従いカノンがその場で素振りを始める。


 戦斧が風邪を切り「フォン、フォン」と先程より軽快に唸る――が


「駄目だ駄目だ。貸してみろ――」


 カノンから戦斧を受け取ったユーリが片腕で真上から振り下ろす――


 戦斧が風を切り「ヒュン」と鋭い音が響く。


「イメージは釣り竿を振る感じだな」

「釣り竿を振った事がありません」

「遠くに飛ばす感じだ…本当に飛ばすなよ!」

「はい!」


 再び戦斧を持ったカノンがそれを振る――


「もっとだ。もっと遠くに――握りがズレてる――ワキが縮こまってんぞ――お、いいぞ。そのイメージだ」


 アドバイスをする度に改善していくカノンの風切り音。


「振る瞬間に、短く速く息を吐け――そうだ。もっと、短く、速く――」


 最適化されていく振りに、これならばと呼吸のポイントも付け加えてみたり……それすら吸収し見る間に良くなっていく風切り音。


(いいセンスしてやがる)


 それを見るユーリの感想だ。恐らくカノンの長所なのだろう。なのだ。


 言われたことを疑うこと無くすんなりと実行する。通常であれば今までやってきたこと、それがプライドとなり素直に聞き入れられない事のほうが多い。


 だがカノンは言われたら言われた通りに実践する。まるで子どものような吸収力である。


「よし、その感じでブチかましてこい」

「いってまいります!」


 敬礼を残し、カノンがカルキノス達磨に駆け出す。


 勢いそのままに真上から振り下ろされた戦斧――「グシャ」という鈍い音とともにカルキノスの甲羅を叩き潰した。


「キターー! やったりました!」


 並大抵の物理を弾く強靭な甲羅を叩き割ったカノンは、並のブロンズではなし得ない結果に嬉しそうにピョンピョン跳ねている。


「まあまあだな。インパクトの瞬間に手を内側に絞らねーとなんだが……ま、今はこんなもんか」


 両断とまではいかなかったものの、ついさっき攻撃を弾かれた相手を叩き潰したのだ。驚異的な成長と言えるだろう。


「んじゃ残り一体もぶっ潰して来いよ」


 ユーリの激励を受け、カノンは戦斧を脇に構えて最後に残ったカルキノスへ突っ込んでいく。


 真っ直ぐ進んでくるカノンに向けてカルキノスがハサミを突き出す。


 突き出されたハサミの横を斜め下から薙ぐカノンの戦斧――「ゴオン」という金属同士がぶつかるような大きな音を響かせ、カノンの戦斧がカルキノスのハサミを弾いた。

 流石に切り上げでは刃筋を立て威力を乗せるには、技術も筋力も不足していたようだが、何とか攻撃を弾くことには成功している。


 先程までのカノンの振り方であれば、カルキノスの攻撃を弾くまではいかなかっただろう。まだまだ発展途上だが、遠心力を利用して武器が振れているのは間違いない。


 間合いが詰まったカノンを挟み込もうと、カルキノスが今度はハサミを広げて突き出した。


 下から振り切った事で自然と振り被られた戦斧。迫るハサミを上から迎え撃つカノン。

 奇しくもを止められた時と同じような構図だが――「お!」思わずユーリが感嘆の声を上げた素晴らしい振りは、カルキノスのハサミを要ごと真っ二つに叩き斬り、その衝撃はカルキノスを仰け反らせ吹き飛ばした。


 地面までめり込んだ戦斧、その勢いにのるようにカノンが飛び上がり――戦斧の刃を支点に、カノンが前方に一回転。


 振り下ろしの勢いと戦斧の柄を利用した、変則的な間合いの詰め方だが「面白い」とユーリをしても中々ぶっ飛んだ武器の使い方だ。


 回転の勢いで再びカノンの頭上に持ち上がった戦斧。

 体勢の整っていないカルキノスが、防御のように残ったハサミを持ち上げた。


「せぇい!」


 気合一閃、カノンの一撃。


 それが防御の為に振り上げたハサミを叩き斬り、その下に見える甲羅前方へ吸い込まれる。


 甲羅と内臓を潰し、勢いのまま叩きつけられたが砂塵を巻き起こした。


 ハサミがあったせいか、流石に両断とはいかなかったが


「キターーーーー! めちゃ強くなりました!」


 叩き潰したカルキノスを前に、戦斧を掲げるカノンは嬉しそうだ。


 ユーリとしては、ハサミごと真っ二つに出来るだけのポテンシャルはある、と思っているので「まだまだ」と言いたいところだ。

 それでも、さっきまでと比べたら脅威の成長に口の端が上がるのを抑えられない。


「どうでしょうか!」

 嬉しそうに振り返るカノン。


「ばっちりでしょう」

 それに笑顔で答えるユーリ。


「んじゃ、素材を回収して飯くおうぜ」


 忘れていたが恐らく昼を少し過ぎているだろう。ユーリとしては今日一日で最大の楽しみでもある。


「了解しました!」


 敬礼するカノンとともに、比較的綺麗な部分を集める。


「なんだかんだで結構な量になったな」


 元の体がデカいのもあり、砕けていない部分だけでも結構な量になっている。


 正直あの値段で出された依頼にしては、大盤振る舞いがすぎるほどの量だ。


「私の成長の証ですね!」


 カノンは嬉しそうだ。魔法に頼らなくても戦える技術。その触りを身に付けただけだが、新たな可能性というのは誰しも嬉しいものなのだろう。


「魚捕りの前に飯くおーぜ」


 ユーリとしては早くお昼を食べてくて仕方がない。何と言ってもあの女将さんが作った弁当なのだ――本当はリリアが作ったのだが――とにかく上手い事が確定しているお昼など、ユーリの人生において初と言っていい吉事なのだ。


「そうですね! お腹すきました」


 そう笑うカノンが自身のゲートから取り出したのは――


「じゃじゃーん。見て下さい! マンガ肉です!」


 骨付きの強大な肉塊だ。

 漫画やアニメと言った旧時代の娯楽作品の多くで見られた、両端から骨が突き出た肉の塊だ。


「……そんなもんどーしたんだよ?」

「作りました!」


 胸を張るカノンに「そ、そうか」と微妙な表情を浮かべるしか出来ないユーリ。


「ユーリさんは何食べ…る……なんですか! そのお弁当箱は!」

「お、俺は――アレだよ。あの…ほら……あの……向こうで食べるから」


 目の前で、は可憐な乙女が、ワイルドな肉を持っているというギャップ。そのギャップを前に、途端に自分が可愛らしいランチボックスを持っているのが恥ずかしくなったのだ。


「何恥ずかしがってるんですか? 見せて下さい!」

「ダメだ!」

「お肉一口あげますから!」

「いらねー!」

「おかずと交換ですからね!」

「話が通じてねーんだけど!」


 お弁当を取り合う男女。聞こえはいいが、そこはボロボロになり、そこかしこに蟹の臓物が撒き散らされた海岸である。


 そんなことなど気にしない――そんな楽しそうな二人の声が臓物海岸に響いていた。

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