028 複数紋はクロエも知らない

 さて、今後の予定だ。

 私の目標は、未来を変えて怨霊に成仏してもらうことだが、これに関してはコレだという決め手があるわけではない。

 勇者の紋章を持つクロエがここにいる時点で、未来はすでに変わり始めているとみていいだろう。

 あとは、敵の旗印が北のヴァイス辺境伯のものだということもわかっている。

 これに関しては、父が静かに動いてくれている……はずだ。いきなり「ひょっとして謀反企んでる?」とか聞いちゃうほどアホではなないだろうから、そこも安心していいだろうと思う。

 まあ、さすがに娘がいきなり「未来の記憶がある」とか言い出したわけで、いいとこ半信半疑だろうし。


「……結局、やっぱり私が強くなることと、この領地を精強にすることなんだよなぁ」

「リディアは強くなりたいの? そんだけ魔力鍛えてるんだから、そうか」

「まあね。これでクロエの紋章は入れられれるようになったら、最強に近付くのかしら。クロエ最強って言ってたもんね?」

「え? 私の魔導紋入れても最強になんてなれないよ?」

「へ?」

「え? 強くなれるなんて言ったっけ? これはそんなセコい魔法じゃあないんだよなぁ」


 強く……なれない……? 勇者が使ってたから、てっきりこう……雷をディンとぶっ放すようなアレかと思ってたんですけど!


「でもクロエ、自分で最強で魔王だって言ってたじゃん」

「魔族相手で一対一ならね。でもそれって、私の魔導紋とはあんま関係ないっていうか、私自身の能力に由来するものなんだよね。ま、私の魔導紋を入れればあなた次第で強くはなれると思うケドね。ただ他のやつみたいにパッと強化されるようなやつではないワケ」

「じゃあ、クロエの魔法はなんなの」

「知りたい~? そりゃ、かんなぎなら知りたいよねぇ~? うふふ、まだ教えてあげな~い」


 うざっ! 

 なんというか、やっぱ魔族なんだよね、クロエって。小悪魔め。


「こほん、まあ教えてあげないっていうか、私の魔法って、ヒト族にはあんまりピンとこない魔法だから。あなたがもっともっと魔力が強くなって、たくさんの魔導紋を使って魔法を使っていけば、私の紋章のすごさがわかるようになると思うのよね。だから、その時になったら教えてあげる」

「……なんでそんな回りくどいことを」

「だって、今教えても、絶対『なにそれ微妙』って言いそうだもん。実際、言われたことあるし。まったく、ヒト族はわかってないのよ、魔族にとって自分の魔導紋をかんなぎに託すってのがどういうことなのかさぁ。だいたい、私がこの魔法を魔導紋にまで仕上げるのに、どれだけの苦労をしたことか……。私はね、その、なんというか……愛をね! わかってもらいたいわけ! ヒト族のために、こんな素晴らしい魔法を作って下さって超嬉しい! ってね。ちゃんと感動して、私を神として崇め奉って欲しいワケ」


 すげー俗っぽい願いだった。この子に神は無理でしょ。


「まあ、どのみちクロエの紋章はまだ私には無理だから。ドッペルに試したときの体感だけど、たぶん今の3倍近い魔力が必要なんじゃないかな」


 しかも、ドッペルで試す場合、自身の95%の魔力しか継承できない。

 けっこう道のりは遠い。というか、マジで届くかどうか怪しいレベルなんですけど。

 そう考えると勇者の魔力ヤバない?


「3倍かぁ。地道に魔力を使い続けるのと、魔物でも殺しまくるしかないわね」

「魔物を殺すと魔力が増えるの?」

「知らなかった? あいつら死ぬと魔力を放出するでしょ? その魔力のお裾分けが貰えるってわけ。魔力には色があるから、自分に合っている色の分だけだけどね」

「魔物は人や動物を食って強くなるというのは知ってたけど、人間もそれに近い現象が起こるってわけか」


 ならなおさら、討伐頑張ることに意味が生まれてしまったな。

 領地が安全になり、お金になり、自身の強化になり、怨霊の衝動を御する練習にもなる。


「あー、でもドッペルが得た分の魔力は私には還元されないから意味ないかも」

「そうなの?」

「そうです」


 ドッペルから私に引き継げるのは記憶だけだ。

 まあ、もちろんそれだって得がたいものだけど、経験値まで還元されるわけではない。


「そりゃ困ったわね。あなた自身が戦うのは?」

「無理……ではないけど、避けたいかな」


 ドッペルをコピーロボットよろしく家に置いておけば可能だ。

 でも、どういう事故があるかわからないわけで、私自身が無理をするのは、もっと強くなってらにしたい。クロエと行動を共にすれば事故率は低いだろうが、ドッペルなら本体が死ぬ確率はゼロなのだから。


