022 歴史上の人物ですね

「く、クロエさん。話は中断。実はあなたの姿を見られるとマズいんです。さっきの鳥とか猫とかネズミとか、生き物の姿に変われませんかね」

「見られるとマズい? どうして?」


 サラサラの髪を揺らして首をかしげる姿は可憐だけども、それはそれとして、いきなり伯爵令嬢が魔族と密会はいかにも不味い。異端審問もんだよ。


「理由は追々言いますから! ね? お願い!」

「かんなぎの頼みじゃあ、聞くしかないかぁ~。『ティリアス・ラミパス』」


 クロエが呪文のようなものを唱えると、みるみるうちにその身体が小さくなり――


「ネコだ」

「ヒト族はこの生き物が好きでしょ?」

「お嬢様~? もう入っちゃいますよ! あっ! ネコ!」


 メイドが勝手に入ってきて、ネコになったクロエを発見した。


「どうしたんですか? このネコ。あっ、そうか~、気づかれないように隠して飼ってたんですね。わかりますわかります。私も幼いころは、勝手に動物を飼おうとして怒られたものです」

「えっと……、はい。まさにその通り」

「大丈夫。お父上とお母上ならば、ネコの一匹や二匹、きっと許可してくださいます。お~、よしよし……って、あんまり慣れてないネコですね」

「野良ネコなので……」


 私がヒョイとクロエを抱え上げると、彼女は非難がましい目でこちらを見た。

 もうしばらく我慢してほしい。


「名前はなんていうんです?」

「クロエっていうの。カワイイでしょ?」

「クロエちゃんですかぁ。クロエちゃんは、きれいなネコですね~。こんな黒くて毛の豊かなネコは初めてみましたよ。どこで見付けてきたんですか?」

「……ちょっと……山のほうで」


 嘘は言っていない。嘘は。


「じゃ、掃除の邪魔しないように、出てるね」

「はい。ありがとうございます」


 私はクロエ(ねこのすがた)を抱いて、部屋の外に出た。


 ◇◆◆◆◇


「それで、どうして私はネコの姿になってなきゃならないわけ?」

 

 いつもの岩のところに移動してクロエを解放する。

 ネコの姿のまま、胡乱な目つきで非難してくるが、どうやら本気でわからないらしい。

 つまり、魔族とヒト族とが共存していたとか、そういう時代から来たということなのか、この娘は。


「話すと長くなるんですが、現代では人間と魔族は敵対関係にありまして」

「え? 敵対関係? なんで?」

「なんでなんですかねぇ。詳しい経緯はわかりませんけど、とにかくそういうことなので、魔族のあなたと一緒にいるのを見つかると、2人まとめて討伐対象になりかねなくて」

「え~……。じゃあ、魔族はどうやって継承者を見つけてるの?」

「さあ?」

「さあって……」


 だって、本当にわからない。

 というか、継承者制度自体がたぶん公にされていないし……。


「そもそも、今って何年なの? 私、そんなに長く寝てた?」

「どれくらい寝てたかは知りませんけど、今は神聖歴1325年ですね」

「……ん? 聞き間違いかな? もう一回言って?」

「神聖歴1325年」

「1325年!? うそでしょ!?」

  

 よほどショックだったのか、ポワンと術が解け、人型に戻ってしまった。

 まあ、ここは人が来ないから大丈夫だろう。

 それにしても、わかりやすくショックを受けている。

 だんだん気の毒になってきたな。


「私があそこで眠り……自らを封印したのって、その神聖歴ってのが始まったころなのよ。確か、神聖歴30年とか、それくらいだったはず。……ええ……? 1300年も経ってるの……?」

「歴史上の人物ですね!」

「ニャァ~~~~! まあ……私の継承者足りえる人材は文字通り1000年に一人の逸材ってことだし、いっか!」

「あ~、それもけっこう怪しい話かもです」

「なんでよ!?」

「だって、クロエさん、金貨300枚の討伐指定になってましたし」

「え、えええ~~~~~……。ひどい裏切りだわ……あんなに仲良くやってたのに……。ちょっと……わからせたほうがいいかしら?」


 目つきを鋭くさせるクロエ。

 あっ、ちょっとヤバいかも。

 強いのかどうかはよくわからないけど、謎の魔法を私が見ただけでも何種類も使ってるし、弱いわけがない。っていうか、この人って自称「魔族の王」なわけで……。

 魔王じゃん。


「たぶん、誤解があるんですよ。ああして1000年以上寝てたわけですから、継承者のことを知っている人がいなくなっちゃったとかで。事故とか。いろいろありますし。ほら、人間って弱い生き物ですし」

