014 サポートはズルい

「お、お若いのによくご存じですね。その6種類意外では『月光紋』『探知紋』『召喚紋』。あとは失われた紋章ですが『暗黒紋』もよく知られております」


 なんと、「月光」「探知」「召喚」「暗黒」ときた。

 これで10種類だ。ここまでくると、まだまだありそうである。

 それにしてもシスターは6歳児相手に応答が丁寧だな。やはり領主の娘というネームバリューはデカいってことか。


「ここで描いてもらえるのは、どの紋章ですか?」

「当院では『太陽紋』『月光紋』『火炎紋』『収納紋』『探知紋』『奇跡紋』の5種類です」

「あれっ、さっき言っていた召喚紋は入れてもらえないのですか?」

「召喚紋は特別危険ですから、認められた者だけが宿すことができるのですよ」

「えっ、どう危険なのです?」

「召喚紋は、魔物を呼び出す魔法が使えるようになるもの。しかし、その魔物よりも術者が弱ければ従えることができずに殺されてしまうのですよ。怖いでしょう?」

「すごいですね。そんな紋章があるんだ……」


 欠陥魔法じゃん。

 というか、それってつまり実用的には術者より弱い魔物しか呼べないってことじゃない?

 意味ねぇ~~~~。

 ……いや、使い魔召喚と考えれば悪くない……か? わからん。


「紋章のことはだいたいわかりました。呪文なんかは教えてもらえるんですか?」

「いえ、呪文は一つずつ次の段階へと進まなければ危険な為、紋章士にならなければ教えてはならない決まりなのです」


 なるほど……。確かに魔法が呪文一つで発動するのだから、そういうものかもしれない。

 使ったことがない術でも、呪文というトリガーで発動してしまうのだから。

 そう考えると、なかなか危険だ。


「じゃあ、聖癒紋を見せてもらうことってできませんか?」

「えっ!? 聖癒紋をですか? それはさすがに領主様のご息女のお頼みでも……」


 ですよね~。

 いざとなったら、ドッペルゲンガーに覗きをさせてでも暴いてやる! という強い気持ちがなくもないが、この場はあきらめるしかない。

 というか、ダメということを知れただけでも良かった。

 聖癒紋は、出家しなければ描いてもらうことができない特別な紋章なのである。そして、神殿の収入の柱でもあるのである。だからこそ、彼らも秘匿しているわけだ。


「あ~、あと一つだけ教えてください。他人の魔力を吸い取る魔法ってあるんですか?」


 私の質問の本命はこれだ。

 少なくとも「紋章学」には載っていなかった。

 あるとしたら、どの紋章だろうか。


「存在しますよ。魔力吸収マナドレインはですね――」

「教えてくれるんですか!?」


 呪文は基本的に教えないという話ではなかったんじゃないの?

 ていうか、あるの!?