「う~ん……。私としては、なるべく早く魔力を育てて欲しいのよねぇ。しょうがない、このクロエ様が一肌脱いじゃうか?」

「魔族の一肌とかなんか怖いんですけど……」

「巫相手に変な駆け引きとかしないわよ、私は。ドッペルちゃんが魔物を倒して増やした分の魔力を、あなたに移動してさしあげましょう!」

「魔力を……移動……? できるの? そんなこと」

「私くらい魔力の扱いに精通してる魔族なら可能なんだな、これが」


 魔力ってのは全然目に見えない謎のパワーの源。

 クロエにはそれが見えていて、さらに自在に操ることができるらしい。

 伊達に魔王に選ばれてないってことか。


「まあ、それもあなたとドッペルが『同一人物』だから可能なだけだけどね。別人なら無理だから」

「デメリットは、ドッペルが戻ってくる必要があるってことか」

「まあ、そこは仕方ないわね。消える時の魔力を保存できればいいんだけど。さすがに私もそこまでは無理だわ」


 そりゃあ、それが可能なら、そのへんにある魔力を無尽蔵に我が物にするのだって可能なんじゃないのって感じだし。まあ、ドッペルを外部経験値獲得装置にできるだけでも助かるわ。

 なにより、私の魔力増強が遅れると、勇者にクロエの紋章を横取りされるかもだしね……。


「じゃあ、しばらくドッペルは経験値集めね」

「私としてもはやくこの魔法を継承して欲しいからね。いっそ、ドッペルちゃん旅にでも出しちゃえば? もっと未開の地域に行けば強い魔物もたくさんいるし」

「それはダメ。まだやることあるから」

「なに、やることって?」


 そういえば、クロエに言ってなかった。

 古い時代から来た人だし、訊いてみるか。


「クロエなら知ってるかな。紋章の同時運用を試してるんだけど、なかなかうまくいかなくてさ」


 複数の紋章をその身に宿せるようになれば、単純な戦闘力は何倍にも膨れ上がる。

 太陽紋と収納紋(時空紋)を同時に使えるだけで、ほぼチート戦士のできあがりである。普通の人は、スロウの魔法だけで6歳児にも負けるのだ。そこに身体強化まで加わったら無双よ。無双。


「同時って? え? 魔導紋を身体に入れるってこと? 2つ以上?」

「そうだけど」

「は? そんなの無理に決まって――――いや……、別に無理ではない……のかしら。私は魔族だから、どのみち魔導紋は入れられないけど、ヒト族の場合は……どうなんだ……?」


 うむむと、考えこんでしまうクロエ。

 よくわからないが、少なくともクロエの知り合いにそういう人はいなかったってことかも。


「やっぱ、紋章って神様の力を借りるわけだから、2つとか3つとかまずいの?」

「どうかな。神になったからって、一人一人を監視してるわけじゃないだろうし、理屈でいえば、可能なはず。魔導紋に魔力を通すことで魔法を発現するだけなわけだし………………で、試してはみたわけ?」

「もちろん」

「で、ダメだったと?」

「うん。先に入れた紋章のほうに魔力が流れちゃって、もう一つの紋章のほうに上手く魔力が流れてくれないんだ」


 そもそも、紋章自体、魔力を通し始めたら勝手に身体にある魔力を吸い尽くす勢いで魔力を持っていくものだ。それなのに、二つ目の紋章は魔力が素通りしてしまう。

 そこに紋章がある、という感触のようなものはわずかにあるが、強いて言うなら表面を撫でていくだけというか。


「やっぱ魔導紋を2つなんて、受付けてないってことなのかなぁ……。よくわからないな。今度見せてくれる?」

「いいよ。どうせ、失敗しても何も起きないし、ちょいちょいチャレンジしてるから」


 紋章の起動は、魔力不足の場合はドッペルの消滅という結果になるが、二つ目の場合は単純に朱墨を無駄にするくらいで、特になにがあるというわけではない。

 魔力も身体の中を循環するだけだから、減らないし。


 まあ、クロエが何かアイデアを出してくれるかもしれないし、期待しておこう。 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る