038 辺境伯とご対面
母親のところに戻るというマルグレーテとバイバイして、私も両親と合流した。
両親とも、まあまあお酒を飲み楽しんでいるようだ。……いや、マジでざっくばらんとしたパーティーでビビるわ。
貴族制の知識が曖昧だけど、こんな適当でいいのか? もっと序列で揉めたり、王族が来たらみんなで平伏したりしなくていいの?
どっかに王族がいるはずなんだけど、全然わからん。怨霊の記憶で顔は多少は頭に浮かぶけれど、他人の記憶ってめっちゃ曖昧というか、人の顔を思い出すのほとんど不可能に近いレベルなのよね。
なんなら、私も前世の自分の顔やら両親の顔やら思い出せなくなってきたまである。
「父上、辺境伯は来ておりましたか? 私、挨拶をしたいのですけれど」
「ん~、おお~リディア。どこに行っていたのだ~? ヴァイス殿なら、ほれ、そこにおるぞ。あの件も多少探ってみたが、やはり夢かなにかを見たのではないか? ヴァイス殿に限って考えられんぞ」
「ちょ、父上!」
ダメだ、この酔っ払い。余計なこと言ってないだろうな……?
「ヴァイス殿! これが娘のリディアです」
「おお、バルト殿、なんとも利発そうな子ではないか」
「初めましてヴァイス様、リディア・ティナ・ラピエルです。以後お見知りおきを」
ヴァイス辺境伯は、父上と同じくらいの年齢の大柄な男性で、盛り上がった大胸筋が逞しく、まさに歴戦の勇士といった風体だ。
髪の色はシルバーで、同色の整えられたヒゲが格好いい。
こんな強そうな人が謀反を起こしたのなら、なるほどラピエル領がすぐに滅んだのもうなずけるというものだ。
ただまあ、怨霊の記憶では人間だけでなく魔物だか魔族だかもいっしょになって攻めてきているわけだから、すでに何かやっているならかなりアウトだし、やってなかったとしても未来にそうなったのは事実。ここでの情報収集はけっこう重要かもしれない。
「辺境伯様は魔族と戦っているのですよね? 魔族ってどんな生き物なんですか?」
「ほぉ。リディアは魔族に興味があるのかね」
「見たことがありませんので!」
クロエの話では、魔族と人間は元々はうまくやっていたらしい。
どこでどう間違って今の関係になったのかは謎だが、辺境伯は魔族領と領地が隣り合っている関係で、『魔族の侵略』から人間の領地を守っている――ということになっている。
私もそれを信じていたし、まあ、嘘ということもないのだろうが、クロエと知り合ってからというものの、どうも嘘くささを感じているというわけだ。
実際、辺境伯は謀反を起こすわけだし。
「魔族はヒトとそう変わらない外見の生き物だな」
「そうなんですか? では、おしゃべりをしたりもできるのでは?」
「おしゃべりは無理だろう。魔族に果たしてそれだけの知性があるのかどうか。連中は中身は魔物と変わりないのだ」
「そうなんですね!」
国境を守り、魔族と戦っているというのなら魔族を見たことがないとは考えにくい。クロエはハッキリ言って少しワガママなだけで、十分理知的だし、なにより温和だ。
問答無用で襲いかかってくる魔物と同列に語れるはずがない。
つまり、嘘をついているということだ。
それか、本当に現代の魔族がそうなのか、クロエの時代もそうだったのか。
確認してみないとわからない。
とはいえ、辺境伯からはなんというか邪悪な気配というか、そういうものは感じない。
たぶん王族とかはもっと造反には敏感なんじゃないかと思うのだけど、父が言うように「この人に限って」という感じなのは否定できない。
「魔族は頻繁にやってくるのですか? 軍を伴って?」
「ふふ、まさかまさか、年に数回、少数の魔族が来る程度。それでも、我々が守っていなければ万が一王都まで魔族が侵入したら大変だからな」
「そうなんですね。なら安心です」
「我々は、辺境を守る盾としての自負がある。リディア嬢の土地まで魔族が来ることは絶対にご安心めされよ」
そう言って朗らかに笑うヴァイス辺境伯。
う~ん。やっぱりわからん。
今、辺境伯をドッペルが探っているから、答え合わせ待ちだな。
「それにしても、リディアは本当に聡明なのだな。これは母親似かね」
「おいおいヴァイス殿、それは失礼ではないかね。しかし……私も驚いているのだよ、本当に誰に似たのやら」
「やはりベアトリクス様の血じゃないか?」
「そうかもしれん」
ん? 誰? 二人はなんだかそれで納得しているようだけど、記憶を探っても、パッと出てこないからあんまり関係が深い人物ではなさそうなんだけど。
「ベアトリクス様とは誰ですか?」
「はっはっは、聡明なリディアもベアトリクス様のことは知らないか。そなたの曾祖母に当たる人で、この国の王だった方だ」
「え? 私、王族の血が入ってるんですか?」
初耳なんですけど! 田舎領主の娘じゃないのかい!
「君の祖母が前王フィルマン一世の妹君でね。つまり君は女系王族の直系子孫ということになる。なんだ、バルト殿、教えていなかったのか?」
「リディアはまだ6つだぞ? 私が6歳の頃なんて、親の名前すら知らなかったぞ」
「直系子孫ってことは……私にも王位継承権が……?」
私はのんびり過ごしたいので権謀術数に巻き込まれたりとかはゴメンなんですけど!
「ははは、これは驚いた。そんな難しい言葉、どこで習ったんだ? 残念だけど、リディアの継承権は……どれくらいだっけ?」
「おいおい、そんなの私が知るわけないだろうバルト殿。8位か9位くらいじゃないか?」
「たぶんそれくらいだな」
それなら関係ないか……。
「それにしても、これほど賢い子がラピエルの次の当主となれば、私としても安心だ。私の娘もそなたと同じくらいの年齢でね。今回は来られなかったが、隣領ということもある。仲良くしてくれると嬉しい」
「あっ、娘さんがおられるのですね。是非ともお会いしたいです!」
辺境伯とは仲良くしておいたほうがいいのは間違いない。
彼が謀反を起こすかどうか、近くで見れば原因やら理由やらもわかってくるだろうし。
そうしてしばらく歓談してから、別の人に呼ばれて辺境伯は去っていった。
父が言うように、確かに彼が謀反を起こすとは考えにくい。リディアの記憶を持つ私でも、そう思ってしまった。父などはもっとだろう。
だが、人の心の底などはわからないものだ。
少なくとも、未来は確定しているわけで、そこから目を逸らしたら意味がない。
とにかく理由があるのだ。裏切るに足る理由が。
「ヴァイス殿はああ言ったがな、彼の娘……サーラはもう長くリント病を患っていてね。リディアが会うのは難しいかもしれないな」
辺境伯が去った後、父が静かに言う。
「リント病……? 御病気なのですか?」
「ああ。難しい病気だ。もちろん、彼は諦めていないようだが」
「そうだったのですか……」
ヴァイス辺境伯領の娘の病気か。
怨霊の記憶を紐解いてみるが、上手くサーチできない。それはそうだ、リディアは辺境伯領のことなんて、死ぬまで別に気にしていなかったのだから。
(病気の娘……。何か関係があるのかな……?)
あるかもしれないし、ないかもしれない。
気には留めておこう。
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