021 目を付けられてしまいました

 その記憶は、すぐにの元に届けられた。


「ガルディンさん、ちょっと急用を思い出しました」

 

 剣術の訓練を一方的に中断し、私は自室へ走った。

 記憶が鮮明な内……というと変な表現だが、ドッペルがせっかく持ち帰った情報だ。腐らせる手はない。

 クロエの紋章。魔法の継承。時空魔法。人族と魔族との契約。

 私と怨霊の問題――この国が滅びるのとなにか関係があるのだろうか?

 クロエは数百年前からあそこにいるらしいし関係ないか。

 だが、それはそれとして、情報は残しておきたい。ドッペルの死を無駄にしないためにも。


 急いでメモを走らせる。

 クロエの紋章に関しては、ハッキリ言ってうろ覚えだ。というか、あんなデザインを一発で記憶できるはずがない。


「さて……。ずっと眠っていた魔族を起こしてしまったのは……マズかったかもしれないわね。いや、元々何度もああいうことを繰り返してたのかな?」


 小転移でなら入れるわけだし、そういう人間が入ってくる度に、ああやって自分の紋章を押しつけて殺してたのかも。


「てことは勇者は、あれを自力起動させた……ってこと?」


 そう考えるのが自然だ。すごい魔力だな……。

 しかし、せめて起動できればどういう魔法かわかったのだが――


 その時。

 ガタン、と。音がした。

 窓のほうからだ。

 反射的にそこに目を向けると、一羽の大きな黒い鳥が窓際に留まっていた。


「は……。鳥か」


 怖い魔族に絡まれた記憶が流れてきた直後だからか、神経がささくれ立っているのかも。

 鳥くらいで――


「すごい魔法。あれはあなたの分身だったのね。人間で……魔導紋もないのに、どうしてあんな魔法が使えるの? すごく……すごく興味深いわ」

「え……は……?」


 鳥が喋った。


「死んでも肉体が残らなかったし、魔力が一直線に飛んでいったから、追いかけたの。見失うかと思って焦ったわ」


 そう言いながら鳥は室内に入り、みるみるうちにその身体を美しい女魔族の姿へと変化させた。


「ふぅん。本体の魔力も……すごく変わってる。まるで、何人もの魂が合わさっているみたい」

「え、あの……」

「とにかく。私はあなたをずっと待っていたの。よろしくね。私の継承者さん」


 こうして、私は魔族クロエに完全に目を付けられてしまったのだった。


 ◇◆◆◆◇


「ん~。それにしても、こうして目覚めることができて良かったわ」


 ネコみたいに伸びをして、クロエは私の部屋を興味深そうに見ながら歩き回る。


「かなり長く眠ってたような感覚があるんだけど……ヒト族の部屋の調度品はあんまり変わらないのねぇ。空からみた景色も変わらなかったし……やっぱり、そんなに経ってないの?」


 気楽にそんな風に話しかけてこられても困る。

 私はまだ状況を理解できていない……いや、理解は嫌というほどできている。

 問題はいつここに誰かが来るかわからないということだ。

 メイドに見つかれば大騒ぎになるだろうし、騎士に見つかれば最悪戦闘だ。

 それだけは避けなければ。


「あ、あの~。クロエ……さんでいいんだっけ? 結局、あなたの目的はなんなんですか?」

「ん~? だから言ってるじゃない。私のかんなぎになってもらうって」

「そのかんなぎってのはなんなんです」

「え? そこから?」


 だって「紋章術」の本にも書かれてなかったし。神殿でもそんな単語は一言も出なかった。


「見たところまだお子様みたいだから仕方ないか。じゃ、説明してあげるね」

「はぁ」

「私たち魔族はね、人生を掛けて一つの魔法を作り上げるの。でも、その魔法も死ねば失われてしまう。でも、適性のあるヒトに魔法を継承することができれば、その魔法はこの世界の記録に記され、永遠に残していくことができる。私たち魔族も死して、神となることができるの」

「あ、だから自分の魔法を残そうと?」

「そう。私って、魔族のなかではちょっと……かなり異端なタイプでさ。魔法もちょ~~~~っとばかり特殊でね、普通の人間には継承できなかったんだ。それで、継承できそうな人が現れたらよろしくって、人間の王に頼んであそこで待ってたってわけ」

