第3話 悪いことって大体バレる

 空気の抜けるような音とともに、目の前のガラス扉が開くと、街の喧騒とはまた違った賑やかさがユーリを包む。


「おう、調子はどうだ――?」

「いや、まあまあだな――」

「この前アンタが教えてくれた――」

「そいつは良かった」


 そこかしこから聞こえてくる声はどれも賑やかだが、粗暴さなどは微塵も感じられない。ずっと日影で生きてきたユーリからしてみたら、上品さすら感じるから不思議なものである。


 ユーリにそう感じさせたのは、聞こえてきた声以上に、中の様子も大きかったかも知れない。


 扉の中は開けたホールのようになっており、扉の真反側一列にカウンターと事務員らしき人々が10人程。

 左側には大きな電光掲示板に所狭しと並んだ写真や文字――どうやら公開依頼の内容が順番に表示されているいるようだ。

 そして右側には上階へと上がるエレベーター。エレベータと電子掲示板の前には無数の長椅子があり、そこに多くの人が座っているさまは、一見するとかつてあった「銀行」という機関にそっくりだ。


「へー繁盛してんな……下層とは言え、さすがに協会は違うな」


 ユーリは少しだけ感動を覚えていた。その規模の大きさにもシステマチックな流れにも。今まではモグリとしてブラックマーケットでチマチマした取引しか経験がないのだから仕方がない。


 とは言え、ユーリとていつまでも入口近くでボーッと見ているわけにも行かない。他のハンターの真似をして、ホールの中央にある受付機のようなものにデバイスとライセンスをかざすユーリ。


 電子音とともにユーリのデバイスからホログラムの画面が立ち上がり、そこには


『受け付けました。お呼びするまでお待ち下さい』


 との文字が浮かぶ。


 ユーリはその言葉に従い、空いている長椅子へ。腰掛けること5分ほど――ユーリの左手首から再び電子音とともにホログラムの画面が立ち上がる。


『お待たせしました。5番のカウンターまでお越しください』


 言葉に従い、恐る恐るカウンターへと足を向けるユーリ。

 ユーリ自身、平静を装っているが、内心はドキドキである。なんせ今から第二関門、【ハンター協会イスタンブール支部】での活動登録を行うのである。


 ハンターというのは能力者の中で、軍や警察組織に属さない自由な連中への呼称だ。だが、自由だからと何でもかんでも許されている訳では無い。


 最も顕著なのが、都市間の移動だろう。人の身でありながら、人外の力を宿すハンターを管理するのは、この時代では当たり前の事である。また、一つの都市にハンターが集中しすぎる、といった事を防ぐ意味合いもある。


 いくら生存圏内と言えど、街の外にはモンスターがいる。生存圏とは言うが、街の外の瓦礫や廃墟が極力排除され、道がある程度整えられて都市間の連絡が可能であると言う程度だ。


 モンスターへの対応や、人々の暮らしを補助する素材の収集などは、軍や警察組織よりもハンター頼みの部分が大きいのが現状だ。そのためベテランハンターの多くは基本的に一つの支部を中心に活動する。それを上も推奨しているし、何よりその方が危険も少ない。


 モンスターは出るが、イスタンブールよりも東と比べれば地形も把握されており、ある程度道も整備されているのが生存圏の旨味だ。


 身体が資本である以上、安全マージンを取るのは当たり前と言って良いだろう。とはいえ、ユーリのように都市から都市へと移動するハンターも少ないながら居るのも事実である。

 

 よりよい待遇を求めて。

 ルーキーが一旗を挙げるため。

 単に新しい物好きで。


 理由は様々だが、一箇所に留まれない者はどの時代、地域でも変わらない。


 そういった根無し草のようなハンターはどうするのかというと、都市に着くごとにハンター活動登録を協会にする必要がある。登録をすることで、初めてその支部を利用する事、つまり仕事を受けたり報酬を受けたりすることが出来るようになるのだ。


 毎回登録をしないといけないのは、やはりハンターの所在を把握しておく必要があるからだ。

 大きな力を持ったハンターをしっかりと管理することは、この世界を牛耳る組織【人文再生機関】においても重要案件として取り扱われている。


 さて、これはあくまでも正規ハンターでの話だ。


 ではユーリの場合だが、今までモグリでやってきたが、ここにきて偽造ライセンスと偽造経歴を手に入れた。つまり今から偽造経歴を引っ提げて、このイスタンブール支部で登録を行う事になるのだが……そこが最大の山場でもある。


 システムや機械はパス出来るようになっているが、今からはだ。


 ここを乗り越え、晴れて支部に登録が叶えば。偽造経歴もあら不思議、いつのまにか真っ当なものだと見なされ、万が一にもモグリという事がバレることはなくなる。


 つまり、安定への道が開けるかどうかという事が今からの問答にかかっているのだ。



 長かったようで短かった道程が終わり、ユーリがカウンターに設置された椅子に腰を下ろした――


「こんにちは! 今日はどのような要件でしょうか?」


「支部での活動登録をしにきたんだが」


 そう言いながらユーリはハンターライセンスを差し出す。


「はい。活動登録ですね――少々お待ち下さい」


 再び大輪のような笑顔を見せる事務の女性にユーリは、


「ああ、なるべく急ぎで頼む――」


 少しぶっきらぼうに、かつ相手を焦らせるような言葉を吐き出した。


「はい、かしこまりました。出来るだけ早く頑張りますね――」

 大輪のような笑顔は崩れない。


「無理言って悪いな、ありがとう」

 その大輪の華に、ユーリも笑顔を返した。


 そんなユーリの完璧な笑顔にも動じず手元の機器を操作する女性。


 それをボーっと眺めるユーリだが、


(ちっ、反応がねえ。かなり面倒そうなタイプだな……勢いだけじゃ微妙だな)


