027 けっこうバレバレ

「討伐者が子どもを脅して金を奪おうとして返り討ちになっただぁ?」


 庭で剣の訓練をしていると、自警団の青年が騎士たちを呼びに来た。

 説明を聞いたガルディンさんは半信半疑の様子。

 ちなみにクロエ(ねこのすがた)は木の上で寝ている。


(……討伐者を返り討ちにした子どもって……。たぶんドッペルだな、これ)


 違うかもだが、討伐者を返り討ちにできる子どもは、そんなにいないだろう。

 タイミング的にもお金をもらいに行ったところだし。

 そして、私ならさっさと離脱しているから……そろそろ屋敷に戻ってくるかな?


「とにかくガルディンさん、来てもらっていいですか。元々、素行が悪くてギルドでも煙たがれてた奴らでして、犯行は間違いないと思うんですが、どうも要領を得なくて」

「要領を得ねぇって、やったのがわかってんなら、腕の1つも切り落としてやりゃあいいじゃねぇか。騎士が出張るような事件かよ」

「いえ、なんでも子どもに不意打ちされただけとか言ってまして……」


 わざわざ相手にしなくてもドッペルなら逃げられたと思うのだけど……たぶんこれ、かなり頭にきていたんじゃないかな。普段の私なら、こういうミスはしないと思う。

 今、この段階ではドッペルの記憶は私には流れてきていない。あくまで、ドッペルが「消える」ことで、情報が私に共有される仕様だからだ。


 ギルドでは収納紋を入れた子どもであることは周知だが、ギルドは最低限の情報は守るだろう。だが、今回みたいなパターンだと、いかにも怪しい子どもという感じだ。


「わかったよ。行くだけ行ってみる。リディア様はどうする?」

「え? 私ですか? えっと……じゃあ、行きます。領主の娘ですから」

「そんな気張る必要はねぇんだけどな……。ま、世の中には悪い人間がいるってこと、知っといて損はねぇかもな」


 ガルディンさんは私をあまり子ども扱いしないが、私が6歳の子どもであるということは、それはそれで事実であり、そう考えると教育が足りていないのでは? という気もしないでもない。

 なにせ学校がないし、家庭教師がいるというわけでもないわけで。

 こうして、ガルディンさんから剣を習うことはできているけど、なるほど怨霊リディアがろくな情報を持たず、記憶にあるのはお茶会と噂話ばかりというのも仕方がないことだったのかもしれない。


 平和な領地の娘なんてのは、そんなものなのかな?


 ◇◆◆◆◇


 屋敷を出て街へ。

 比較的平和な街ではあるが、かといって暴力沙汰がないわけではない。

 だから、このレベルの事件なんていくらでもあるのだろうが、そもそも子どもが金を持っていること自体がほとんどないわけで、そういう意味では珍しい事件でもあるのだった。


「どいつだ犯人は?」


 現場で縛られている2人組の男たち。

 革の鎧を身に付けている30歳手前くらいの2人の男。

 体格も良く、なかなか怖そうだ。

 ドッペルもよくこんな奴らと戦えたな。不思議だ。

 私だったらビビってお金渡しちゃいそう。


「俺たちぁなんにもやってねぇ! 無実だ!」

「そうだそうだ! 路地裏でいきなり殴られて、わけがわからねぇ!」


 口々に弁明を叫ぶ男たち。


「どうなんだ?」


 ガルディンさんが、ギルド職員……受付のお姉さんへと問いかける。


「彼らが、お金を持った討伐者の少年の後に出て行ったのは、私も確認しています。その後、その少年が報告に来て、現場に行ったら彼らが失神していました」

「なんだそりゃあ。その少年とやらから話を聞かなきゃ始まんねぇな」

「そうなんですが、報告だけしてすぐどこかに行ってしまいまして……」

「どんくれぇの子どもなんだ? ガキったって、うちの見習いくらいはあるんだろ?」

「いえ……ほんのこれくらいの……。あっ、そこのお嬢さんと同じくらいの背格好で――あれ?」


 受付のお姉さんと目が合う。

 もの凄く不思議そうな顔。そりゃそうですよね。ドッペルゲンガーに会ってるんですもんね……。

 ドッペルは外に出るときに必ず髪を切るようにしているけど、髪色も顔も瞳の色も完全に私と同一。背格好も、しゃべり方も、歩き方も、全部。

 

