013 神殿でいろいろ見てこよう

 父と母、ガルディンさんにも他言無用の徹底を頼んだ。

 その未来が訪れるのは歴史通りにいっても14年後なのである。現時点ではまだ何も起きていない可能性が高い。

 もちろん、すでになんらかの計画を辺境伯が企てている可能性もあるにはあるが……。


 内戦ということなのだろうけど、魔物もいっしょになって攻めてきたわけだし、実際のところもう少し複雑であろうことは想像に難くない。

 ただ、もし単純に辺境伯が攻めてきたのだとしても、ラピエル領はあっという間に沈むのだという。辺境伯は魔族との国境を守っている関係で、精強な常備軍を有し、国力という点で比べるまでもないほどの差があるからだ。

 だから、今この瞬間だって辺境伯が攻めてきたら、あっという間にラピエル領は滅ぶ。

 なら、もともと綱渡りだったんじゃないの? という気もしないでもないが、まあ、一応は辺境伯も同じ王国貴族の一員ということで、そういう心配はない……という認識だったらしい。

 実際、内乱なんてほとんど起きたことがないという話だし。

 ……14年後には起こるわけだが。


(政治的なことは、もともとの私にも知識がないからなぁ……。こんなことなら、もっと世界史とか勉強しておけば良かったな……)


 日本人的な感覚だと、都道府県でバチバチやりあうとか考えられないわけだが、個別に武力を有しているなら領地を奪い取るという感覚、普通にあるのかもしれないとも思う。

 少なくとも大昔の日本はそれでずっとドンパチやってたわけで……でも、あれは完全に別の国という認識だったんだっけ? 三国志だってそうだし。う~ん、やっぱり難しい。

 

 なんにせよ、これで父――バルトも平和ボケしていないで、行動を開始してくれるだろう。私みたいな6才児では、やれることなんて限られているわけだし。

 逆に考えれば、少なくとも14年は猶予があるのだ。

 うまく準備をすれば最悪の事態は避けられる可能性も上がるはず。


 っていうか、もう1年経ったんだよな。

 あと14年しかないと考えていたほうがいい。


「あとは私自身の強化か……。こればっかりは地道にやるっきゃないからなぁ……」


 紋章のことはひとまず黙っておいた。

 情報は得やすくなったが、ドッペルゲンガーのことなんかも当然話すつもりがないわけだし。

 ただ、今回の話を信じてもらえたことで、いろいろ協力を引き出せるのでは? という期待がある。

 お金なんかも欲しい。

 武器も防具も欲しいし、靴なんかもちゃんとしたブーツがあればいいなと思う。

 そもそも、戦闘服の類を一切持っていないし、そういうのも揃えたい。


 あとは、なんといっても学校に通いやすくなるはずだ。

「必要だから」のゴリ押しでいけると見た。

 自分自身の楽しみも忘れてはいないのだ。

 なにせ、これは「私の人生」なんだから。


(許せない! 恨む! 許せない! 恨む!)


「いたたたた。ちょっとくらい楽しいこと考えたっていいじゃないのよ!」 


 ◇◆◆◆◇


 次の日、父は領地の視察で騎士や家令を伴い出かけていった。

 父に付き従う騎士はガルディンさんたちとは別に存在している。彼らは戦闘員であると同時に護衛であり、なにより領地経営の社員なのだ。

 戦闘力自体は家にいる騎士たちより低いらしいが、そのぶん頭が良いのだとか。

 その代わり、ガルディンさんたちは、街の警察的な役割を担っていたりする。


 私自身も父が不在の間に、いくつかやりたいことがあった。

 朝の戦闘訓練を2時間みっちり行い、その後、メイドのケイトをつかまえて神殿に行きたい旨を伝えた。

 なんで神殿? と訝しがられたが、社会見学だとゴリ押し。

 見たいものは見たい。6歳児はそれで通る。たぶん。


 いちおう母親にも許可をとり、お小遣いまで少しもらって出かけようと思ったのだが、護衛を付けなきゃダメという話になり、騎士が1人同行してくれることになった。


「じゃ、出かけるか! リディア様は何が見たいんだ?」

「ガルディンさん。隊長なのにいいんですか?」

「隊長だからだよ。お姫様に同行できるのは隊長の特権なのさ」


 ニヒルに笑うガルディンさん。

 要するにサボりの口実ということだろうか。

 ガルディンさんは物知りだから、私としても都合が良い。


 屋敷を出て南側は、いわゆる目抜き通りというやつで、そのまま一直線に港までがつながっている。

 海までの距離は、2キロ程度。

 いちおう港町なのである。


 海の向こう側には魔族領があるらしいのだが、沖合には深い霧が立ちこめていて、そこに入ると二度と出ることができなくなるらしい。だから、お互いに船で渡ることは不可能なのだとか。

