第44話 持つべくして持つ者っているよね

 ユーリとカノンが依頼ボードの前まで来た時には、既に液晶に映し出されている依頼は数える程になっていた。

 やはり割りの言い依頼はほぼなくなっている様で、


「んー。な依頼がありませんね」


 カノンが肩を落としてボヤいている。


 そんなカノンを横目に液晶へと視線を移したユーリは、「そーか?」と片方の眉毛を上げた。


 正直ユーリからしたら、依頼の相場など分からないので割りが良いかどうかの判断は出来ない。


 ユーリが知っている事は唯一つ。朝は高値で取引されていたものが、夜には二束三文で買い叩かれるブラックマーケットの日常だけだ。


 素材の相場変動が激しかった日常からしたら、例え割安だとしても、表示されている金が保証されているなら万々歳なのだ。


 とは言え、こういうものは先達に任せるのが吉だろう、とユーリは再びカノンへ視線を向けた。


「もうすぐイスタンブール奪還祭がありますからね……あーやっぱり。食材系の依頼が通常より割高で出されてますよ!」


 ブツブツ呟くカノンが既に『Ordered』と記され、画面の端に纏めて追いやられた依頼内容を恨みがましくスワイプして捲っている。


「へーここで受注済みの依頼も確認できんだな」


 興味が湧いたユーリもカノンの隣で、受注済みになっているに目を通していく。


 カノンの言う通り食材系の依頼だけでなく、討伐系の依頼も多い。


「モンスター素材と討伐もやたら多くねーか?」


 様々な企業からは勿論、ハンター協会からの依頼も幾つか見られる。


「それはそうでしょう! 奪還祭の三日は殆どのハンターさんもお仕事を休んで、お祭りを楽しみますからね」


 ハンターが仕事を休んでも問題ないくらい素材を確保しておくこと。

 そしてその間にモンスターの襲撃を受けないように、成るべく多く間引くこと。


 それらが必要なのだとカノンは力説しているが、聞いているユーリは


(三日も休んでも問題ねーくらい、金を稼がなきゃなんねーのか)


 休むつもりなど毛頭ないユーリには関係ないが、他のハンター達の懐事情を気にしていた。そしてそれ以上に、若干偏り気味な気がする依頼に違和感を覚えているのだが、ただの勘違いかもしれないと今は頭の片隅へと追いやった。


「そんなもん眺めてても金にはなんねーだろ? とりあえずサッサと依頼を受けるぞ」


 今もボードの隅で「ああ、こんな依頼がこんな価格で」と恨みがましく画面をスワイプするカノンの襟首をユーリが掴み引き寄せた。


「さっさと決めて――」

「難航しているな」


 ユーリが放ったカノンへの文句を掻き消したのは、再び現れたエレナだ。


「……何だよ? お仲間と一緒に行かねーのか?」


 振り返ったユーリが、今まさにハンター協会から出ていこうとするシグナスの面々を顎でシャクった。


「まだ大丈夫だ。今日の仕事はだからな」


 そう言ってカノンに視線を向けて意味深に笑う。


 エレナの笑顔に「?」と小首を傾げるカノンだが、ユーリは「なるほど。って訳か」とカノンへ向けた視線の意図を理解した。


 オペレーターでもあるカノンをわざわざ見たと言う事なので、間違いないだろう。そもそもエレナ達テロリスト集団支部長のお気に入りは、通常任務でも周囲に配慮しつつオペレーターを使用しているという。


 その上でカノンへ視線を向けて笑うということは、そのシステムの恩恵を最大限に得る――転送装置も使うと言う意味なのだろう。


「ま、そういう事だ」


 とエレナが頷いた事で、その事が確定した訳だが――


「……それなら尚の事何のようだ。バカにしに来たのか? アッチ行ってろ」


 ユーリは口を尖らせ「シッシッ」と片手で邪険に彼女を追い払うとする――ユーリからしたら時間が出来たから誂いに来た、とも見えるからだ。


 もちろんエレナは、そのような事をする人間などではない。あまりにもバカバカしいユーリの態度に、エレナは身体中から「呆れ」という感情を吐き出すように大きな溜息をついた。


「君が支部長に頭を下げるなら、私の方からも大目にみてくれと口添えしてあげられなくもないぞ?」


 ――それでも残ってしまった「呆れ」を顔に出したエレナ。諭される形のユーリが一瞬顔を歪めて口を噤んだ。


 実際エレナの言う通り、朝の混雑に混じれない以上、これからもこうして割安のハズレ依頼ばかりを厳選しなければならない。

 それが良くないとユーリも分かってはいる。


 分かってはいるのだが――


「誰が謝るか。それにもう決まってんだよ」


 眉を寄せてユーリが指差す先に表示された依頼は――


『なんでも良い。武器の素材を求む』


 というシンプルな内容の依頼。依頼先は【鍛冶屋一ツ目ワンアイド・ブラックスミス


……本気か?」


 その内容にエレナは


 それもそのはず、この時代に個人で鍛冶屋などやっているのは、確実に


 ハンターを始め、能力者達はモンスターと戦うために武器や防具を使う。では、その武器は誰が作っているかと言うと――鍛冶屋……ではなく、だ。


 衛士隊のイメージが強い魔導銃マジックライフルといった飛び道具から、カノンが使用している戦斧のような近接武器まで――ありとあらゆる武器や防具を様々なメーカーが手掛け、開発・作成し販売しているのだ。


 それは勿論エレナも然り――エレナのブラウスを彩る金ボタンに施されている紋章は、この時代でも最もメーカーの一つを表している。


 そのブラウス一着だけで、恐らくユーリがここに来て依頼で稼いだ金額の倍以上が飛んでいくだろうなのだ。


 エレナが、「考え直したほうが良いんじゃないか?」と今も心配した声をかけてくるのだが


「お前みたいに、の言う事なんて聞けるかよ」


 ぺっぺと唾を吐くふりをするユーリと、「有名ブランドのボタンが眩しいです!」と両手で目を覆うカノン。


 スポンサー付なら、スポンサー以外のメーカーや鍛冶屋を勧めるわけはない――「鍛冶屋からの依頼を止めとけ」と言うのは、スポンサーへの忖度だろう、と暗に言っているのだ。


 ユーリの言う通り、各メーカーはエレナのような【二つ名】持ちハンターや能力者の、スポンサーにつくこともある。その広告塔ハンターを前面に押し出した店舗を大通り沿いの一等地に構えて他の能力者へとアピールするのだ。


 例えばの剣や服飾品を販売したりして。


 広告塔となったハンターは、安定的に武器の手入れや補充が出来ること。

 勿論メーカーにとっては宣伝になる事。


 両者はまさにWin-Winの関係なのだ。


 ただ、誰でも彼でもスポンサー契約を結べるわけではない。


 周囲にその存在を認められるだけの【二つ名】を持ち、広告塔として適した華やかさを持つ存在でなければならない。


 イスタンブールで言うと、エレナやフェン、アデルと他に数名だけが企業からラブコールを送られているのだが――


「私はスポンサー契約はしてないぞ?」


 キョトンとした顔を一転「全部断ってるからな」と笑顔で頷くエレナ。エレナが言う通り、エレナだけが全てのラブコールを断っているのだ。


 その笑顔を真正面に受け――


「自慢か? 自慢なのか?」

「眩しいです! これが持つ者が放つ強者の貫禄!」


 ――ユーリが口を尖らせ、カノンが両目を覆って天を仰いだ。


「別に自慢でも何でも無いぞ――」


 そう言って苦笑いのエレナが、スポンサー契約を断る理由を話しだした。


 エレナにとって武器や防具というのは、誰それが使っているからという理由で持ってほしくない、という事。

 自分の命を預けるものは、自分が納得したものを持ってほしい、という信条がある事を――


 微笑んで「おかしいだろうか?」と小首を傾げるエレナに


「か、格好つけやがって!」

「ぎぃぃぃえぇぇぇぇ! 焼かれる! 全てにおいて完璧すぎて、嫉妬の炎が私を焼き尽くします!」


 再び口を尖らせるユーリと、胸の辺りを掻きむしるカノン。


 今日はより賑やかな二人の様子に、困惑気味の笑顔を浮かべたエレナ。その視線の先では、


「おい、一番デカいメーカーに『スポンサーに』って殴りこみに行こーぜ?」

「捕まりますが?」

「大丈夫だって。いま俺、衛士だし」

「おお! 職権濫用ですね!」


 と繰り広げられる頭の悪い会議にエレナが盛大な溜息を漏らした。


「その発言が本当なら、私は君たちを今すぐ取り締まらねばならないのだが?」


 その言葉にビクリと肩を震わせ、「じょ、冗談だって」「そ、そうでしょう」と二人が浮かべた苦笑いにエレナがもう一度盛大に溜息を漏らした――



 ☆☆☆


 白昼のテロ行為をエレナに止められ、地道に活動するしかないと思い知らされたユーリがウンウン唸ること数分――


「やっぱこれにしようぜ」


 ――と笑いながら先程エレナに見せた鍛冶屋からの依頼を指さした。


「いいのか?」


 呆れ顔のエレナに、「面白そうだし良いだろ?」とユーリが笑えば


「一体何に悩んでいたのだ」


 と溜息をつくエレナからしたら、何を持って「面白そう」となるのか全く分からない。分からない以上、エレナ自身手放しに「良い」とは言えない、と言った雰囲気のままだ。


 だが、そこはそれ。そんな変人からの依頼に興味を示す人物がもう一人――


「面白さは重要ですからね!」


 ――繰り返し頷くカノンが、手早くデバイスに依頼番号を入力していく。


 他の人間が避けて通ってきたリリアの依頼を、穴場と言って取ってきただけのことはある。

 端的に言うと『類は友を呼んだ』という事になるのだが、それを二人が認めることは一生無いだろう。


「コレに決定だな。後は適当に食材も取って帰ろうぜ」


 笑うユーリにカノンは


「……いいですけど……お金になりませんよ?」


 眉を寄せて小首を傾げた。


「バカだな。依頼になくても取るだけならタダだろ? 格安で譲るって言やぁ買ってくれるだろ」


 ユーリの言葉にカノンが「ナルホド!」と笑顔で頷く。割高にしてでも食材を手に入れようと言う人達だ。通常価格より割安でいいのであれば、両手を上げて買ってくれるだろう。


 依頼になくてもお金になりそうなことはやる。それがモグリのハンターというものなのだ。


「流石は……逞しいな」


 少し悪い顔で笑うエレナ。何てことはない先程から自身を邪険に扱うユーリへの意趣返しだ。


 咄嗟に出されたキラーパスに


「おう、そうだ――ァァあれがモグリだよ。こちとら真面目一徹の純粋培養、正真正銘正規のハンターだ」


 危うく墓穴を掘りかけたユーリがエレナに、「さっさと仲間の所に帰れ!」と叫ぶ声がまだ賑やかなハンター協会に響いていた。

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