011 訓練はガチで続けてます
「……こほん。まあパーティーはともかくとして、まだ半年近くあるからできる範囲のことはやっておきましょう」
「紋章の研究と習熟。あと、できればお金を稼いでおきたいわね」
「今の状態では難しくない? 太陽紋があれば魔物も倒せるかもだけど。死体を運ばなきゃなんないでしょう?」
「魔結晶も売れるらしいけど、自分たちで使いたいしねぇ」
少し前に、すでに私たちは方針を話合っている。
滅びの運命をどうすれば回避できるのかについて。
二人で話して、いくつもアイデアが出たが、結局はものすごくシンプルなものに落ち着いた。
圧倒的な強さがあれば、滅ぼされない。
これだ。
もちろん、強くなったからといって敵と思われる側をこちらから攻めるという話ではない。それをやったら、自分たちが滅ぼす側になるだけだ。
あくまで、防衛。
できれば、強すぎて相手が攻める気をなくすようなのがいい。
できるかどうかはわからないが、きっとできる。そう信じるほかにない。
一般的には防衛側のほうが強いのが常識という話だし。
「防衛の準備は時間が掛かる……と思う。そんなに余裕ないんだよね」
「砦1つ作るのだって楽じゃないだろうしね。資材も必要だし、人材もいる。今の馬が7頭、兵士は傭兵と戦闘訓練もボチボチの農民みたいな状況じゃ、どのみち詰んでるんだよなぁ」
ハッキリ言ってしまって、未来は暗い。
防衛をやれるだけの資材も人もなく、下手をしたら奇襲とかゲリラ戦をやるのが最強戦術になってしまいそうなほど詰んでる。
将棋で言ったら王と銀と少しの歩だけがいるような状況で、さらに相手のほうが戦争も上手だろう。
というか、私にはマンガなんかで得たような微妙な知識しかない。東南の風を吹かせて火計を成功させるとか――う~ん……全く役に立ちそうもないな……。
「お金があればねぇ。それか国を動かすとか? 王子様とお知り合いになれたら、それとなく言い含めて……とか」
「6歳児の戯言を信じるバカはいないわよ」
「それもそうか」
となれば、やはり「圧倒的な力」路線しかあるまい。
攻め込まれてもなんとかなるし、そもそも攻め込まれなくなる可能性が高くなるのだから、力こそパワーだ。計略も軍略もわからん以上、それしかないのだ。
「あ、あと今からでもできそうなことある」
「なんだっけ?」
「人よ人。人材。紋章士の数」
自分で太陽紋を使えるようになってわかったが、これがあるのとないのでは天と地ほども差があると言っていい。
紋章士の数はまさしく力だ。
「問題は魔力が多くて紋章を入れられる子供は親が手放さないってところね。騎士に自分の意志でなってくれる子はいいけど、他にも仕事なんていくらでもあるわけだし」
「そうなんだよなぁ」
「なんか他人の魔力を減らせる魔法でもあればいいんだけど」
魔力は使わなければ増えないというのは、一種のバグだ。
私はドッペルゲンガーがあったからなんとかなったが、これがなかったらいきなり詰んでいた。
つまり、普通はそういう裏技で魔力を増やしたりできないということ。
「あとは頭脳とか。頭のいい子を育てて将来の軍師にしたり……」
「夢があるけど、育てる環境が必要でしょ、それ。学校でスカウトしたほうが良くない?」
「それもそうか。まあ、どのみちこのへんは出会いがあればの話ね」
私個人をどれだけ鍛えたところで知れている。
神は「あの後、国も滅んだし、攻め込んだ側も滅んだ」と言った。
つまりあの滅びはラピエル領だけの問題ではなく、国全体の問題でもあるのだ。
そんな規模では、私1人が頑張ったところで、ほんの少し風向きを変えられるかどうか。そんなところのはず。
だけど、大きく動くのはまた別の歴史に突入する可能性もあり、さじ加減が難しい。良かれと思ってやったことが裏目に出るかもしれないし、出ないかもしれない。
下手に動いた結果、滅びが10年早まりましたでは笑い話にもならないし、怨霊はもとより私だって成仏できなくなってしまう。自分が新たなる怨霊になるのだけは勘弁だ。
なので、こっそり動いてジワジワと滅びのフラグをへし折っていくというわけだ。まあ、フラグがどこにあるのかわからないので、手探りなわけだけど、結局やれる範囲でやるしかない。
神からもらえるチートがセーブ&ロードで好きなところからやりなおせる……とかだったら、せめて違ったかもだけど、無い物ねだりをしても仕方がない。
二人で話して、ある程度の方針をまとめた私はドッペルゲンガーを消し、訓練場へ向かった。
いつも通りの戦闘訓練を始める。
ドッペルの記憶から、太陽紋のすごさはわかっているつもりだ。
