第41話 人の粗を探す時、探偵かな?ってくらい凄い奴がいる
大の男四人を担ぎ、大通りを歩くユーリと、その隣を歩くリンファ。
どう見てもカタギではない男たちを簀巻きにして担ぐ
今まで衛士隊として活動してきたリンファだが、こういった視線はあまり馴染みがない。何処か居心地の悪さと気恥ずかしさを覚えている中――当のユーリはというと、今も通り過ぎる子ども相手に手など振って余裕の笑みだ。
「そろそろ教えてくれよ。さっきのカラクリ。全然意味が分かんねーよ」
何度か後ろを振り返り、追跡が無いことを確認したリンファが口を開いた。
先程路地裏であったやり取りがどうしても納得いかないのだ。納得いかないと言うより、全く理解が出来なかった。
ユーリは件の民家を下手な偽装だと言ってのけた。ということは元々武器などを隠していると当たりを付けていたのだろう。
まるで狙っていたように民家に入り、戸棚を探っていたユーリ。
最初は戸棚の中で、武器を探しているのかとリンファは思っていた。
だが、「ビンゴ」と言う割には戸棚からは何も出てこなかった。
その代わり、天井裏に隠された武器を難なく発見したのだ。
ユーリの言葉通り、武器は出てきた。だがリンファからしたら、綺麗に整理された民家から偶然出てきた、という以外には感想がない。
あえて言うならスラムにしては綺麗だな。と言うところだが、別にスラムの住人全員が汚れているわけではない。
ただ単純にここしか住む場所がないという人間もいるし、スラムの一角の民家が案外綺麗というのは無くはないのだ。
「何であそこにコイツらがあるって分かったんだよ?」
自分のデバイス――もといそれに付属している
「はあ? それくらい自分で考えろ」
眉を寄せ、面倒そうなユーリがリンファを一瞥した。
答えを期待していたリンファからしたら酷い対応だ。
「……お前、面倒になってんじゃねーよ。アタシはお前のせいで犯罪者一歩手前なんだよ。説明くらいしろ」
ユーリの肩を掴むリンファの表情は真剣だ。
例え四人がクロで、先手必勝がお咎めなしになったと言えど、不法侵入と捜査令状のないガサ入れは間違いなくアウトなのだ。
しっかりと裏が取れた現行犯であれば問題ないのだが、今の所リンファには裏が取れていたとは思えない。
まさに「なんか民家を家捜ししたら違法な武器出てきてラッキー」くらいのノリなのだ。
「おい、ナルカミ。ちゃんと説明――」
「分かった。分かった……ちょっと待ってろよ」
面倒そうなユーリが男たちを一旦おろす。その衝撃で「うーん」と一人の男が唸り声を上げれば、「まだ寝てろ」とユーリが堂々とその頭を蹴り上げた。
響く鈍い音に通行人達が足早に去っていく――
通行人から顔を隠すリンファ。
そんな事などお構いなしとデバイスを操作するユーリ。
ユーリの凶行を目撃した人々が周囲からいなくなった頃、リンファの左腕でデバイスが振動――どうやらユーリから何かが送られてきたらしい。
「証拠の画像送ったから、取り敢えず見てみろ」
その言葉にリンファは自身の
リンファが付けたのは眼鏡型デバイス。
腕に付けたデバイスと連動することで、自分の視界に画面を映すことが出来るものだ。
歩きながらのデバイス操作は褒められたものではないが、この眼鏡型であれば通行人を視認しつつ、デバイスの画面も確認できる為、この時代では重宝されている。
「お前……真面目だな」
「衛士隊が歩きながら、デバイス操作をするわけにはいかねーだろ」
苦笑いのまま再び男たちを担ぎ上げたユーリに、「普通だろ」と大きく息をつくリンファ。
「普通……ね。とりあえず入り口見てみろよ」
よく分からない。そういった雰囲気のユーリが口を開いた。
その言葉に従うように。リンファは入り口扉を移した画像を表示させた。
「そこだけ扉もノブも、やたらピカピカしてんだろ?」
ユーリの言葉通り。弱々しい街灯に照らされるドアは確かに古ぼけているものの、他のものと比べると綺麗だ。ノブに至っては弱い街灯を受け、少し光っている様にも見える。
「それに扉の外枠と扉の下側についた傷――」
ユーリの言葉に従い、リンファは画像をアップにした。確かに扉の外枠にあたる壁の部分には、何かをぶつけたような真新しい小傷が、幾つかついている。
そして扉の一番下、場所で言えばノブから真っ直ぐ下の部分にも傷がある。
「そりゃ、人の出入りが頻繁にあるってことだ――それも大きな荷物を持った、な」
ユーリの言葉にリンファは画像を拡大し、目の前に等身大で表示しボンヤリと眺めてみる。
