010 王都だって!
紋章の発動に成功したからといって、いきなり生活が代わるというわけではない。そもそも、私は「魔力が低くて紋章を入れられない」と思われているわけで、いきなり「魔力が増えたから紋章を入れました」なんて言えるわけがない。
それに、まだまだ紋章のことは未知の部分が多い。
じっくり検証していくべきだろう。
「お嬢様~、リディアお嬢様~。朝ですよ~。今日はお父上が帰っていらっしゃる日ですよ~」
そばかすメイドのケイトが扉を開けて部屋に入ってくる。
実は元々のリディアは、朝食をちゃんと食べない子どもだったらしく、私がこの身体に入ってからもそれに引っ張られて、朝食を抜いてしまったことが何度かあった。というか、誰も起こしに来ないので昼前まで寝ちゃったりとか。
だが、これからのことを考えれば食事はかなり大事だ。
成長期だというのもあるし、訓練もしている。栄養過多なくらいでちょうどいいのだ。
母親からは「よく食べるようになった」と評されたが、正直、まだ足りないくらいだ。元々のリディアが小食すぎたのである。
今回の人生ではPFCバランスなんかも整えて、美ボディのモテモテになる予定だしね! って痛い痛い痛い! 怨霊!
怨霊を宥めてから、服をいつもの運動しやすい服に着替え、歯を磨き、顔を洗い、髪を整える。
食堂に移動すると、家族全員(父除く)がすでに着席していた。
幼い弟と妹も、小さい椅子に座って、同じものを食べる。
二人は3才と4才。かわいい盛りだが、まだまだ手が掛かる年頃だ。
メイドが木製のコップに水を注いでくれる。
この屋敷には井戸があり、水くみは「太陽紋」を持っている騎士さんたちの仕事だ。そのパワーで釣瓶をぐんぐん上げて毎日水を瓶に移してくれている。この原始的世界ではパワーがあがる「太陽紋」は本当に需要が高い。騎士でなくとも、それだけで食べていけるだろう。
実際、力仕事が必要な土木の現場なんかでは、太陽紋持ちはかなり重宝がられるという話である。
(水はそうでなくても豊富なほうなのよね)
地図にも描かれているが、領土の北西側はパレット湖という大きな湖に面している。
辺境伯領の北にあるユタ山脈の雪解け水がその湖に集まる、かなり美しい湖なのだ。怨霊の記憶だが。
王都の貴族なんかは、湖のほとりで休暇を過ごしたりするらしい。
ラピエル領も水資源の恩恵に預かり、農業はまあまあ盛ん。
平和が続いているからか、税もさほど重くないらしい。
まあ、そのあたりは実際どうかはよくわからないが……。
(父……バルトさんは、領地経営も王都での仕事も頑張ってるっぽいけど、15年後に滅亡するわけだし、今のままじゃダメなんだよなぁ……。かといって、なんかするってのも簡単なことでもないだろうし、私にできることあるのかな……)
私は転生者で、現代日本の知識がある。
たとえば、井戸用に手押しポンプを広めるだけでも違うだろう。
ただ、手押しポンプを作るだけの技術力があるかどうかだが……。
「……リディア? 聞いていましたか?」
「えっ? あっ、すみません考え事をしていました」
うっかり、母の話を聞き逃していたようだ。
食事中にあまり話を振られたことがなかったから油断したな。
「来年の登城には私達もいっしょに行くって話をしていたの。当然、アルとリリーもいっしょに」
「……つまり私だけでお留守番を?」
「リディアちゃん、なんでそうなるの。あなたも行くに決まっているでしょう?」
「つまり、家族全員で王都に行くってことですか」
「そうよ。建国記念パーティーがあってね、それに出席するから。当然、あなたも出るんですよ」
むむむ? 建国記念パーティー!?
乙女ゲームで何度も見かけた単語!
貴族の子女たちが集う陰謀愛憎渦巻くめくるめくパーティーにこの私が!?
(呪う! 呪う! 呪う! 呪う! 呪う!)
少し個人的な楽しみを想像しただけで、怨霊が騒ぎ出す。
こいつは私の人生をなんだと思っているのか。外部記憶装置のくせに、しゃしゃり出すぎである。おとなしくしておれ。
「王都では宿に泊まるのですか?」
「いいえ、お城にお部屋を用意してくれるの。素敵なお部屋だから楽しみにしていてね」
ふむ……。王都はなかなか魅力的だが、城となるとドッペルを自由に動かすのは難しいかもしれない。騎士なんかも巡回しているだろうし、城の外に抜け出したりするのは無理かな?
まあ、長期逗留ということもないだろうし、そこはあきらめるしかないだろうか。
「わかりました。準備しておきますね」
「準備ねぇ。リディアちゃんは本当に別人のようになって……。なんでもメイド任せで朝だって全然起きれなかったのに……」
「あ、あはは……。いつまでも子どもじゃないってことですよ」
変に怪しまれてしまったが、男子三日会わざれば刮目して見よなんて言葉もあるものだしな。私、男子でも呂蒙でもないけど。
食事を終えて、部屋に戻り剣を腰に差した。
そのまま、窓からひょいと外に抜けだし林の中へ。
誰もいないことを確認してから、私は最小出力でドッペルゲンガーを呼び出した。
今後のことを自分と相談する為である。
この「自分と話す」というのが意外と自分自身の中でハッキリ固まっていなかった情報が引き出しやすく、1人で考えるよりずっとスムースに物事を決めることができるのだ。
「急遽、春までの方針を決めなきゃならなくなったんだけど」
「う~ん、正直そこまで近々で決めなきゃならないことってなくない? ……あ、紋章? 本体に入れるの?」
「必要なら……ね。ギリギリまで調べてからにするけどさ。いろいろまだ半端というか、やっとちょっとわかり始めてきたとこって感じなわけだし」
「でしょう? 私に入れるのと本体に入れるのじゃ全然覚悟が違ってくるからね。まだ見ぬものすごい紋章なんかもあるかもだし、入れられる場所は有限なんだから」
「そうなのよね……」
「それより、パーティーはどうするのよ。服あるの?」
「今持ってるの、ちょっと小さいみたいだし、仕立ててもらうしかないでしょうね。せっかくの王子様方との邂逅なわけだし、少しは気合いを入れて――いたたたたたた! この怨霊!」
「小さいうちから王子様に唾つけとくのもいいわね――いたたたたたた! この怨霊!」
二人で同時に怨霊に悩まされるバカ二人である。
いや、だってパーティーに貴族として出席、しかもお子さまだからそこまで厳しくマナーを求められないなんて、最高じゃないですか。
王都のパーティーなら美味しいものもあるかもしれないし。
ケーキとかさ!
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