012 協力者は絶対大事

「リディア。お前……どうしたんだ? 剣を習っていることは知っていたが……なぜそんなに必死になっている……?」

「そうよ、リディアちゃん。あなたは女の子なのよ?」

「お、お父様……お母様……」


 屋敷の外にある屋外テーブルに父と母、ガルディンさんと私で集まらされ、家族会議が始まった。

 剣の稽古を始めて1年近く経つが、いまさらこんなことを言われるとは思わなかったな。

 確かに、半年前に一度父が王都から戻ってきたときは、意識して見つからないようにしていたのは事実だ。まだ始まったばかりで止めろと言われたくなかったし、母はほぼ放任だったから、そこさえ乗り切れれば続けられるのがわかっていたからだ。

 まあ、よく考えればガルディンさんや母親がバラしてたかもだが、実際に見に来たことはなかったから、父本人が言っているように、子どもの遊びと思っていたのだろう。

 ガルディンさんがちゃんと伝えなかったのは、彼自身のイタズラ心だったのかもしれない。

 今だって、肩を竦めておどけているくらいだ。う~ん。

 

 それにしても、母までいっしょになって攻めてくるとは思わなかった。

 見て見ぬ振りしてたから、気にしてないのかと思っていたな。


 父、バルト・ロイド・ラピエルは領主の仕事をやっているのだが、母の仕事は屋敷の維持管理の統括、地域住民とのお茶会を通した情報収集や折衝、アルとリリーの世話。たまに私に刺繍や裁縫を教えたり。あとは、領地経営の仕事も父不在時に行ってるようだ。

 そういうこともあり、私はほとんど放任に近い状態だったわけだが、さすがにあの戦闘訓練はあまりに本気すぎて困惑してしまったのだろう。

 どうやら、ちゃんと説明する必要がありそうだ。


「理由というか……身体を鍛える為に剣を習っています。せっかく、家に騎士がいるのですもの。次期領主として私自身が強いことに越したことはないでしょう」


 胸を張ってそう答えると、両親はポカンとした顔になった。

 ううむ、元々の5才児リディアの口調がよくわからなかったから、貴族らしい厳格な家庭ぽさを出してみたのだが失敗だっただろうか。

 いや、これじゃ武士か? まあいいか。どうせ私は私だ。


「で、でも……もう何十年も戦なんて起こっていないのよ? 隣国とも関係は悪くないし。あなただって普通に結婚して子供を作ってくれれば、それで」

「そうだとも。領主の仕事も別にお前が継がんでもアルに任せてもいいのだし」


 なるほど、そういう感じか。

 ちなみにアルというのは、現在3才のかわいいかわいい私の弟だ。

 私としても「滅び」を免れたのであれば、弟に任せるのもやぶさかでないが……。


 さて、こういう話が出るだろうということは、予想していた。

 今の私と、5才までのリディアはハッキリと別人なのだから、両親が訝しがらないはずがないのだ。


(悩むけど……。やるしかないもんね)


 私がやろうとしていることは両親の協力は不可欠。

 というより、私個人の力なんて知れている。

 少なくとも、彼らには応援してもらわなければならない。


 これは賭けだ。

 だが、私には時間がない。

 14年は長い。だが、たかが14年であるとも言える。

 滅びを回避するための時間は、どれだけあってもいい。

 もちろん、裏目に出る可能性はある。だが、信用されたければ、私がまず彼らを信じなければ話にもならない。

 賭けに勝ち、彼らの応援を得る。

 その為の一手を、今ここで打つ!


「怖い……夢を見たのです。夢の中の私は大人で、幸せに暮らしていたところにたくさんの魔物たちが押し寄せてきて、みんな、みんな殺されてしまう夢です。お父様も、お母様も、アルもリリーも、騎士たちも……みんな殺され、街も家も森もすべて焼き滅ぼされてしまう夢……」

「夢……? でも、そんなの夢の話なのでしょう?」


 両の拳を握りしめて話す私に、母が寄り添うようにして言う。


「夢ですが……私は本当のことなのだと感じました。夢の中の私は、死の間際に『祈りウィッシュの紋章』を使って……。こんな未来を変えてくれと。私は未来の私に頼まれたのです」

「い、祈りの紋章だって……!? そ、そんな……バカな……」

「お嬢様……それは…………」


 両親もガルディンさんだって、この時点で私に魔力がないことを知っている。

 5才のリディアの記憶に、「魔力測定」をしてダメだったことがしっかりと記憶されているからだ。

 とすれば、私に描くことができる紋章は祈り――つまり「奇跡紋」しかない。

 そして、両親は一度たりともそのことをリディアに話していないのだ。

 本来の今の私リディアが、その『奇跡の紋章を背中に描く未来』を知っているはずがない。


 勝算のある賭けだった。


「滅ぶといっても……なにが起こったというのだ……?」

「魔物と人間が合わさった軍勢が攻めてきたのです。未来の私は、それをあの尖塔の上から見ていました。そして、いよいよダメだとなって『紋章』の力を使ったのです」

「リディア。お前は『祈りの紋章』のことを知っていたのか……?」

「いえ、夢で見るまでは知りませんでした。ですが、これは神が私に未来を変えるべくくれたチャンスなのだと思うのです。一分一秒すら、無駄にはできない」


 まだ半信半疑の顔つきだ。

 さすがにドッペルゲンガーのことや、前世が日本人であることなどは話せないが、最終目標は領主である父とも共有しておいたほうがいい。

 もちろん、一笑に伏されてしまう可能性もあるだろうが、そのときはそのときである。


「しかし……この平和な国が……滅ぶなど……」

「あ~、バルト様。リディア様の言っていることは、たぶん本当ですよ」

「ガルディン。しかし、そのような兆候すらないのだぞ? まして、祈りの紋章など……。あれは、おまじないのようなもので、ほとんど誰も発動させられないと聞くが」

「しかし、発動さえさせられれば、神は必ず願いを叶える――でしょう? 私も1年とちっと見ただけですけどね、リディア様は確かに運命を自らの力で切り開く為に剣を振っています。そこに嘘はありません」

「お前ほどの男がそう言うならば……」


 どうやら納得してくれたようだ。ナイスだガルディンさん。


「ですから、お父様も。私といっしょに滅びの運命に抗ってください」

「それは……本当のことであるならば、もちろんだが……。しかし、いったい我々は誰に滅ぼされるんだ?」

「人間と魔物の軍勢。わかっていることはそれだけです。あ、違うな。旗印がわかっています」


 私は記憶の中にあった、滅びの軍勢の旗印を地面に棒で描いた。

 そんなに複雑ではない図案だ。


「…………これは……バカな」

「こりゃあ……」


 父とガルディンさんが絶句する。

 知っているのか!?


「念のために訊くが……、どこかでこの旗印を知って、今ここで描いたわけではないのだな? もしそうなら、冗談ではすまされないのだぞ?」

「誓って、本当に夢で見たものです。知っているのですか?」

「ああ……」


 その後、父はそのの正体を教えてくれた。


 ラピエル領の北、魔族領との国境を守るヴァイス辺境伯の旗印だと。

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