 まあ、誤魔化すけど。

 実際、同一人物だけど同一人物ではないんだから。


「レオさん……? いや、そんなはず。髪も長いし……でも……」

「んん、どうしたんだ? うちのリディア様はレオなんて名前じゃねぇぞ」

「い、いえ。その討伐者の少年……レオ君っていうんですけれど、よく似ていたものですから……すみません。……それにしても、本当によく似ています……」


 なるほど、やはり髪を切ったくらいでは誤魔化すのは難しいのかもだ。

 まあ、私にはアリバイがあるから全く問題はない。というか、ドッペルゲンガー自体がありえないものである限り、完全犯罪なのだ! ……いや、犯罪ではないけど。


「ま、強盗未遂で追放処分ってところだろう。ギルドはどうするんだ?」

「紋章士でもありませんし、討伐者資格は剥奪ですね。まあ、この2人は元々たいして仕事してませんでしたし」

「妥当なところだろうな」


 追放がどの程度重い処分なのかよくわからない。

 入ってこようと思えば、どこからでもこの街には入ってこれるような気がするし、討伐者なんて余所の土地でも暮らしに変化はないだろう。

 悪い人間を、そのまま余所の街に捨てるだけで、根本的な解決になっていないのではないだろうか。


「一言いいですか? 領主の娘として言わせてもらいますが、私と同じくらいの子どもを狙い金品を奪おうなど、断じて許せるものではありません。今回は未遂で終わったようですが、それはあくまで結果。相手に打ち負かされたということは、おそらくあなたたちはその子どもを殺そうとした――そうでしょう?」


 私が一歩前に出て言うと、強盗2人組はポカンとした顔をした。


「おっ、お前! おい! こいつだ! 俺たちはこいつにやられたんだよ!」

「なんで女の格好なんてしてやがる!? なんで、エメリダさんもわからねぇんだ。さっきのガキじゃねぇか。見間違えるはずがねぇ!」

「で、ですが……確かに似ているとは思いますが、しかし、そんなはずありません。世の中には似ている人もいるものですし」

「髪の長さと服装以外全部同じだぞ!」


 う~ん。

 人間、髪の長さが違えば判別なんて付かないと思ったものだが、案外そうでもないんだなぁ。まあ、でも、確かに双子を見た時って髪型が違おうが同一人物に見えるものだものな。

 今後は気を付けたほうが良さそうだ。


 ま、でもこっちにはアリバイがあるから。


「そんなに似てるとなると、逆に興味が出てくるな。このあたりにリディア様に似ている子どもなんていなかったと思うんだが」

「あ、余所から来たみたいですよ。子どもなのに収納紋の紋章士で」

「収納紋? こいつらは収納紋章士に負けたのか?」

「そうみたいです。すごい武器でも持っていたのかも。あ、それか親が合流したとか?」


 ドッペルめ。どうやって倒したのか知らないけど、迂闊すぎるんじゃないの?

 変に話題になると行動しにくくなるんですけど。


 そんなことを考えていると、ふいにドッペルの記憶が流れ込んできた。

 どうやら、家に戻ったら私がいなかったから自らを「消した」ようだ。

 ドッペルの記憶は消えたときに私のほうへと流れ込んでくる仕様だ。


 ……なるほど。だいたい予想した通り。


「だから、そこのガキだって言ってんだろ!? なんで信じねぇんだ!?」

「そいつがよくわからねぇ魔法を使ったんだよ!」

「……お前らなぁ。気軽にガキガキ言ってるけど、こちらの方はラピエル領主バルト様のご息女だぞ? 無礼打ちにされたいのか?」


 ガルディンさんは今日ずっといっしょにいたから、当然私がやったわけではないとわかっている。

 というか、私、来なかったほうが良かったな。これ。


「それに……収納紋の攻性魔法は第2位階からだ。収納の第2位魔法はベテランの紋章士でも使える者はほとんどいない。そんな小さな子どもが使うはずがない。嘘をつくならもう少しマシな嘘をつけよ」

