015 複数紋はむずかしい

 こんにちは、ドッペル・リディアです。

 時刻はまたしても夜。

 本体は「こうなったら魔力オバケになってやる!」とキレつつ、魔力の95%を私に譲り渡して睡眠中。


 私は部屋を抜けだして、林の中のいつもの場所に陣取った。

 魔結晶を砕き、朱墨を作る。

 前回、ついに太陽紋の発動に成功したわけだが、そこはあくまでもスタートにすぎない。まだまだ、紋章についてはよくわからないことが多く、自分で解明していくしかないからだ。

 幸い、という「実験体」がいるから、かなりいろいろ試せるわけで、その強みを生かさない理由はないだろう。


 今日はなんといっても火炎紋と月光紋を見て覚えることができた。

 あの後、ダッシュで帰って、紙に書いたが記憶が正しいのかちょっと怪しいところがある。

 ジックリタップリ凝視して、何度も頭の中で描き、なんなら指で太ももに何度もなぞったりもしたから間違いはないはずだが、実際に発動実験をしてみなければわからないのだ。


 とはいえ、今日やるのは別の実験だ。


「まずは、小さく描くことからやってみよう」


 紋章は本来背中に入れる。

 だが、前回の私はふとももに入れた。場所も違うが、描くサイズも背中に入れる一般的なものより小さかったはず。

 それでも紋章はしっかり起動した。


「小さいと能力も小さい……そういう可能性はあるだろうけど、調べておく価値はあるわよね」


 私はひとりごちて、まず手のひらに太陽紋を描いてみることにした。

 通常のサイズが半紙いっぱいに書かれた文字だとするなら、手のひらのそれは葉書サイズ……いや、それよりさらに小さいだろう。


「よし……。問題なく書けたけど、どうかな」


 私は、書きたての紋章に魔力を通していく。

 前回と同じように……いや、魔力の吸い込む量がサイズに比例して少ないだろうか。前回よりも早い段階で、紋章は発動した。

 手のひらで赤く輝く紋章。


「ストレングス! お、おお~なるほど」


 かなりハッキリと違いがある。

 サイズに比例して、魔法の効果が低いのだ。

 前回と比べて、そこまで力が上昇していないのがわかる。

 紋章は、それ自体が魔力を外界から吸い込むと「紋章術」に記載されていたことを考えると、かなり中途半端なものになるということのようだ。


「……まあ、でもここまでは想定通りね」


 私はふとももに月光紋を描いた。


「本にも書いていなかった『複数の紋章の同時発動』。当然、試すでしょ」


 別に収納紋でも、火炎紋でも良かったが、今日シスターに聞いた月光紋の魔法である「魔力吸収マナドレイン」のことが気になっていたのだ。

 まあ、あくまで発動できたらの話だが。


 月光紋の発動に必要な魔力量は、太陽紋より少し多いらしい。

 図案が複雑だからだろうか。


「さて……なんでかわかんないけど、同時発動はタブーみたいだし、最悪死ぬかもだけど。試してみなきゃわかんないもんね」


 私は気合いを入れて、書いたばかりの月光紋へと魔力を注いだ。


「……ん? あれ? なんでだ?」


 月光紋へと魔力を注ぎたいのに、なぜか太陽紋のほうへ流れていってしまう。

 たとえるなら、体の中に川が流れているとして、太陽紋という「出口」があるばかりに、ちょっと力を入れると全部そっちに流れていってしまうような感じだ。

 紋章という新しい外部機関を二つ運用することを、身体が認識しない感じというか……。


「でも、もともとは紋章を発動するときに、そっちに魔力を送ることができているわけだし……なんかきっかけが必要なのかな」


 できるはずだ。

 ただ単に、魔力の扱い方が下手なだけなんだと思う。

 実際、ほんのわずかにだが月光紋へも魔力が流れていっている感触はあるのだから。それこそ、川の流れの中で、小枝がひっかかってるくらいの感触でしかないにせよ。


 その後、私はひたすらに魔力をまわし、太陽紋へ流れないようにしながら、月光紋へと魔力を通し続けたが、結局、2つ目の紋章を発動することはできなかった。


 ◇◆◆◆◇


 複数紋の発動の練習もやりたいが、春に王都へ行く前に私には必要なことがあった。


(自由になるお金がない!)


 ……ということ。

 なんといっても、所詮は6歳児。お小遣いだって少ない。

 腐っても領主の娘だから、暮らしにそれほど不便はない。食事もワイルドだが肉体的にも記憶的にもリディアの割合が高い私は、普通に食べられる。

 甘味が果物くらいしかないのは地味に辛いが、肉体がリディアベースだからか、そこまで狂おしく甘みを求めているわけでもない。

 ……当然、王都に行ったら甘い物を探して食べると心に誓ってはいるが、それは別のお話。


 欲しいものも申告すれば買ってもらえる可能性が高いのだけど、この申告という部分が問題で、私が欲しいものって武器とか防具とか薬草とかそういうものになるじゃない? 新しい筆とかさ。他にも欲しいモノなんていろいろ出てくるだろうし。

 やっぱ自由に使えるお金、必要だわ。


(このままだと王都に到着して、何か面白いものを見つけても買うことができないんだよね。けっこう由々しき事態なんじゃない?)


 ということで、お金稼ぎをすることにした。

 ガルディンさんに「討伐者」について前に聞いたが、討伐者ギルドでは魔物の外皮が買い取って貰えるとのこと。となれば、私の手持ちの外皮が売れるはずというわけだ。

 魔物自体はそれなりに狩ってきたが、なにせ置き場所がない。部屋に隠すにも限度があるし、もしメイドに見つかったらコトだ。

 というわけで、今持っている外皮は「ゴブリン×8」「ホーンラビット×4」。これだけだ。

 売れるかどうかはよくわからない。ホーンラビットは角と毛皮があるから、多少はお金になるかも。


「それじゃ、ドッペルゲンガー!」


 さすがに私が売りに行くわけにはいかないので、ドッペルに任せる。

 魔力量は9割。出し惜しみしても仕方が無いが、日中の活動に支障が出るほど使ってしまうのはそれはそれでまずい。


 私はドッペルの背中に収納紋を書いた。

 服も背中を切って即席のオープンバックを作る。というか、どこかでオープンバックの服を買っておいたほうがいいかもしれない。普通はふとももに紋章を書いたりしないわけで、外でドッペルを動かすには、どうしても紋章を背中に書く必要があるのだから。


 ちなみに、意外というか、紋章の形が違うのだから当然かもだが、太陽紋と収納紋とでは起動までの魔力の流れはかなり違いがあって戸惑った。

 魔力に余裕があったからか迂回しながらも無事に発動させることができたが、一発で成功させなければならない神殿の紋章官は実はけっこう大変なのかもしれない。


「じゃあ、よろしくね」

「了解」

 

 時刻はまだ朝7時。

 私は私で、剣の訓練をいつも通り行う予定。

 別に魔力がほとんどなくても、身体は動くから。

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