だからこそ、太陽紋を使っている時と、素の状態とでは肉体能力が違いすぎて訓練にならないのでは? そんな風に思った。
だが、違った。
太陽紋を使った状態の肉体を制御するのは、素の状態での肉体のコントロール技術が生きるのだ。むしろ、訓練なしでは太陽紋はただの暴れ馬であり、「そのまま強くなる」ことなんてできやしない。
だから、騎士さんたちは毎日欠かさず訓練を行っているのだろう。
「リディア様、今日はひさびさにやってみますか? 2対1」
「うぇえええ、あれ苦手なんですよね」
「誰だって苦手ですよ。そこがこの訓練のいいところなんです。じゃあ、円を描きます。相手はゲイルとポルコでいきましょう」
ガルディンさんが今日の訓練として提案したのは、通称2対1、つまり2人相手に戦う……厳密には逃げ切る訓練だ。
直径20メートルほどの円の中心で2人に挟まれた状態で訓練開始。
攻撃を捌きながら、死なずに円の外に出られれば勝ちである。
私は手加減されているから、木剣で強く叩かれることは(あんまり)ないが、騎士さんたちはわりとお互いにぶっ叩きながらやっていて、けっこう苛烈だ。
ガルディンさん、けっこう厳しいからな。
円の中心に立ち、訓練が始まる。
相手はまだ紋章のない騎士見習い――従騎士の少年2人。
青みのかかった黒髪と切れ長の鋭い瞳を持った少年がゲイル君。
くすんだ金髪にブラウンの瞳が愛らしい少年がポルコ君。
今の私よりはずっと年上だが、従騎士は12歳くらいからなるものであり、彼らもまだ14歳かそこらだったはず。つまり中学生だ。
精神年齢ウン十歳の私からすると、ほんと少年という感じである。
しかし体格は、まるっきり子どもと大人である。
彼らは手加減が下手なので、怪我の心配があるが、怪我ならなんとかなる。神殿に行けば聖癒紋の神官に癒やして貰える。
「じゃあ、お願いします」
私の武器は木剣と腕に括り付けるタイプの小盾だ。
最初のころは闇雲に剣を振りまくるタイプの訓練だった。
ガルディンさんはおそらく私を上手く誘導していたのだろう、私は動きまくって剣を振りまくった。それで、全身の使い方、剣……厳密には棒の振り方を学んだのだ。
次に習ったのは剣の扱いだ。
剣は剣筋が立たなければ斬れない。ということで真剣を使ってひたすら素振りをした。今でも素振りは毎日欠かしていない。さらに、実際に植物の茎を束ねたものを斬る訓練もやった。この茎は、刃筋がキチンと立っていなければ斬れず、しかも土台がわざとヤワに作られているので、難易度が高い。
今では少しは斬れるようになったものの、まだまだ発展途上といったところ。
ガルディンさんによると、剣という道具は下手クソが扱うとすぐダメになるとかで、武器を守る為にも研鑽を欠かすことなかれとのことだ。
そんなこんなで、剣術はこの1年でなかなか上達したわけだが、ガルディンさんは私に小盾を持つように薦めてきた。私としては、両手剣でバッサバッサと敵を斬り倒していく脳筋スタイルが好みだったのだが、次期領主として戦闘技術を修めるならまず護身を身に付けろの仰せなのだ。
まあ、確かに私自ら最前列で戦うという事態になったら、それはすなわちほぼ「終わってる」状況なわけだしな……。
「リディア様、いきますよ!」
右の少年ポルコ君が上段から打ち込んでくるのを、一歩下がってやり過ごす。
同時に左からゲイル君が、走り込んでくる。
私はそれを剣で払い牽制。同時にポルコ君の横薙ぎした剣を小盾で受けた。
そうしながら、細かく間合いを調整しながら動く。
私のこの小さい身体の利点は、小さいこと、そしてすばしっこいことだ。
大事なのは真正面から打ち合わないこと。
そもそも一対一でも勝てるかどうか怪しいのに、二対一でそれをやるのはバカだし、そもそもこれは、それ以外の道を見つけるための訓練なのだ。
戦闘とは、自分に有利な状況を作りたい者同士の、いわばエゴの押し付け合いであると、私はこの1年で学んだ。
だから戦術やら戦法やらがあるのだ。
同じ力を持った人間同士なら、有利を取った方が必ず勝つ。
逆に言えば、有利を取ることができれば劣る側にも勝機があるということ。
私はさらに身を低くしてゲイル君へ突きを放った。
迷っている時間はない。畳み掛け、常に自分の有利を維持していく。力がない私にとって手数の多さは生命線なのだ。
下段から突き上げる突きは躱しにくい。
従騎士たちは革鎧を装着しているから、胴体を思いっきり木剣で突いても怪我をさせる心配はない。だが、その運動エネルギーは別だ。
いくら6歳児だろうが、全身を使った突きなら力で勝る年上の少年でも崩すことができるのだ。
