第5話 合理的とかいう奴に限って非合理的
しばらくタブレット端末に視線を落していたユーリが、大きく溜息をついた。
「……ゴブリン
タブレット端末の画面から戻ってきたユーリの顔は、呆れといった表情だ。集落と言うからには複数のモンスターがいるのだろう。そこにたった一人で突っ込めというのだ。掛け値なし、隠す気のない公開処刑ぶりに、ユーリの溜息は止まらない。
「5年ものキャリア――」
「――キャリアがあれば余裕なのね。ハイハイ」
再び男性の言葉をユーリが答えを被せて遮った。
「……人の返事に答えを被せてくるのはどうかと思うのだが?」
眉を寄せる男性に、ユーリはしてやったりの笑顔を返し
「なんでだよ? 最後まで言わなくても分かった。ってー意思表示だ。実に
タブレット端末を男性に向けて放った。それを難なく受け取った男性の眼鏡には未だ満面の笑みのユーリが映り込んでいる。
ユーリが見せる満面の笑みに男性は「結構。君の吠え面が楽しみだ」とその眼鏡を上げ、ユーリに負けじ劣らずの獰猛な瞳をチラリと見せた。
気がつけばオペレーター達もその職務に一段落が着いたようで、室内は静かになり皆がユーリと男性とのやり取りに注目している。
「さて――カノン君」
「はい!」
男性に呼ばれて出てきたのは一人の女性。
小柄で童顔。こぼれ落ちそうな程大きい瞳は、琥珀のようにキラキラと輝いている。
人によっては保護欲を掻き立てられるような見た目だ。
桃色の髪の毛を肩まで伸ばし、ユーリと対照的な真っ白なオペレーターの制服と制帽が眩しい。
浅く被られた制帽の前から一本アホ毛のようなものが飛び出しているが、ユーリとしてはそんな毛同様「アホ」ではないことを祈るばかりだ。
「こちらは今回君の担当をするオペレーターのカノン君だ。
男性がカノンと呼んだ女性に、「自己紹介を」とその肩を軽く叩いた。
「カノン・バーンズ、20歳です! オペレーター歴は浅いですが一生懸命頑張ります!」
元気いっぱい敬礼するカノンは、年下ということを除いても、キラキラ輝いていてユーリには眩しい。
真っ直ぐにユーリを見つめてくる視線。その顔に書いてあるのは「次は貴方の番ですよ」との期待だ。
「……ユーリ・ナルカミだ。歳は23。経歴だけ長いのが取り柄のウッドランクだ」
ユーリは面倒くささを感じながらも、ちゃんと挨拶を返した。「よろしく」だけで短く済まそうかと思ったが、短い間とは言え文字通り自身の背中を任せる相手になるのだ。
面倒くさいのは事実だが、相手が挨拶をした以上こちらも返すのが、最低限の礼儀だと思った事が半分。後の半分は円滑なコミュニケーションが取れるようにしておいた方がいいだろう。という思いだ。
「23歳でウッドランクということは、自由討伐しかしてこなかったんですか? 何故にまた?」
前言撤回。グイグイ来るカノンという女性にユーリは面倒くささが勝ってしまい
「わざわざ依頼受けてまで戦う理由が分かんねーんだよ」
と適当にはぐらかすことにした。円滑すぎるコミュニケーションも考えものである。
いかに円滑であるとは言え、「本当はモグリだったから金稼いでただけで自由討伐すらやってません」。とは言うことなど出来るはずもない。
やはり適当にはぐらかすべきであったと、自分の選択に片手で顔を覆うユーリだが、目の前のカノンは止まらない。
「理由がわからなかったのですね。分かりました。このカノン・バーンズにお任せください!」
何を任せれば良いのか全くわからないが、ユーリとしてはこれ以上は面倒くさいだけなので「まー任せるよ」と適当に相槌をうっておいた。
「さて、自己紹介も終わったことだし、そろそろ任務に出発してもらおうか――」
不意にユーリは肩を叩かれた。
相手は既にユーリの中で、忘れられた存在となっていた男性だ。それだけカノンという少女――いや年齢で言えば女性か――の発する存在感が大きかったとも言える。
