042 魔物の群れ VS 私

 こんにちは、ドッペルリディアです。

 まさか、王都でこんな罠が待ち受けているとは異世界を舐めていたかも。


「ていうか、怨霊の記憶に霞かかってたのはコレが原因か」


 今はもう霞が取れて、断片的だが思い出せる。

 本当の歴史では、マルグレーテもバネッサもヨヨもキャサリンもメイドも死んだということ。

 これだけの魔物だ。到底逃げ切れたはずがない。


 怨霊のその後の記憶からしても、今となっても驚くほどこの事件の記憶が見つからない。

 リディアは正真正銘「事故」だと思っていたようだし、箝口令が引かれていたのだろう。魔物に一国の王女が食べられて死んだなどと、公表できるはずがないのだ。


(だとすると、そこまで見越して計画を立てた……ってことなのかな)


 サンドラが犯人……とは考えにくい。彼女はせいぜい8歳か9歳。

 誰かがそそのかし、計画を立て、実行したというわけだ。


 こちらへと向かってくる魔物は、豚みたいな頭部を持った亜人型の魔物の群れだった。


(……けっこう大きいな。数も多い)


 こいつはオークという奴だろうか。ギルドの討伐依頼では見たことがない魔物だが、有名な魔物らしく怨霊の記憶から簡単にサーチできた。けっこう強く残虐で有名な魔物らしい。見た目が特徴的だから間違いないだろう。

 ゴブリンならどれほど多くても問題にならなかったが、オークは体長2メートル近くあり、6歳児の私にとってはかなり巨大に感じられる。


 筋骨隆々の姿。人間型の魔物は本来の私なら戦ったりなどできないはずだ。私はただの臆病な日本人だったのだから。戦闘なんてもってのほかだ。

 だが――


 殺す! 殺す! 殺す! 殺す! 殺す!


 魔物の紅く輝く瞳を見て、怨霊が騒ぎ出す。

 胸に火が灯り、ごく自然に目の前に広がる魔物の群れを滅するために動き出す。


収納ストレージ


 クロエからプレゼントされた剣を取り出す。

 怜悧な刀身はその時点で切れ味に優れていそうだが、魔力を通すことで万物をも切り裂くほどの鋭さへと変化する。


「ここは一匹たりとも通さないよ! ストレングス! プロテクション!」


 魔力が力に変換される。重力の頸木から解き放たれるように、身体が軽い。

 先頭を走るオークがまるで止まっているかのようだ。


 駆ける。

 ざっと見たところ、オークはパワー型だろう。

 かといって、防具をしっかりと纏っているわけではない。クロエの剣があれば容易い。


 ただし、一体一体の強さはたいしたことがなくとも、問題は量。

 ざっと見ただけで20以上。もしかするともっといるかもしれない。

 一匹一匹に時間を掛けてはいられない。


「ブモォオオオオオオオ!!」


 最も手前にいたオークが、絶叫をあげつつブロードソードを振るう。


 ――憎い、憎い、憎い!


 爛々と輝く赤い瞳を見て、殺意が膨れ上がる。

 私はそれを制御しながら、ぶつかるようにして飛び込み、肉薄。

 そのまま剣を横に滑らせる。

 ほとんど抵抗すら感じさせないほど滑らかに、剣が魔物の肉体を骨ごと両断する。


「次!」


 地面を蹴り、すぐ近くにいるオークも同じように斬り捨てる。

 2体。3体。

 太陽紋による身体強化と、強すぎる剣による攻撃のコンボは、ほとんど反撃らしい反撃すら許さずオークを倒すことができる。

 だが――


「なんで、私を無視していくのよ! クイックニング!」


 この魔物はあまり頭が良くないのか、それとも別の理由か、仲間が殺されているのにもかかわらず何体かの魔物は私を素通りしていくのだ。

 私はクイックニングで加速して、後ろからそいつらを斬り捨てた。


「ファイアーバレット!」


 目の前のオークを仕留めながら、私の横を抜けようとするオークへと火炎術を飛ばす。

 炎に巻かれたオークが苦しむが、残念ながらファイアーバレット一発では死なないようだ。

 だが、足止めにはなる。


 流れるように右へ左へと走り、魔物を屠っていく。

 小屋の本体を倒されたらゲームオーバーだ。

 私というドッペルゲンガーを生み出したばかりで、魔力だってない。停滞スロウを一発撃つこともできないだろう。


「スロウ!」


 鎧を着た強そうなオークにスロウを掛け、首を刎ねる。

 魔力量はまだ余裕がある。


「それにしても、何体いるのよ!」


 少しは魔物退治をしてきたつもりだが、こんな風に一心不乱に移動する魔物は初めてだ。

 一種だけだから、サンドラ一派がなにか魔物の性質を利用してやっていることなのだろうけど、これ、私たちが死んだあとってどうするつもりだったのだろう。

 騎士団を派遣するにしても、それまでに村や小さい街くらいなら滅んでもおかしくない。


「これで20!」

 

