第42話 『と言うわけで』って便利な端折りが現実世界にも導入されたら良いのに
男たちを担いだリンファが同僚に囲まれて奥へと消えていった。それを見送ったユーリは、手早く着替えを済ませて衛士隊本部を後にした。
既に陽はその姿を隠し、通りには明々と街灯が点っている。
街灯の明かりと、行き交う人々の雑踏。それに混じって
――任せとけ。上手いことやっとくよ
先程リンファが残した声が、ユーリの頭の片隅で反響している。
歩道と車道を隔てるフェンスに浅く腰掛け、ユーリは今しがた出てきたばかりの衛士隊本部を見上げた。
「上手く……ね――」
考えを纏めるのに手持ち無沙汰なユーリが、ポケットから取り出したイヤホンケースの蓋を開けたり閉めたり繰り返す――
奴らは多分無罪になるだろう……何てことはない。ユーリの勘だ。
リンファには「あのタイミングで出てきたのは――」と言ってのけたが、普通に考えたら武器を隠しているなら尚更出てくる必要はない。
家に籠もって息を潜めてさえいたら、衛士隊が民家かどうか分からない扉を開けることはない。仮に開けたとしても礼状がなければ中を検める事など以ての他だ。
ユーリの中では、あのタイミングで奴らが出てきたのは「挑発」だと思っている。絶対に捕まらない。もしくは捕まっても問題ない。だからノコノコ衛士の前に姿を現したのだと考えている。
小馬鹿にしたような態度がムカついたので、殴ったついでに捕まえたのだが……
「……どうしたもんかな」
そう独り言ちておきながらではあるが、実はユーリからしたら正直どうでもいい――あいつらが無罪になる事はどうでもいい。
ただ奴らを無罪にする力が、ユーリに影響を及ぼすのかどうか……という事は少々気になっている。
加えてそこにリンファが関わっているかどうか……と言う事も。
――パチン!
一際小気味よい音をイヤホンケースが鳴らせば、ユーリがその中身を取り出して素早く耳に取り付けた。
「クロかシロか……くらいかは調べとくかな」
そう言いながらデバイスを素早く操作――ホログラム上に浮かぶ『ヒョウ』の文字にユーリの手がピタリと止まった。
調べておくか。とは言ったもののこの程度の情報でヒョウに動いて貰うのは悪い。……いや、本音を言うと、この程度の情報で、いくら取られるか分かったものじゃない。
空中でピタリと止まった手をスワイプするように横に動かせば、別の人物の名前がホログラム上に表示された。
そのまま通信を――と思ったユーリだが、今日は休みだと言っていた事を思い出し、一先ずメッセージを送る事に。
簡単な状況。そしてサテライトによる衛士隊本部裏口の録画をお願いするメッセージをカノンへと送信。
サテライトは起動すれば内在する魔石で勝手に動く。後はカノンにお願いして衛士隊本部裏口付近に固定してもらい、明日の朝まで録画してもらうだけでいい。
奴らが無罪になれば、今日の夜中もしくは明け方などの目立たない時間に本部から出る事になるだろう。
それを把握した上で、リンファに「奴らはどうなった?」とでも聞けば、ある程度の立ち位置くらい把握できるだろう。
悔しそうにするならシロ。
はぐらかすならクロ。
その程度の情報で構わない。仮にクロでユーリの前に立ちはだかるなら、その時は敵として処理するだけだ。
小さく溜息をついたユーリの左手で、デバイスがメッセージの受信を知らせた。
開くと、カノンに似た女の子が「OK」と言っている可愛らしいスタンプが一つ。どうやら暇をしていたようで、「通信でよかったな」とその状況にユーリが苦笑いをこぼした。
とは言え相手の了承も得た事だ、と足早に路地裏へと進んだユーリが
青白く光ったサテライトが「任せて下さい」と言わんばかりにプレート付近まで上昇して行く――
「取り敢えずジジイには話しとくか」
既に小さくなったサテライトを眺めながら、ユーリは誰に言うでもなく呟いた。
サイラス支部長が作ったシステムに、その一味であるカノン。
それを間借りするような形なので、一応筋だけは通さねば。と思っての呟きだ。
角を曲がり、大通りに再び出たユーリはそのままハンター協会へと消えていった。
☆☆☆
衛士隊本部の最上階。その角に設置されているのは衛士隊隊長執務室だ。