 

 なんで私が、クロエに討伐依頼を出したやつの肩を持たなきゃならないのか謎だが、謎の軍勢に滅ぼされる前にこの子に滅ぼされてたんじゃ話にもならない。


「ていうか、継承者が現れてもあの結界があったらから、どうにもならなかったんじゃないですか?」

「結界の解除方法はちゃんと伝えたはずだけど」

「じゃあ、なおさら事故とかで途絶しちゃったんですよ」


 だって1300年だ。それ以外にない。

 ……いや、単純に忘れられたという可能性もあるが、怒りそうだから言うのはやめておこう。


「それに私と会えたんだし、いいじゃないですか。ね?」

「なってくれるの? 継承者に」

「なりますなります」


 私がならなかったら、どのみち「勇者」がその役目を負うのだ。

 歴史を変えたい私にすれば、勇者にクロエの紋章を入れさせるわけにはいかない。


「ん~、ま。私としてもあなたを逃したらもう継承者なんて現れないかもだしね。ならば、この私がなんでも願いを叶えて進ぜよう」


 胸に手をやってずいぶんと気前の良いことを言うクロエ。

 今、なんでもって言った? 言ったよね?


「じゃあ、ずっとネコの姿のままで私を守ってください」


 すっぱり答える私。

 クロエが守ってくれれば死ぬ確率が下がる。


「この姿の……まま……?」

「魔族の姿は目立ちすぎますから」

「え、ええ~~……。私、こう見えても魔族の王様だったのよ? その私に獣の姿のままでいろと……?」

「じゃあ、継承者の話はなかったことに……」

「ふぅん? けっこう足元見るじゃない。……わかったわよ。その代わり、誰もいないところでは、元の姿になってもいいでしょ?」

「まあ、それくらいなら」


 ということで、私とクロエとの契約は成立した。

 私は、今の魔力ではどのみちクロエの紋章を継承できないので、今まで通り魔力を育てて、いずれ紋章を継承する。

 クロエのほうは、継承者である私をネコの姿のままで守り続ける。

 どのみち、クロエは私が死んだらノーチャンスなのだ。彼女は「神」になるために私を生かし続ける必要がある。


「あ、それと、なんか勘違いしてたらアレだから言っておくけど、私、別にたいして強いわけじゃないからね?」

「え。魔王じゃないんですか? 魔力だって凄いじゃないですか」

「ほら、魔族って決闘で格付けしたりするじゃない?」


 知らんがな。そうなの?

 完全に戦闘部族じゃん。


「決闘って私の能力と相性が良くてさ。それで、あれよあれよと魔王にまでなっちゃったってだけで。4人とかに囲まれたら普通に負けちゃう感じよ? でっかい魔物とかも苦手だし」


 どう見ても強者の雰囲気出してるのに、当てが外れたな……。

 いやまあ、それでもいないよりずっといいか。


「まあ、それでもいいです。私より強ければ」

「さすがにそれはナメすぎでしょ。1対1なら私は魔族で一番強いのよ?」


 もはや嘘なんだか本当なんだか……。

 まあ、なんにせよ秘密の護衛がいてくれるのは助かる。

 クロエなら動物に変身して密偵みたいなこともできるだろうし、今後のことを考えると非常に頼りになる。やってくれるかどうかはともかく。


「これでもし『神』になって天上の国へ行けるって話が嘘だったら、最悪ね」

「あっ、それは本当のことですよ、たぶん」

「どうしてそんなことが言えるのよ?」

「だって、私、会いましたもん。神に」


 私をここに連れてきたのは、「祈りの紋章」の神だ。

 だから、紋章をヒトへ継承することで神の座に至るという話は、間違いなく真実なのである。


 ……まあ、クロエは半信半疑の顔だけど。

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