「嘘じゃねぇ!」

「さっきまでは、いきなり不意打ちで殴られたって言ってただろうが! まったく。話にならんな」


 結局。私がどれだけその少年に似ていようが、別人である以上、なにがあるわけではない。


「ガルディンさん。こういう場合、罪を償う方法って、どういうものがあるんですか?」

「ん~。いろいろあるが、未遂なら街から追放するのが一番多いな。殺しをやったなら、処刑。腕を切り落とすなんてのもある。あとは、強制労働とか」

「強制労働? どこで働かされるんです?」

「国の鉄鉱山だよ。あそこはいつも人が足りてねぇからな」

「へぇ。いいじゃないですか。それにしましょう」


 彼らがドッペルに突っ掛かって金品を奪おうとしたのは紛れもない事実。

 しかも、躊躇なく殺そうとしての犯行だ。

 ドッペルでないただの子どもだったなら、そのまま殺されていただろう。

 つまり、こいつらは殺されても文句を言えないようなことをしたのだ。

 

「がっ、ガキ……い、いや……お、お嬢様……それは、厳しすぎるんじゃないですかね。鉄鉱山送りってどういうことなのか知ってんの……知っているんですか」

「だいたいわかりますよ」

「死ねって言ってるのと同じだ、なんですよ!? 罪人は坑道の一番深いところを掘らされるって話だ! 紋章士が管理してっから、逃げることもできねぇし、刑期が明けるまえにおっ死ぬやつばっかだって――」

「黙りなさい。あなた達は子どもを殺して金品を奪おうとした。その事実がすべてです。処刑されないだけマシだと思いなさい。じゃあ、そういうことでガルディンさん、お願いします」

「お、おお……」


 この世界……厳密にはこの街にはマトモな警察機構はない。

 自警団と騎士達によって一応最低源の治安維持はなされているものの、監視カメラもなにもないのだ。

 それなのに、魔法なんてものがある世界。人食いの魔物がいて、武器を携帯する人がたくさんいる世界。

 そりゃ、簡単に犯罪が起こるのも仕方ないような気がする。


 でも、だからってそれを許しちゃダメなのだ。


「鉱山はいつも人手不足だからな。仕事はきついが刑期は短い。稼いで人生を立て直すやつだっているんだ。お前らも頑張れ」

「くそっ……」

「なんでこんなことに……」


 そうして、男達は騎士さんたちに引きずられていった。


 それにしても……怨霊の敵対心は「人間」に対しても発動すると知れたのは良かったかもしれない。

 私自身は別にメンタルも強くないし、荒事を好むわけでもない。

 そんな私が魔物を倒せるのは、怨霊に取り憑かれてるからというのが一番理由として大きい。


 そういう意味では怨霊もデメリットばかりではないと感じていたが、人間にも適用されるというのは地味にかなり有用かもしれない。

 ドッペルはあの2人をあっという間に倒した。

 おそらく、私ではもっと対人の訓練を積まなければ、鉄の棒で人の頭をぶったたくようなマネはできないと思う。それには狂気に似たものが必要だからだ。

 そういう、現代日本人の生まれ変わりであるが故の足かせのようなものを、怨霊は取り去ってくれるのだ。


(二人三脚でやっていけってことなのかもなぁ……)


 私たち、1人1人の力は本当に弱々しいものだ。

 私。ドッペルゲンガー。そして怨霊。

 この異世界を生き抜き、滅びを回避するには、三人が力を合わせなければ。

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