相手が崩れたのを見て、私は左手で砂を掴み、斜め後ろ方向へ投げた。
「えっ!? 痛ッァ!」
砂が、こちらへ斬りかかろうとしていたポルコ君の目を捉える。
この隙に、私は地面を転がるように少しずつ二人の立ち位置を調整した。挟まれている位置取りは良くない。
ポルコ君は本格的に砂が目に入ったようで、しばらくは時間が稼げそうだ。
そのまま倒せればよかったが、それをするにはゲイル君が邪魔だ。
だがこれで一対一。
ものすごく不利な状況から、少し不利な状況にまで持って行けた。
もう一息。
ちなみに彼らは私に負けたらまあまあキツい訓練が課せられるので必死だ。
私が領主の娘だからという手加減はあるにせよ、軽い怪我くらいなら許容範囲と考える。というか、この1年でもう散々軽い怪我はしてきている。
体勢を戻したゲイル君の袈裟斬り。
鋭い剣だが、教科書通りすぎると感じる。私はこれを盾で受け流しつつステップを踏み、側面へと回り込む。
剣を振る行為は、牽制でない限り重心移動が必要だし、本来そうでなければ人は斬れない。だから、訓練でもキッチリ腰を入れて振ることを徹底させられる。
彼らも毎日かなり素振りをさせられているし、その剣自体は鋭く強いが、毎日ガルディンさんに稽古を付けてもらっている私にとっては、見慣れたものでしかない。
側面からゲイル君の尻を木剣でひっぱたく。
尻には防具がないから、6歳児の剣でもまあまあ痛い。
「ゲイル死亡! だらしねぇぞ!」
審判をしているガルディンさんからの死亡判定。
これであとはポルコ君だけだ。
私は円の外に向かって駆け出した。
なんとか視力を戻したらしいポルコ君がすごい勢いで私を捕まえようと向かってくる。
(ここまで来れば)
円の外に出る直前、私は身体を反転させた。
「わ、わわっ」
ほぼ勝利を掴んだ私が振り返るとは思っていなかったのだろう。ポルコ君は、身体をつんのめらせた。
逃げ切れば勝ちではある。だが、これは「戦闘訓練」なのだ。
倒せる敵は倒す。当然だ。
「ハッ!」
バランスを崩しているところを、木剣で袈裟斬り。
ポルコ君はなんとかそれを剣で防ぐが、それは想定済み。
私は後ろ足で地面を強く蹴って、えいっと身体ごと飛び込み相手の脚をとった。
そのまま前に突進を続けるようにして、相手を倒す。タックルだ。
小柄な少女の身体であっても、タックルは効く。
もちろん、タックルの経験なんて前世ではなかった。知識としては知っていたけれど。
誰もいない時間に、ドッペルと対人の訓練をしている間に有用性に気付いたのだ。
ポルコ君の喉元に木剣を当てる。
「ポルコ死亡!」
ガルディンさんの判定を聞きながら私は立ち上がり、円の外に出た。
「そこまでっ! ……まさか、勝っちまうとはな。また強くなったんじゃないですか、リディア様」
「いえ、お二人共、私に怪我をさせちゃいけないと腰が引けていましたから」
「おいっ、ガルディン! リディア! いったい……なにをやってる……? やっていたんだ……?」
どこかで聞いたような声がして振り返ると、そこにいたのは、この地、つまりラピエル領の領主であるバルト・ロイド・ラピエル。つまり私……というかリディアの父親だった。
見てたのか。
「お館様。戻られたんですか。すみませんね、お迎えに行けませんで」
「そんなことはいい。そこにいるのは、リディア……なのだろう? リディア……なのか?」
「はい、リディアです。お帰りなさいませ、お父様。申し訳ありません、お迎えにも行けませんで」
私が同じセリフを言ったからだろう、ガルディンさんがガッハッハと豪快に笑う。
ていうか、前に戻ってきたときにも剣を習っているのは隠してなかったが、そういえば、ちゃんと見るのは初めてだっただろうか。
「剣を習っている……とは聞いていたが……、子どものお遊びではなかったのか……? ガルディン」
「お嬢様は本気ですよ、最初から。なんなら
「渡した剣は刃を潰したものだったろう……? 剣など子どもには重いし、すぐ飽きるだろうと思ったんだ」
「えっ、あれ刃が潰れてたんですか!?」
たしかに、やけに斬れ味の悪い剣だな~なんて思ってはいたが。異世界クオリティだから、こんなものなのかと。
まあ、実際のところ太陽紋の力があれば、刃なんてなくてもこの辺りの魔物なんて余裕で一刀両断できちゃってたもんだから……気付かなかったな……。
「……リディア、来なさい。ガルディンもだ。詳しく聞かせてもらうぞ」
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