040 異変は突然に
「マルグレーテちゃん! いや、殿下って呼んだほうがいいのかな」
「リディアちゃん! 呼び名なんかなんでもいいよ。それより、来てくれたんだね」
「向こうで勧誘されたけどね。なんか面倒くさそうだったから」
「あは。あの子変わってるから」
こっちの殿下はおっとりとしていて大物だな。
第一王女ってことは、サンドラ殿下よりもいくらか年上だろうか。それでも10歳になったかどうかってとこだろう。
馬車に乗り込むと、すでにお友達らしき少女が3人乗っていた。
お互いに自己紹介する。
もじゃもじゃの金髪が可愛らしいバネッサは、宰相の孫。7歳。
三つ編みのヨヨは、第三騎士団長の次女。11歳。
おかっぱのキャサリンは、スラン子爵家。次期当主の次女。10歳。
みんなホワホワとピクニックを楽しみにしている、年相応の少女たちだ。
うんうん。子どもはこうであるべきだよね。
地味に私が一番年下だが、精神年齢が高いから問題ない。というか、肉体に引っ張られているのか、脳が根本的に6歳児のものだからなのか、子どもに交じっても違和感がない。
好きな食べ物とか、最近のマイブームの話、家族の話なんかをしながら馬車は進み、郊外の開けた場所へ出た。
2時間くらい揺られていたから、けっこうな距離移動したことになる。お子様のピクニックなんて別にそのへんの原っぱでやればいいと思うのだが、お子様でも王族は王族。庶民と交じってピクニックするわけにもいかないってことなのだろう。
「う~ん。気持ちいいところだね。ここって王族保有の保養地かなにか?」
「そうだよ~。子どもだけで来るのは初めてだけどね」
厳密には全然子どもだけではないのだが、来ているのは護衛やメイドだから、王族感覚では子どもだけということになるらしい。
馬車を降りて深呼吸。新鮮な空気だ。というか、マジでこんな人気の無いところまで来るんだな。
近くにあるのは山小屋みたいな廃屋が一軒だけ。
それほど大きくはないが湖があり、遠くに山頂に雪の残る山々が見える。
メイドたちが絨毯みたいな布を広げてさっそくお茶の支度をしてくれる。
サンドラ殿下は、かなり離れた――200メートルほども離れた場所へと陣取ったようだ。
向こうは人数も多い。取り巻きだけで10人以上はいるようだ。さらに、向こうには男の子も交じっているみたいだ。
サンドラ殿下とは仲が悪いの? と聞ければ話は早いが、さすがに6歳児でも空気を読む。
というか、ピクニックに来ているのにわざわざ別行動している時点でお察しだ。
人数の差とかを考えても、親とかに言われて「勝ち馬」のほうに乗るように言われているのかもしれない。二人は王位継承権1位と2位。なにかあれば簡単にひっくり返るぐらいのものなのだろう。取り巻きの差は、そのまま後押しする貴族の人数の差、強いては力の差になる。
マルグレーテはおっとりカワイイけど、王としてはサンドラみたいなタイプのほうが良いんだろうしなぁ。みんながサンドラのほうに行くのもわからないでもない。
まあ、どっちの王位ショーはあくまで滅びなかったらの話だ。
怨霊の記憶でも、滅びの段階ではまだ王位継承は起きていないわけだし。
「わー! 私、おなかペコペコ」
「私も!」
「私も私も!」
女の子たちが料理に群がる。
日本の感覚だと、お弁当というとおにぎりとかサンドイッチとかだけど、メイドが広げたのは全部お菓子だ。
お菓子とお茶でお腹いっぱい食べるというわけ。
(それにしてもこの場所。怨霊の記憶にもあるはずなのに、なんか記憶にモヤがかかってるんだよな)
このピクニックには、6歳のリディアは実際に参加しているはずなのだ。
サンドラと仲間たちと過ごした。そのことは間違いない。
マルグレーテのことは……わからない。思い出せない。
すでに歴史が変わって、彼女は参加していなかった?
いや、6歳児なんて目の前のものしか見えないのが普通だ。
たぶん、同じようにマルグレーテもバネッサもヨヨもキャサリンも参加していたはず。
まあ、覚えてないことなんて人間誰にだってあるもの。
なのになぜか嫌な予感……いや、記憶の狭間から胸騒ぎが呼び起こされて――
「リディアちゃん、どうしたの?」
「え?」
「なんかボーッとしてるから。口に合わなかった?」
「ううん。すごく美味しいよ。ラピエル領じゃこんなお菓子、たまにしか食べられないからね」
「良かったら持って帰ってもいいよ。料理長が張り切ってたくさん作り過ぎたって言ってたから」
「マルグレーテ殿下は料理長とも親しいの?」
「うん。いつも美味しい料理を作ってくれるから」
ええ子や。こんな子に政争は似合わないわよね。
◇◆◆◆◇
1時間くらいのんびり遊んだころ、騎士たちがにわかに動き始めた。
離れたところで集まってカードゲームなんかをやっていた彼らだったが、今は騎乗している。
「もう帰るのかな?」
「さすがにまだ帰らないと思うけど。なんだろうね」
「リディアちゃんー! もっと紋章のお話して!」
「私も聞きたい!」
ヨヨとキャサリンは私の紋章の話に夢中だ。
つい調子に乗って、紋章学に乗っていた程度の内容を教えてあげたのだが、やっぱりみんなまだ紋章のことはあまりよく知らないようだった。
「魔法」というものに対して、私のようにファンタジックに捉えている人間と、「現実」と捉えている人間の差というか。
彼女たちがどの程度の魔力量を誇っていて、どんな紋章を入れることになるのかはわからない。
魔力測定の儀式は3歳くらいでやるはずだから、親は知っているのだろうけど。
「……なんか、サンドラ殿下たちも帰り支度してない?」
「あれ? ホントだね。やっぱり帰るのかな」
のほほんとそんなことを考えながら見ていたら、まだ荷物がいくらか残っている状態なのに、さっさと馬車に乗りこんで、走り去っていくではないか。
しかも、騎士全員と、我々が乗ってきた馬車をも引き連れて。
要するに、私達を残して全員でいきなり何も言わずに帰ってしまった。
まるで示し合わせたように。
私たちと王女付きのメイド二人はそれを唖然と見ているだけしかできない。
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