……成程。リンファは思わず頷いてしまった。
ユーリの言葉通り、想像ができるのだ。
内開きの扉の下を、何かで押さえて扉を開け放している光景が。
大きな荷物を抱えた男が、扉に背中を預け、少しでも荷物の空間を確保しながら中に入っていく光景が。
他と比べて綺麗な扉は、誰かが背中で拭き上げているから。
ノブが綺麗なのは単純に使用頻度が高く擦れるから。
傷が付いているのは荷物の出し入れで打つかるから。
確かに納得できる部分ではあるが、リンファからしたらまだ謎な部分が多い。
「別に荷物を持った人の出入りくらいいいんじゃねーか? 人が住んでたら、そのくらいあるだろ?」
「そうだな。中も綺麗にしてあったし、普通はそう考えるよな」
ユーリの言葉にリンファは綺麗に磨かれた机や椅子の画像に切り替えた。
ものは古いものの、しっかりと手入れがされている様子は人が住んでいると考えるのが普通だ。
動き回り、床を綺麗にしていたロボット式掃除機も映っていた。リンファ達を出迎えてくれた古いタイプのアレだ。
「普通に人が住んでる。で良いんじゃねーのか?」
「コンロの隅にホコリを残してか?」
その言葉にリンファは画像を探すが、引きのキッチンしかなく、拡大してもホコリの確認は出来なかった。
「たまたま……掃除が行き届いてねーだけじゃ……?」
「たまたま……ね。お前、戸棚の中も見たんだろ?」
ふと隣を見ると、ユーリの不敵な笑み。リンファは背筋が寒くなるのを感じている。
「見た……けど」
「どうだった?」
「どう……って……」
リンファの感想を述べるなら「戸棚の中も普通だった」だろう。
リンファの考えている通り、戸棚の中は普通の生活用品が溢れていた。普通に生活していると思える内容だ。
「ホコリ」
「ホコリぃ?」
ユーリが放った一言はまたホコリだ。
それをオウム返しのように返すだけしか出来ないリンファ。
「被ってたろ? 戸棚を開けた少しのスペースに」
ユーリの言葉に記憶を探るが、全く覚えがない。仕方がないリンファは幾つかの戸棚とその中の画像を拡大して映した。
そこにリンファが見たのは、鍋と扉の間のスペースに薄っすらと積もったホコリと、何かを引きずった跡。
「……なんだこの跡?」
「そりゃ俺が物を出し入れした時についた跡だ」
その言葉にリンファは、ユーリが食器や鍋といった生活用品を出したり入れたりしている姿を思い出した。
「あれは……何かを探してたんじゃないのか?」
「探してたぜ。生活の痕跡をな」
「生活の……痕跡?」
再びオウム返しのリンファだが、その目は通りを歩く人々を見ている。
人が歩く。
人が物を受け取る。
人が出入りする――
その光景にリンファは思い立ったように、画像の戸棚に手を伸ばす――。
歩きながら不意に手を伸ばしたリンファに、対面からきた通行人が怪訝な表情をしているが、当のリンファはそれどころではない。
イメージして鍋を出そうとすると、どうしても戸棚の中を引きずるように出さなければならない。そしてそこには僅かに積もったホコリ。
仮にそこだけ掃除をし忘れていたとしても、鍋や食器の通り道にホコリがあることがおかしい。
ほんの少し、言われたら気づく程度のホコリであったが、言われてみたら戸棚にしまわれた生活用品を普段から使用していたら、こんな所にホコリがたまることは無いのだ。
それが指し示すのは……生活用品が長期間放置されているという事。
伸ばしていた手をダランと下げ、力のない瞳でユーリを見たリンファが口を開く。
「……あの『ビンゴ』の意味は……?」
「ああ、あれか……偽装してるって確信が取れたからだな」
前から来る人達は大荷物を背負ったユーリを自然に避けていく。まるでユーリが進む先に勝手に道ができているように。
「偽装? なんで人が住んでるって見せかけたいんだよ?」
「人が住んでるように見せかけるだけじゃ、半分正解だな」
ユーリを避けて行く人が、自然とリンファとユーリの間に流れ込んでくる。
まるでユーリとリンファの間に隔絶された壁が出来ているかのように。
間に人を挟んだままする会話ではない。と、リンファは人の波を抜けユーリの隣へ再び戻ってきた。
そんなリンファにユーリは「お前迷子みてーだな」と笑いかけた。
若干気恥ずかしいリンファは、少し顔を逸しながら
「残りの半分はなんだよ」
ぶっきら棒に口を開いた。
「痕跡を綺麗に消しても、疑われねーようにしてんだよ。武器を出し入れする時の痕跡をな」