 前を見ると残って居るのは、あと3匹だけだった。

 無我夢中だったが、なんとかなったらしい。もっと強い魔物だったらヤバかった。例えば、狼型のやつとかだったら、何かを守りながらの戦闘は厳しかったはず。


 残っている3匹は、さすがに異常を感じたらしく、足を止めてこちらを観察している。

 鎧を着たのが二匹と、一際大きいオークが一匹。

 なるほど、あれがボスということか。


(群れをまるごと動かした感じかな)


「ブモォオオオオオオオオオオオオオオオオ!」


 真ん中の大オークが、耳を塞ぎたくなるような大音声で叫ぶ。

 筋肉が盛り上がり、全長3メートルはありそうな巨躯が躍動する。

 仲間をやられてお怒りのようだ。

 本来の私だったら、この声や姿だけでビビりちらかして動けなくなってただろうが、どっこいこっちには怨霊がいる。


 殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ!


 突き上げるように沸き起こる殺戮衝動を胸に宿したまま、私は飛び上がり叫んだ。


「ショートテレポート!」


 時空紋へと魔力を通して、オーク達の背後に転移。


「スロウ!」


 停滞魔法を喰らわせて、時が止まったかのように動けない大オークの丸太の様に太い首を、一刀のもとに刎ね飛ばす。


 ゴトリ、と音を立ててオークの首が落ちる。

 両隣の鎧オークはその時初めて私の存在に気がついたが、遅い――!


「クイックニング!」


 着地と同時に地面を蹴り、身体を放り出すように剣を奔らせ、左のオークを鎧ごと袈裟斬りにする。

 魔力を纏ったクロエの剣は、鉄の鎧すら紙のように切り裂き、身体の半分を失ったオークの瞳から光が消える。


「ラスト! スロウ!」


 大斧を振りかぶっていた最後の鎧オークへ停滞魔法を浴びせ、身体の全面がガラ空きになったそこへ飛びつき、真っ正面から剣を叩きつけた。

 

 魔物は死ぬと魔力が抜けて、干からびた皮だけが残る。


(これで全部かな)


 もっと苦戦するかと思ったが、思ったより余裕だった。

 たぶん私は世界一強い6歳児だろうな。

 まあ……半分以上はクロエの剣の力だけど。


「さ~て、問題はこの死体をどうするか……か」


 全部収納にしまえればいいんだが、さすがにこの量は無理だ。

 外皮は諦めるしかない。

 目玉は朱墨の材料になるので、当然全部回収する。換金も可能だし。

 回収作業してる間に、静かになったからと小屋から人が出てきたらまずいが、そこは本体が上手くやってくれると信じよう。


(それにしても……全部で35体か。かなり大規模な巣を突っついてきたんだな)


 私は手早く魔結晶を回収して、荷物をすべて「収納ストレージ」にしまい、高い木の上にのぼり周囲を警戒している。

 小屋に動きはないから、まだ中で震えてくれているだろう。

 私が生み出されてから、魔物を殲滅するまでに10分くらいはかかっただろうか。


 第二弾の魔物が出現する可能性もあるから、迂闊に私自身を「消す」わけにもいかない。

 本体に手紙を書いてもいいが、あの小屋の中で「収納ストレージ」を開くわけにもいかないだろう。


 結局、しばらくそのまま木の上で過ごしたが、さすがに静かになって時間が経ったからか、メイドが怖々と外に出てきた。

 そして、眼前に広がる魔物の死体を見て固まっている。

 続いて出てきた「私」が小さく親指を立てる。


 どうやら、彼女たちはそのまま小屋の前に待つことにしたらしい。

 迎えが来るのかどうかは半々だと思うが、まあ、徒歩で帰るのもまた難しいところ。

 これが第二王女サイドの謀略なのだとしても、王は話を聞いて救援部隊を送るはずだし、まあ、なにかあっても私がいればどうにでもなる。

 それまで消えずに待っておこう。


 それから1時間くらいして、遠く、疾走してくる騎馬が見えた。

 私は太陽紋の肉体強化で視力も強化されている。

 だから、それが誰かすぐにわかった。


「ガルディンさん、来てくれたんだ」


 私は安心して、自分自身を消した。

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