第45話 使えると使いこなせるは似ているようで全然違う

「今日も今日とて、やってきました! カノン・バーンズat荒野! です!」


 腰に手を当て胸を張るカノンと


「誰に向かって言ってんだよ」


 とジト目のユーリ。


 依頼を受け、今回はイスタンブールのから荒野へと足を運んだユーリたちであるが、その視線の先では見たことがないくらい多くのハンターがひしめき合っていた。


 どのチームも血眼になって野生動物や野菜を探すさまは、中々に鬼気迫るものがある。


 特にイスタンブールの周囲は荒野に点在する廃墟も整理され、視野が確保できるということもあって、各チームが発見した野生動物を巡ってそこかしこで揉めている。


 周囲に敵影もなく、長い年月をかけて人間に対する警戒心の薄れた動物相手だからこそ、出来る大騒ぎだろう。


 そんな光景を見ながらユーリが溜息をつく。


「はぁ……カノン。とりあえず依頼のネタになりそうな奴はどの辺だ?」


「フッフッフ。お任せ下さい! 今回わざわざ遠い北門から出たのはこのためでしょう!」


 不敵に笑うカノンが、ひしめくハンター達を尻目に北東方向へと歩を進める。カノンの目的が何かわからないが、ユーリとしてはカノンに着いて行くほか無いので、仕方がないという表情のままついて行く。


 二人の足で暫く行くと見えてきたのは巨大な海峡――ボスポラス海峡だ。


 旧時代においてはイスタンブールをヨーロッパ側とアジア側に両断していた海峡である。

 この時代のイスタンブールは海峡のほぼ西側のみが街として機能しており、海峡の東側は完全に荒野に飲み込まれてしまっている。ただハンター出撃などの利便性から、海峡にまたがる巨大な橋梁式人口地が設けられているため、旧時代のような連絡船を見ることはない。


 モンスターのせいで土地を追われているのに、そのモンスター素材を活用して土地を増やすという、何とも人間らしい強かな行動だ。


 そんなボスポラス海峡沿岸に沿うように走る幹線道路の跡。その崩れかかったアスファルトの上でカノンがユーリを振り返った。


「今回は、依頼のついでにお魚を取っちゃいましょう!」


 胸をはるカノンに「魚か! 任せろ。魚捕りは得意だ」とユーリも嬉しそうだ。


 というのも肉や野菜と同じように魚も工場で生産されているのだが、天然物の魚は意外にも出回ることは少ない。


 その理由としては豚や猪、馬といった野生動物と比べると捕獲が面倒ということが挙げられる。


 網などを使用したら水性のモンスターもかかるし、釣り糸を垂らして待つには時間がかかる為だ。


「沿岸にはカルキノス巨大蟹も居るので、これぞ一石二鳥です!」

「カルキノス? んだそりゃ?」


 聞いたことのないモンスターの名前に、ユーリが小首を傾げた。


カルキノス巨大蟹は大きな蟹のモンスターです! 旧時代のどこかの神話に出てきたらしいのですが、詳しくは知りません!」


 胸を張り、よく分からないと堂々と宣うカノンだが、ユーリからしたら『デカい蟹』という情報さえ貰えれば良かったので満足だ。


 それ以上に――


「旧時代の神話ベースが残ってんのは珍しいな。てことは叙情詩エピッククラスか?」


 今は殆ど語られる事の無くなった旧時代の神話や逸話、お伽噺。それらをベースにしたモンスターの多くは強力無比な力を持っており、叙情詩エピッククラスと呼ばれている。危険であると同時に高価な素材になるため、もし見つけられたらハンター協会への報告が義務付けられている希少価値の高い奴らだ。