笑顔のユーリから聞こえてきた声に、リンファはゾッとする。
つまりユーリが言いたいのは、普段から周囲を綺麗しにしておくことで、万が一の時に痕跡を消した事すら疑われなくてすむ、という事だ。
汚れた場所で痕跡を消すのは、その上から自然に汚さねばならない。しかも痕跡を消すために訪れた自分の痕跡すらも、である。
「普段から綺麗にしとけば、掃除するだけでいつも通りだからな……簡単でいいだろ?」
笑うユーリに、「そ、そうだな」と小さく頷くしか出来ないリンファ。その心中は絶賛混乱中だ。
何故こうも簡単に、相手の心理を言い当てられるのか。相手は何処の誰とも知らない犯罪者ではないのか。
少し考えてしまったせいか、リンファの歩幅が小さくなり自然とユーリを追う形に。
「もっと言やぁ、住人がいると思えば、衛士隊としてはどーなんだよ」
振り返り立ち止まったユーリに
「住人に許可をとる……必要があるな」
リンファも同じ様に立ち止まった。
「そー言うこと。民家と思わせられたら、いきなりガサ入れされなくて済むだろ?」
笑顔を見せ、再び通りを進んでいくユーリに、リンファは底しれぬ深淵を見た気がした。暖かくなってきていると言うのに、自然と震えが止まらなくなる。
(遭遇のタイミングで怪しいと思って、扉から出入りを見破って、部屋の違和感に気づいて、戸棚の中を見て確信したのか……何なんだよ……コイツ)
震える身体を無理やりおさえ、ユーリの後を追うリンファ。既に傾きプレートと壁に隠れた太陽と建物の影のせいか、ユーリという存在が闇に溶けてしまいそうな錯覚をリンファは覚えている。
――お前らそれでも裏の人間かよ
不意にリンファの脳内に響いたユーリの声。
あの時は何も感じなかったそれが、今は恐ろしく感じられてならない。
その恐怖を振り払うようにリンファは口を開いた。
「て、天井裏の入り口はどうやって――」
「そりゃ一番簡単だ。椅子を置かないような場所なのに、床に傷が沢山ついてたからな」
その言葉に床を見ていたユーリの姿を思い出し、リンファは身震いする。
(コイツ、ちょっと腕が立つだけの馬鹿じゃねーのかよ)
前を歩くユーリからは、リンファが今まで何人も見てきたような、犯罪者特有の屈曲した雰囲気はない。
それどころか、どちらかと言えば純粋な雰囲気すら感じる。
だから余計に恐ろしいのだ。純粋なのに犯罪者の思考が分かる人間。
純粋な悪……そんな物があるのだろうか。
もしかしたら目の前を歩くこの男は、必要とあらば躊躇いなくリンファの事も笑顔で殺せるのではないのか……
そんな錯覚にリンファは襲われている。
(ダメだ……コイツは……絶対に――)
「さて、着いたぜ。コレどーしたらいいんだ?」
大扉の前で、肩に担いだ男たちを指すユーリ。
その言葉と行動で、初めて自分が衛士隊の本部に戻って来たのだと気づいたリンファ。
「とりあえず……中に入れよう」
その言葉に頷いたユーリが扉を開いて、男たちを中に放り込んだ。
ドサリという音と、ホールにいた隊員たちのザワめきがリンファの耳に飛び込んでくる――結構乱暴に扱っているにも関わらず、男たちに未だ目を覚ます気配はない。
「で? 次は? 尋問か? 拷問なら任せろ」
指を鳴らすユーリに「拷問なんてしねーよ」とリンファが片手で頭を抱える。
「……あとはアタシが上手いことやっとく」
衛士隊の本部に戻ってきたからか、先程までの不安はなりを潜め、リンファは何とか平静を保てている。
「そんな事言って、お前…俺の手柄取る気じゃねーだろうな」
ジト目のユーリからは、リンファに対する敵意など微塵も感じない。
「んなわけねーだろ。そこまで言うなら、お前が隊長に上手いこと説明するか?」
「……うーん……」
考え込むユーリはどこか愛嬌がある。
先程までリンファが感じていた深淵は、錯覚なのではと思わせる程だ。
「後は頼んだ」
その言葉にリンファは大きく頷き、男達をなんとか抱えあげ、「何処か空いてる取調室はあるか?」と声を張り上げた。
ザワついていたホールが一気に慌ただしくなり、リンファを数人の隊員が囲んで男たちを受け取り奥へと進んでいく――
「任せとけ。上手いことやっとくよ」
念押しとばかりに振り返ったリンファ――その視線の先には何故か不敵な笑みのユーリ。
その笑顔の意味が分からぬまま、リンファは足早にユーリから遠ざかっていく。たった一つの思いを胸に――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます