041 私がやるしかなさそう

(え……? なに? 置いていかれた? なんで?)


「これって予定通りなの? どういう状況?」

「わ、わかりません。どうして……」


 メイドも知らないようだ。

 少女たちも不安そうな表情。


「まあ、歩いて帰れなくもない距離だろうけど。土地勘がないからな」


 地元の人に聞けばなんとかなるか?

 これは最悪、ドッペルを呼び出す必要があるかもしれない。


「ちょっと、トイレ」


 私は一人離れて、収納魔法を発動し、常に持ち歩いてるドッペルSOSのカードを収納へと入れた。

 これは事前に取り決めてあったもので、SOSカードが入っていた場合、ドッペルは「いつ肉体を本体により消滅させられてもいいように、クロエに伝えること。必要があれば準備をすること」の2つを即座にやるように伝えてある。

 彼女は私だから、こまかい指示はいらない。

 ドッペルゲンガーは私の意思でいつでも消すことができる。それは、今みたいに距離を遠く隔てていてもだ。そして、彼女を消した時点で、彼女が持っていた記憶も私へとフィードバックされる。

 まあ、問題は収納に入った手紙を、ドッペルがすぐに気付いてくれるかどうかだが、まあ、そういうこともあるとクロエには言ってあるし、なんとかなるだろう。


 少女たちとメイド二人は、待っていればそのうち彼らが戻ってくると思っているのか、カチャカチャと優雅に片付けを始めている。

 だが馬車までいなくなった状況。本来ならば私達を身を挺して守らなければならないはずの騎士たちまでいなくなったことを考えると、かなり妙な状況なのは確かだった。


「……あれ? あそこ、なにかいない?」


 片付けをしながら、歩いて帰るしかないかもなんて話をしていると、三つ編みのヨヨがそれを最初に見つけた。

 少し離れた場所。サンドラたちが引き返していった方角の逆。

 大小さまざまな小さな人影がこちらへと向かってくるのが見える。


 それは異形。人間ではありえない。

 であれば、この世界において答えは1つだけだ。


「あれは……魔物ですね」

「えっ!? 魔物!? そんなはずありません! ここは王家所有の保養地で、定期的に騎士が見回って滅しているはず!」

 

 メイドの一人がヒステリックに叫ぶが、あの赤い瞳、見間違いようがない。

 この距離ならば、さすがに怨霊も赤い瞳に反応したりはしないが……マズいな。


(まさか、サンドラはこれを知っていた? いや……間違いないか。あの子が『後悔しますわよ』って言ったのは、これが理由かな。王族こわ……)


 マルグレーテもバネッサもヨヨもキャサリンも、事態を飲み込めていない様子。

 メイド二人が狼狽えているのを見て、その不安が伝播しているようではあるが、このままだとどうなるのかというのは理解の範疇の外だろう。

 いくら、魔物が身近な世界といえど、彼女たちは貴族の娘。

 魔物を見たことだってないはず。


「とりあえず、あそこの小屋まで避難しましょう。上手くすればやりすごせるかもしれません」


 私はメイド二人にそう言い、少女達の手を引いた。

 どのみち、走って逃げきるのはたぶん無理だ。ゴブリンは意外と移動速度が速い。私やメイドはともかく、マルグレーテたちは逃げ切れない。


 魔物たちは一直線にこちらへと向かってくる。

 まあ、これは仕方が無い。魔物は魔力のあるところに向かってくるのだ。


「ど、どどど、どうなるの? リディアちゃん。あれが魔物? 魔物なの?」

「うん。でもここに隠れていれば大丈夫だから」

「でも魔物は人間を食べるって……」

「私の領では魔物なんてよく見る生き物だから。あれくらい大丈夫だよ。安心して、ここで大人しくしてようね」


 小さい子をあやすように私は怯えるバネッサに語りかけた。

 マルグレーテは状況がわかってないのか、それとも肝が据わっているのか、ほとんど取り乱さずに静かにしている。メイド二人も王女付きだからか、怯えるヨヨとキャサリンを抱きしめてジッとしてくれている。


(これならなんとかなるかな)


 パニックになられたり、私の行動を抑制されるのが一番ヤバかったが、メイド二人にとって大事なのは王女だ。私がどうしようがあまり関係がなさそう。

 なにより、彼女達は王都育ちで私の言うことを信じてくれているのが大きい。

 さすがにラピエル領だって、あんな風に魔物が押し寄せることなんてないわけだが、まあ嘘も方便というやつだ。


「ちょっとトイレ。すぐ戻ります」

「えっ!? またですか!? もう魔物がそこまで来ているかもしれないのに」

「あの距離ならまだすこし大丈夫ですよ。すぐ戻るので、彼女達をよろしくお願いします」


 そう言い残して私は小屋を出た。

 魔物たちの距離はもうかなり近い。急いだほうがいいな。

 小屋には窓がなく、こちらというか外を見ることはできない。

 というより、怖くて外の様子など見られないだろう。


「ドッペルゲンガー」


 私はドッペルゲンガーを消して、新たに「私」を作り出した。


「急いでるから、ドレスは脱いで」


 小屋の中に聞こえないように、端的に話す。


「どこに書く?」

「ドレスの下がキャミソールだから、胸元と背中に。これからは戦闘服、用意しておいたほうがいいっぽいね」


 ドレスの下は下着だが、誰も見てないし、なんなら真っ裸でもさほど問題ない6歳児だ。四の五の言っている場合でもない。

 私は収納ストレージから朱墨と筆を出し、ドッペルの背中に太陽紋を書いた。

 ドッペルがそれを定着させ、続いて胸元に火炎紋を定着。


「じゃあ、よろしく」


 ドッペル相手に多くを語る必要はない。

 彼女は彼女で辺境伯領でいろいろあったようで、今頃一人残されたクロエは怒っているかもしれない。空を飛んでこっちに合流しにくる可能性すらあるが、こればっかりは仕方がないな。


 ドッペルが魔物へと向かって走っていくのを確認して、私は小屋に戻った。

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