026 お約束の人たち

 つーわけでドッペル・リディアです。

 私は外に出て髪を切り、森を抜け、少し遠回りしてギルドへと向かった。


「レッドホーン、討伐しました」


 ギルドの受付で、討伐証明の角を取り出して見せる。

 角は私の素の力では、かなり重たく感じる。ストレージに入れる前に頭からは外してあるが、それでも重い。


「えっ、もう討伐したの? 昨日の夜に討伐依頼を受理したって申し送り受けてるけど……。今日も1人?」

「はい。報酬を貰ってくるように言われました。……父に」

「そう。じゃあ、討伐完了確認しました。こちら報酬の銀貨8枚ね。角もいらなかったら、あっちで買い取りしているからね」

「わかりました~」


 ギルド員にも少し戸惑いがあるようだが、討伐証明がある以上、押し問答になったりはしない。

 貰った銀貨をストレージにしまい、そのまま買い取りカウンターのほうへ。

 ストレージから、取れたてホヤホヤのレッドホーンの死骸を取り出して渡す。


「おっ! さっき、向こうでレッドホーン云々って聞こえてたが、本当に持って来たのか!」

「首のとこでぶった斬っちゃってますけど、大丈夫ですか?」

「上物、上物! 胴体に傷がなきゃ問題ねぇ。頭なんて飾りにしかならないからな。角も揃っているし、サイズもいいな。これなら、銀貨6……いや7枚出そう」

「そんなにいいんですか? ありがとうございます!」


 銀貨7枚とは、思ってたよりも多い。

 魔物素材ってのはなかなか高級なんだな。


 ちなみに、銀貨1枚は小銀貨10枚前後。それが全部で15枚だから、小銀貨150枚前後くらいの価値だから、ええと……。


(1000円の150倍だから、15万円くらいかな。ザックリだけど)


 こっちの世界と、地球とでは物価の感じが全然違う。

 食料ベースで考えれば、確かに15万円分くらいで、数ヶ月は余裕で生活できる金額である。

 だが、それ以外の……服とか武器とか便利アイテムとか、そういったものの値段は地球より格段に高いわけで、相対的に見れば、食料が安いだけということもできるかもしれない。

 文明度が低いと、そういうことになるのかも。なにせ、まず生産するものといえば食料であり、結果として食料は相対的に豊富にある――ということになるからだ。

 討伐者として、飲んで遊んで冒険して……みたいな暮らしなら銀貨15枚はなかなかの稼ぎだ。

 だが、命を張って魔物を倒した報酬としてどうなのかというと、なんだか難しい話になる。

 ……まあ、私は命なんて張ってないわけだけどね。


(王都に行くまであと2ヶ月あるんだよな。いくつ依頼こなせるかな。クロエがいれば全クリアも可能なんじゃない、これ)


 このあたりは比較的魔物の出現が少ないらしい。というより、人口が多めだからか、強くなるほど放置される魔物が少ないということらしい。

 これが王都となると、魔物は発見次第殺されるので、討伐依頼自体がほぼないとか。

 まあ、平和で良いと思うが、稼げないのは面白くない。


(……ハッ! 想像よりも大金が稼げてしまったことで、頭がおかしくなってるかも!)


「おっ、新しい依頼。へぇ……」


・レイス 金貨1枚


 廃屋にいつのまにか住み着いていた幽霊型の魔物を討伐して欲しいとのこと。

 場所も近い。隣町だ。


「すみません、この依頼なんですけど、どうしてこんなに報酬が高いんです? レイスって強いんですか?」


 受付で訊いてみる。


「レイスは普通には倒せないの。倒すには、攻撃魔法が必要だから。あと、すぐ倒して欲しいという依頼主の事情もあって……まあ、私も金貨1枚はかなり多いと思うけど。受けるの?」

「受けたいです。あ、私のお母さん火炎魔法士なので」

「お父さんが太陽紋で、お母さんが火炎紋。子どものあなたが収納紋? なんだかすごいわね……」

「そ、そうですかね……ははは……」

「まあ、受けるのはOKよ。紋章士は討伐系は全部受けられるから」


 ということで、流れでレイスの討伐依頼も引き受けてしまった。

 オバケなんて、昔の私なら卒倒していたのだろうが、今の私はまさに絶賛怨霊に取り憑かれ中なのだ。オバケなんて怖くない!


 依頼を正式に受けて、外に出る。

 依頼書は一番最初に見た時より変わっていたし、案外依頼ってのは取り合いなのかもしれない。

 ただ、基本的には紋章士じゃないと受けられない上に、紋章士になるには「一定以上の魔力」が不可欠。全体の何%が紋章士になれるのか、詳しい比率は不明だが、例えば、うちの母もメイド達も料理人にも紋章は入っていない。

 さらにいえば、騎士見習い達だってまだ紋章は入っていないのだ。

 とすると、本当に数%くらいなのかもしれない。それだけ少数なのに、わざわざ危険を冒して魔物退治を生業にする人間は少ない――そういうことなのかも。


(さて、今日は一度屋敷に戻んなきゃな)


 いつもなら、適当にブラブラしていてもいいんだけど、今はクロエもいるし討伐依頼はさっさとクリアしてしまうに限る。

 と話して今後の方針も決めてしまったほうがいいだろう。

 まあ、本体も私も私は私なのだから、結論はほぼほぼ決まってるようなものだけど。


「おい、小僧。ちょっと待ちな」

「ん?」


 振り返ると、ギルドに併設された酒場で飲んだくれていた2人組の討伐者くずれがいた。

 もちろん話したこともないし、名前だって知らない。初対面だ。

 なんだ?

