023 それより依頼だよ
結局その日は、クロエと話をして終わってしまった。
クロエには、私のことをすべて話した。彼女自体が秘密の存在だし、私のことを隠す必要がないからだ。
ドッペルゲンガーのことも、未来のことも、怨霊のことも話した。
特に神に会ったという部分では、かなり興奮していたから、彼女たち魔族にとって「神」になるというのは、非常に重要なことらしい。
人間の私にはまったくピンと来ないのだが。
とにかく、結果的に100万の味方を得たに等しいと言っていい。
クロエは自由に使うことはできないが、いざというときに頼りになるジョーカーだ。
「ドッペルゲンガー!」
「お、おお~! すごい。これは私でも真似できない大魔法よ。神になったオイディプス=ミラーが授けてくれたのよね? あの夢想家が神になるなんてねぇ!」
オイディプス=ミラーというのが、祈りの紋章の生みの親……つまり、もとになった魔法を扱う魔族であり、私が会ったあの神であるらしい。
なんでも「夢を叶える魔法」というのを研究していた変わり者で、結局、そのオイディプス=ミラー自身は一度たりともその魔法を成功することができなかったのだとか。
その彼の紋章が、継承されているという事実にクロエはめちゃくちゃ驚いていた。
私が使うこの「ドッペルゲンガー」も、彼の「夢の魔法」の一つ。もしかすると、あの白い箱には彼の「夢」がたくさん詰め込まれていたのかもしれない。
さて。
クロエの騒動で忘れそうになっていたが、私は討伐依頼を受けているのだ。
元々、カリアグラ山にも別にクロエに会いに行ったわけではないわけで。
「それでは、ドッペルちゃんに紋章を書きます」
「えっ? あなたが書くの?」
「そりゃそうでしょ。こっそりやってるって言ったじゃん」
「私の
ドッペルゲンガーの背中に太陽紋を描く。
クロエ曰く、魔族的には低レベルすぎてありえない魔法らしいが、人間にはこれがめちゃくちゃ有用なのだから、素の能力の大きさの差を感じずにはいられない。
「はいできた。どうしようか、いちおうクロエにも付いてってもらう?」
「あー、いいかも。荷物持ってもらおう」
「え、私、いきなり荷物持ちにされる感じ?」
「だって、クロエ、収納魔法使えるって言ってたじゃん」
「そりゃ、使えるけどさ。護衛しろって話はどうなったのよ」
「今回は特例ってやつで」
ちなみにクロエには気付いたら敬語を使わなくなっていた。
見た目が17かそこらの少女にしか見えないし、彼女自身も気楽なタイプだったから。
あと、魔族は人間と違い魔法を素の肉体のまま使える種族であり、誰かが研究して編み出した魔法も、本人の能力次第で使用できるらしい。
収納紋の魔法も、第2魔法までは問題なく使えるとのこと。元の術者であるフラメル=ランバートとは知己の中だったとかで。
「じゃあ、私は寝るので二人ともよろしくね」
「はーい。っていうか、私が倒してきちゃったほうが早かったんじゃない?」
「それじゃ、
◇◆◆◆◇
どうも、ドッペルリディアです。
今、私はカリアグラ山に向けて疾走中。
クロエはなんとフワフワと浮かんで追走してきている。ラムちゃんか。
カリアグラ山は昨日は素の自分の脚で移動したが、今は太陽紋の恩恵があり、ものすごい速度でその山陰が近づいてくる。
現時刻は朝の5時。
誰もいない夜の街道。
街灯など存在しない、月明かりだけが頼りの道。
当然、こんな時間には誰も通ることはないから、6歳児である私が空を浮遊する魔族といっしょに走っても見咎められることはない。
「それにしてもダン・アイオリオの身体強化魔法が人気とはねぇ……。確かに脆弱な人間の子どもでも、まあまあ動けるようになるわけだし? それなりに有用なのは認めますけど? でも、こんなの魔族なら誰でも使える魔力操作で、魔法と呼べるようなものじゃないわけですからね? 到底、神の御業とは言えないようなものなわけでね? ちょっと聞いてる?」
「はいはい。聞いてますよ」
昨日から折りにつけてこの話をしてくるクロエ。
太陽紋が一番人気だということが、どうしても受け入れがたいらしい。
人間からすれば、これ以上なく便利な魔法なのだが、魔族の彼女にはそれがわからない……いや、理解はできるが、納得はできないといったところか。
「それより、そろそろ着くから。クロエも空から探してよね」
「そんなことしなくても、索敵魔法使ってあげるわよ」
「そんなのあるの?」
「魔力探知なんて基本中の基本よ? 私くらいの天才になればお茶の子サイサイよ」
4人に囲まれたら負けると言ってたわりに、魔法はなんだかんだでいろいろ使えるらしいクロエである。本当に天才なのかどうかは審議だ。だって、他の魔族とか1ミリも知らないし。
レッドホーンは、大きな角を生やした鹿の魔物で、太陽紋を持った戦士ならば1人でも十分に討伐可能という話。
そうでなければ、大の男が10人くらい集まって、それでも勝つのは難しいという難敵という話である。
6歳児の体躯しかない私が勝てるかどうかはわからない。
まあ、最悪負けて死んだとしても、何度でもやり直せるのだ。どのみち、やってみなければわからないし、自分自身がどれくらい強いのかもよくわからない。経験を積むという意味でも、これから依頼はどんどん受けていこうと思っている。領内の治安維持という点でも有用だ。
というか、私が負けそうになったらクロエがなんとかしてくれるんだろうけど、それを当てにしてしまうと緊張感がなさすぎる。残機ありで、ボムまでありみたいな。
(銀貨8枚か……)
王都ではお金が必要になる場面はまあまあ多いはず。
となると、出発までになるべく稼いでおきたい。
私は、強化した身体能力を駆使して街道を走り、カリアグア山には1時間弱で到着した。
「夜明けまで待ったほうがいいかな?」
なにせ暗い。
暗さに対する耐性は、毎日夜中に活動しまくったおかげでかなり付いたと言えるだろうが、それでも夜の山は少し怖い。
『レイ・ラト』
クロエが魔法を唱えた。
とたんに、目の前に光輝く玉が出現し、周囲を照らし出す。
「クロエ、本当にいろいろ魔法使えるのね」
「これで魔族の王にまでなった女だからね」
ふふんと胸を張るクロエ。
魔法自体は実際スゴいんだけど、なぁ~んか嘘くさいんだよなぁ。
そもそも魔族の王というか、魔王という存在自体が、現代に伝わってないワケだし。
私が知らないだけか?
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