第4話 怪しい人について行っちゃ駄目

 ついてこいと言う男性に続き、ユーリは狭い廊下を進む。


 廊下に窓はなく、所々に灯っている明かりも十分な光量とは言えない。その僅かな光量ですら、時折球切れのようにチカチカと明滅するので、薄暗く閉塞感のある廊下はアングラな雰囲気に包まれている。


 入口のなんちゃってスラム街とも、ハンター協会の明るくどこか清廉さのあった雰囲気とも違う。一歩進む毎に深淵に近づくような危険な香りすらするから空間。


 そんな空気の中、ユーリはというと……心なしか自分に気づき、大きくため息と苦笑いをこぼしていた。


「さて、歩きながらで失礼するよ――」


 そんなユーリのため息に反応するように、前を行く男性が振り向かずに話し出す。


「君の経歴を確認させてもらったが……ストラスブールか。えらく遠くから来たものだな」

「……途中までは都市間定期便だよ」


 小馬鹿にしたような男性の声に、ユーリはムッとした表情を返した。


 ユーリの言う都市間定期便とは、各都市の間を運行する輸送車の事だ。


 根無し草のハンターから食料まで、様々なものを運んでいるが、常に行き来している訳では無い。



「仮に君の言う通りだとしても、隣の都市からここまで徒歩で軽く2日はかかる。まあハンターならもう少し早いが……とにかく安全とは言い難い環境下で、たった一人。しかもウッドランクが辿り着くのは到底不可能に近い――」


 振り向かない男性だが、肩を竦めるその姿は「嘘をつくならもう少しマシなものにしろ」とでも言わんばかりだ。


「そうは言われても、実際辿り着いてんだからどーしようもねーだろ? それとも何か? 俺のが見えねーって言うのか?」


 ユーリの溜息混じりの回答の後、廊下に響くのは二人分の足音――


「足音が聞こえることからも、私と彼女が幽霊を見ているというわけではなさそうだね」


 何故か「フフッ」と笑う男性。


「では、なぜ5年もの間、ウッドランクのままなのかね? 18で登録して既に23になるのだろう? 若者であれば野心を持たねば」


「興味がねーんだよ。ランクが上がれば、名誉があるだろーが、それ以上にじゃねーか」


 何故か楽しげな男性の声に反比例するように、ユーリの声は棘を増していく。十中八九、いや確実に分かっているだろうに回りくどい男性の質問にユーリは面倒臭さを感じているのだ。


「なるほど」


 刺々しい応えなど何のその。淡々とした男性の声が廊下に消え、それから暫くは二人の足音だけが響いていた。


 ようやく見えてきた廊下の終わり、扉を前に不意に男性が立ち止まり、ユーリを振り返る――


「確かに君の言う通り。君の情報を確認する限りどの支部でも『自由討伐』と素材報酬の受け取りしかなされていなかった。要はお金だけ稼げればいいという考えだな――そういったハンターがいない訳ではないのも事実だ」


(それは知ってる)


 男性の言葉に内心頷くユーリ。そう言う事例があるからこそ、無理を承知でゴリ押しをかけているのだ。


「が、そう言ったハンター達でも流石にウッドのまま5年というのは聞いたことがない。普通はブロンズ程度まで上げてからの話なのだよ」


(それも知ってる)


 こちらにも内心頷くユーリ。それを知っていたから出来たらブロンズが欲しかったのだが、恐らくブロンズを望むなら前金の段階から、更に3倍以上のクレジットが必要だったのだろう。


 無い袖は振れない。


 ユーリが今できるのは、わずかばかりの可能性に賭けることだけなのだ。


「なら俺が前代未聞の一例目ってことでいーんじゃねーか?」

「そうなるかどうかは君次第だ――」


 男性は薄く笑うと扉をあけた。

 途端にユーリの視界が明るくなり――眩しさに目を細めた。


 ゆっくりと光に慣れてきた視界の先には複数の機器。そしてそれに向かうヘッドギアを付けた数人の人々――よく見るとそれぞれがパーテーションで区切られ、パーテーション毎に一人一人配置されている。


