024 プレゼント
「ま、とにかく今はレッドホーンだな」
昨日は、山を散策するだけでかなりの体力が奪われてしまい討伐どころではなかったが、「ストレングス」の恩恵は大きく、今日はかなり余裕がある。
蒼白く丸い月が煌々と輝き、牧草地帯はけっこう明るさがある。
昼と同じように――というわけにはいかないが、巨大な生物がいればわかるだろう。
「じゃあ、そろそろ索敵魔法使うわよ? 準備はいい?」
「剣も持ってきたし、大丈夫。っていうか、どうしてそんな確認するの?」
「魔力の強いものを見つけるってことは、こちら側も見つけられるってことだから。魔物は魔力の高い生き物が好物なのよ? 索敵魔法は諸刃の剣なの」
「あ~。そういう」
手間が省けると前向きに考えるか。
昨日は見つけられなかったわけだし。
『シャルディカ・ディオラ』
目を閉じて呪文を唱えるクロエ。
しばらくして、
「見つけた。あっちから来る。まあまあ大きい魔物だけど大丈夫?」
「わかんないけど、やってみる。……あ、あれかな? あれだな。うわぁ、大きすぎでしょ」
遠く離れた稜線から、こっちへ突撃してくる影。
大きな紅い瞳を爛々と輝かせた、ちょっとしたトラックみたいなサイズの鹿だ。
角も大きく、なるほどこれは普通の人間が倒すのは難しいだろう。
私もさすがに怖じ気づく。
踏まれればプチっと潰されて死ぬだろうし、突進を食らっても全身がバラバラになって死ぬだろう。
ていうか、あれで銀貨8枚?
『殺す! 殺す! 殺す! 殺す! 殺す!』
魔物の赤い瞳に反応して、怨霊が騒ぎ出す。
全身の血が沸騰したかのように熱くなり、意識が飛びそうになる。
怨霊リディアの殺意が萎縮しかけた私の心を塗り潰していく。
強制的に
「黙っていなさい……! 猪突猛進で勝てる相手じゃないでしょうが……!」
怨念に支配され飛び出していきたがる身体を、意思の力で押さえつける。
完全に
鞘から剣を抜く。
いつもの子供用の剣ではなく、騎士達が使っている剣を一振り拝借してきたものだ。
重さも段違いだし、刃渡りも長い。6歳児には大きすぎる剣だが、巨大な魔物を倒すなら、これぐらいのエモノが必要だという判断である。
「ストレングス。プロテクション」
魔法をかけ直し、息を吐く。
(さて、こういう強い魔物と戦うのは初めてだけど)
本来の私なら、怖くて戦えないだろう。
前世も、リディアも、戦いなんて無縁な女の子に過ぎなかったのだから。
『殺す! 殺す! 殺す! 殺す! 殺す!』
怨霊が強烈な殺意で、私の意思を染め上げていく。
魔物に対する恐怖も、死への恐怖も、すべてを。
「クイックニング!」
さらに自分に暴力な加速を加える。
相手はこちらに気付いたようだが――遅い!