 なので船は陸沿いにだけ航行し、漁も沿岸でのみ行っている。

 それでも、港があるというのは大きく、ラピエル領は田舎だが、田舎なりに発展した田舎なのだ。


「それにしてもどうして神殿だ?」

「紋章のことをもっと知りたいので」


 私がそう言うと、ガルディンさんとメイドが難しい顔をした。

 私に紋章を入れるほどの魔力がないことを知っているからだろう。


「紋章のことなら、俺だってけっこう知っているぞ?」

「太陽紋の戦闘での運用以外のことも? 私、もっと広範な知識を得たいので」

「広範な知識ねぇ。リディア様は難しい言葉を知っているな。まあ、俺のは実地で学んだようなことが多いから、神殿で教わるようなものとは違うかもしれん」


 ガルディンさんからは、けっこう紋章のことを教えてもらったが、どうしても太陽紋とその運用についてのこととか、もっと基礎的なことが主だった。

 どらかというと、本の内容をおさらいして補強するような内容が多かった。

 実地で学ぶようなものは、あんまり教わってないような気がするけど。


「実地で学ぶって、どこかで修行中に教えてもらったとか?」

「違ぇよ。戦闘で失敗しながら学ぶんだ。昔はあちこちで戦ってたからな。紋章に詳しくなきゃ戦えんよ。人間相手の戦闘ならなおさらな」


 なるほど、紋章を知らなきゃ相手が「なにをしてくる」のか予測すら立てられないのか。

 その観点は抜けていたな。灯台元暗しというやつだ。

 まあ、たぶん訊けばガルディンさんは教えてくれたのだろうけど、私って魔力がアレだから紋章についての話題がちょっとアンタッチャブルな感じになってるっぽいんだよな。

 今だって、完全に「魔力がないのに魔法に憧れている子ども」みたいな感じに思われてるみたいだし。


「じゃあ、帰ったら教えてください。それはそれとして、神殿には行きます」

「ん。そうか。まあいいが」


 ということで神殿へ。

 神殿は街の中でもかなり大きめの建物だ。

 どうも紋章を入れること自体が有料であり、なかなか儲かっている模様。紋章を描くのは「紋章官」の仕事で、神殿の中でもけっこう上位の人間しかなれないらしい。

 なかなか宗教がかっているが、実際「神」の力を借りるための施設なのだから、宗教そのものだ。

 神殿を運営しているのも、私が週に1度だけ顔を出している教会と同じ、アビゲイル神聖教なのだから。

 

 アビゲイル神聖教は、アビー教とか、単に神聖教とか、教会とか呼んだりするが、すべて同じものだ。この国の国教であり、開祖であるアビゲイルが神より紋章の力を賜り、魔族の支配から自由になった。その後、アビゲイルの周りに人が集まりできたのがアビゲイル神聖教なのである。

 ミサでは神父の説法でよく出てくる逸話だが、興味がなくてあまりよく覚えていない。


「こんにちは、本日はどのような御用向きですか?」


 神殿に入ると、全身の肌を隠したシスターが話しかけてきた。

 見ると、中にいるシスターは全員がオープンバックのシスター服にケープのようなものを羽織っている。かわいい。


(う~む、しかしこれでは聖癒紋を見るのは無理かな?)


 密かに目標の一つとしていた「聖癒紋を見て覚える」はどうも無理くさい。

 秘匿されているものだから、簡単には見られないだろうとは思っていたが、いわゆる「処置室」は個室だし、私自身も今は怪我をしていない。

 そもそも、紋章は「術の発動時」しか浮かび上がらないのだ。


「私はリディア・ティナ・ラピエル。領主バルト・ロイド・ラピエルの娘です。今日は紋章について教えてもらいたくてきました。教えていただくことはできますでしょうか」

「もちろんです。私に答えられることでしたら、なんでも」


 意外と色良い返事だ。

 これはつっこんだところまで訊けるかもしれない。


「紋章の種類ってどれくらいあるのですか? 私が知っているのは『太陽』『収納』『聖癒』『火炎』『奇跡』。この5種類だけなのですが」


 私がそう言うと、シスターの表情が一瞬ひきつったような気がした。

 5類知っているだけでも、6才児としては知りすぎなのかも?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る