「あー、それを私が起こしちゃったんだ」

「そういうこと。まさか結界を時空魔法で抜けてくるとは思わなかったけど」

「え? 収納紋は人気だし、他にも抜けてくる人いたんじゃないですか?」


 なんたって賞金首だ。あの結界を抜ける方法なんて、ありとあらゆる方法が試されたに違いない。

 小転移を使うなんて、私でもノータイムで思いついたわけで、他の人が試さないわけがない。


「誰も来なかったわよ? っていうか、あなたが使った『小転移』の魔法だって、どれほど高度な魔法かわかってる? 自分の内側に門を開くだけの『収納魔法』とはわけが違うのよ?」

「高度と言われましても、魔法って紋章が勝手に使ってくれる感じですし……」


 難しいとか簡単とかの境目がわからない。呪文一発オート発動。

 私がやってることは魔力を通してるだけ。


「それはわかってるけど……魔力がたくさんいるし、そもそもの魔力操作が上手くないと指定場所に狙って転移できないわけ。フラメルの紋章は、それが可能か不可能かをちゃんと識別して、呪文を授けているはず」

「つまり?」

「他の人間は使えないんでしょ。時空魔法って魔族でも難しい魔法だもん。なんたって、天才魔法師フラメル=ランバートの遺したものだからね」

「そうなんですかね……。私、最初から使えましたけど」

「それは、あなたが普通じゃないからよ。私の魔法を継承できそうというだけで、私が起きていた頃にいた継承者候補の人間すべてより魔力が図抜けて多いってことだから」

「んなバカな」


 確かに私は毎日魔力切れをわざと起こして、魔力増強を頑張って続けてきたけど、だからって……?


「本来は魔導紋を描くことで、その紋章に描かれた魔法はすべて使えるの。紋章ってそういうものだから。でも、実際に使うには術者の魔力量や魔力操作技術が問題で、ヒトの魔法師は魔族の魔法を十全に扱うことができないことが多いわ」

「でも、小転移とかたいして魔力使わないですよ? 太陽紋とそう大差ない」

「消費される量と、紋章に魔力を通すのに必要な量との違いね。まず紋章を魔力で起動して、その魔法に必要な量を流し込む。その後、実際に起こる現象に使う魔力は全体の一部にすぎない。知らなかったの?」

「知りませんでした……」


 つまり、紋章に「この魔法使うわ」って指令を出しながら魔力を通して、それが満タンになったらいくらかの魔力を使用して実際に現象を起こす……って感じなのかな。


「っていうか、太陽紋ってなに? 私のころ、そんなの無かったけど」

「えっと、身体強化魔法の紋章です。ストレングスとか、クイックニングとか」

「え? は? マジ? それ継承されてんの?」

「一番人気ですけど」

「はぁ~~~~~~!? 一番人気!? それって、ダン・アイオリオの肉体強化魔法でしょ? あの無才能者の! 嘘でしょ!? ちょっと魔導紋見せて」


 今までに無い反応に驚いてしまう。メイドが来なきゃいいけど……。

 私は引き出しから太陽紋の写しを出して、クロエに見せた。


「あ~、マジじゃん。この美しくない魔導紋。これの継承者がそんなにいるなんて……いや、当時だって非力なヒト族にはけっこう人気らしいって聞いてはいたよ? でもさぁ……」

「なんで、そんな反応なんですか?」

「だって、継承者が多いってことは、それだけ神に近付くってことなのよ!? 魔族の王にまでなった私が、未だ巫すら見つけられていないのに、あいつはもうすでに『神』ってことじゃん。あ~、いきなり大ショック……」

「いや、魔族の王って……?」


 どんどん衝撃の新事実が出てくるんですけど、ちょっとどうなってんの。どうすんのこれ。


「魔族の王は魔族の王よ。まあ、私は引退して眠っちゃってたから、過去の話だけどね」

「え、ええ~~……」


 と、そこにノックの音。


「リディアお嬢様~? 入りますよぉ~? ベッドのシーツを替えて、お部屋のお掃除をしますからね~?」

「ちょ、ちょっと待ってて! 絶対、入ってきちゃだめよ!」


 メイドのケイトだ。私はドッペルを使う関係で、メイドたちには絶対にいきなり入ってくるなと言いつけてあり、いちおう彼女たちも守ってくれている。

 おかげで、いきなりクロエを見られなかったのは良かったが……どうしよう。

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