 そんな中最もユーリの目を引くのは部屋の隅にある建設途中のエレベーターのような半円型の奇妙で大きな機械。


 そしてヘッドギアの人間たちが向かう機器上部に据え付けられた巨大なモニター。


 モニターは画面が四分割され、それぞれ別の映像を流している。


 ただ、それを見上げているのは茶色いロングヘアーの女性一人だけだ。


「2時方向にオーク3体。討伐中にバッティングの――」

「周囲に敵影なし。お前ら一旦休憩だ」

「……エミー、ポイゾナス ステイト毒状態で動き回らないで。……とりあえず退却して態勢を――」

「皆さ〜ん。お疲れさまでした〜――」


 それぞれ機器を操作している作業員たちから聞こえてくる様々な声。それらがユーリの意識を再び彼らに引き戻す。


「…なんだ? ここは――」


「ここはハンター協会唯一のオペレーティングルーム。ハンターの死亡率を下げるためこちらがに限り、チーム一つにつき、オペレーターを一人つけているのだ」


 眉を寄せるユーリの前で、男性が悪い顔でニヤリと笑った。


「どういう……」


 事だ? と聞き返そうとしたユーリだが、その目が再び捉えたモニターに映る情報でそのシステムを理解する。

 オペレーター。

 中央画面に映るハンターと思しき人々。

 そして目まぐるしく変わる視点


「なるほど……神の目か――」

「御名答。存外バカではないようだね」


 ユーリのいう神の目というのは、戦場を監視し、逐一情報を現場に伝える役目のことだ。


 本当に神が見ているかのごとく、俯瞰で戦場を見ることにより、不意打ちの防止、索敵の大幅短縮、想定外のモンスター出現の情報、更に乱戦時の味方の情報などなど。


 兎に角必要な情報が瞬時に手に入るようになる。


「こいつは画期的だな……機器が前時代的な事を除けば――だが」


 肩を竦めたユーリが近くにあった物理モニターへチラリと視線を投げた。


「そうは言わないでくれたまえ。物理モニターの方が省エネかつ鮮明なのだ。より少ないエネルギーでより鮮明な情報。実に合理的だろう?」


 男性の苦笑いにユーリは「フン」と鼻をならす。


「んで? こんな重要な部屋に俺みたいな怪しい人間を通した理由を話してほしいんだが?」


 溜息とともに男性を見つめるユーリだが、大凡の当たりはつけている。が、出来たら外れていて欲しいという思いでの問いかけだ。


「決まっているだろう? 君にもここで任務に参加してもらうためだ」


(だよなー)


 外れてほしいと思っていた事が当たる。ユーリとしてはガックリと肩を落としたくなる事態だが、悪あがきは忘れない。


「大丈夫なのかよ? 俺は怪しさ満点なんだろ? しかも5年もウッドのまんまのだ。そんなやつにアンタのと同じような任務につかせても、一瞬で地面のシミになっちまうぜ?」


 要は「いやいや俺って雑魚だし無理でしょ?」と言う事を格好つけて言っているだけなのだが、妙に説得力があるように聞こえるのがユーリの凄いところだったりする。


「何を言う? ストラスブールからこのイスタンブールまで来れるだけの逸材。で、あればこの程度の任務簡単にこなしてもらわなければ」


 薄く笑う男性がユーリを見つめる。

 そんな男性の目をユーリもまた真っ直ぐに見据える。


「回りくどいのは苦手なんだよ……で、本音は?」ユーリの諦めたような声。


「回りくどいのが苦手なのは同意だ」

 笑う男性に「どこがだよ」とユーリの溜息。


「ようはふるいにかけたいのだ。5年前のモグリの技術で作られたでは、成長速度に少なくない欠陥がある。つまりモグリと正式では成長差というものがあるのだ」



 男性の言う『ナノマシン』とは、ハンターをはじめ能力者達を人外足らしめている技術の事だ。


 ここで簡単にハンターもとい、能力者の仕組みを説明しておくと、


 能力者とは特殊な生態型ナノマシンを体内に宿し、モンスターの素材でレベルアップが可能な人たちのことである。

 能力者になるにはナノマシンの適正及び、厳しい人格適正試験があり、それに合格した者だけがナノマシンの投与を受けられる。

 ナノマシン投与は全て【人文再生機関】の指導の元行われており、能力者は誕生と同時に【人文再生機関】のサーバーに全ての情報が登録される。


 その中で軍や警察組織に行かない、もしくは行けない者達の受け皿がハンター協会という訳だ。


 ハンターになれば、自動的に個人情報がハンター協会のサーバーに移され、そこからはハンターとしてある程度自由に活動する事ができる。


 ではモグリとは何かと言うと、【人文再生機関】以外の者からナノマシンを投与され、覚醒した者たちの総称である。


 つまり違法な覚醒者であり、【人文再生機関】の管理下にない危険分子とも言える。


「なるほど。正式として活動していたという証明を強さで見せたら良いってことか?」


「理解が早くて助かる――同時に5年程度のモグリではクリアできない任務ということも付け加えておこう」


 笑顔の男性が「まあ正式であれば何ら問題ないが」と分かりきった事を付け加えてくる。


「モグリかどうかの判断と、モグリだった場合のを兼ねてる。ってー訳ね」


「益々持って結構。君のことを好きになれそうだ」


「悪いが悪趣味なのは嫌いなんだよ」


「合理的……と言ってくれたまえ。と、おしゃべりの時間は終わりだ。君にやってもらう任務はこちらだ――」


 差し出されたのはタブレット式のデバイス――


「これまた随分と前時代的なものを――」

 そう言いながら受け取るユーリ。


「合理的――」

「――的なのな。ハイハイ」


 男性の返しに被せながらユーリは画面を確認する。

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