「例外的に危険のない魔法ですから」

「そ、そうなんですか……?」

「ええ。魔力吸収魔法は、確かに魔力を吸い取ることができますが、術者の持つ魔力の300分の1程度を吸い取る術なのです。ほとんど意味がありませんね」


 多分、魔力増強に使うということも試されたことがあるのだろう。

 だが、300分の1ということは、数値換算でMPが300あって、やっと1が吸えるという程度だ。なるほど、よほど魔力に恵まれた人でなければ意味がないのかもしれない。


「それで、その魔力吸収魔法はどの紋章で使えるんです?」

魔力吸収マナドレイン……月光紋を身に宿すことで使えるようになる魔法ですね」

「月光紋って他にどういう魔法が使えるんですか?」

「魔力を他へ移動する魔力移譲が主な魔法になります」


 シスターがこの神殿で入れられる紋章の中に「月光紋」も確かに入っていた。

 ということは、比較的秘匿度は低めの紋章だろう。

 そして、実在するのなら私の計画が大きく前進する。

 なぜなら、魔力吸収があれば「他人の魔力を減らして、魔力を育てることができる」からだ。

 シスターはほとんど意味がないと言っていたが、調べてみる価値はありそうだ。


 シスターと話をしていたら、お金持ちそうな夫婦がやってきた。

 不安そうな顔をした、今の私よりずっと上、従騎士君たちと同い年くらい少年を連れている。

 怪我をしている様子はない。なんの用事だろうか。


「神官様。お久しぶりで、ついに決心が付きまして。やはり火炎紋を入れていただこうかと」

「これはアルバーノさん。火炎紋は扱いどころが難しいですが、よろしいのですか?」

「ええ、すでにこいつの兄が収納紋を入れておりますから、炎術を使える者がいれば、護衛を雇う手間も減りますし」

「なるほど。しかし、そういう用件であるならば太陽紋のほうが確実ですよ?」

「いえね、こいつ気が小さくて。自分が剣で戦うのは嫌だと言うのです」

「確かに炎術ならば距離を取って戦えますからね」


 どうやら、これから紋章を入れる儀式が始まるらしい。

 アルバーノ氏とその妻と息子は別のシスターが連れていった。


「あ、あのぅ。儀式って見せてもらうことできませんかね。勉強の一環として」

「勉強……ですか? 領主としての?」

「まあ、そのようなものです。私は次期領主なので」

「なるほど」


 少しだけシスターは思案顔を見せたが、意外や意外、私だけならということでOKしてくれた。

 6歳児に見せたところで何もないと思ったのだろう。

 実際、別になにもない。ちょっと図案を覚えさせてもらうのと、ちょっと儀式の仕方を確認しておきたかっただけだ。

 私のは完全なる独学。見よう見まねですらない。


 シスターがアルバーノ氏を説得してくれて、私は同席を許された。

 というか、儀式は普通に両親が見られる仕様であり、そこまで秘匿度は高くないらしい。

 普通は紋章なんて自分で書こうと思わないからだろう。

 紋章の図案だって、身内に紋章士がいれば見放題だ。隠す意味がない。

 つまり、聖癒紋以外の紋章はわりとオープンな存在なのかもしれない。


「それでは、これよりアルバーノ氏ご子息ハリバロへ『火炎紋』の聖蹟をへ描いてまいります」

「よろしくお願い致します、紋章官殿」


 紋章官が助手のシスターから受け取ったのは太い毛筆だった。

 想像していたより毛先が長い。見た目も豪華だ。

 紋章官は年嵩で、筆遣いはなかなか達者だが、想像していたより書に勢いがない。

 形をなぞることに注力しているように見える。案外、練習不足なのだろうか。

 朱墨は私が使っているものより、さらに粘度が高いようだ。

 肌に書く関係で粘りがないと下に垂れがちだから、その対策として粘度が高いものが用いられるのだ。


(ふむふむ。しかし、これが火炎紋か。やはり少し篆書っぽさがあるな。原始的な言語を元に作られているとか? てか、そもそも紋章ってなんなんだろ)


 背中一杯に描かれた火炎紋が完成する。

 あとは本人が魔力を注入するだけだ。

 火炎紋は太陽紋より遥かに複雑な紋様。必要魔力も多そうだ。

 私が太陽紋を発動させられるようになるまで、毎日魔力を使いまくって1年もかかったことを考えると、素の状態でこれを発動させられるハリバロ君の才能に嫉妬である。

 なんなら、今の私でも発動させられない可能性すらあるのだから。


「それでは、紋章に魔力を注入し発動していきます。ハリバロ君は、まだですよ。私たちが合図するまで、そのままなにもしないように」


(ん?)


 サポートについていた3人のシスターたちはケープを脱いで、オープンバックの背中を晒している。


(んんん?)


魔力供与トランスファー・マナフォース


 初めて見る紋章を輝かせて、魔力を分け与える魔法を唱えるシスターたち。

 その魔力は、本人というより紋章にそのまま注がれていく。

 

「え、ええええええええ!? 自分の力で発動させるんじゃないの!?」


 儀式中にもかかわらず大きな声を出してしまった。

 さすがにアルバーノ夫妻もこちらをジロリを見てくる。

 うう……すみません。

 だって、あまりに想像の埒外だったものだから……。

 

「紋章を自力で発動させられる人間なんておりませんよ。発動の最後の切っ掛けとなる一押しをする魔力もない者が大半なのですから」


 やんわりと説明してくれるシスター。

 いや、でも、だって……。

 嘘でしょう……?


 紋章士に魔力を送られ、ハリバロ君が最後の一押しの魔力を送り、紋章の発動は成功した。

 私としては釈然としない。


 私は1年も毎日魔力を育てて、やっと自力で発動できるようになったのだ。

 それが、まさか……。

 いや……前向きに考えたほうがいいか。魔力はあればあるほどいいんだし。うん。

 でもなぁ。紋章がもっと早く使えるようになっていれば……いや、いまさらそんなことを言っても仕方が無い。どうせ、シスターたちに協力してもらうことなんてできなかったんだし、絵に描いた餅だ。

 そんなことより、シスターたちの紋章も見れたことを僥倖だと思おう。


「あのシスターたちの紋章はなんだったんですか?」

「あれが月光紋ですよ」

「ふむふむ、なるほど! とても良い勉強をさせていただきました。それでは今日はこれで! ありがとうございました!」


 私はお礼もそこそこに、入り口で待っていたガルディンさんを連れて急いで帰った。

 予想外に2つも紋章を見ることができたのだ。忘れる前に帰って、はやくメモんないと!

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