009 太陽紋は身体強化魔法

「う、うおぉおおおおお……」


 声が洩れる。

 発動したばかりの太陽紋が、魔力を「発生」させ、私の中の魔力を回復させていく。

 この現象は「紋章術」に記されていた。

 紋章は発動後に人間を擬似的な『神』へと作り替える。その反動で魔力の質が変わり、作り替えられるらしい。


「よし……よしよしよし! よしよしよしよし!!!」


 私は暗い林の中で喜びを爆発させた。

 ここまで短いようで長かった。元々の魔力が少ないから、どれだけ鍛えても紋章の発動までは無理なのではないかと弱気になることもあった。


「あ~、良かった……。これで第一段階はクリアね」


 紋章学によると、さらにここから魔法を発動するというハードルがあるとのことだ。

 紋章が身体に刻まれた段階で、常時魔法がかかっているわけではない。あくまで「魔法使い」になったというだけなのである。


 太陽紋は身体強化の魔法。

 神へと繋がる「呪文」を唱えることで、紋章を介して神の力をその身に宿す……らしい。

 説明だけだと、なんだか恐ろしいが、私はドッペルゲンガー。

 怖いものなど、あんまりない!


 私は紋章へと魔力を通し、その呪文を唱えた。


「ストレングス!」


 右ふとももの太陽紋が赤く輝き、全身に魔力が巡り身体が熱くなる。

 筋力強化呪文。

 試しに剣を抜いてみると、明らかに軽く感じる。

 少し素振りをしてみても、全然違う。

 身体が羽のように軽い。


「うそっ。簡単にできちゃった……!」


 その場でジャンプしてみても、軽く2メートルほども飛べてしまう。

 なるほどこれは人間を辞めている。


 ストレングスの魔法を使うのに使った魔力は、全体の1割未満。

 想像していたより少ない。

 てことは、他の術も使えるのでは……?


 紋章に関しての知識は『神殿』が管理している関係で、一般人にはそれを知る機会がない。

「紋章術」のような本はかなり特殊なもの。実際、街の書店にも、紋章に関する本は見当たらなかった。

 当然「呪文」もすべてがつまびらかに開陳されているわけではない。

 だが、紋章をその身に宿すことによって、「紋章」がそれを教えてくれるのだ。

 本の知識だが、その人が扱えるレベルのものを紋章自身が教えてくれる――ということらしい。


「次の魔法も使って大丈夫みたいね」


 紋章が次の魔法を教えてくれる。

 ここ半年で、ガルディンさんをおだてて見せてもらった。その時、呪文は覚えたわけで、彼が使えるところまでは太陽紋の呪文はすべて知っているのだが、それはそれだ。

 私自身が紋章に認められたようで、なんだか嬉しい。ここまで苦労したから、なおさら。


「クイックニング!」


 加速呪文。この魔法はストレングスよりも持続時間が短いが、爆発的な速度を得ることができる。

 実際に走ってみると、自分の知覚ギリギリの速度が出た。

 ストレングスと合わせると完全に超人だ。

 到底6歳児の動きではない。

 制御のほうも訓練しないと危ないだろう。

 これも消費魔力は5%くらいか。


(えっ、次の魔法も使っていいの?)


 紋章が輝き、私に次の魔法を知らせてくる。


「プロテクション!」


 保護呪文。

 身体が硬く強くなり、攻撃に対しての防御力が上がる。

 これはストレングスと同様に、それなりの時間維持できる。

 検証してみなければわからないが、熟練者ならば1時間ほども維持できるとか。

 消費魔力はこれも数%程度。


 紋章ごとに使える魔法の種類は異なるようだが、太陽紋は3種類。

 つまり、いきなり全種類使えるようになってしまった。


「始まったな……私。これは始まったわ……」


 太陽紋強すぎ。

 いきなり大幅レベルアップしてしまったような感覚だ。


「……とはいえ、まだここはスタート地点だからね。気を引き締めなきゃ」


 紋章が発動できたことは嬉しいが、浮かれてばかりはいられない。


 この世界には強い魔物がたくさん生息している。

 このあたりは腐っても領都だから、魔物も弱いものしか出ないが、もっと田舎のほうでは人間を喰らい強くなった魔物がいるのだという。

 魔物専門の狩人なんかがいる世界だ。

 さらには、海の向こうには魔族の国まであるという。

 魔族は知性を持つ魔物であり、人間の天敵。そもそも、紋章自体が、人間を魔族から守るために神が遣わした奇跡だというのだから、その歴史は長い。


「でも、せっかくだから一狩り行ってきますか!」


 私は林を抜け、街道を北へ走った。

 満月の夜は魔物も活性化するという。視認されない限りは魔物も襲ってはこないので、家の中にいれば問題ないとされているようだが、外をこうして走っているなら別だ。


 この日、私は20体の魔物を狩り、しばらく困らない量の魔結晶を手に入れることができた。


 ◇◆◆◆◇


 次の日、目を覚ました私は、ドッペルゲンガーがやりとげたことを知った。

 チェストの引き出しの中には、それなりの量の『魔物の目玉』。つまり魔結晶だ。

 ドッペルはもういない。明け方前にここに戻ってきて、自ら姿を消滅させたからだ。


 改めて喜びが込み上げてくる。

 魔力上げは努力と言えるようなものではなかったが、それでも自分でやり遂げたことだ。

 私はコツコツ努力して1つのことを達成するのが好きなタイプだ。この達成感がたまらない。


 当然だが、紋章は私のふとももには刻まれていない。

 私が次にドッペルゲンガーを生み出しても、それは「今の私」のコピーだから、紋章はない身体だ。つまり、私本体は紋章を一度入れたら消すことができないが、ドッペルは違うのである。

 何度でも、いくらでも試せる。

 その時々で、最適な紋章を選択できるのだ。

 このアドバンテージは計り知れない。


 昨日は太陽紋だったが、他の紋章も使用魔力量はそうは違わないはず。

 どんどん試していこう。

 ……あと知ってるのは収納紋だけだが。

 うん。他の紋章を知るのも大事ですね。子どもであるアドバンテージを生かしてなんとかならないだろうか。


「といっても、次のチャレンジは夜か」


 目標を1つ達成することで、また1つ次の目標ができる。

 太陽紋を使えるようになったことで、今度は太陽紋を使った状態で戦えるように訓練をする必要が出てくるし、別の紋章も同じように訓練していく必要がある。


 幸い、ガルディンさんは太陽紋の使い手だ。

 紋章を使った戦いは専門だろう。

 問題は私が紋章を発動できるということを明かすつもりがないということだが、まあ、そこはうまく誤魔化しながらコツだけでも教えて貰えば良い。

 独学で訓練する時間はたくさんあるのだから。

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