034 王都は大都会!


「これが……王都! ふぅ~~~~、乙女ゲーで見たような光景だぜぇ~~~~!」


 もちろんこれは心の声です。

 たぶん。絶対。おそらく……。

 わからない……ついテンション上がって、口から出ていたかも……。


 フレイムレース王国、王都ミラクライシア。

 それは、1000年に及ぶ歴史を持つ古都の側面と、最新技術の先端都市としての側面がある、巨大都市である。

 もちろん、ラピエル伯領なんて目じゃない。

 というか、うちの地元、めっちゃ田舎だったもんね。


 上下水道完備! 石畳の街道! 3階建てのアパルトメント! 水が透明な噴水! 薄汚れていない小綺麗な服を着た住民! どこからともなく聞こえてくる音楽! 路面に立ち並ぶ店! 屋台! 大道芸人! オシャレなオープンバックの衣に身を包んだ紋章士!


 どれも地元じゃ見なかったものだ。現代日本の記憶を持つ私でもけっこう感動である。

 もちろん怨霊リディアの記憶があるから、この街並みだって知っていた。

 でも、他人の記憶を思い出すのと、実際に見て感じるのとでは段違いだ。怨霊の記憶は「他人の感想」みたいなもの。映像付きでお土産話を聞いているような感じというか、その時の感動までは再現されないというか。

 ちなみに、ドッペルの記憶もワンクッション置かれた記憶で、感動や感情の動きみたいなものまでは再現されない。彼女と私は同一人物でありながら、やはりどこか別の人格であるという感じがある。


 田舎は田舎でファンタジー感あったけど、やっぱりファンタジー都市はいいよ。

 まあ、亜人的な人も見かけないし、ヨーロッパの古都に毛が生えただけという印象もなくはないが……まあ、そこはいいだろう。高度に洗練化された人間文明は似たような形に収束するものなのかも。


「して、父上、すぐにお城に行くんですか?」

「……そうだよ。しかし……リディア。その『ちちうえ』っていうのはやめないか……? 前みたいにパパって呼んでくれていいんだよ?」

「いえ、私ももう7歳になりますし。次期領主ですので。いつまでも、パパママではいけないでしょう。母上もそう思いますよね?」

「え、ええ……? そ、そうねぇ。まあ、いいんじゃないかしら」

「ほら」


 これから滅びを回避する必要あるわけで、パパママって感じでもないだろう……ってことで、父上母上と呼ぶことにしたわけだが、あんまり父親の評判は良くない。

 まあ、まだ小学1年生くらいの年齢だから、もっと甘えて欲しいというのが親心なのかもだが、精神年齢ウン十歳の私が感覚的に下手したら年下である両親に甘えるのもなかなかハードルが高い。リディアの精神やら記憶がある分、実際にはまるっきりの地球の私ではないわけで、甘えることだってできなくもないが、必要性も今のところ感じない。

 なんてったって、領地の滅亡を防ぐのは領主の仕事なのだ。本来は。

 もうすでにその「未来」は伝えてあるわけで、もっと本気になってもらわないと困る。 


 今の私はちょっと上等な子ども服を着て、これから早速登城だ。

 というか、宿が城なのである。冷静に考えるとやっぱりなんだか堅苦しそうなイメージがあるし、どっか別の宿に泊まる感じにしませんか? と言いたくなってしまう。

 けっこう長逗留になるみたいだし。観光とかもしたいし。


 そうこうしているうちにお城に着いたのだが――


(はぁ~、なるほどね。お城か。そういえば怨霊リディアの記憶もこんな感じだったわ)


 けっこう深いお堀と跳ね橋、その先の高い門をくぐった先が、今回の目的地である。

 まず敷地が広い。街は賑やかでけっこうぎっしり建物が建っているのに、急に開けているから驚く。まあ、皇居みたいなものだから、そういうものなのかもしれないけど。

 記憶はあった。怨霊の記憶が。でも、ここまで広いという認識はなかったから、たまげた……。東京ドーム何個分とかそういう規模の敷地。

 あと、お城って言ってるけど、これ防衛力ないでしょ。

 3階建てくらいの石造りの宮殿という感じだ。


「これがお城なんですか?」

「そうだよ。王様のおうちでもあるし、国の大事な会議やお仕事もここでやっているんだ。この国で一番大事な場所なんだよ」


 私はあまりお城とかには詳しくないが、日本の江戸時代のお城みたいな感じだろうか。

 昔の侍は毎日登城して仕事してたらしいし。

 父は6歳児でもわかるようにやさしく言ってくれる関係で逆にわかりにくいが、そういう認識で間違いないだろう。

 実際、ここまで大きくなった街の中にある城に防衛施設としての意味はあまりないだろうしね。

 ていうか、ここまで敵に攻め込まれたら、もうその時点で詰んでるし。


 ……つい、攻め込まれた時のことを考えてしまうのは、下手に未来の記憶があるからだろう。

「そのまま国を滅ぼした」――と神は言った。

 何気ない一言だったが、それはリディアには知り得ぬ情報。つまり、神による重大なネタバレ。あるいは、ヒントなのだ。

 怨霊の記憶をどれだけ漁ろうと、あの軍勢の「目的」はわからない。

 わかっていることなんて、攻め込まれて滅ぼされたらしいぐらいのもの。ラピエル領だけで終わる侵攻だったのか、ラピエル領は通り道で、南の国へ抜けたのか、あるいは、北から来たのは欺瞞作戦だったなんて可能性だってある。

 そういった可能性はすべて可能性として残したまま、「国を滅ぼす」という未来だけが確定しているのだ。


 怨霊の目的は「復讐」だが、民を犠牲にして復讐せよ、みたいな過激なものではない。強烈な怨嗟を抱いているのは間違いないが、民も守れだし、家族も守れだし、ようするに「国の未来を守れ」みたいなザックリとしつつ、一番難易度の高いものを要求しているのである。


 もちろん、それを実行する義理はないが……怨霊が喚く上に、もしこれを無視して国外逃亡なんてした上に国が滅んだら、怨霊にどういう復讐をされるのか想像もしたくない。四六時中あの頭痛を発生させられたら、間違いなく正気を保てない。文字通り、呪い殺されるだろう。

 そう考えると、私の状況もまあまあ詰んでいるのだ。


(……なんか急に怖くなってきたな)


 華美すぎる宮殿。

 鮮烈に残る、苛烈なる攻めの記憶。

 すでに、この時点で滅びの『たね』はある。そんな気がする。

 いきなり大国を滅ぼすほどの戦争が始まるわけがないのだ。

 必ず長く深い遺恨みたいなものがある。


 あの旗印が、本当に辺境伯のもので、攻撃の主体も辺境伯であるのならある意味話は早い。

 私は今回の登城で、それを見極めようと思っていた。

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