扉の先にあるのは小さな執務机とその後ろには壁一面のモニター。
モニターに映し出されているのは、イスタンブールの市街地図だ。
一見するとハンター協会の支部長室と同じような作りだが、支部長室のように応接スペースはない。
応接スペースは別に設けられ、完全に執務を行うだけの空間になっているのだ。
そのため室内も然程広くなく、小さい執務机のせいか身体の大きなゲオルグ隊長にはいささか窮屈な空間に見えなくもない。
そんな小さな机の上で、器用に機器を操作するゲオルグ隊長の耳が、来客を知らせるブザーの音を拾った。
「――入るのである」
手元の機器から目を離さず、声だけで答えたゲオルグ隊長。
いつもそうなのであろう。
ブザーの主はゲオルグ隊長の許可とほぼ同時にその扉を開き、中へと入ってきた。
ゲオルグ隊長は手元の機器から視線だけを扉に向け入ってきた人物を確認する。
扉から入ってきたのは一人の女性――
「リー・リンファ分隊長、何の用であるか?」
視線を再び手元の機器に移したゲオルグ隊長。
仕事をしながら隊員の応対をするのは常のようだ。
「報告に来たんだよ」
凡そ隊長に話しかけているとは思えない程の気安さだが、それを咎めるような素振りはない。
そもそもユーリの方が口は悪いので今更という感じだが。
「報告……であるか。ということは何か異常があったのであるな」
ようやく機器から顔を上げたゲオルグ隊長。
さすがに警らに出ていた者からの報告を、片手間で聞く訳にはいかないのだろう。
「ああ。東の巨大スラム、クーロン地区で武器を持った一般人を拘束した」
敢えて一般人を強調したリンファ。ユーリはクロだと言っていたはずだが、その事は報告しない。
「一般人であるか……」
考え込むゲオルグ隊長に「ああ、残念ながらナノマシン検査は反応なしだ」とリンファは大げさな溜息をついているがが、ゲオルグ隊長は聞こえていないように、今も考え込んだままだ。
「加えて大量の武器も押収してる」
リンファの追加の報告に、ゲオルグ隊長はようやく顔を上げる。その顔は少しだけ嬉しそうだ。
「それはまた……お手柄であったぞ。違法武器は市民の脅威であるからな」
嬉しそうにウンウン頷くゲオルグ隊長を見るリンファは、どこか残念そうな馬鹿にしたような表情だ。
「ちなみに武器を発見したのは、ナルカミだ。一応隊長からも褒めてやっといてくれ」
「なんと、ユーリ・ナルカミであるか……。承知したのである」
あまりの驚きに思わず立ち上がってしまったゲオルグ隊長。
一度立ってしまったので、また座る事が決まり悪いのだろうか、所在なさげに窓のそばをウロウロしだす。
「で、捕らえた奴らはいつも通り、罰金と武器の没収でいいんだな?」
そんなウロウロするゲオルグ隊長を他所に、既に報告は終わったとばかりに扉に手をかけるリンファ。
そんなリンファに気づき、ゲオルグ隊長はたったまま腕を組み大きく頷いた。
「うむ。一般人であれば仕方がないのである。モグリであれば厳罰に処せるのであるのだがな」
「じゃあ、そうしとくよ」
その姿にリンファは小さく息を吐き、手をひらひら振りながら扉のボタンを押す――空気が抜けるような音とともに開く扉。
「あー、リー・リンファ分隊長」
すでに扉から出かけていたリンファを引き止めるように、ゲオルグ隊長が声をかけた。
ゲオルグ隊長の呼び止めにリンファの肩が一瞬ピクリと跳ねるが、椅子を引いているゲオルグ隊長は気づいていない。
「此度の武器押収を理由に、暫くはクーロン地区への巡回を強化し二分隊制で実施しようと思っているのである」
椅子に腰掛け、機器を片手で弄りながらも顔だけはリンファにしっかり向けているゲオルグ隊長。その表情は真剣そのものだ。
「ああ、分かった。他の分隊長にも声をかけて人を割いて臨時分隊を作ってもらうよ。誰かさんのせいで、分隊が一つ少ねーままだからな」
半分ほど扉から出ていた身体をそのままに、顔だけ執務室へ戻したリンファがゲオルグ隊長に答えた。
「頼むのである」
そう言うとゲオルグ隊長は再び手元の機器に集中し始め、その姿を一瞥したリンファは今度こそ執務室を後にした。
誰もいない最上階の廊下をリンファはゆっくりと歩いている。周囲に視線を走らせ、完全に誰もいない事を確認すると――