私はレッドホーンの突進をサイドステップで躱した後、巨体を飛び越えるようにしてジャンプ。
交差する一瞬で宙返りしながら剣を振り抜いた。
ストレングスとクイックニングにより強化された肉体から繰り出される一撃は、空間すら断ち斬るような剣速を生み出し、あっさりと巨大鹿の首を切り落とした。
私はクルッとさらに一回転して着地。
魔力が霧散していく魔物を見た。
「お見事。人間は魔法が使えない分、こういう技術に特化しているのねぇ」
「特化というか……私なんてまだまだだけどね。なんにせよ、倒せてよかった。思ったより楽勝だったわ」
自分が強くなるというのは根源的な嬉しさがあるのだと、私はこちらの世界に来て知った。
レッドホーンは肉体部分の魔力を霧散させ、骨と皮と瞳だけを残し消滅。
その死骸はクロエが収納魔法で片付けてくれた。
これの買い取りだけでも、まあまあお金になるだろう。
瞳――魔結晶は朱墨の材料になるので、売らないが。
「それにしても、こんなに簡単に倒すとはねぇ。これ、魔法だけで倒そうとしたらまあまあ面倒だから。体術ってやつ? 私もやってみようかな」
「クロエの時代にはまだ武器とかなかったの? 1000年前って石器時代?」
「せっきじだい? それはわからないけど、今とほとんど変わんないかなぁ。私は人間のことよくわからないから、もしかしたら凄く変わってる部分もあるのかも。人間の戦いだって見たことないし」
まだ鉄がない時代だった可能性は十分にあるだろうが、嘘だかホントだか魔王だったって話だし、クロエの周辺には従順な人間しかいなかったのだろう。たぶん。
「じゃ、明るくなる前に戻ろっか」
「あ、ちょっと待って。一度、あそこに戻っていい?」
クイッとクロエが指さす先は、山の頂上。
彼女が封印……眠っていた場所だ。
時間にはまだ余裕がある。なにせ、あっという間に見つけて倒してしまったのだ。
「なにかあるの?」
「急いであなたを追いかけたから、いろいろ置きっぱなしなのよ。誰かに盗られた困るでしょ?」
「椅子くらいしかないように見えたけど」
いろいろというには、デカくて持ち運びなんて到底できそうもない椅子があっただけだ。
まあ、彼女があるというからにはあるのだろう。
「あー、ちゃんと残ってた。よかった」
「椅子しかないけど?」
「これ、椅子に見える? 実は魔法の保管庫なのよ。『ア・ヴィ』」
クロエが椅子に向けて呪文を唱えると、ゴゴゴゴと巨大な石の椅子が開いていく。
中に安置されていたのは、一振りの剣と杖、そして王冠だった。
「よかったぁ。ちゃんと残ってたね。これ無くしてたらご先祖様に申し訳がなさすぎるもんね」
「大事なものなんだ?」
「杖だけね。王冠は私が封印される前に人間の王から贈られたものだし、剣はドワーフ族から貰ったもので、まあ……そこまで大事じゃないかな。私が眠る前に、どうしても入れろって言われていれたやつだし」
クロエが魔族の王だった話は、正直半信半疑なところがあったが、この三つの宝物は、誰が見たって特別な品にしか見えない。
なにより、彼女が嘘を言っているようにも見えない。
とすると、本当に彼女は1300年前の魔族の王なのか。
…………ずいぶん可愛い王様だ。人間社会じゃありえないな……。
「そうだ。この剣はリディアにあげる。私が持ってても仕方がないし、プレゼント」
「え!? もらえないよ、こんなの。人からもらったものなんでしょ?」
「1300年前にね。もう関係者全員死んでるんだから、問題ないわ。あなたは剣を使うんだし、ちょうどいいじゃない」
「私に使えるのかな……。大丈夫? 魔族専用とかだったりしない?」
血のように赤い刀身の、まあまあ禍々しい見た目だ。大ぶりな両刃の剣で、無骨だが特徴的な意匠が施されている。
魔族の王に相応しい剣……みたいなコンセプトで打ったものっぽいんだよなぁ。
「ああ、魔力が乗る仕様だって言ってたわよ? 魔力を込めるほど切れ味が増すとかなんとか」
「完全に魔王仕様だよ、それ」
「でも、あなたなら大丈夫じゃない? 魔族随一の魔力量とまで言われた私と比べても10分の1くらいの魔力はあるわよ、あなた」
それはもしかして褒めているのか……!?
「まあ、なんにせよ剣はありがたいよ。実際、お金貯めようと思ったのも武器を買うつもりだったからだし」
「ならなおさら丁度良かったじゃない」
「では、拝領いたします。王様」
冗談めかして剣を受け取ったけど、これって完全に魔族の家臣ポジションじゃない?
異端審問ものだよ!
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