018 徒歩で魔物を探します

 タイムリミットは2日後。

 厳密には明後日の夕方くらいまでがリミットだろう。

 カリアグラ山は領内西部。目視で確認できる距離にある山だが、6歳児の脚ではかなり時間がかかるし、なにより討伐指定の魔物がどの程度の強さなのか、実際のところはわからない。

 私が戦ったことがあるのは、生まれたての魔物だけなのだ。


「……とすると、やっぱり明日まで待つわけにはいかないよね」


 本体の魔力が回復して「ドッペルゲンガー」を作り直してから出発。そういうプランが手堅いのは確かである。なにせ、今の私は「収納紋」の紋章士でしかないのだから。

 つまり、肉体的には掛け値なしの6歳児!


 だからといって、「私」を無為にするのももったいない。私が消えることで魔力を本体に還元できる仕様なら良かったのだが、そういう美味い話はないのだ。


 私は街で食料と水を購入し、走った。

 いちおう剣もあるし、ちょっとレッドホーンを確認するだけでもいい。なんといっても、情報は宝。

 明日の私が本命だ。

 私は私の命を使い切る為に走るのだ。


「はあっ……はあっ……はあっ……」


 街道を軽いジョギング程度のペースで走る。街から西への道は主要街道ではないので、行商人もほとんど見かけることはない。道といえるほど整備もされていないし、子どもが1人で走るような道じゃないことは確かだ。

 だが、大きな街道――例えばパレット湖へ続く道なんかだったら、必ず見咎められていただろう。


 きついけど、1年の訓練の成果か、意外と走れた。

 6歳児は小学1年生くらいのはずだが、人間というのはこんなに能力のあるものだったのか。

 前世の私が運動に縁が無いタイプだったから、持久力のある自分に今さらながら驚いてしまう。


「お昼くらいかな。今」


 ゆっくりペースだったが、意外と距離を稼ぐことができた。人間の脚というのは意外と遠くへ移動できるようにできているらしい。

 途中で、ゴブリンが2体と、ホーンラビットが1体出たが、素の私でも剣があれば簡単に倒せるレベルの魔物だから問題なかった。

 怨霊の衝動も、だいぶ制御できるようになっている。


 太陽は真上にあり、今日はけっこう日差しが強い。時間はまだ余裕がある。

 時計なんて便利なものは存在しない。日時計だけが頼りだ。


「怨霊もここには来たことないんだよね。まあ、山なんて貴族令嬢には無縁な場所かもだけどさ」


 カリアグラ山はけっこう標高が高い山々が連なる山脈地帯で一番高い山であり、斜面の急な場所もあるが、基本的にはなだらか丘が続く牧草地帯。地元の畜産農家がここで牛を放牧している。

 レッドホーンがその牛を食べてしまい大損害……ということらしい。


 鹿のくせに牛を食べるとは……という気もするが、まあ魔物なんてそんなものか。見た目が鹿なだけで、中身はどいつも同じようなものなのだ。

 家畜の放牧をしているくらいだ。例の魔族はもうすっかり風景の一部と化して、さほど恐れられていないということなのだろう。


 なだらかな丘陵を登っていく。

 太陽紋があれば、ここまで1時間、山登りで1時間、探索で1時間という具合にいけただろうが、6歳児では当然、無理無理の無理である。


「……無謀だったな。すでに魔物と戦うとかいうコンディションじゃないし」


 動けなくなるほどではないが、かなり疲労困憊だ。復路のメロスもかくやという具合だ。

 収納紋から買ってあった食料を取り出して食べる。

 水筒は、この世界では金属製のけっこう良いものがあるので(ただの水でも魔物を遠ざける聖水的な効果があるからだろうか、水筒の需要が高い)、水分の補給は問題がない。


 知らない世界の知らない土地。普通なら6歳児でなくとも心細いだろうが、私はドッペルゲンガーで、本体のためと思えば、まだ頑張れた。


「……とにかく、どこにいるのかだけでも見つけておかなきゃ」


 魔物は獲物を求めて移動するから、依頼書の情報はそれほど当てにならないと考えたほうがいい。

 

 山道をえっちらおっちら登っていく。

 時々、山小屋のようなものはあるが、無人のようだ。

 カリアグラ山は放牧に使っているだけの山であり、人はほとんど住んでいないようだ。大きめの石も多くて、畑にするにもあまり向かなそう。

 というか、畑作の為にだろうがこんな山を登ってくるのはしんどいか。まだ未耕作の土地なんていくらでもありそうだし。


 ザアッと風が吹く。

 放牧地帯はほとんど木が生えていない。

 けっこう開けた場所だが、見える範囲に大きい鹿はいない。


「さて……、レッドホーンちゃんはどこにいますかねぇ」


 ドッペルゲンガーである私は帰りの心配をしなくてもいい。

 途中で倒した魔物の魔結晶は放棄することになるが、あれくらいなら惜しくない。


 私は山の斜面を登りながら、レッドホーンを探し続けた。

 6歳児の脚ではいくら見通しが良い山といっても、全部をくまなく探し続けるのはかなりしんどい。かなり範囲も広いし。


「……いないんですけど」


 すでに頂上付近にまで来てしまったけど、レッドホーンはまだ見つけられない。

 山の反対側だろうか? それとも向こうの山のほうかも? 人里のほうに移動してしまった可能性だってある。普通、討伐者はどうやって魔物を見つけるのか、もしかしたらなんらかの方法があるのかもしれない。


 レッドホーンを探してけっこう山の上のほうまで来てしまっていた。


「……そういえば、頂上に魔族がいるんだっけ?」


 ギルドの討伐依頼によると、その魔族は山頂にいるということだ。

 私は好奇心もあり、そいつを見てみることにした。


 山頂まではすぐだった。

 私はてっきり、山の上に屋敷でもあって、そこのベッドに寝ているんだと思い込んでいたのだが、そこにあったのは、白い石でできた重厚すぎる巨大な椅子で、その魔族はそこに腰掛けていた。

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