「バカ真面目も度が過ぎると駄目だな」
誰に言うでもなく小さく呟いたリンファは、呆れた表情を浮かべている。
「とりあえずは上手く行ったな……ただナルカミの方をどう誤魔化すかだな……」
独りごちながら考え込むリンファは、自然と腕を組み顎に手を当てる仕草に。
「敢えてアタシから今回の処置を話してみるか……隊長のせいにして」
呟くリンファの脳内では、モグリを見逃したゲオルグ隊長に食ってっかかるユーリが浮かんでいる。
「いや、下手なことは止めとこう。アイツは馬鹿だが、底が知れねー」
一瞬考えた自分の策略に、頭を振ったリンファが視線を真っ直ぐに再び廊下を歩き出す。
「とにかくまずは巡回強化か……皆に声をかけとかないとな――」
再び歩き出したリンファの歩調はドンドン早くなっていく。
速歩きから既に駆け足に近くなった歩調――
「――次はもっと上手く隠せって」
誰に聞かせるつもりもないその呟きは、最上階の廊下に響くこと無く静かに消えていった。
☆☆☆
「と、言うわけでカノンとサテライトを借りてるぞ」
支部長室の応接ソファ。
それに深く腰を下ろしたユーリが口を開いた。
「ふむ……それは構わないよ。ついに我々の同士として活動する気になったという事かね」
ユーリとは真逆に、執務机に向かったままのサイラス支部長は忙しそうに機器を操作している。
サイラス支部長の二つ返事に一瞬目を見開いたユーリだが、続く言葉に眉を寄せ悪態をつく。
「んな訳ねーだろ。少しの間借りるだけだ」
「情報なら君の知り合いにでも頼めばよいのではないかね?」
一段落ついたのか、サイラス支部長が机上のタッチパネルを操作し、浮かぶホログラムの画面を閉じた。
「やなこった。どれだけ金をせびられるか分かったもんじゃねーからな」
話は済んだ。とばかりに立ち上がるユーリ。
そんなユーリに支部長も大きくため息をつきながら、椅子から立ち上がる。
「まあ、いい。好きにしたまえ。ただ――」
既に支部長室の扉に向かい歩いていくユーリの背中にサイラス支部長が続ける――
「『と、言うわけで』はどういう訳があったのかね?」
「あ、やっぱダメ?」
呼び止められたユーリはバツの悪そうな顔だ。
「当たり前だと思うのだが?」
「へーへー」
面倒さを隠さないユーリは、支部長の執務机に浅く腰を預け、今日あったことを説明し始めた――
「なるほど。君のバディが怪しい……と。それでカノン君のサテライトに見張りを頼んだわけかね」
「そー言うこと。怪しいというか、十中八九クロだな」
支部長席に座りコーヒーを飲むサイラス支部長と、執務机に浅く腰掛け、既に飲み終えたカップを机の端に置くユーリ。
「ならば尚の事、君の知り合いを頼ったほうが良かったのでは」
飲み終えたユーリのカップを、サイラス支部長が自ら下げる。その背中に――
「そりゃアイツに頼めば、リンファがクロかどうかどころか、ヨゴレ達の背後が何を企んでんのかとか、丸裸に出来るんだろーけど……」
「だろうけど?」
カップを下げ終えた支部長が、再び席に戻ってきた。
「必要ねーだろ。今回は特に。アイツらが何を企んでようが、何を仕出かそうが、俺には関係ねーからな」
「なるほど。君の仕事には関係ない。だから
残り少なくなったコーヒーを飲み干した、サイラス支部長の眼鏡が光る。
「そー言うことだ。リンファがクロかシロか……確定させるだけでいいんだよ。いざって時、躊躇いなく殺せるだろ?」
笑うユーリが今度こそ支部長室を後にするため、机に預けていた腰を持ち上げた。
「そうか。では保険もかねて子細は私の方で調べておくとしよう。衛士隊の中に犯罪者と通じている者がいるのは不味いのでね」
再び出現したホログラムの画面に、ユーリは「ご自由に」と短く返事だけして扉へと歩き出した。
扉に手をかけたユーリが不意に振り返り――
「コーヒー、ごっそさん。美味かったぜ」
「我々に協力してくれるのなら、いつでもご馳走しよう」
「……考えといてやるよ」
笑うユーリが今度こそ扉を開き、支部長室を後にした。
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