 内心では舌打ちをこぼしていた。


 普通の人間であれば、相手が棘のある態度を取れば緊張を、相手が柔和な態度を取ればリラックスを、些細な変化ではあるがどちらかが現れる事が多い。だが、この事務の女性には全くそういった素振りが無いことから、ユーリとしてはという認識になったのだ。


「ユーリ・ナルカミさん……登録は5年前……ストラスブール支部でのご登録でお間違えございませんか?」

「ああ」

 そんな内心など露とも感じさせぬよう、努めて平静に振る舞うユーリ。女性の訝しむ声音に内心はバク付きながらも、それを表に出さぬよう必死だ。


「ここイスタンブールへはいつご到着されましたか?」

「ついさっきだな」

 ユーリは平静を装い続ける。


「ついさっき……」

 女性がパタパタと仮想キーボードを叩く音が聞こえる。どうやら何かを調べているようで――

「ということは、徒歩でしょうか?」

 入口の防犯カメラかそれとも都市間移動便の時刻表か……何はともあれ女性に移動手段を当てられてしまった以上、認める他はないわけで。


「そうだ。結構遠かったな」

 肩を竦めたユーリが、「会話の内容など気にしていない」とアピールするように、机に映し出された武器の広告を指でスクロールする。……勿論広告の内容など入ってこない。


「……イスタンブールより西は比較的安全とは言え、ウッドランクの方が一人で徒歩ですか?」

「意外と強いのかもな」

 スクロールの手が汗で滑る――平静さを保つだけで必死のユーリ。


「意外とお強い方が5年もウッドランクのままですか?」

しかしたことねーんだ」

 遂に地である口の悪さが出てしまうが、それを表情には出すユーリではない。ちなみに自由討伐とは、協会からの依頼を受けず、素材の売買だけの事だ。協会への貢献度が入らないため、昇格が出来ない代わりに、自由気ままに働けるメリットはある。


「自由討伐だけ……確かに経歴はそうなっていますね」

「だろ?」


 既に一番下までスクロールしてしまった広告に、「短ーよ」と突っ込みたいが、ユーリののために作られている訳では無いので仕方がない。


「ちなみにストラスブールからここまでの距離をご存知ですか?」

「100キロくらい……だっか?」


 スクロールを諦め、女性を真正面に見据える。何故ならこの質問には自信があるからだ。依頼の時に候補の中から自分で選んだ街である。イスタンブールとストラスブール。似た名前だし、大体近いだろう――


「約2200キロです」

「四捨五入したら正解だな」


 ――近くなかった。「遠すぎだろ」との突っ込みを飲み込めただけ、ユーリは「偉い」と褒めてほしい気分である。


「……」

「……」

「少々お待ち下さい――」

「はいよー」


 完全に不審者を見る目。そんな目を向けられてもユーリは微動だにせず、奥へと消えていく女性に笑顔で手を向ける。


(やっぱそういうところ突っ込まれるよな…だからウッドは嫌だったんだよ)


 正直に言えば、ウッドかどうかという以前の問題なのだが……ユーリとしてはそれを認めるわけにはいかない。


 とにかく後悔しても時すでに遅し。700万も払った偽造ライセンスなのだから、ここはゴリ押しで通すしかない。ユーリが生きていく道は、それしかないのだから。


 ユーリが後悔と行動指針との間で揺れること数分。


 奥から女性が戻ってきた――分かりやすく偉そうな男性を連れて。


 短く借り揃えられた白髪と、綺麗に整えられた顎ひげ。

 眼鏡の奥の眼光は鋭く、スーツ姿でも分かる体格の良さ。凡そ普通の人間ではないであろう雰囲気が滲み出ている。


「君がユーリ君かな? 悪いが私についてきてもらえるだろうか?」


 大声ではないものの通るその声に、周囲の視線が一瞬でユーリへと向けられた。


「そいつぁ無理な相談だ。俺はここに登録をしにきただけ。アンタらの仕事は俺に『ようこそイスタンブールへ』って言や終いだ。それでなんだ。それ以上はいらねーだろ?」

 椅子にふんぞり返り、足を組んだユーリはもう地を隠すつもりもない。何てことはない最後の悪あがきだ。


「そういうわけにはいかない。君にはの嫌疑がかかっているのでね……大人しくついてこないなら、強制連行になるのだが?」


 偉そうな男の眼光が鋭く光る。

 しばしにらみ合うユーリと男性だが、ユーリが諦めたように肩を竦め

「どこへなりと――」


 立ち上がった事により男性は「結構」と頷いた。

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