「残念ながら叙情詩エピッククラスではありません。どうやら名前だけ貰った大きな蟹だそうです」


 続くカノンの報告にガックリと肩を落とすユーリ。


「……んだよ。ちょっと期待したじゃねーか」

「それでも凶悪なモンスターですよ! 強力なハサミで網を切るので漁が出来ませんし、固い外殻は物理攻撃を弾きます。まさに武器にうってつけでしょう!」


 少し期待しただけに、足取りの重くなったユーリ。

 そのユーリの背中を押すカノンは楽しそうだ。……恐らく魚が食べたいのだろう。


 カノンに背を押され、仕方無しに辿り着いた海岸。そこでユーリが目にしたのは――


「大量だな」


 海岸を埋め尽くす程の巨大な蟹の群れ。


「今ほどモンスターが食せない事を、恨んだ事はありません!」


 叫ぶカノンのお腹が鳴る。……確かにもうすぐ昼時だ。


「よし、魔法職。思い切りブチかましていいぞ」


 ユーリが巨大蟹を指さした。


「なぜに!」


 勢いよく振り返るカノン。ユーリの目には、劇画チックな表情に見えてしまう。


「物理攻撃弾くんだろ? 魔法職の活躍の場じゃねーか」

「おお! そうでした! ユーリさんは魔法が使えないでしたね!」


 ニヨニヨするカノンが「仕方ありませんね」とユーリの肩をポンポン叩く。


「はあ? 魔法は使わねーだけだ」


 そんなカノンの手を鬱陶しいと払いのけるユーリが「フン」と鼻を鳴らした。


「え? ユーリさん魔法使えるんですか?」


 まさかの発言に、カノンが固まる。


「なんで使えねーと思ってんだよ」

「今まで使っていませんでしたし」

「……ちょっと苦手なんだよ」


 そっぽを向き、気恥ずかしさを隠せないユーリの語尾がしぼんでいく。


「へー。そうですか。苦手なんですか……」


 再びニヤニヤが始まったカノン。後ろ手をを組み、ユーリの顔を覗き込むと――


「教えてあげましょうか? ま・ほ・う」


 勝ち誇った笑みを浮かべた。


「うるせー。のくせにデカい口叩くんじゃねーよ」


 ニヤけるカノンの頬をユーリが鷲掴み。


はひふってふんですか何言ってるんですか!」


 それを振りほどいたカノンが「爆発してるのであれは魔法です!」と頬を膨らませた。


「魔法が下手なユーリさんには分からないでしょうが」


 ユーリと距離をとり「チッチッチ」と指を振るカノンにユーリの蟀谷こめかみがヒクヒクと動く――


「魔法はなんぼだろーが!」


 ユーリの言葉にカノンがたじろぐ。


 別に飛ばさずとも魔力を持って世界に干渉したら、それが魔法なのだが、やはり魔法と言えば火の玉などが飛んでいって欲しいと思うのは人の性だ。


「そ、そこまで言うならユーリさんは飛ばせるんですよね!」

「あ、当たり前じゃねーか」


 売り言葉に買い言葉。実際ユーリは魔法を飛ばすこと出来る。


「へー。本当でしょうか?」


 ユーリの自信なさげな声に、再び勝ちを確信したようにカノンがニンマリと笑う。そんな小馬鹿にしたようなカノンの笑みに、ユーリの額に青筋が一つ。


「いい度胸だ。見せてやんよ」


 口を開いたユーリが海岸線、大量にうごめく巨大な蟹の群れに向けて掌を突き出した。


 ユーリの掌で発生する魔力の奔流。

 魔力は次第に色を付け、紫を帯びた黒い筋が掌の中心に集まってくる。

 小さな点であった魔力は見る間に野球ボール程の大きさに。


 ボール状になった黒と紫の魔力だが、奔流を無理やり球状にしただけで、中は荒れ狂う魔力の嵐のようだ。


 その魔力の嵐をユーリが解き放った――


 言葉にするなら『黒い破壊光線』――地面を蒸発させ、海峡を割り、対岸を破壊してなおも突き進む破壊光線を、ユーリは無理やり上空へと向けることで被害を抑えた。


「ぎぃぃぃぃぃえぇぇぇぇぇぇぇーーーーー」


 あまりの惨劇にカノンの開いた口が塞がらない。


「だから言ったじゃねーか。魔法は苦手なんだよ……


「くやしいです!」


 半泣きのカノンがユーリの胸をポカポカと殴りつけている。


「素手でも強いし、魔法も化け物ってどうなってるんですか! 卑怯じゃないですか!」


 尚もポカポカ殴るカノンの頭を押しやるユーリが口を開く。


「バカか! こんなポンポン使えるわけねーだろ! ちょっとのつもりで撃ったら街が消し飛ぶんだぞ!」


 眉を寄せるユーリの目の前では、頭を押さえられたま腕をグルグル回すカノンの姿。


 実際にユーリの言うとおりで、使えるとは言っても、使い所が無いのだ。手加減が上手く行けばいいのだろうが、上手く行かなければ、進路上にあるものを軒並み破壊していく。


 その先に人、街などがあれば目も当てられないだろう。


 ようは旧時代の核兵器のようなものだ。


 一応持ってるけど、実際使ったら一発アウトな諸刃の剣。


「むむむ。確かに仰るとおりでしょう……ユーリさんゴブリンの時、よく使いませんでしたね」

「街の方角も距離も分かんなかったからな」

 気軽に使えない魔法。こんな魔法ならいらなかった。ユーリが今まで何度も思ってきたことだ。


「それに――」

「それに?」


 ユーリの言葉を反芻しながら小首を傾げるカノン。


「一発撃ったら暫くは動けねぇ」


 そう言いながらその場で「あとは頼んだ……」とフラフラと近くに転がる瓦礫の上に寝そべった。


 瓦礫の上で息を上がらせ、「あー太陽を見るとクラクラする」と虚弱体質な発言をするユーリを前に


お荷物! 役立たずのお荷物だけが出来上がりました!」


 カノンの文句は止まらない。


「うるせぇ、頭に響く。デケェ声だすんじゃねーよ」


 完全に二日酔いか何かの役立たず発言だが、「マシになったら魔力回復薬マジックポーション飲むから待っとけ」とユーリがカノンにヒラヒラと手を振った。


 で動けないだけだと殊更に強調するユーリだが、実はカノンにまだ言っていない「使えない」理由があったりする。


「まあ、こうやってになるってーのも理由の一つなんだが……」

「一つ?」


 小首をかしげるカノンを、横目で見ながら元海岸線へユーリが弱々しく指を差し向けた。


 ユーリの指に釣られるように、カノンが視線を海岸へと――


「ぎぃぃぃぃぃぃえぇぇぇぇぇぇ! カルキノス巨大蟹がほぼ全滅してるじゃないですか!」


 カノン絶叫にユーリ「デケェ声出すなって」と顔を顰めた。


 そう、あまりの高威力に、並のモンスターなら素材すら残さず蒸発するのだ。


 モンスターの素材が食い扶持のハンターにとって、これほどの痛手はないだろう。


 強敵相手に使っても、倒しきれなければ一気にピンチ……そもそも雑魚相手だろうと、荒野において少しの時間でも動けなくなるというのは致命的だ。


 単純に言って、使い所がない。それ以上に言い表す言葉が見つからないのが、ユーリの使う破壊光線である。


「わかりました! ユーリさんは見てて下さい。残りは私が狩ってきますので」


 若干涙目のカノンが、戦斧を肩に担ぎ残った数体の巨大蟹へと駆けていくのをユーリは申し訳無さそうに見守っていた。

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