 いや、う~ん。これは……もしかしてアレでは? 

 例の……何度か漫画で読んだことのある……あの……。


「俺たちよぉ、金に困っててな。レッドホーンの依頼も俺たちが受ける予定だったんだが、オメェが横取りしたせいで」

「うっそ、マジでアレじゃん! こういう人って実在するんだ!」


 私はつい言葉にしてしまった。

 リディアは領主の娘だったから、こういうアウトローと知り合う機会がなかったのだ。だから、怨霊にもそういう記憶もない。

 当然、前世の私だってない。

 書道とか嗜んじゃうお嬢様だったからね、私。


「ああ!? てめぇふざけてんじゃねーぞ。痛い目を見たくなかったら、持ってる金をよこしな」


 う~む。屋敷に戻るには遠回りする必要がある(なにせ裏手から戻らなきゃならない)から、脇道を歩いていたのが仇になったようだ。

 人通りのない道。

 とはいえ、叫べば誰か来てくれるだろうか?

 ……いや、討伐者くずれは2人で体格もいいし、見た目も怖い。武器だって持ってる。

 無理だろうな。


(どうしようかな?)


 彼らのやっていることは、この世界でも当然犯罪だ。

 自警団に引き渡せばリンチにされるか、うちの騎士による裁きが待っている。

 そして、私は領主の娘であるからして、この街の犯罪については思うところがあるというわけだ。


「めんどくせえ。ここなら人目もねぇし、殺しちまえばいい」

「それもそうだな。人が来る前にやっちまうか」


 そう言って2人は腰の剣を抜いた。

 その判断をする時間が妙に早い。初犯じゃないのかもしれない。


(魔力、温存したかったけど、しゃあないな)


「ストレージ」


 私は剣を取り出した。もちろん、クロエから貰った宝剣ではなく、もともと持っていたほうの私物のショートソードだ。騎士剣は朝戻ってきた時に兵舎に戻してある。

 お子様でも扱えるショートソードといっても、鉄の棒には変わりない。ぶっ叩かれて平気な人間はそういないはず。まあ、鞘に入れた状態なら、死ぬことはないだろう。


 2人のごろつきは、見たところ紋章士ではない。紋章は背中に入れるものだし、露出していなければ魔法は発動しない。パッと見でわかるから便利だ。


「なんだァ? やろうってのか? ぎゃっはっは、剣の重さでフラフラしてんじゃねーか」

「人が来ると面倒だ。さっさとやっちまおうぜ。収納紋の紋章士は死ねばアイテムを吐き出す」

「そういうわけだ。大人しく金を渡しゃぁ死なずに済んだのにな。へへ」


 命が軽い世界ではあるが、こうも簡単に相手を殺す選択をするとは。


『殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ!』


 怨霊が騒ぎ出す。

 こいつは、魔物だけじゃなく人間にも反応するのか。

 いや……そうか。

 怨念は『魔物』と『攻めてきた人間』両方に宿っているんだもんな。

 敵対する者すべてが復讐の対象なのかもしれない。


 怨霊が騒ぎ出すと、私自身もその衝動のまま行動してしまいたくなる。

 殺しへの忌避感が薄れ、敵対者を殺せという発作にも似た欲求に抗いがたくなる。


停滞スロウ!」


 収納紋が輝き、男たちの動きが鈍くなる。

 2人同時に作用させるにはかなり魔力が必要で、感覚的に30%ほども消費されるが、ここで魔力をケチっても仕方がない。


 そのまま一足飛びに、男たちの頭をぶったたく。

 スロウの魔法は、体感的に身体の速度が半分以下にまで落ち込む術だ。

 よほどの達人でなければ、普通は対応できない。

 実際、男たちもあっけなく卒倒した。


「……弱い。紋章士と普通の人間って、ちょっと差がありすぎるんだよなぁ」


 例えば、ゲームみたいに魔法使いは力が弱くて肉弾戦はできないとか、そういう制約は全くない。魔法が使えるのはそのまんまプラスだ。

 ガチムチの張飛だろうが、才能があれば魔法が使えるのだから。


 私は気絶した男たちが生きていることを確認し(正直、殺したかもとちょっと思った)、ギルドへ戻った。

 自警団へ突き出そうかとも思ったが、こいつらは討伐者だし、なによりギルドの人なら私がお金を持っていることを知っているわけだし、こいつらが悪さをしたという話を信じてくれるだろう。

 私単独では、証明が難しい。


 結局、受付のお姉さんと別の職員さんがいっしょに来てくれて、騎士に引き渡すことになった。

 うちの騎士たちは自警団のボスみたいなこともやっているし、難しくないお裁きも領主に代わって執り行ったりしているのだ。


 私はというと、騎士たちに姿を見られたくなかったので、さっさと脱出した。


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