007 盗み聞きしちゃった

 こんばんわ、ドッペル・リディアです。

 ただいまの時刻は、夜の9時。

 みなさんとっくにお眠りの時間。


 本体は、私を生み出して魔力を使い切りご就寝。

 私も正直眠いですが、ドッペルゲンガーは死んでも問題ない使い捨てできるコマ。

 せっかくだから、寝落ちするまで剣を振って復習しておこうかな?

 え? 記憶しか引き継げないんだから意味がない?

 記憶が引き継がれるのだから、無駄ということはないんですよ。

 というか、街灯もないこんな世界では夜にやれることなんて、本当に限られているわけだし。


 私の部屋は一階にあるから、窓から簡単に脱走できる。

 そのまま兵舎のほうへ。練習用の木剣は、けっこう数があるし、ちゃんと管理されているわけでもないから、簡単に入手できると思うのだが――ん?


「灯りがついてる。まだ誰か起きてるのかな?」


 私は抜き足差し足、兵舎のほうへと歩いた。

 薄板の隙間からソッと覗くと、中でガルディンさんたちが酒盛りをしていた。

 リディアの記憶を探ると、どうやら一応夜番が存在するらしく、夜番の兵は兵舎に残る決まりのようだ。……まあ、酒を飲んでるわけで意味があるのかどうかはわからないが、火急の際には働いてくれるのだろう。


「いやぁ、隊長、今日はずいぶん熱心だったじゃないですか」

「んん? ああ、リディア様のことか」


 話しながらも、木製のジョッキでグイッと酒を呷るガルディンさん。

 このあたりで「酒」と言えば、麦を原料としたエール――つまりビールだ。

 ワインもあるようだが、これは高級品。領主である父でも、特別な日くらいしか飲めない程度にはお高いようである。

 てか、私の話かよ。盗み聞きしておくか……。


「こっちは仕事だってのに、お嬢様の気まぐれに付き合わされて嫌になっちゃいますよね」

「あん? あれがおめぇ気まぐれに見えたのか?」

「違うんですか? 完全にお子様の棒遊びだったじゃないですか」

「そりゃ、いきなり剣術なんて仕込んでも仕方がねぇからな」


 なるほど、確かに剣の振り方みたいなものは教わらなかったな。

 わざと教えてくれなかったのか……。まあ、こっちは5歳児だから、楽しさを優先したのかも。


 ガルディンさんは、酒を呷り、息を吐きながら話を続けた。


「だがなぁ。……なんつーかな……違うんだよ。おめぇが5歳の頃、戦士になろうなんて考えていたか?」

「5歳のころのことなんか覚えちゃいませんよ」

「俺もだ。毎日遊ぶのに忙しかったからな。強くなりたい、そういう漠然とした思いはもしかしたらあったかもしれねぇが、ガキなんざそんなもんだ。普通はな」

「リディアお嬢様はそうじゃないっていうんです? 外からはガキンチョの遊びにしか見えませんでしたけど」


 ガキンチョとはレディに向かって失礼な。

 15年後には、目を剥くような美女になるんだから、その頃手のひらを返しても遅くってよ。

 ……っていうか、なんかガルディンさんに妙に評価されている風なんだけど。


「リディア様は妙に視界が広くてな、ガキってのは目の前だけしか見えなくなるもんだ。普通は、狙っている場所だけを見るし、身体全部を使うこともできねぇ。だが、リディア様は違うんだよ。とにかく、よく見えているし、身体も初めてとは思えねぇほど使えてる。ありゃ天性のものだろうな」

「はは、じゃあちょっと才能のあるガキンチョだ」

「そうだな……。間違いなく才能はある。でもなぁ、俺が言いたいのはそことはまたちっと違うとこなんだよ。剣を交えるとな、そいつが剣に込める想いみてぇなもんが見える時がある。誰の為の剣か。何を斬る為の剣か。目指す先、その向こう方が見える。いつも言っているだろう? 世界最強を目指さない奴は絶対に最強の剣士にはなれないと」


 なんと、剣士にはそんなことがわかるのか。

 いわゆる肉体言語というやつだろうか……。男の世界というやつだな……。


「はぁ……。じゃあ、リディアお嬢様の剣には、ちゃんと目指す先があるってことなんですか?」

「ああ。リディア様は未来を切り開くために剣を振っているんだと思う。魔を斬り、人を斬り、運命さえ斬り伏せてやろうという気迫を俺は確かに感じたよ。だから、適当にあしらったりなんかできなかった」


 そ……そんな気迫が私から……?

 いや、必死にやっていたのは確かではあるけれど。


「隊長、そんなことわかるんスか」

「そういう奴と何度か切り結んだことがあるからな。…………ま、もちろん俺の気のせいかもしれんがね」

「はっはっは、なんですかそれ。隊長の冗談は冗談だか本気なんだかわかんないですよ!」


 最後に冗談だとでもいうかのように肩を竦めて笑ったガルディンさんだったが、剣からそんな情報が伝わるものなのか……。ずっと文化系で生きてきたから、そういう肉体言語的なものに馴染みがないのだけど。


 ……まあ、おそらく私の中にいる「怨霊」の霊圧を感じたというのが真相だろう。

 怨霊は、残留思念だけで肉体を動かすだけの気迫を持っているからな……。

 魔を斬り、人を斬り、運命に抗い復讐を遂げようとするような、そんな気迫を。


 私は、近くの壁に立てかけてあった木剣を手に取り、音を立てないように林の奥へと足を向けた。

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