「カノン君、準備を」
男性がカノンに視線を投げると「はい!」と元気よく敬礼をしたカノンが、一つのオペレーターシートへ小走りで向かった。
「行くっつったって、どこに――?」
そんなカノンと男性を交互に見比べるユーリは完全に混乱している。
「それも私にお任せください!」
そう言ってカノンがヘッドギアを取り付け――
「システム起動――座標確認………………」
――カタカタと物理キーボードを叩き出した。
「……40.11 29.4 偵察情報より転送位置での接敵確率0.1%以下の周囲安全域検索……」
「へ? は?」
置いてけぼりで進む状況に、ユーリの口から間の抜けた言葉だけが漏れる――。
「ユーリ君。君も準備をしたまえ――」
そういって渡されたものは、ワイヤレスのクリップ式イヤホン。そしてユーリも左腕につけているのと似たような腕輪型のデバイスだ。
「……デバイス?」
小首を傾げるユーリに、「データの入れ替えと付け替えをよろしく頼む」と男性はユーリの肩を叩いて意味深に笑うだけだ。
男性を睨みつけるも、「早くしたまえ」と笑顔を向けられるだけで、ユーリとしては訳が分からない。とはいえこのデバイスを付けなければ先にも後にも進めはしない。
状況は悪いのだろうが、ユーリからしたら願ったり叶ったりとも言える。問答無用で捕らえられ、モグリとして処断されるわけではないからだ。
そうなれば逃げの一手だったが、相手はユーリの実力を見て判断するという。で、あれば
いつも通り、目につくモンスターをぶち殺せばいいだけなのだから。
そう思ったユーリは手早くデバイスのデータ入れ替えと付け替えを済ませ、イヤホンを耳に固定した。
「これで――」いいんだろ? というユーリの声を遮ったのは、
「……ヒット! 接敵確率0.045%です。いつでも飛ばせます」
嬉しそうなカノンの声だ。良くわからないが、カノンの方も準備できたという事だけは間違いない。
「それではユーリ君。あそこの機械に立ってくれたまえ」
男性が指差す先には、部屋の隅にあるあの建設途中のエレベーター。僅かに光を帯びているそれは、明らかにエレベーターではない事だけは分かる。
「立った瞬間、電気椅子みたく……」
ジト目のユーリに、「そんな回りくどい事はしないよ」と男性が笑うが、ユーリとしては公開処刑のためにモンスターを使う時点で回りくどすぎる為、信用など欠片もない。
ジト目を続けるユーリに男性が小さく溜息。
「……あそこから君を
そういって渡されたものは、大きなレンズが上下前後左右についているボール。
「……転送? ボール? 駄目だ全っ然、意味が分からねー」
ボヤきながらもユーリはボール型デバイスを脇に抱えて恐る恐る機械の上に立った。
「期待しているよ――」
ユーリに近づいてくる男性は満面の笑みだ。
そんな男性がユーリに更に近づき――
「君が合格しても、無惨に散ったとしても私としてはどちらでも問題ない。むしろ惨たらしく殺されてくれたほうが、
ユーリにしか聞こえたいような声で笑いながら囁いた。その囁きにユーリは小脇に抱えたボールを叩きつけてやろうかという衝動を必死で抑えた。代わりに
「ほんっと悪趣味だな――」
蟀谷に青筋を立てながら男性の胸ぐらを掴んで更に引き寄せる。
「合理的――」
「――的なのな!」
笑う男性に向けて、ユーリも不敵に笑い返してその胸ぐらを突き放す。
「覚えてろよ。五体満足元気百倍で帰ってきてやるからよ――」
睨みつけながら不敵に笑うユーリに「結構。期待せずに待っておこう」と男性も眼鏡を光らせ笑みを見せた。
「ユーリさん――飛ばします! トランスポート起動!」
カノンの言葉を最後にユーリの視界が真っ白に染まる――
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